すいか



 
 
 
 
 
 

 
半ばあの地を追われるようにして、同盟軍に加わって初めての夏。
マチルダよりは幾分暑かったが、自分が生まれて過ごした故郷よりは随分とマシだった。
空を眺めてカミューは目を細める。
夏は好きだった。
じわりと照りつける太陽も、噎せるような暑さも、時折掠める涼やかな風も、ふいに訪れるスコールも。
全てが自分の存在というものを感じさせるようで、カミューは夏が好きだった。
「さて…マイクはどうしてるかな」
暑さに弱い隣室の恋人を思い出して思わず笑いがこぼれる。
生まれも育ちもマチルダであるマイクロトフは、ノースウィンドウ程度の暑さでも随分参っているらしかった。
早朝の朝稽古は元気にこなしているのだが、さすがに日中はそれも僅かに衰えるらしい。
今日も確か、部屋でぐったりのびているはずだ。
先日などとうとう道場でへたりこんでしまって、青騎士に囲まれて大騒ぎになっているのを 横から奪還してきたりして。
その後はうちわで扇いでやりながら、二人きりで部屋で過ごしたのだ。
ぼうっとのぼせたような表情はやけに艶めかしくて少しドキドキした。
手出しはしなかったけれど。
「ビクトール殿じゃないからねぇ私は」
聞けば随分と失礼なことをさらっと呟いて笑う。
  

「俺が何だって?」
「……おや、いたんですか」
窓から身を乗り出してみれば、下でニヤニヤと笑う熊が一匹。
さすがに夏、あの見るからに暑苦しそうな服装はやめて麻のシャツに薄手のズボンといういでたちである。
しかし熊なのはどうしようもないらしい。
「どうせまた悪だくみでもしてたんだろ?お前さんそういうの得意そうだしな」
「失礼ですね、貴方のように悪知恵なぞ働きませんよ」
物騒な言い合いを笑いながら交わす。
何やかや言いながらも互いのことは結構認めているから、これしきのことは日常茶飯時で済まされる。
ところで何故一人なのだろう?
「フリックなら食堂でハイ・ヨーの手伝いさせられてるぜ」
おや、見透かされたか。
「ちょうど良かった。お前もちょっと手伝えよ、どうせ暇なんだろ?」
本当はたいして暇でも無いのだが、ニカッと笑う夏男にはかなわない。
それに、絶対につまらないことにはならなさそうだから。
二つ返事で答え、カミューは階下へと踵を返した。
 
 

「これは……また見事な」
眼前に広がる光景を前にして思わずほうっと息をつく。
「トニーが丹精込めて作った代物だ、まぁ当然だな」
手前の実を一つ持ち上げて、ビクトールが満足そうに笑う。
ずっしりと重いすいかが手渡され、カミューもまたにっこりと微笑んだ。
「なるほど、収穫のお手伝いでしたか」
「おう、さっき声かけられてな、とりあえず他にも手伝いをって探してたとこだ」
お前でもマイクロトフでも良かったんだけど、と屈託なく笑うビクトールは、わりとこういう作業は好きらしい。
嬉々としてすいかを蔓から切っては転がしていく。
ひとつひとつを丁寧に運んでは積みあげるカミューも、意外に楽しい作業につい口元をほころばせる。
騎士団長が自ら農作業だなんて、ロックアックスの重臣たちが見たらきっと驚くだろう。
それを想像したらやけにおかしくなった。
「…なぁにニヤニヤしてんだ、気色悪ぃなぁ?」
不気味なものでも見るような顔付きの熊を掠めるように烈火の紋章を発動させてみる。
「あ…っぶねぇなコラ!」
「ふ、口は災いの元ですよ」
どうにも相入れぬこの二人。
傍から見れば案外良いコンビだと思われているということに気付いていないのは、おそらくは当人たちだけであった。
 

戦利品、というか手伝いの報酬としてすいかを一つもらい、歌を口ずさみたいような気分で部屋に引き上げる。
我ながらこんな気分になるのも珍しいと、ふと気が付いて苦笑する。
ビクトールは残りのすいかのうちいくつかを食堂に届けるのだと言って、普通はそんなに抱えられないだろうという  。
個数を持って階段を上がっていった。
どうやら今日の夕食のデザートになるらしい。
人数が人数なら個数も個数なだけに、フリックもどうやらその切りわけの手伝いに行っているようだった。
世話好きな熊は、妙なところで気がまわるようだ。
「さて、と」
しばしすいかとにらめっこして、それからマイクロトフの部屋の扉をたたく。
思ったより元気そうな顔がのぞいた。
「カミュー!」
「夏バテはだいぶ良くなったのかい?」
くすくすと笑いながら部屋に入れてくれるよう瞳で催促する。
「相変わらず暑いのはダメなんだね」
「…そんなことないぞっ」
扉を広めに開けてやりながら、口を尖らせて抗議するマイクロトフの瞳が、ふとカミューが手にしたものに注がれた。
途端に瞳をきらきらと輝かせるのに、思わずカミューが笑い出す。
「マ…マイク、そんなに嬉しいの?」
「すいかだなっ!?カミュー、それはどうしたんだ?」
夏バテもさっきまでの仏頂面もどこへやら、すっかりわくわくと嬉しそうに問いかけてくるのを、カミューもまた嬉しそうに眺める。
ひとつしか違わないのに、時折こうも子供っぽく、可愛らしくなられるのは見ていて楽い。
決して他人の前では見せない姿だからなおさらに。
「収穫の手伝いをしてね、ひとつ頂いてきたんだよ」
「ああ、トニー殿の所だな?呼んでくれれば俺も手伝ったのに」
「さっきまでバテて寝てたじゃないか。それに、私もビクトール殿に引っぱり出された口だよ」
ほらほら、これを冷やさないとね、と言われて我に返ったマイクロトフは、少し待てと言い残して足早に浴室へと姿を消す。
そして、すぐに聞こえてきた水の音に、カミューはすいかを抱えたまま今度こそ声をたてて大笑いしたのだった。
 
 

夕食後。
結局あの後にも3つ程もらってしまい、騎士団全員で分けて食べることになった。
大騒ぎしながら切り分ける部下達を横目に、カミューはさっさと二人分を持って部屋に戻る。
「マイク、もらってきたよ」
ノックの代わりに声をかければ、扉はすぐに開かれた。
片方を手渡して自分も中に入る。
「こんなふうにしてすいかを食べるのは久しぶりだな」
開け放した窓の向かい側、壁にもたれかかるようにしてマイクロトフが笑った。
ちょっとばかり行儀が悪いかもしれないが、こんな時はこのくらいがちょうどいい。
「じゃあ、いただきます」
顔を見合わせてふふっと笑い、しゃく、とすいかに歯をたてる。
「甘いね」
「そうだな、美味しい」
しゃくしゃく、という小気味良い音をさせながら、ふいにカミューがくすりと笑った。
「そういえばさ」
「何だ?」
「初めてマイクとすいかを食べた時のこと思い出した」
マイクロトフが怪訝そうな顔でカミューを見やる。
「まだ騎士見習いになりたての頃にさ、こうやってすいかを食べてて」
「……あ!また恥ずかしい話を思い出したなっ!?」
かぁっと頬を赤く染めた相手に喚かれる前に早口でまくしたてる。
「この種を植えたら来年もすいかがたくさん食べられるだろうかなんて言って裏庭に
こっそり埋めたんだよね」
喚くマイクロトフを片手で抑えながらけらけらと笑うカミュー。
がっくりと頭を垂れて、マイクロトフははぁっと溜息をつく。
「なんでそういうのばっかり…」
「マイクとの思い出は全部覚えてるからね私は」
何やらさらっととんでもないことを言われた気がするが流しておこうそうしよう。
マイクロトフとて長いつきあいの中で学習するのだ。――もっとも、
あまり役立ったためしは無いが。
「当然冬を越せる筈が無くて…次の年の春にまたこっそり種を埋めて、夏に育ってたのを庭師に見つかって怒られ
たっけねぇ」
「せっかく育ってたのに…」
「まぁね、白騎士団長の庭に埋めたら怒るよね。ましてや花の中にすいかだもの」
ぷふっと吹き出したカミューは、しばらく笑いがおさまらないらしくすいかを手にしたまま
肩を震わせている。
マイクロトフは憮然としたまますいかを平らげると、足でカミューをどかっと蹴った。
「いつまで笑っている!さっさと食え!」
「…ったいなぁ、もう…」
ぶつぶつと文句を言いながらも、言われたとおりに食べ終えてカミューが立ち上がった。
「あ、俺が行く。さっき持ってきてもらったし」
後かたづけは自分がするからとカミューの分も受け取り、部屋から出ようとした
マイクロトフは、背後からカミューに呼び止められて何の気無しにくるりと振り返った。
  
  
「…あ、すいか味♪」
「〜〜〜〜!!!」
「口元は拭ってから出た方がいいよ?」
「……う、るさいっ!大きなお世話だ!」
  

どかどかと足音も荒く洗面所に入り、口を拭って出てきたと思ったらまた大きな足音を
たてて出ていった。
そしてカミューはこの日何度目かの大きな笑い声を部屋中に響かせる。
あの夏は、長い時を過ごしたあの部屋に置いてきたけれど。
新しい夏を、ここでまたあの日と同じように繰り返された幸運を、いったい誰に
感謝しようか?
床に落ちた一粒の種。
ここからまた、新しい思い出を、二人で作っていけるのなら。
決して、ここに来たことは間違いではないのだから。
 
 

夏の、ある平和な一日の物語。

  

 


 

蓮川様よりの暑中見舞いです。
マイクのあまりのかわいさに
チャットで噛みついたらいの一番に下さいました。
こっそりすいかの種をまいたり、花の中にすいかが…
二人でこっそり育てているのをが頭に浮かんできて…
すごく可愛くありません?
壁紙は「MERVEILLES」の青い蝶様が
わざわざオーダーで作って下さいました…。
もう幸せですわ〜(昏倒)
むしゃむしゃごっくん…
はーごちそうさまでした(おいおい)。

(2000.8.2.リオりー)

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