言葉のない世界


 

見ているものは昨日と同じものなのに…。
 

こういうときって本当に太陽が黄色く見えるんだな、なんて
カーテンからちらちらと見える太陽を目の端にうつして、なんともなしに感心してしまう。
この太陽の高さからすると朝の自主練の時間などとっくに過ぎ去っているだろう。まだ人の声がしてこないので早いのだろうが、朝の訓練の時間ももうすぐな気がする。
 
 

休みでよかった。普段は休みの朝などどうでもよかった自分だが(どうせ自主訓練をするので)いまいち動きの取れない今は、心からそう思うしかない。
そして隣に寝ている動けない原因を眺めてそっとため息をつく。
夕べほとんど突発的にというか衝動的に人を混乱させ、ついでに痛い目を見せてくれた男は太平楽に人の肩に上から抱きつくようにして眠っている。

重い。

身体のあちこちが痛むというのもあるのだが、どちらかというと動けないのはこの
戒めのせいではないかと思うほど…実際にそうなのだが、がっちりと押さえ込むように乗っかられている。
必然的に横を向けば、それこそ超至近距離で顔を合わせることになるのが少しいたたまれない。
のんきな顔をしているな…などと思ってみる。
実際昨日の鬼気迫るといった風情のかけらも今のカミューからは見あたらない。
別人じゃないだろうな。
じっさいこうしていると、あちこちに残る情事の残り香と身体の痛みがなければいっそ夕べの嵐など夢かと思うほどだ。

「カミュー…」

 呼びかけてみるが起きる気配がない。
しかたがないので動く方の半身を少しだけ動かしてみる。
思ったほどつらいと言うことはない。
身体の痛みは動けないほどではなく、この状態で相手をたたき起こしてしまわない自分はよほどのお人好しかと疑ってみたり。

ああ、そうじゃないな。
ただ単にかける言葉がないだけか。
起こして、そうしてこんな間近にカミューを見て今の自分が言える言葉が見付からない。
無いわけではない。
たぶん感情があふれそうになっていると思う。
どうして、なんで。
でも、この質問は意味がない。

だって夕べカミューは人をほとんど無理矢理抱いた。
抱くときに何度も繰り返した。
好き…と。

あれが答えならもう自分は何を言っていいのかさっぱりわからない。
起こすこともしないままマイクロトフは天井や隣をおちつかなげに見るしかないのだ。

好き
アイシテル
…そしてごめん
 

夕べの言葉。
 

ちゃんと意味があって聞き取れたのはそれくらい。
カミューにしては説明不足で…そしてたぶんあまりそぐわない言葉。
いきなり突きつけられた現実。
知らなかった世界と言うべきか。
霞んだ目に映るものは別人のようにも見えたが、確かにカミューで。
どんなときでも自分はそれが分かるんだと言うことに自分で感心してしまう。
 

…いっそ起きないでいてくれた方が助かるかも知れない。
それも困るか。
いつものように殴っても起きないでいてくれるということが分かればこの身体を無理矢理押しのけてどこかに行くのもいいのに…。
今日に限ってはそれは逃げのような気がして…。
 

そんな考えを一蹴するかのように隣が明らかに寝ているものとは違う動きをはじめる。
もぞもぞと起きあがるような仕草をしては布団にまた頭を落とす。
寝起きの悪いカミューらしい仕草で少しだけほっとするのは、きっとこれで夜から抜けて日常がもどったような気持ちになるからだろう。
しかしそのもどったような日常がいつもと違うことをはっきりとさせたのは
目があったときのカミューの顔を見たときだった。
 
 

驚愕と絶望の色。

そんな驚くような事か?
「おはよう」
目があったのでついいつものように挨拶をしてしまったが
傍目に見てもカミューの狼狽ぶりはいっそかわいそうなほどだった。
 

「なんで」
 

しばらく思い沈黙が続いたあと、喘ぐようにやっとやっとカミューが絞り出した言葉はそれだけだった。
「何が」
なんでなんだ?なんてききたいのはこっちだ。
イヤに冷静にマイクロトフは首を傾げる。
それに反してカミューの顔はもう泣きそうに歪んでいく。

そんな顔をすることはないのに…。

「なんで、ここにいるんだ」

「ここは俺のベッドだからだ」
「そういう事じゃない!!何であんな目に遭わされて…」
もうとっくに怒って顔も見たくないとこの部屋から出ていくか
たたき起こされてぶん殴られていることも覚悟していたのに。

ああそういうことか、やっとわかったとでもいうふうに、マイクロトフは目をパチパチとしばたかせる。

たしかに変な光景なんだろう。
無理矢理やられた人間がぼーっと平気な顔をして、やったほうが泣きそうな顔で狼狽しているという図は。
しかも夕べから何一つ変わらない状況でお互い何もつけないまま寄り添うように寝ているなんて…。

「何でそんなに平気な風をしているの?」
私が眠っているうちに出ていってくれると思っていたのに。

平気なわけではないんだが…
心外という風にマイクロトフはその言葉に眉をよせる。
「腹がたたないの?怒らないの?」

ああ、こんな風に聞いてくると言うことは
たぶんいろいろ覚悟の上だったのか?
こんな無茶をして嫌われるのも拒絶されるのもなにもかも。
そこまでずっと何かを抱え込んで追いつめられて…
「お前こそよく眠れたな」
「………」
もしかしてずっと寝ていなかったのかな?
この答えにいたるまでに…。
 
 

好き
アイシテル
ごめん
 
 
 

本当にバカだなカミュー
そんなこと思わなくたって俺は…
 
 

たとえ太陽が黄色くたって太陽には違いがないだろうに。
いきなりとんでもない現実を突きつけてきたカミューも
やっぱりカミューらしく思えて…。
それだけでつまらない考えをしないでいいような気がするから不思議だ。
 
 
 
 

でもカミューはそうはいかないらしい。
だから自分は何か言わなければいけないらしいのだ。
いきなり違って見えてしまった相手にたいして…。
「何で何も言わないの?」
語調が強くなり音程が上がる。
これって逆切れって言わないか?マイクロトフは少しうんざりとする。
俺が傷ついたことを言っているなら、別にいいのにな。

「お前は平気なの?」

何度も問われてマイクロトフは困ったようにそっぽを向いて、あちこちに視線をさまよわせた。
実際に困っていた。
言葉が見付からない。
昨日知ったことがある。
いま見つけたことがある。
それは今まで思いもよらなかったことばかりで…。

太陽が黄色く見えてしまった感想を述べろと言われても
それが太陽である限り太陽だなとしかいえないんではないだろうか、なんて考えに到ってしまうだけで。
 

「なんで!」
 

「………」
煩い…。
とにかく何か答えねばならないのだろうとおもって
一生懸命考えているのに、
考えて探して言葉を…
何でもいいからここにふさわしい言葉を…
考えて考えて考えて…
 
 

「何でこんな目に遭わされて平気な顔を…」
 

ぶち、マイクロトフのどこかで何か切れる音がした。

「しるか!」
こちらこそ逆切れという風にマイクロトフは怒鳴り返す。
実際にマイクロトフは切れていた。
というか情報と思考がまとまらないまま渦をまいて臨界点を突破したと言うべきか。
いきなり怒鳴り返されて今度はカミューがびっくりする。
 

「なんでなんでと聞くな!俺だってわからないんだ!」
何もかもいきなり押しつけて、
朝から質問責めだ。
「おまえこそひどくないか?どれだけのことを抱え込んでいたのか俺はしらない
それなのにいきなり全部を受け止めて答えろと?
ああ、知らなかったよ、見えていなかったよ!
それが悪いというならそういえばいい!」

一気に言い捨てて肩で息を吐く。
この男死刑執行をまって、目の前の自分を全く見ていない。
それに腹が立った。
いつもは何も言わなくても分かってくれるような奴なのに。

「マイク…」
カミューは相手の言葉にはじめて現実のマイクロトフを見つけたように
ゆっくりと相手の顔をみつめ…そしてそっとその頬に触れる。
マイクロトフは逃げなかった。
ただ真っ直ぐにカミューを見返す。
 

「身体は?」
「痛い」
「怒ってないの?」
「怒っている」
「嫌う?」
「きらってなんかいない!」

「なんで…」
「だから知るか!!」

何でなんて聞くな。分からないことばかり、きっと睨み付けるマイクロトフの目は相変わらず真っ直ぐで、でも泣きそうに混乱していて。
やっとマイクロトフの混乱が読みとれたのか
カミューが虚脱したかのようにぱふっとベッドに座り直し深くため息をつく。

「ごめんね」
「ごめんなんていうな」
「だって酷いことをした」
それでもまだ答えを求めている。
マイクロトフもまだ答えを考えている。
もうそれだけでいいのかも知れないけれどもそれでも…

「酷いのか…」
昨日のことはそんなに酷いことなのか?
もうそんなこと…

「酷いよ、身体も痛いでしょ」
「もう大したこともない」
痛いけれども

「無理矢理抱いたし」
「まぁそうだな」

「でもお前はあんまり怒らないし…」
「怒らなければいけないのか?」
「ううん…でも不思議」

ああそうか、そこが知りたかったのかな?
酷いことして身体痛くして自分勝手してそれでも…

「いいのにな…」
やっと一つだけ出た答え。
答えじゃない言葉。

「何」
「お前だったらいいのに…」
傷つけても酷いことをしても、そして殺されても…きっと
「お前ならかまわないから…」
そんなに悩まないで欲しい、傷つかないでほしい。

「それは赦すって事?」
「違う…」
それしか言えなくてなんども緩く首を振る。
痛かったし、しんどかったし、怒っているし許せないこともあるし
やりきれないし、…。
でも悩まないで欲しい。
 

昨日と同じものを見てでももう違う人みたいな気がするカミューに、言える言葉なんて見つけられないのに。
ただ一つだけはっきりと言える言葉。
いいのに…
かまわないからじゃなくて、いいんだよ、おまえなら。
それがおまえなら…
だから
「ごめんなんて言って欲しくなかった」
「………」
「……それがおまえなら」
それしか今は言えないけど。
そういってうつむくと

いいのに…
おまえならば
どんな事もお前以上に、お前自身に以上になるようなものなんて無いのに…。
どんなお前でも
多少違って見えても
お前でありさえすれば
それと引き替えにするものなど…

「いいんだ…」

壊れた人形みたいにその言葉を繰り返す。
今はそれしか見つけられないんだ。
カミューの望むような言葉じゃないことは分かっていた。
でも…

「うん…」

何かをつかむように頬に伸ばした手のひらをそこでゆっくりと握り込み
なにかをかみしめるように…何かに耐えるように
カミューはうなずいた。

「いいんだ」
「うん…そうだねごめん」

「謝ってなんか欲しくない」

「そうだね」

謝らなければいけないのはこちらのような気がしてくる。
知らなくて、気付かなくてごめん。
そして今も言葉が見付からなくごめん。

違ってしまった世界
突きつけられた隠れた現実。
それを前に自分はいまこれしか言えないんだよ

…カミュー

違って見える世界もそれが世界であるのならそれでかまわない…。
 

本当にそれだけ…。
 


 
ザッツチャレンジ!某昼茶でお話ししました。切れたカミューに遭遇その次の日のマイク。
でございます。いわゆるヘタレなのでしょうか。Gさまこれが精一杯でございます。
うちのマイクロトフって変な人ですね。

(2002.5.26 リオりー)