今日は空が高いといった。
ある日は雲が低いと言った。
 

「雲ってそらにあるものだよねぇ…」
 

カミューは空を仰いでどんよりとした雲を眺める。
今にも雨が降りそうだ。
「…空以外ににある雲など見たこともないが」
マイクロトフはせっせと働きながらそれでも律儀に返答する。
雨が降ったら困るのは洗濯物を干している主婦も、馬具等の虫干しをしている騎士も同じで、今も並べられた虫干し品を他の騎士達と一緒に一生懸命回収している最中だったりする。
カミューはそんななかで、のんびりと自分の鞍をかかえて空を眺めている。
 

「ならば、空の深さってどれくらいだと思う?」
 

ゆっくりと、夕食の献立を尋ねるような調子でさらりと言われた問いにマイクロトフは目をぱちくりさせる。
「また…いきなりなんなんだ…」
突拍子もないことを言い出すのはきまってカミュー。
穏やかで常識的で洗練されたいい男の頭の中味はわりに不思議な思考回路があるらしい。
子供っぽいような、鋭いような、そして意味もなく、TPOもなく感性的で受け取りにくい。
たいがいの人間は押しつけがましくもないそれらの質問をなんとなく聞き流してしまうのだが面倒くさがりながらも、意外に真面目にそれにつきあって色々考えてしまうのがマイクロトフで…
今もその言葉に作業を止めて、首をひねって、うーんと考え込む。
「いやね、大元はナナミ殿の疑問なんだが、城主殿が返答に困ってあちらこちらにきいていたので…ね」
「ナナミ殿の…ね。らしいな」
シュウ殿あたりなどは真っ先に聞かれただろう。
憮然とした表情で返答に詰まる天才軍師を想像して、すこしだけ笑いがこみ上げる。
「たしかに空はどこからどこまでなんて考えたことがないから…でも不思議だよね」
見上げれば、青く確かにある空。
しかし遥か遠く手の届かない存在。
だから見上げる、だから焦がれて止まない空。
どんなに思っても、どんなに手を伸ばしても、果ての見えない…

さてどこからどこまで?

「さしあたり上の方は…星や太陽までは空だよな」
うん、と腕組みをしてマイクロトフが最初の言葉を積む。
「だろうね、あれも空にある物だし…」
言葉遊びのような定義。
実際にその幅というものを、測って確かめられるわけでもないなりに、納得できる答えを探す。
探すと言うより決める。
小さな定義を一つ一つ積んで大きな形にする。
子供の遊び。

「太陽まで?」
「星まで?」
「そこからは?」
「知らない、見えないし…」
星の高さなど測りようもないがあれより遠いものは知らない。
定義は知っているところまで。
「星は天にある穴とか…ならばその辺までかな?」
「じゃぁ上はそれでいいとして下は?」
「うーん」
マイクロトフは首をひねって一生懸命考える。
そして頭の中に思いつく限りの空の風景を描く…

澄み渡った冬の空。
霞がかった春の空…。
その時や季節によっていろいろな色を見せる空。
気まぐれでもなく、優しくもなく…。

「雲の所までっていいたいところだけど雲の高さってまちまちだしねぇ…」
「うーん?雲?…まてよ雲…ああそうか…」
「なに?マイクロトフ」
「ああ、カミュー空の下は…多分ここまでが空だな」
「ここまで…って?」
「この地面までだ」
とんとん、と地面を足でたたいて、そこすれすれの空気をかくように手を泳がせる。
「空って青いものじゃ」
「夜空は黒いし朝や夕方は赤くなったりするぞ?」
「しかし空とは頭の上に…」
「俺達は山の上に登ったりすると雲の上に出たりするだろう?雲のあるところまでは空なら
俺達は空の中にいるはずなのに空気に色が付いているわけでもないだろう?
ここと同じだ…切れ目など無い同じところだ」
だから今立っているこの場所も空の中なのだと…
「なるほど…ということは私達はずっと空の中にいるわけだね?」
妙に納得させられてしまってカミューは毒気を抜かれたように繰り返す。
「そうだな、空の中だ…」

回り中、空。
空を見上げれば低くどんよりとした雲。
ぱたり…頬に冷たい雨の感触。
一つ二つ…と。
「わ!のろのろしているから降ってきてしまったぞ!!カミュー!急いで皮のものを雨のかからないところに!」

暗い雲が空一面を覆っていて青い空が見えなくても…
自分はいま空の中…。

「空って言うのはもっと遠くて大きくて手の届かないものだと思っていたんだけれどもなぁ…」
「こらカミュー!!いそげ!!そうしないと馬具がしばらく使い物にならなくなるぞ!!」
ひとり呟くカミューに容赦ないマイクロトフの叱咤が飛ぶ。
そして目の前をひらりと翻る濃い青の断片…。
 

手の中の空…

天に延ばし掛けた手を胸元に持っていきぎゅっと手のひらを握り込む。

「意外とそうでもないのかな?」

カミューは口元に笑みを浮かべてその欠片の後を追うように、
いまいくよと返事をした。

〜終〜


 



いっぺんやってみたかった言葉の定義的遊び。
問答はお互いの認識のギャップを埋める唯一ともいえる手段ですが…
こんな言葉遊びの分にはカワイイ物ですが
これが二人の恋愛観とか、生活感とか言う話になると
とんでもないんでしょうね…埋まる物でもなく…<ギャップ
このタイトルは空が正解やも…☆
実はキリリク考えていて…いい加減にしろ!!>自分

(2001.8.16 リオりー)