We're always warm.



 
 
 
 

 
空は高く澄み渡り、木々は山頂からその色を紅へと変えてゆく。
冬への移ろいを感じさせるこの時期、人はそれを迎えるための準備に追われる。
 

ノックの音に顔を上げると、にこにこと相変わらず綺麗な笑顔のカミューと目が合った。
「どうした?」
「今、ちょっといいかな?」
「ああ、かまわんが」
手招きされるままに部屋を出て、並んで歩きながらふと外を眺める。
大人たちが寒そうに身を竦めて歩く中、子供達は今日も歓声を上げて走り回っている。
頬を真っ赤にして、吐く息も白く。
なんとも微笑ましい光景。
「なに笑ってるの、マイク」
「ん、ああ…子供は元気だなと思って」
同じように外へと視線を投げ、カミューもまた同じように笑って頷いた。
「すっかり寒くなったよね」
「全く。だが寒いからといって訓練を怠ってはならん。こういう時だからこそ気を引き締めなくてはな」
握り拳で力説するマイクロトフに、カミューは僅かに肩を竦めてみせた。
「青騎士団長殿は余程訓練がお好きとみえる」
「カミュー!そうは言うが寒さごときにくじけるようではな…」
「もちろん寒さに負けてちゃいけないよね」
至極もっともだという顔でひとつ頷き、すっと優雅な仕草でマイクロトフの片手を取る。
そのままぎゅうっと握りこんでにっこり。
「でも私は寒いのがあまり得意じゃなくてね、せめてこうして温かさを分けてもらえると
嬉しいんだけど?」
鼻歌のひとつでも歌い出しそうなカミューに一瞬あっけに取られ、次いで真っ赤になって
マイクロトフはその手を離そうと振り回したが、逆にぎゅうぎゅうと握り返されて
決して離してくれようとはしない。
意外と握力の強いカミューである。
「ひ、人に見られたら恥ずかしいだろうっ…」
「私は平気だもん」
「俺は平気じゃないっ!」
じたばたともがくのにひとつキスをして黙らせる。
「騒ぐと余計に人目を集めるよ?」
がっくりとうなだれたマイクロトフに、もひとつにっこり。
またしてもカミューの勝利。
「ところでどこへ行くんだ」
仏頂面でぼそぼそと呟くのに、ああ、と思い出したような顔で告げる。

「冬支度に」
 

がこん、と音がして薪は真っ二つに割れた。
「あ、来た来た!カミューさん、マイクロトフさーん!」
飛び上がって手を振るのはナナミ。
数人の輪の中でナタをふるって薪を割っているのはツァイ。
「遅いよう!もうこーんなに積んだんだからっ」
見れば山のようになって薪の束が積み重なっている。
冬に向けての薪の補給。
城中が冬を越すための分が必要なのだからまだまだ足りてはいないのだが、
それでもここ数日でどうにか半分以上は集めきったようである。
「ナナミ、ほら危ないよ」
ぱたぱたとソレイユが駆け寄ってきて割ったばかりの薪の束をぽんと積み上げた。
それをまた数人が城へと運んで行く。
「遅くなってしまって申し訳ありません、レディ」
「な、ナナミで良いってばっ。それよりさっさと運んじゃおうよ、ねっ」
無敵スマイルに照れた笑顔でナナミが答える。
やっと納得がいったというように、マイクロトフはカミューに向き直った。
「これを運ぶのか」
「そう、忙しくて人手が足りないんだって。騎士団員も総出でお手伝いしているのだけど、
私達もできることをやろうかと」
ほんとはデスクワークに飽きたんだけどね、とぺろりと舌を出してそう言ってのけたのに
上辺だけ眉を潜めて見せながら、マイクロトフもどことなく浮き立つような気分で頷く。
「たまにはこういうのも良いだろう。さ、俺達も運ぶぞ」
意気揚々と腕をまくるマイクロトフに、さっきまでは訓練がどうとか言ってたくせに、と
カミューは吹き出しながらその後に続いた。
騎士団長の揃っての参加にどこからともなく歓声が上がる。
騎士も民も関係ない、こんな空気の中での生活は二人にとっても心地よく温かいものだった。
だからこそ守っていかなくてはならないという思いを胸に刻み、どちらからともなく笑みを交わす。

――こういうのは、なかなかいいものだな、と。
――いいものだね、と。
 
 

「これで全部でしょうか?」
「うん、意外と早く終わったね!ありがとう、カミューさん、マイクロトフさん!」
ぴょこん、と頭を下げたナナミとソレイユに笑顔で挨拶を返し、二人は自室へと向かおうと踵を返す。
ちらと振り返ればまだ彼らは手を振っていて、こちらもまた手を振り返した。
城の中に入るまでそれが続き、なんだかおかしくて楽しくてくすくすと笑う。
「可愛らしいな」
ふ、とマイクロトフが笑みをもらしたのに気づいて、カミューが笑顔のまま続きを促す。
「いや、あのお二方が…ソレイユ殿もナナミ殿も、普通の…子供と言っては失礼だが」
「ああ、そうだね…こんな戦争さえ無ければ、もっと幸せに暮らしていたのかもしれないね」
戦というものはこうして彼らから幸せを奪い、
あまつさえ幼なじみの少年との敵対という事実を目の前につきつける。
それでも彼らは気丈に振る舞っていた。
大人である我々でさえ、時折その重さにくじけそうになるというのに、彼らは何と強いことか。

けれどそれは危うい吊り橋の上に立つようなもの。
何かの拍子に揺らいで転げ落ちるとも限らない。

「私達は私達にできることをしないとね」
「――そうだな」
降りかけた沈黙を払うようにカミューがまた微笑み、マイクロトフはほっと息を吐く。
「とりあえずもうすぐ冬だ、春までは休戦となるだろうし」
雪深いハイランドから行軍でここまで来るのにはかなりのリスクを覚悟せねばならなかったし、
こちらとて条件はほぼ同じであった。

雪が溶ける春までの、束の間の平和。

どちらが正義でどちらが悪か、戦に善悪なんて無いのだけれど。
それでも我らは信じるもののために。
あの幼い少年と少女の笑顔を守るために。
 

「――つ、」
小さく舌打ちしてマイクロトフが一度はめた手袋を脱ぎ、目を凝らして指先を見つめる。
「どうしたの?」
「さっき棘を刺したみたいだな…く、取れんっ」
必死で不器用な指先が棘をつまみとろうとするのに笑って、カミューがその手をとった。
「貸してごらん?」
そうしてカミューもじっと指先を見つめる。
廊下の真ん中で大の男二人が揃って指先をじっと眺めている姿はきっと滑稽であったろうが、
本人達はいたって真剣である。
やがてしなやかな指がそうっと刺さった棘を抜いた。
「これで大丈夫かな?」
「抜けたみたいだな、ありがとう、カミュー」
もう一度眺めて確かに棘が抜けたことを確かめて、二人は顔を見合わせて笑い。
だからマイクロトフはいつものごとくカミューの笑顔にころりと引っかかる。

――ちゅ。

マイクロトフの表情が笑顔のまま固まった。
「これで消毒もできたし、もう大丈夫だね」
カミューはといえばマイクロトフの指をくわえつつ相変わらずの無敵スマイル。
口をぱくぱくさせたまま二の句のつげないマイクロトフの頬に音をたてて啄むようなキスをして、
そのままカミューは優雅に身を翻した。
「さ、残った仕事を片づけないと♪」
「か…か…カミューッ!!」
ダッシュで追いかけようとした矢先、数m向こうで振り返ったカミューが、びっ、と指を突きつけて
言い放つ。
「騎士たる者、常に冷静に!廊下は走らない!」
「――な、」
はっとして立ち止まったその視線の先でカミューはひらりと手を振って走り出した。
深紅のマントが湧き起こる風に翻る。
「全く――どっちが子供なんだ」
呆れたように後を追うマイクロトフの耳に、カミューの声が届く。
「後で毛布をもらいに行こうか、寒がりのマイクロトフが風邪をひいたら困るしね!」
「そっくりそのままお前に返すぞ!」
 
 

秋が過ぎてほんの少し長い冬がきても。
この場所の温かさは、決して変わることなく。

そして自分たちを包む温度も、ずっと変わらぬ温かさで。
 
 


END


ま、またも蓮川様に頂いてしまいました(≧▽≦)/
サイト開設のお祝いSS!テーマは
”冬支度”です。
甘甘で幸せでこれならばどんな冬もずっと
暖かくすごせますね。
ちょっと子供っぽくて悪戯な赤様が最高です!
そして相変わらず可愛い二人…うっとり。

ちなみにリクエストをして頂くまでの時間が
頂いてからアップするまでの時間の何分の一かと言うことを考えると…
とても…頭が上がりません(苦笑)

(2000.11.1ほむら )