笑っちゃって人には言えない最悪           
 
銀の鎖
鋼の枷に黒鉄の錠
首輪とか指輪
大きな籠

捕まえようと思うとき、つまらないことだけれども時折考える。
頭に思い浮かべたものは5秒で端から投げ捨てた。
似合うような気もするけれども、どれもたぶん全部役不足。

わたしなら簡単に捕らえられるかもしれない。
方法は何通りでも。
でも、そんなことを考える時の私たるやまったく…。
 

 ◇ ◇ ◇
 

「まぁったくおまえは無茶なことを!」
「その無茶を日常業務としている人間にいわれるとは思わなかった」
「俺はそんなに危険な事はしない」
「偶々だと思うなぁ…」
「たまたまで右腕を失ってたまるか!」
怒鳴らないでよ。ここが天幕で二人っきりとはいえ、
夜中で隣にも天幕があるんだよ。
「失ってはいないよ…まぁ危ないところを切られちゃったけどね」

ほんとうにたまたま…だったはず。
今日は妙につらい戦闘が多かった。
ちょうど自分の目の前のモンスターを切って捨てたときに
たまたまマイクロトフが切られそうのなっているのが目の端に入って
とっさに…ほんとうに無意識にかばいに入ったら、
切られた。
場所が右腕の肘の付け根、腱にあたるところのすぐ横だった。
それだけ。
本当にそれだけ。
こぶも打ち所が悪ければ死んでしまうわけだし、ちょっと失敗したかな、
とは思ったけれどもそれほど酷くはないのはすぐにわかった。
でも出血は凄いしマイクロトフはキレるし、しばらくユーライアは取り上げられて
後衛にまわされた。
とっさのことだったから切られる所がコントロールできなかった。
運が悪かっただけ…だと思うんだけれどもなぁ。
でもやってみてマイクロトフがいかに危険な仕事を引き受けているかがわかる。
マイクロトフはこういう騒ぎはほとんど起こしたことがないところを見ると
かばうのにも何かこつがあるのかもしれない。
ちょっと聞いてみたいと思ったけれども
今聞いたら…怒られるだけだな。
「それよりマイク?」
「なんだ」
「私の方は良いから自分の傷を何とかしたら?」
「お前の傷が一番深いだろうが!!」

…あ、やっぱり怒られた。

応急処置で巻いた血だらけの布をはずして消毒。
まだ野営中だからホウアン先生どころか医者も望めないので薬か紋章。
マイクロトフの癒しの風。
もったいないからって回りが言ったのだがマイクロトフは聞き入れなかった。
つけたばかりの2つ目の紋章をまだなれない手つきで癒しの力に転化していく。
「薬でも、紋章でも…表面的に傷をふさぐだけしかできないから、
腱が切れていたらどうしようもなかったんだぞ」
怒っているような口調で…
「切れていないし、マイクがふさいでくれたから大丈夫」
「でも危なかった」
「そんなへまはしないよ?」
「…………」
「そんなに心配した?」
「!!当たり前だ!!」
「じゃぁ、私が普段どれだけ心配しているか分かった?」
「俺は…!」
「俺は大丈夫だなんて言わないでね?おまえだって同じ人間なんだし…
そこまでうぬぼれているの?」
にっこり笑って反撃。
これくらいは言ってもいいだろう。
騎士紋章つけて、かすり傷の山を作って何にもなかったように笑うお前を見るたびに、
はり倒して上からもう一度傷つけてやりたくなっていたのはいつ頃までだったか…。
 

いまだって傷の数なら私の倍はあるよ?
今それを見て私が思うことは全然違うことだけれどもね。

手の中に丸められていた先ほどまで包帯の替わりとなっていた布を
くるくると二、三回マイクロトフの首の回りにゆるく巻く。
流れ出した血に染められた赤い布。
「?」
首が締まらないように首に巻かれた布の両側を掴んでゆるい力で引き寄せる。
そしてゆっくりと深く口づけする。
逆らわないことを確信している仕草で…。

「!んんっ…」

こんな野営の天幕の中でいつもだったら絶対に逆らうのに
素直に私の力のままに引かれたのはやっぱり腕の傷のせい?
「カミュー!こんな…ところでっ」
真っ赤な顔で抗議するのを無視して腕の中に抱き込んでも
暴れないのはこのおまえをかばったこの右腕の傷のせい?
もうふさがって赤い線みたいな痕にしかなっていないのに。
ばかだねおまえは…こんなもの一つで動けなくなって…
こんな傷一つで縛られて私のなすがまま…。
でもらしいね。笑っちゃうくらい。

今、笑っている私が何を考えているか知ってる?
 

「似合うね」
「何が?」
腕の中でどこか憮然としてでも怪我をして右腕を動かせないように
抱き込む仕草にたまらず本当に笑ってしまう。
「本当に似合うよ」
「だから何が!」
なんとか右腕に負担をかけないように抜けだそうとするのを
抑えるようことさらゆっくりと首にかけられた赤い布をその右腕でひっぱる。
「赤…」
「あか?」
とたんに止まる動き。
「そう、赤い色…。赤い色も凄く似合うね」
 

銀の鎖に鉄の鍵…
硬くて強くて冷たい檻。
 

それよりも赤い糸
逃れることすらも考えられぬ程きっと些細な細い糸。
それを見付けて私は笑う。
その糸でおまえを腕に閉じこめて私は笑う。
とらわれたままで、絡め取られたままで…。
笑う私を見て意味を分かりもしないのに、おまえも少し嬉しそう。

本当にどうしようもなく愚かで優しく、当たり前のように人を怒らせる名人…。
 

よく見るとマイクロトフの肌には無数の赤い傷の痕。
激戦の中人を守ってばかりでついた傷の痕。
激しい戦いの度に全身を細かい傷で覆って血塗れで帰ってくるおまえを見るのは
慣れたつもりはないけれどきっと慣れた。
当たり前のように白い肌にはしる赤い線に目がいく。
痛みじゃない疼くような苦い感情。
 

当たり前に怒れなくなってしまった私の考えることなんて
見事に怒れるおまえにはわからないだろうけれども…。
 

全部塞いであるけれども微かに残る痕がまるでからみつく血の糸のようで
頬に残るそれの一つに唇を寄せてキスをして見れば
やっぱり少し血の味がして笑ってもう一度その味を相手の唇の教える。
その味に気付いてて腕の中泣きそうに顔をしかめたのは何の意味なのか…

この口づけが、まわされた腕が、私がおまえを絡め取るもう一本の赤い糸になるといい。
傷の痕を追うようにかばうようにまわされた腕を、逃げるように背けられた顔を吐息を
絡め取り逃げることを許さない赤い糸になればいいのに…。
 

おまえの白い肌を捕らえる
赤い糸を眺めるときの私の気持ちたるや…

そんな私の考えなんて。
 


でも私が笑うとお前も嬉しそうな顔をするのが
そんなわたしのひとつの救い…。






 


軽く、ちいいさなものをと思っていたはずなのですが…
深く考えずに書いていったら壊れました(笑)。
うまくまとまりませんねぇ。楽だし楽しかったのですけど。
カミューさん怒ってます、ずっと…(笑)。
何でお前が怒るんだ…(笑)。


おまけに壊れたって変に甘いのはなぜなのか…。

(2000.10.20 リオりー)