微熱


 

 「む…つまらん。霧雨か?」
降り出した雨を窓から身を乗り出して確かめて、マイクロトフはがっかりしたような声を出す。
「ああ久しぶりの雨だね。」
カミューも雨を確かめるように窓から身を乗り出す。

空はさして暗くなく、多分この分なら何時かすればやんでしまいそうな雲で
雨も細かい舞い下りるような雨。
それこそ煙のような気持ちの良い雨に顔をさらして目を細める。
久しぶりの雨に草木の緑はいっそう深く大地は歓迎しているようだ。

「この程度ならどうということはないんじゃない?」
もっとひどい雨の時に外で訓練をしていたこともあったんじゃない?
冬場なら辛いかもしれないけれども初夏のこの気温なら優しいばかりの水の恩恵。
「…む、別に訓練に行くとは…」
せっかくの休みだし…。
「でも行くんでしょう?」
せっかくの休みだけれども〜…?
考えることなんかお見通しというかわかりやすすぎっとばかりにあかんべーをしてやる。

「だからな、久しぶりに雨中訓練が出来ると思っただけなのだが…」
ごにょごにょいうマイクロトフに、ああ、なんだそういうこと…と隣でカミューは笑いながら肩を竦める。
「何を言っているんでしょうねぇ…」
雨が激しくないからつまらないなんてどろんこ遊びをしたがる子供みたいだ。

「でも本当に久しぶりの雨だな」
耳をすませても、雨の音はほとんど感じられず
外に出る者もいなくとても静かな午前中の空間。
薄い雲を通した光はヴェールのよう。
「春にしては珍しくしばらく降らなかったからね、草木には丁度いいおしめりなんじゃない?」
「そうだな…」
 

「…ちょ、ちょっとマイク、どこにいくの?」
マイクロトフはしばらくじっと雨を見詰めていたが、何を思ったのかいきなりぽんと窓枠から飛び降りて
剣をつかんで表に出て行こうとする。
「表で少し剣を振ってくる!!」
「表は雨だよ?自主練集なら道場のほうに行ったら?」
せっかくの休みだからなんて今更止めはしない。
本当に今更だ
昨夜遅くまでがんばって勝ち取った一緒にいられる休みなんだからなんていう言葉は
思っていたって言うのはいっそ馬鹿馬鹿しい。
天使が舞っているような光のヴェールも外へ行かないように神様が用意したような雨のカーテンも
この男の前では意味がない。
分かっている。
分かっているから言わないでいるからたまるものも多分にあるのだけれども…。
「いいや、外に行く。いいんだ雨の温度を確かめに行くだけだから」
「雨の温度?」
「知らないな?この時期の夏の雨は暖かいんだぞ。それに振るたびに暖かくなっていくんだ」
初夏へ向けて草木を育むかのように。
そういって夏の太陽のように嬉しそうに笑うので…
「ふぅん…じゃ私もいこっかな」
ちょっとした気まぐれの虫が起き出す。
「どういう風の吹き回しだ?」
休みの日にはきっちり休む、がモットーの男が雨中で自主訓練なんていったら
雨ではなくて雪が降りそうだ。
そういって空を見上げる憎たらしい頭におもわずぺん!と平手を当てて耳を引っ張ってやる。

「雨の温度を感じるというのが気に入った」
「ふーん、でもおまえにはそれは無理だぞ」
引っ張られた耳を押さえてそれでもいたずらっ子のように上目遣いにマイクロトフは笑う。
「どういうことさ」
そのまま間近でにらめっこ。
「だっておまえ普段雨中で練習なんかしやしないじゃないか、これは普段から雨の温度を知らないと意味が無い」
「ああ、なるほどね」

温度の違いは普段を知っていなければ分からないこと。
「違いの分かる男…さすが冬の雨の中まで訓練などという変態行為をするだけのことはあるな」
「こら、変態行為とは何だ!」
「いやいや、嘘じゃなくたいした物だと思ってね.」

雨の日に外へ出て訓練中でも周りの温度を肌で感じる。
季節をそのからだで受け止めて、そしてたのしむ。
実に風流といえなくも無い。
何の変哲もない雨が急に特別な価値を持つ。
価値を与えるそんな考えに素直に感心する。

「別に風流だと思ってやってるわけでは…」
その言葉は最後まで言えずにカミューのキスでふさがれる。
「久しぶりの休みの日に恋人をほっぽらかして訓練に行くだけのことはあるっていったの」
嫌味をひとつ。
そして間近でにっこりと笑って続けてやる。
「うん、でもそれは本当に気に入ったやっぱり私も付き合うよ」
恋人らしいわがままのかわり。
カミューは何事も無かったかのようにくるりと身を翻して模擬刀を取ってドアを開ける。
「そ。それはいいがいきなり何をするんだ」
脈絡も無くいきなりおかしな事をするなと唇に手を当てて真っ赤な顔で文句を言う。
「ふふ、久しぶりの雨だしね、わたしにもおしめり」
でないと乾いちゃうでしょう?

どうせ昼はマイクロトフの言い分が強いのだから仲良くおつきあいといこう。
いろいろ思うところはあるかもしれないけれども、
部屋でそれをぶつぶつ言うよりそれはきっとしゃれた趣向。
「それより早く行こう?帰ったら違いの分かる紅茶を入れてあげるよ」
そういって振り向くとなぜかマイクロトフは真っ赤な顔のまま後ろで立ちすくんでいる。
カミューにとってはおしめり程度でも、マイクロトフにはいきなりの夕立かはたまた青天の霹靂ぐらいの
ダメージがあったか。
刺激が強かったかな?それこそ今更って気もするけれどもね。
「どうしたの?マイク早く行こうよ」
こんな気紛れあんまりないよなんて冗談めかして笑いかけてもマイクロトフは相変わらず赤い顔をして上目遣いに
じっとカミューを見ている。
「???」
何か悪いことでもしたかな?とカミューはマイクロトフの顔を覗き込むように言葉を促す。
 
 

「後でもいいぞ…」
ややあって、気まずそうな沈黙の後やっとマイクロトフはそれだけを言ってまた黙る。
「何が……?」
「後でもいい…紅茶も…」
訓練も……
「え、…ああ…」
主語の無い言葉も、マイクロトフのあまりにも真っ赤な顔としどろもどろな言い方にカミューにはすぐに分かってしまう。
「…でも、そっちこそいきなりだね」
返事もなんだかしどろもどろになってしまうのは軽い霧雨のつもりが頭から晴天の霹靂が降ってきたからだ。
はて、さっきまでこんな空模様だったかしらんと思わず記憶のマイクロトフを逆送してみるが
どう思い返してもからっぱれの水不足だった気が…。
 

「お前がつまんない事を仕掛けるからだ」
やめてもいいぞ、と一生懸命の強気なのがとにかくかわいく見えるのだと自覚はまったく無いようで。

マイクロトフも自分で唐突だったかもしれないと、ものすごく思う。
でもこんな事を言ってしまったのは…。

「いいの?」
カミューが蕩けそうにうれしそうな笑顔を見せるから
マイクロトフはやっぱりなと思う。
 

こんな事を言ってしまったのは…
 

かすめるように触れただけの唇があまりにいつもより熱かったから…。
唇に感じる吐息が自分を強く求めてくる時と同じくらい…。
 

そんな事にあんなに少しの触れ合いで唐突に気付いてしまうなんて…。
いつもとの熱の違いが分かるほどにいつぃもいつも…。
気付いてしまったから無視するなんて出来ないのは自分の性格で。
それでもかまわないとおもえるのは自分の感情で。
でも昼真っからこんな事を言うなんて恥かしくて恥かしくて
わかることなんてそんないい事なんかじゃないなと思う。
もうこんな事分からなければよかったのに…。
ああ、でも分かるのは自分だけなのだ。

「もしかしてばれちゃった?」
言うだけ言って、真っ赤になって硬直しているマイクロトフの手を取り、悪戯っぽくささやく。
余裕あるふりをしてもマイクロトフにはなぜだかばれちゃう時があるね。
「わからいでか…」
馬鹿と続けられる言葉は唇のなかに飲み込まれてしまう。

雨は止み空は今にも晴れそうでそんななかで間近に見る相手の目は
吸い込まれそうなほどに明るく奇麗で…
そんな明るい部屋で相手の重みを徐々に受け止めながら、やっぱり気がつくんじゃなかったと
マイクロトフは本気で後悔した。

でも、二度目におとされた唇が熱く感じられないのは
きっと自分の熱が上がってしまったせいなので…。

〜終〜

 

 


ひねりも何にもないタイトル(笑)
甘くて腐っていて短い話が書きたいな(笑)、と思って書きました。
意味無し度、腐れ度120%(私が)
このまま続くとエロなのかな(大笑)
それもどうかと思いますけれども。

(2000.5.17 リオりー)