PRIDE
 

やや早足の、カツカツと地を踏みならすような足音が響く。
行き交う誰もが慌てたように道を空け、彼が通り過ぎるのを待つ。
口をへの字に曲げ、あからさまに怒りの感情を露わにして隠そうともせず、
マイクロトフはただ前方を見据えて歩く。

命令にはいついかなる時でも従わねばならない。 
そんなことはわかっている。
それでも。

「――くそっ!」
自室の扉を荒々しく閉め、握った拳を机に打ち付けて絞り出すような息を吐く。
悔しさと虚しさが入り交じった感情が心を苛んで。
これは怒りか哀しみか。

『お前の言っていることは子供の我儘と同じだ。思い上がるのも大概にしろ!』

王国軍の侵攻が激しい。
だからこそ見回りを強化し、いつでも抗戦できるように準備すべきだと。
民を護ることが騎士の勤めではないか、と。
そう進言したマイクロトフに返ってきたのは君主ゴルドーの冷たい言葉。
白騎士連中も素知らぬ顔で、孤立した自分はただ一礼して帰るより他無かった。
相容れぬのはわかっている。
カミューがとりなしてくれるからこそ、さほど激しいぶつかりあいにならずに済んで
いるということも。
そのカミューは朝から外交のためにグリンヒルへと赴いていた。
マイクロトフ一人では、あのゴルドーに口で勝てる筈も無く。
 

団長服を脱ぎ、冷たいベッドに身を投げ出す。
早朝、出立前のカミューが扉の下から滑り込ませていった手紙を何度も読み返す。
他愛のない、ただ不在の間の用件のみが記されたその文章の最後に、いつもの
ようにさりげなく付け加えられている言葉。

『くれぐれも無茶はしないように』

最初の頃は心配性だな、と怒ったり笑ったり。
そのたびにカミューはただ笑っていたのだけれど。

傷つくことは怖くない。
本当に怖いのは、大勢の中で小さな一人が埋もれてしまうこと。
正しい筈の意見が、言葉が、多数という正義の中に消えてゆくこと。
騎士になってから、マイクロトフはそんな場面を何度も見てきた。
騎士たる者、だからこそそんな人々の意見を護ってゆかなくてはならないと誓った。
 

けれど――どうにも伝えられないことが多すぎて。
 
 

頬に何かが触れた。
うっすらと目を開けて、溢れる朝の光が眩しくてまた目を閉じる。
いつのまに眠ってしまったのか、時間は過ぎていつもの朝。
寸前に焼きついた、逆光の中で微笑む顔。
「…帰ってたのか」
「ついさっきね。窓を開けたまま寝ちゃだめだって言ってあっただろう?」
目をしばたたかせて起きあがれば、団長服に身を包んだままのカミューがまた笑う。
かたんと小さな音をたてて、開け放したままの窓が閉じられる。
夏を過ぎ、秋も半ばにさしかかったこの季節、さすがにロックアックスの朝は寒い。
ふるり、と身を震わせると、微かな笑い声とともに温かい腕が身を包んだ。
「…ただいま」
おかえり、の声は触れるだけのキスの中に消える。
「ゆっくりしてくればよかったのに」
「マイクに会いたいからって早く帰ってきた努力を報いてはくれないのかい?」
「またそういうことを言う…」
それでもここにカミューがいることが今の自分には嬉しくて。
一人じゃない、と優しい笑顔と温かい腕が教えてくれるから。
だから何も言わず、ただ甘えるようにすり寄ってみる。
「珍しいね。何かあった?」
きっとマイクロトフも気づいていない頬の涙の跡に気づきながら、カミューはそれには
触れず、優しい口調で問いかける。
「何も…何も、無い」
問われて途端に口が重くなるのに苦笑して、ただ視線だけで言葉を促す。
「…カミューは」
「うん?」
「俺の思うことや言うことは子供の我儘だと思うか?」
何ともわかりやすい問いだと思いつつ、俯くマイクロトフの頭を抱き寄せて囁く。
「マイクの言うことは間違ってないだろう?」
「――わからないぞ?そんなの…」
「私がそう言うんだから間違いないんだよ」
きっぱりと言い切ってもう一度強く抱き寄せ、それ以上を遮るように深く口づける。

何があったかは容易に想像できた。
この正義感溢れる青年は、また領主とやりあったのだろう。
自分がいるときであれば何とか意見を通してやることもできたが、
今回は至急の用で城を空けてしまっていた。
傷つくことを恐れずに立ち向かう、その心こそ騎士にふさわしいマイクロトフ。
だがそんな彼が実は脆く崩れやすい内面を抱いていることに気づいているのは
おそらくカミューだけであっただろう。
そして、その内面を守って余りある強固な精神を備えているということも。
だから彼こそは騎士にふさわしい。
騎士道に対する情熱が、民を守る原動力になる。
カミューが失くして久しいそうした情熱や、騎士というものへの夢や、様々な思いを
マイクロトフは全て持っていた。
だからこそ守りたい。
せめて自分だけは彼の味方でありたい。
時に諭し、時に教えられ、常に傍らで彼の意志を守る役目を負うために自分は騎士に
なったようなものだと、カミューはふとそう考えて微笑む。

「俺の言うことはきっと夢物語のようなもので――」

マイクロトフが小声で呟く。
「ゴルドー様から見れば小僧の思い上がりかもしれないが、それでも俺には
譲れないんだ」
「――うん」
「この気持ちを無くしたら俺は騎士ではいられない。騎士であるからこそ、
この気持ちを大事にしたいんだ」
泣きそうな声で、でもその瞳には決して屈しない光が宿る。
それは彼の誇り。
伝わらないことに哀しむよりも、不条理なことに怒るよりも、
自らの誇りを貫くことが彼にとっての生きる全て。
騎士であることの意味。

ああ、とカミューは頷く。
だから自分は彼に惹かれるのだ。
自分がとうに失くした理想も、夢も、希望も全てマイクロトフは持っている。
何があっても大切に守り抜くのだと。
誇りにかけてそれだけは譲れない、と。
ならば自分は盾となろう。
いつか彼の誇りが、騎士たちの誇りとなるように。
せめてそれまでは彼の傍らで彼を守る盾となろう。
 

朝の稽古へと向かうマイクロトフを見送り、カミューは呟く。
間違ってないよ、と。
「お前の誇りを夢物語だと笑う者がいるのなら――私が殺してあげるよ」
微笑むその顔は妖艶なまでに美しく。
 
 

それは彼らが自らの誇りのためにマチルダを離れ、同盟軍に加わる数ヶ月前の出来事。
 


 


カミマイ交換会で厳選(笑)なるあみだの末
リオりーが引き当てました『WINDY ROAD』蓮川和美様のSSです。
主催者様のSSを引き当てるこういう時だけは運が強い!

喜怒哀楽の怒り、そして哀…、
しかも気付かない涙のアトが…
青様、可愛くってらしくって…愛おしいです。
そして赤様は怒りですね。
「殺してあげる」って…
もうかっこいーーーー!!!( ̄¬ ̄)
殺して欲しい…(死!!)
決して譲れない強さが騎士としての彼らの強さなのですね。
とにかく蓮川様とはあたりが良くってうれしいです。
リオりー搾取しまくっています!
ああ、もう幸せ(爆)!!!

(2000.11.3 リオりー)