「記念日」

 
 

 マチルダにいた頃、記念日といえばそれは大抵記念式典と直結していた。
 騎士団設立記念。各騎士団長の誕生日に就任何周年記念。盛大な式典とパーティ。
 騎士見習が一人前の騎士になるための鍛錬は厳しくて有名だが、堅苦しい礼装に身を包み延々と団長やら来賓やらのお言葉を聞くのはそれ以上の精神力が必要だ。それでも誰も仮病を使ったり抜け出したりしなかったのは、騎士になるための教育の成果というよりは、どちらかと言えば苦痛の時間の後に待っているご馳走が目当てだったわけで。
 成長盛りの騎士見習達にとって、記念日といえば正装、苦痛の式典、そしてご馳走。それだけの印象しかない。まして、騎士となって料理に目の色を変える訳にはいかなくなってからは、記念日=式典=苦痛という方程式ができあがってしまった。
 それは生真面目で通っているマイクロトフも例外ではなく。

 だから、同盟軍に入ってその常識が覆させられた時には、世界が変わったような気がしたものだ。
 この城においては毎日が何かしらの記念日だった。
 これだけの大所帯だ、放っておいても2、3日に一回は誰かしらの誕生日がやってくる。おまけに、「傭兵隊砦の落成日」(ビクトール殿の提案だ)とか「シルブ殿の背丈がナナミ殿の背を追い越した日」だとか(もちろんシルブ殿が主張した)、「シルブ殿のオムツが取れた日」(これは・・・ナナミ殿の逆襲に違いない)だとか。要するに何でもあり、言った者勝ちなのである。そして、誰かが言い出す度に酒場で祝いの宴なるものが開かれる。その席には大抵あの年若いリーダーとその姉がいて、仕事の都合さえつけば傭兵隊出身の腐れ縁コンビも洩れなく混ざっている───つまり、城をあげてのお祭り騒ぎである。
 最初この城に来たとき、マイクロトフはどうしても、この年中祭りのような雰囲気に慣れる事ができなかった。
 楽観視できない状況の中、一体何故あれほど騒げるのか、騎士団の街に生まれ、騎士団の厳格な雰囲気の中で育った彼には理解できなかったのだ。
騒ぐよりも他にすることがあるだろうに。
そう思ってしまうと宴会の席に同席することすら苦痛で、早々に抜け出しては一人道場で剣を振るうこともしばしば。
 ところが、同じ騎士団長だったカミューのほうは、早々にこの雰囲気になじんでしまった。決して馬鹿騒ぎするわけではないのだが、ふと気がつけば、酒場の一角でビクトールやフリックと杯を酌み交わし、レオナやリィナ、ジーンといった妖艶な美女達と会話を楽しんでいる。
「お前は何でも難しく考え過ぎだよ」
そう言って微笑む親友には悪いが、同盟軍にも含むところは何も無いが、このお祭り騒ぎだけはずっと好きになれないだろうとそう思っていた。
 だが、そう決めつけた自分のなんと短慮だったことだろう!
 彼らと行動を共にすることが長くなるにつれて、当初は見えなかった部分が次第に露わになる。若くて少々頼りないと思っていたリーダーの、人を惹きつける輝きと裏に隠された先導者としての苦悩。ナナミの明るさと弟を気遣う優しさ。ビクトールの大雑把で奔放な態度の裏に隠された優しさと繊細さ。青臭いほど真っ直ぐなフリックの、戦場で見せる意外な豪胆さ。
 表に見えるだけが全てではないのだ。厳しい現実だからこそ、それに負けないように日々を楽しんで過ごすのだと、彼らの意図が何となく判ってきたのだった。(それは考え過ぎだよ、マイクロトフ。彼らは見た通り、ただお祭り騒ぎが好きなだけなんだから。 by カミュー)

 今日も今日とて。
 「ねえ、今日は何の日か知ってる〜?」
ナナミがそこらじゅうの人を捕まえては聞いて回っている。
さて、今日は何の日だったか。誰かの誕生日だっただろうかと首をひねっても、生憎記憶にはなかった。
「マイクロトフさんは覚えてる?」
しばらく記憶を探ったが、どうしても判らない。
「残念ながら」
すると彼女は眉を顰め、指先をちっちと小さく振った。
「もう。どうして覚えていないの。困っちゃうなあ」
「俺に関係のあることですか?」
「大いに関係があるよ」
シルブが姉の後ろからひょっこり顔を出す。
リーダーが覚えていて関係者である(らしい)自分が覚えていないとは全くもって申し訳ないのだが・・・覚えていないものは覚えていない。
「主役が覚えていないんじゃ話にならないなあ。夕方までに思い出してよね」
「判らなかったらカミューさんに聞いてもいいから。カミューさんならきっと覚えていると思うし」
リーダーとその姉はわざとらしくしかめっ面をして、指をびしっとマイクロトフに突き付けた。
「わ、判った。努力しよう」
その迫力と覚えていなかった後ろめたさにたじたじとなって、マイクロトフは思わず頷いてしまう。血の繋がりこそないものの非常によく似た姉弟の、その瞳に浮かぶ悪戯を思いついた悪童のような瞳の色に若干の不安を覚えつつ。

 「今日が何の日か?」
優雅な仕草で読んでいた本に栞を挟むと、カミューはティーカップを取り上げながら首を傾げた。
「シルブ殿とナナミ殿に夕方までに思い出すように言われたんだが・・・」
「全然記憶にないんだね」
くすくす笑いながらの問いかけに頷くのは癪だったが仕方がない。自分で思い出せない以上、この細かい事に気が回る友人の助けを借りるのが最良の方法。
「本当に覚えていないの、マイクロトフ?」
 誰かの誕生日でないことは、先程の時点でリッチモンドに確認済みである。ということは「誰かが何かをした」記念日なのだろうが、生憎マイクロトフはその手の情報には疎かった。
 渋々頷くと、カミューはティーカップをテーブルに戻し、小さく、本当に小さく溜息をついた。
「お前は冷たいね。まあ、お前らしいといえばそうなんだけど」
恨むような視線を向けられても覚えていないものはどうしようもないのだ。
「すまない。ヒントだけでも教えてもらえないだろうか」
頭を下げるマイクロトフに、カミューは微笑むような情けないような何とも言えない表情で天を仰ぐ。が、マイクロトフが頭を上げるた頃には既にいつものチェシャ猫のような笑みを浮かべていた。

 「じゃあ、少しだけヒントをあげよう」
その言葉にマイクロトフが身を乗り出す。
「つい最近あった大きな行事は何だい?」
「確か・・・ミューズの鎮魂祭が・・・」
ミューズがかの紋章の犠牲になったのは一年と数週間前。騎士団から離反する直接の原因となったあの日から丁度一年経った日に、リーダーの少年はジョウストンの丘に鎮魂の碑を立てた。その記憶はまだ新しい。
「それがどういう関係があるんだ?」
「まあまあ、そう焦らないで」
カミューは馬を宥めるように『どうどう』とマイクロトフの頭を軽く叩く。
「カミュー!俺は馬じゃない!」
「知っているよ。で、昨年のミューズの事件以降どんなことがあったかは覚えている?」
「もちろん」
馬鹿にするな、とマイクロトフは指を折りながら一つ一つ数え上げていく。
「シルブ殿達とロックアックスに戻って、ゴルドー様に報告して・・・」
「お前と私が騎士団を離反して・・・お前が先にロックアックスを出たんだったよね」
黙ってしまったマイクロトフの後をカミューが続ける。
「それから、私が他の騎士を連れてお前たちに追いついて・・・」
「同盟軍に参加した」
再びマイクロトフが続きを引き取る。
「そう。それが一年前の今日なんだよ。で、その晩のことを覚えているかい?」
 カミューがくすりと笑ってマイクロトフの顔を覗き込んだ。
「その晩・・・その晩!」
マイクロトフの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
 そう、その晩。急遽大勢の騎士を迎え入れて手狭になった城の一室で。二人は一つの寝台の上で朝を迎えたのだった。
 当初の怒りと興奮と勢いが収まってみれば、己がしでかしたことの重大さに驚き、友と部下を巻き込んでしまったことに意気消沈し。
そんなマイクロトフをカミューは無茶をすると怒り、慰め、最後に・・・彼を抱きしめて想いを告白した。
己の肌を這い回る長い指。あちこちに散らされた朱。
今では当たり前となってしまった行為は、あの晩から始まった。
 「覚えていた?」
カミューが嬉しそうに微笑む。
「わ、忘れるわけが無いだろう!」
「嘘。私が言うまで忘れていたくせに」
「忘れていた訳では・・・」
慌てて否定しようとしたマイクロトフをカミューの言葉が遮った。
「だって、ナナミ殿に聞かれても判らなかったのだろう?」
 ピキーン。
マイクロトフの動きが固まった。
「・・・」
「どうしたの、マイクロトフ?」
カミューがやっぱり微笑を浮かべている。その瞳がくるくると楽しげに見えるのは、多分、気のせい。
「ナ、ナナミ殿とシルブ殿は今日が何の日かご存知なんだろうか・・・?」
「知っているからこそお前に聞いたのだろう?」
マイクロトフは再び固まってしまった。
「よかったね、思い出せて。これでナナミ殿の質問に答えられるだろう?」
小首を傾げたカミューの言葉は、果たしてマイクロトフに届いていたのかどうか。

 「あー、いたいた!」
「捜したんだからねー。どこにいたのー?」
 時は夕刻。場所は酒場。
 一日ナナミとシルブから逃げまわっていたマイクロトフだが、夕食は宴会兼、とカミューに引きずり出されたその場所で、とうとうお元気姉弟につかまってしまった。
「思い出した、マイクロトフさん?」
ナナミに尋ねられ、マイクロトフの頬が真っ赤に染まる。
「あ、ああ」
「じゃあ、何の日か言ってみてよ」
「え?」
その時のマイクロトフの顔は見物だったと、カミューは後でそう言って笑った。
「何の日か思い出したんでしょう?合っていなかったら困るから」
「え、いや、その」
「どうしたの?」
「こ、これは極めてプライベートなことだから・・・」
 真っ赤になってどぎまぎするマイクロトフははっきり言って可愛いかった。いい年のいい体格をした男に向かって可愛いも無いものだが、本当に可愛いのだから仕方ない。
「マイクロトフさんって可憐・・・」
酒場の隅で呟いたのは誰だったか。
 マイクロトフは、首筋まで真っ赤にしながら、わたわたと手を振り、「あ」とか「う」とか意味不明なことを呟いている。
 「助け船を出してやったらどうだ?」
ビクトールが首をひねって後ろのテーブルを振り向いた。そこには、捕まってしまったマイクロトフを置いてさっさと席についてしまったカミューがいる。
「何の事です?」
「わざと誤解を招く説明をしたんじゃないのか?」
「マイクロトフも気の毒に」
腐れ縁コンビの一方はこの状況を楽しんでおり、残る一方は心底同情しているようだが、これ以上マイクロトフをいじめてくれるな、という点で一致しているらしい。それはそうだろう。マイクロトフの稽古という名のストレス発散につき合わされるのはこの二人(主にフリックだが)である。
 カミューは友人達の顔を眺め、それから未だにしどろもどろしている相棒に視線を移し、いかにも渋々といった様子で席を立った。
「マイクロトフもあれくらい捌けないようでは先が思いやられますね」
「誰のせいだ」という腐れ縁コンビの呟きは、幸いカミューには聞こえなかったらしい。
 「マイクロトフ、何をしている。早く席につかないか」
「あ、カミューさん。カミューさんは今日が何の日か知っていますよね?」
元赤騎士団長の割り込みに、シルブとナナミの瞳がきらきらと輝いた。
「もちろんです」
「じゃあ、急に言葉をしゃべれなくなっちゃったマイクロトフさんの代わりに答えてくれる?」
「カ、カミュー!!?」
マイクロトフの悲鳴が上がるが、シルブもナナミも、そしてカミューもきっぱり無視した。
 「カミューさんに質問。今日は何の日?」
「今日はマチルダを離れた我々がこの城に着いた日。つまり、我々が同盟軍に参加した日ですね」
にっこり笑ったカミューに、マイクロトフが「あっ」という顔をした。
「大当たり〜。さっすがカミューさん」
「私達にとっても大きな転機でしたからね。騎士は皆覚えていますよ」
覚えていないのはマイクロトフぐらいなものです。
そう言ってにっこりと微笑む様は、女性陣に溜息をつかせるに十分である。その女性陣を見て男性陣もまた違った意味で溜息をついたのだが。
 酒場の全ての人物が溜息をつく中、一人だけ違う反応を見せたものがいた。マイクロトフである。
「カミュー・・・」
その大きな拳がふるふる震えている。
「何?私は嘘は言わなかっただろう?」
「嘘をつけ」そんな呟きがどこからか聞こえてきたが、やっぱりきっぱり無視される。
「私達がこの城にきた最初の日。初めて同盟軍に入った日。この城で過ごした最初の夜。違うかい?」
「そうだよね。で、それのどこがプライベートでしゃべれないことなの?」
 ニッコリ微笑んだカミューと「僕何も知りません」と澄ましているシルブの笑顔がとっても恐ろしく感じたマイクロトフだった。

 後日、城内のカレンダーには「マチルダ騎士団の皆さんが仲間になった日」の横に「カミューさんとマイクロトフさんの記念日」という記述が追加されたそうだが、それが一体何を指すのか知る者は稀である。好奇心いっぱいのゲンゲンがマイクロトフに質問をしたが、真っ赤な顔で「知らん」と言われたとか、リッチモンドに調査依頼をしたら法外な価格を請求されたとか、この記念日にまつわる話は本拠地七不思議として伝えられている。(ほんとか?)

/*終*/


 
 
 


☆澪様のコメント☆
/* おいおい、一年経ってもまだ戦ってるんかい!っていう突っ込みはこの際どっかに放っておいてくださいませ(^^;)

無理やりなお話ですみません。おまけに随分遅くなってしまって・・・穴があったら入りたい・・・。
サイト開設1周年おめでとうございます〜。*/



はーい。いつもお世話になっている澪様からサイト一周年記念に頂きました〜\(≧▽≦)/
えへへへ〜♪もう、騙されまくっている、マイクロトフがかわいいです〜。でもだいぶ反応がよくなったよね(爆笑)
ひっかけるカミュー様も素敵。なんか何でも知ってそうな2主が…実は一番おいしい人かも…(笑)
お引っ越しで本当にめっさ忙しい中素敵なお話をありがとうございました〜\(≧▽≦)/>澪様
(2001.11.28)