クラシック

 
 
 

「本日の報告書です」

連 隊長からあげられる訓練、実務の日報の束を持って副官が団長室を訪れる。
「ごくろう」

 それは当たり前の日課。
その日報全てに目を通し最後に団長の日報をつけてサインをする。
「この第三班の訓練中のハプニングとは?」
「それが、油を売る商隊が大通りでツボをひっくり返したとかで…」
「…それは大騒ぎだったろうな」
「運良くその場に居合わせたので大事にはいたらなかったとか」
「何が起きたかをきちんとかくべきだろうな。それとそのせいで遅れた訓練については後日再訓練の計画書を出すように」
「はっ」
 有能な団長なら手直しと指示も怠らない。
副官はそれをもってもう片方の団長室をおとずれる。
日報は赤、青、の団長の承認のサインをもらって最後に統括である白騎士団長にもとに届けられる。
そうして白騎士団長のサインがはいりその書類は全ての手続きを処理済みとなる。
 
 

 ずっと昔から行われてきた手続き。
お互いの団のこと、そして状態、問題を把握する上で、そして指摘する上で
もっとも分かり易く確かなシステム。
それだけでも大事な意味で。
 
 
 

 自分の団の日報を送り出す頃に相手の副団長が向こうの団の日報を持って入ってくる。
時間もまちまちであんまり遅い日には次の日の朝の処理になる。
今日は自分の日報を確認しているうちに相手の日報がくる。
マイクロトフにしては珍しい事だ。
 
 

「失礼します、カミュー様」
「ああ、今日は早いね、ご苦労様」
 青騎士団の副団長は日報を渡し2.3言、言葉を交わすと失礼しますと帰っていった。
自分の日報を脇に置き、おもむろに日報をめくる。
最後のページからだ。

最後のページにはマイクロトフの日報とサイン、自分のとゴルドーのサインを書く欄
そして消せるように鉛筆で小さく書かれた何行かの言葉。
マイクロトフの文字。
紛れもない仕事上の片翼、対称である青き師団長。そして私生活でのパートナー、
親友でありライバルであり最愛の恋人であるマイクロトフの硬い字。
 

『今日は午前中進まなかったのでお昼を一緒に出来なくてすまない。
午後はスムーズだったので夜は8時には食堂にいると思う
そろそろあつくなりそうなのでふとんを変えた方がいいぞ』
 

日報に額をつけかくすようにくすりとわらう。
硬い言葉だけれども、口調すら想像できてしまえるそのらしさに笑う。
団長になり部屋も城の対局といえるほどに離れ会えない日々が続き…
そんな中、気まぐれに日報の隅にメッセージを書いたのが始まりだった。
二人だけの会えないときの小さな会話。
決して違えられない約束のようなもの。

告白のあとは文通、交換日記?
なんてちゃかして終わらせられないほどにささやかで大事な。
いつものことになって、言葉は逃げはしないのにいつも真っ先にそこを開いてしまう。
 

とはいってもあの青騎士団長殿だ。
書かれている内容ときたら
 

『できれば来週にでももう一回合同訓練が出来ればいいのだが』
 

『西の国境にモンスターが出たそうだ。
うちからは第1,3班を討伐に出す予定だ』
 

なんて日報とほとんど変わらないようなことばかり。
それが、彼らしいといえば彼らしいので直して欲しいともあまり思わないのだけれども
たまには甘い言葉など欲しいかな?などと思うのはきっと無理もないこと。

笑みを隠すように額を押しつけたまま幸せのため息一つ。
だいたいこの男は恋文の書き方一つ知らないのか?
愛する人にかける言葉、駆け引きの一つなど憶えてくれてもよさそうなものだけれども。
でもそれがいい。
それでなくてはイヤだ。
耳の奥で読んだ言葉がそのままその人の声になって再現できるくらいがいい。
 
 

「しっかし、この男は背ばっかり延びて、こういうところは成長しないな」
 

見本の一つでも見せてやろうかとよく思う。
一言二言でも言い様はいくらもあるというものだ。
 
 
 

たとえば
 

『今夜は満月だそうだよ。
今宵の月をおまえと分け合いたい
なんてだめかな?』
 

…うーん?
あの男には刺激が強すぎたか。
これを見たら顔を真っ赤にするか、報告書をとっさに放り投げそうだな…。
それが見られないのはつまらない。
それでもきっとあの男は律儀に来るだろう。
そうしたらベランダまでの窓を大きく開けて、最高のワインも用意して迎えてやろう。
きっとあいつは顔を真っ赤にしてまず言うのだ
「…仕事の日報になんてことを書くんだ!」
「あれは日報じゃないだろう…?お前へのメッセージだよ。ならばあれが正解なんだ」
分かってないねと自分は笑う。
「だからって…!!あれは…/////」
なおさら顔が赤くなるのはきっとその文を思い出しているからだろう。そしてその意味も…。
「でも、お前は分かってくれた…きてくれたじゃないか。うれしいよ、いい夜になりそうだ」
「…少し曇ってしまったがな」
でも来てくれたって事は、ここで逃げ出さずにいるって事は期待してもいいんだろう?
「月…ふふ、そうだね月が隠れるとお前の顔がよく見えないのが残念かな?」
……………
 
 

他にはこんなのはどうだろう?
 
 
 

『少し今朝から体調が悪い。明日の午前中の訓練は屋内とする』
 
 

これは引っかけに近いかな。
マイクロトフのことだから心配してとんでくるに違いない。
「かみゅー!!大丈夫なのか!?」
「ああ、マイクロトフわざわざきてくれたんだ」
「当たり前だ、お前に何かあったら…」
さりげなく…そして優しく言うのがこつだな。
「そんな大げさなものではないんだよ、ただ少し寒気がするんで大事をとって…」
「寒気がするならそれは風邪のひきはじめかもしれ無いじゃないか!
そういうときこそ大事をとらなければ!訓練の面倒ぐらいなら俺がかわっても…」
「本当にそんなに大騒ぎするほどのことではないんだよ?そんな事をしたら騎士達に心配をかけてしまうだろう?」
お前1人が心配してくれればいいんだよ?
「しかし…」
「そんなに心配してくれるなら…そうだね今夜は一緒にいてくれるかい?
お前が側にいてくれるだけで暖かいんだけれども?」
ここまで言えば気付くかな?いや気づきはしないだろう。
きっとマイクロトフのことだ、何を置いても側につていてくれる。
 

それとも…
 
 

「カミュー様、何か面白いことでもありましたか」
副官の言葉に自分が報告書を見つめてまたくすくす笑っていたことに気付く。
思い出し笑いにでも見えたか、それでも少し不気味な光景だっただろう。
「いや、いつも通りだよ」
あわてて咳払いを一つ、そしてぱらりと報告書をめくり最後まで目を通す。
それから自分の報告書の最後を開いて考える。
 
 

何を書こうか?
 

今夜の誘い
愛のささやき
ちょっとした悪戯
 

愛する人に送るにふさわしい言葉…。
たった2.3行でもいくらでもかけることは自分にならある。
さっき考えていたようなことをやるのも面白いだろう。
 

でも色々考えて、そしてカミューの書いた言葉は…

『こちらの心配はしなくてもいいよ。昼の報告書はみたから。
それよりお前がまた無茶をしていないか心配だ。
明日は合同の早朝訓練のはずだから私も早く起こしに来てくれるとうれしい』
 

それだけ。
 

それでもカミューは満足そうにうなずいて隣に自分のサインを入れる。

ありきたりのシステム。当たり前の言葉。
その中に組み込まれた意味を一体誰が憶えている?
会えないけどあいたくて。
何もしないではいられない。
でも相手の負担になるようなことは何一つしたくなくて。
だから相手の言葉に返せる自分の言葉を一つ。
カッコつけるよりも、想像できる事象を起こすよりも
相手の心の重りにならない相手のためだけの言葉をほんの少しだけ。

何も考えなくとも進むシステムのように
何の気なしに口にする会話の端のように。
 
 

何もなかったようにぱたりと書類を閉じて副官に渡すと
カミューは窓からマイクロトフの執務室の方を眺めて微笑んだ。
なによりも優しい顔で、やっぱりほんの少しだけ…。
 
 



交換日記ミニSS…(汗)
カミュー様変な人…(笑)

(2002.5.20 リオりー)