『Go West』







その空は全てを受け入れるように果てしなく広く
ただ高く──
真っ直ぐと高く──
何の迷いもない程に高く青く澄み渡っていた。
 
 
 
 
 
 
 

ルルノイエ陥落の後。
人々は1日も早い復興と平穏を取り戻すために日々明日のことだけを考えていた。
あれだけいた同盟軍本拠地も皆の希望が叶えられた現在は
それぞれの人生の為に旅立っていった者や更なる繁栄を願いこの地に残った者など様々であった。

カミューとマイクロトフはゴルドーの死後荒廃し続けるマチルダ騎士団を
再建するべくロックアックスへと戻り数ヶ月が経っていた。
無我夢中の月日だった。
とにかく騎士団の柱である白騎士団長ゴルドーを失った白騎士団はすっかり秩序が乱れきっており
そこらの夜盗らと何ら変わりのない酷い有様であったのだ。

カミューとマイクロトフは自分達と共にマチルダに戻ってきた
青騎士や赤騎士を中心としてその白騎士達の再建を目指すが
彼等にとってはカミューやマイクロトフは仇以外の何者でもなく
当初はあわや戦が始まるのではと危惧もされていた。
しかし、白騎士達に愚痴などを零す程度の愚行はあってもそれ以上の
気力もまた、規律の整った青騎士や赤騎士達と一戦を交えるほどの戦力も無いことは
白騎士達が十分承知している事実でもあった。
それよりも白騎士達の中にもカミューやマイクロトフの人柄について信奉する者もいたので
さしたる混乱には至らなかったというのも原因のひとつであろう。

とにかく乱れきった騎士達の中には既に騎士道すら捨ててしまった者もいて
温情をかけても「使える」といった者達は半分にも満たないくらいであった。
そこで少人数でもまだ志のありそうな者だけを集めてとにかく
『マチルダ騎士団』としての誇りと名誉を取り戻すべく
地道ながらも着実に再建への兆しを見せ始めていった。

カミューもマイクロトフも早い再建は望みながらも早すぎる再建はまた脆く弱いものであるというのを
先の戦いで身に染みて感じてきた事だった。
強い国家は皆の強い意志と統一からしかなり得ないのだと知っている二人は
武力はさることながら気力と国を思う一体感を大事に育んでいくようにと騎士達を
鍛え上げていったのだった。
 
 
 

そうして数年の後。
まだ完全とまで行かないとしてもほぼマチルダ騎士団は過去の様に
民衆から尊敬され期待され平和を司る象徴に戻っていたのであった。
その時にマイクロトフは騎士団ならずとも民衆からも是非騎士団長にとの声が上がったが
自分はそのような器ではないし、人を指導して行くには若輩過ぎるとひとつ返事で断った。
当然カミューにも同じ様な打診はあったが、勿論同じように答えは決まっていたのだった。
結果、マチルダ騎士団は彼等より幾分か年上の者が騎士団長の任に就くことになる。
マイクロトフもカミューも二人揃ってその男への協力は惜しむ事はなく、
その事もあり騎士団は順調に更に再建への道を辿っていったのである。

何もかも順調に進んでいった。
領内の人々の暮らしも安定し、城下町では子供達が薄暗くなるまで遊び回る声や
商人達の賑やかな声。その窓からは暖かな夕食の匂いが立ちこめるような明かりの点る民家。
どれも、これもゴルドーが君臨していた時よりもはるかに平穏な暮らしだった。
 
 

「今日も1日無事に何事もなく終わったな」
ゆったりとソファに凭れてマイクロトフがその腰元のダンスニーを鞘毎抜き取ると
机の上に置き、相変わらずの青い騎士服の襟元を緩め1日の終わりを満喫していた。
「そうだな」
同じように愛剣ユーライアを腰元から抜き取るとカミューは温めてあったティーポットを手に取り
二人分の紅茶の用意をし始める。
カチャカチャとティーカップの揺らめく音すらもこの世の安穏さを象徴しているかの様だった。
コポコポと湯気を立ち上らせながら注ぎ込んだ紅茶をマイクロトフに差し出しながら向かい合わせの
ソファにゆったりと座る。
目線だけを互いにちらりと合わせると、ほぼ同時に紅茶のカップに口をつけゆっくりと体内に流し入れ、その熱を溜飲していく。

しばし二人はお互いの仕事の内容を確認したり城下町であった微笑ましい話など
つつがなく話し合い、そうしてティーカップが底の地肌を見せる頃には自然と会話は失せ
どちらともなくお互いの熱を欲するようにして抱き合う。
そんな毎日も全てが平穏の証の様であった。
 
 

まだ月が煌々と照らしている深夜にカミューはひとり寝台を抜け出て
月明かりがよく見えるように窓際に移動しその光を浴びる。
自分が今来た歩みの先にはひとり寝台で安らかな眠りについているマイクロトフがいる。
愛しくて恋しくて何者にも代え難くて、だからこの手を取ってくれたことが殊更嬉しくて
神に感謝したのはいつのことだったろうか。
もう、何年も前の事だというのに、その日の事も初めて出逢った日すらも
昨日の事のように鮮明に覚えている。
マイクロトフと過ごしてきた何もかもは決して色褪せる事なく今も生き続けている。

だから──
だから今になって故郷か気になるのだろうか。
幼い日マチルダ騎士団に入隊して以来戻ることも帰ることもなかった故郷。
グラスランド。
ハイランド降伏の後グラスランドでは近年盗賊達によって国境を脅かされている
という情報がこの仕事をしていれば否応なしに耳に入ってくる。
故郷に関しては決して愛情の深い思い出があるとは思ってはいない。
両親も既になく。恐らく自分を知る者は今のグラスランドにはいないだろう。

だが、しかし・・・・。
この毎日の平穏の暖かさが自分には居心地が悪くなるような気持ちがするのは何故だろう。
カミューは漠然と心の中に沸き上がる小さな塊が日に日に大きく膨らんでいくのを感じていた。

ここでは誰もがそして何もかもが暖かい。
誰もが今日のこの日が明日への繋がりだと、それが当たり前のように過ごされている。
1歩外を歩けば小さな子供から、お年寄りまでが自分の事を英雄視して敬意を払っているのが感じられる。
その事について悪いことだとは思わない。
寧ろ喜ぶべきなのだと思う。
しかし、幼子が無邪気に微笑む顔を見る度に、未だに貧しい放牧生活の為に
飢え絶えていく子供の姿が浮かんでくる。
自分に会えば両手を摺り合わし有り難いと拝んでくる老人を見る度に
薬も満足に与えられず、その命の灯火が消えるまでただ待ち続ける老婆の姿が浮かんでくる。
自分の事を知っている人に会えば会うほど
会わなければならないであろうまだ見ぬ人々の姿が瞼に焼き付いて離れない。
 

まだ、自分にはすべきことがあるのではないだろうか。
 

そうしてカミューはひとつの結論に達する。
月明かりをもう1度確認するように顔を見上げる。
この月は此処でもグラスランドでも同じように見えるのだろうか。
此処の民衆には明日とを結ぶ希望の明かりかも知れない。
しかし、我が故郷グラスランドの人々にはどう映るだろう。
それはまだ繰り返される侵略への攻防の合間の溜息にも似た灯火に映っていやしないだろうか。

・・・・マイクは。
マイクロトフはどう思うだろうか。

カミューは今まで他人に対しての執着は一切無かった。
それがこの地で初めて会ったマイクロトフという男に自分の人生観までも変えられたしまった。
そして、変えられた自分を何の戸惑いもなく好きだと思えるようになった。
彼がいなかったら・・・
そう、自分はマイクロトフに会わなかったらここまで他人と打ち解け理解する事があったであろうか。

「なかったな・・・」

思わず零れた言葉に全てを理解してカミューは口元から小さな笑みを零す。
自分がまた変わるために。
マイクロトフにもっと認めて貰うために。
そして、もっと自分を好きになるように。

カミューは零れるような長い睫毛を1度上下させると再び寝台へ戻っていく。
そうして横たわっている恋人を大きく抱きしめ再び眠りへつき始める。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

それから1週間後。
カミューはグリンヒルへ向かう関所へと向かっていた。
供はひとりも従えず。
その象徴である鮮やかな深紅の騎士服も纏わず。
しかしその手には唯一ロックアックスを出る時にマイクロトフによって
手渡された愛剣ユーライアがあった。
そして、小さな手荷物と。

関所を越える時に1度だけカミューは振り返る。
そうして鮮やかに微笑むと踵を翻し颯爽と関所を通り抜けていくのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 

カミューがマチルダを去った更に数年後。
マチルダ騎士団では新たな騎士団長に今度こそマイクロトフをという声が絶対数を占めていた。
以前はまだマイクロトフは20代と年若く、その手腕は認められつつも年齢的な問題もあるからと
本人に固辞されて回りの者は納得せざるを得なかったのだ。
それから何年の歳月が流れたであろう。
マチルダは相変わらず統制の取れた安定した国家を保っていた。
先の騎士団長が持病の悪化に伴い勇退する事を告げ、それを受けて今度こそはマイクロトフを騎士団長にと
推す声が多くなるのも当然の出来事であった。

しかし。
今度もマイクロトフは首を縦には振らず、並み居る重鎮達を説得して
自分は一騎士として行くことを何ヶ月もかけて説得していた。
重鎮の中には泣き出す者や、願いを聞き入れてもらえないのならばいっそこの場で自害も辞さないという
半ば脅しにも似た懇願に、自分にはまだ他に成すべき事があると
しなければならない事があるのだと苦笑しながら断り続けたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

そして、ロックアックスに一足早い冬の訪れが来る頃。
季節の流れに逆らうように南に下っていく青年の姿があった。
彼はグリンヒルの関所に着くと盛大な伸びをして大きく空気を招き入れる。
関所の役人がその青年の姿を見つけにこやかな顔をして近づいてくる。
「どちらまでいかれますか」
最敬礼にもにた礼儀をすれば、その青年は凛とした声で澄み渡る空に向かって微笑んだ。
 
 
 
 

「西方グラスランドへ」
 


 



 
 
 
 
『WINDY ROAD』の蓮川和美様主催の交換会にて
公平かつ大騒ぎのあみだの末…
派手に自爆をかましました
『KNIGHT HOOD』のふりりん様と交換になりました(大笑)。
こういう時に自爆なら大歓迎です。
キリ番では全く縁の無かった
念願のふりりん様の騎士ですよ騎士!!
さらりとしてかっこいいなぁ!
彼らは相手を好きな自分のため、
旅立つのですね!
そして30代グラスランドの出会い…
うっとり(ツボらしい)
続きが読みたい(おいおいおい)…
これこそキリ番狙ってリクしよ…(笑)
本当にありがとうございましたーーーーー!

(2000,11,3 ほむら)