こんな毎日


 仕事は忙しく、恋は実らず。
建前ばかりで息が詰まりそうになる日々に。
自分はこんなに駄目な奴だっけ?なんて空に呟いてもなんにもならない。
本当は何もかもどうでもいいのだといえたなら。
あいつがいなければそれも悪くないと思うんだけれども。

「しごと…一緒にしようか」
 そういったときにお前が見せる笑顔が掛け値無しに子供みたいでかわいかったりするので、自分はかなり真面目に仕事をしていると思う。
祭日や特にイベントのある日など特にそうなので…。
自分がこのことに気付いてから素敵なご婦人とのつきあいはめっきり遠のいてしまった。
イベントの日に休みを取れずにデートに誘えない男なんて向こうでも願い下げだろう。

そして今も…

「一緒に見回りに行かないか」
「いくとも!」
 警備の仕事の一環で、城内の見回りのおさそいに、遠乗りや飲みに行く以上に嬉しそうに子犬のように自分の所にとんでくるので、普段のお誘いが妙に虚しいものに感じる。
「ああ、あわてないでいいから」
 ぱたぱたと襟元の紐を結ぶ手すらもどかしく並んで隣を歩こうとし、ほんの少しだけ高いこちらを見上げにっこり笑う。
かわいい…
これだけでこのばかげた努力が報われた気になっている自分がとってもおバカだと思う。
自分のために笑いかけてくれるわけでもないのに。
別に遊びに行くというのが楽しくないわけではないのだろうけれども。
このくらい全身で喜びを表すように自分だけのためにとんできてくれたら、その場で抱きしめてしまうだろうに…。

しかし現実は抱きしめるどころか、告白のきっかけさえつかめない状況で、赤青別の騎士隊に正式に配属になってしまったわけで、会える時間すらままならない。
城下見回りは赤青混成でという公平をきするためだろう決まり事を盾に取り、ほとんど毎日、うっかりすると休みの日まで誘いに来ている自分が涙ぐましくてけなげだ。
警備の仕事も強制で割り振られているものではなく、自主的に申し出るもので、本当はいつもやめてやろうやめてやろうと思っているのに。
どうだっていいよ本当に。
そういえたらどんなにいいか。
 
 

「カミュー、今日はどこを見回るんだ?」
「西の繁華街あたりなんてどうかな?」
 いまの時期ならば街路樹は淡く赤い花を付け、緑は綺麗で、脇を流れる小川が光をはじく…散歩にもデートにも最高に綺麗な場所だ。
もっとも、そういうことを言うわけにもいかないので
「最近あそこもいい噂がないからね。なんでもデートをする恋人狙いでくだらない暴力事件があったらしいから…」
「そうか、カミューは情報通だな」
やっぱり最高の笑顔でにっこりと笑いかけられて一瞬言葉に詰まる。
ごめんなさい、情報通なんかじゃありません。
ただのええかっこしいです。
あまりに純粋な笑顔につい謝まりたくなる。

実際この笑顔に当てられて今まで何にも言えずにいるんだけれども、この笑顔が一番好きなんだから処置無しなんだろうな。
 

いいか…今一緒に仕事をしている時間は自分のものだし。

    ◆  ◆  ◆
 
 

「カミュー、最近がんばっているみたいじゃないか」
いきなり廊下で赤騎士第一師団長に声をかけらて何事かと思う。
確かに自分の上司ではあるが少し上過ぎて言葉を交わした憶えすらまともにない方だ。
顔を思い出すのに何秒かかかってしまう。
「はぁ」
「毎日通常業務が終わったあと城下の見回りに出ているそうじゃないか」
 ああ、そのことか…
「ええ、まぁ」
 別にがんばっているわけではないんですとは、そこまでバカではないから表にはださないけれども。
至って心外な気持ちになってしまうのはしかたがないだろう。
別に騎士団のためとかにやっているわけじゃない。
「いやな、お前の噂はいろいろ聞いてはいたんだが…」
「そうでしょうね…」
営業笑いでにっこりと返す。あんまり話したくはないネタだだ。
どうせろくでもないものばかりだろうな。
産まれはともかく、あまり素行もいいとは言い難かったし。
 
 

「そういうな、確かに従騎士の時のお前はまぁ、成績は見事だが
夜遊び手の抜き方その他でも群を抜いてると評判でいろいろ心配はしていたんだが…」
「はぁ、恐れ入ります」
夜遊び…そんなのはプライベートで人の勝手だと思うんですけど。
他にもいろいろ問題行動の多い白騎士さんのことはなーんにも出てこなかったところを見ると
ようするに私だから何だろうな。
こんなことはもう当たり前のように身にしみているので、
いまさらいちいちとんがったりはしませんけれどもね。
ただ、こんな雰囲気にずっとさらされているといい加減無気力になるんですよ。

どうだっていいかな?こんな騎士団なんて。
どうせ正騎士どまりだろうし。
そう思いきらずにいられるのはたった1人のせいなんだけれども。
 
 

「でも、ただの噂だったようだな。騎士団に配属になってからのお前の働きは見事だぞ。
真面目な見回りと迅速な問題解決」
ああっとそうきたか。
誉めてくれるつもりなのかな?アリガトウゴザイマス
でも、ただのええかっこしいですって。
ほっといたって実は全然かまわないんです。
仕事がキライではないのでまぁいいですけどね。
とは言わずにやはり笑顔で頭を下げてみせる。
「おそれいります」
やっぱりえらいなわたしって…。
 

「先日の会議でお前の小隊長推薦をしておいた」
「はい?」
「考えていなかったのか?無欲な奴だな。ますます気に入った」
いきなりなんですか?
呼び止めた理由はこれですか。
………どうやら目をかけられてしまったらしい…。
「お前の成績なら誰1人問題はいえまいよ」
「いえ…しかし私はマチルダの…」
この辺は向こうも分かっているようで、
「マチルダを守るものがマチルダ出身である必要はあるまい?
そのように心の狭いことを表立って言えるものはさすがにこの騎士団にはいないと思うぞ」

ふーん。
………私の遠い上がマイクロトフに似た性質の人だったとはね。
捨てたものではないものがここにあったらしい…。

なんとなくはじめて好感が持てて自分は心から笑って礼を言って別れた。
 
 
 

 なんだかなぁ…
物事はどう転がるか分からないものだな。
なんて思っているとどうやら今までこちらを遠くからみていたらしいマイクロトフが駆け寄ってくる。
「今話していたの、第一師団長殿だろう?何の話だったんだ?」
大きな目を心配そうに見上げて。
ああ、心配しなくてもいいよ?むしろお前のおかげなんだから、
こんな大きな後ろ盾を得たのなんて。
 

「うーん、今度の会議で小隊長に推薦してくれるみたいだよ」
とやかくは言わずにそれだけ言うと、マイクロトフは大きな目をもっと見開いて
「すごいじゃないか!」
心から嬉しそうに言ってくれる。
やっぱりかわいいなぁ。
こういうのをみるとやっぱり好きだなと思うわけで。
こういうところをみるとがんばってみようかな?とかいいところを見せたくなるわけで。
喜んで欲しくてもっと話していたくて…
「見回り、行く?」
なんて言ってしまうわけで…。
まぁ、いいか。気分はとりあえずいいし。
 
 

「いく!ああすごいや本当に。仲間内で一番乗りだな!」
もう何でもかんでも自分のことのように、自分の事以上に喜んでくれる。
これこそ自分のためだけの言葉に笑顔。
抱きしめたいな?無理なのは分かっているけど。
「うん、なんかね運が良かったみたい」
「そうじゃないだろう」
ぶっとほほをふくらませてマイクロトフは少し怒った調子。
「カミューはがんばっているもんな。自分から見回りいっているし。
この間の暴漢騒ぎだってお前がおさめたようなものだし。
お前ならば今度の推薦も当然だと思うぞ」
ふふ、…このままずっとこの心地よい言葉は聞いていたいけれども…
どうにも照れくさいというかこそばゆいので
「はいはい、ちゃんと見回りしようね」
なんて注意を促すとマイクロトフはまたぱっとあの笑顔を見せてうんとうなずく。
あ、すこし面白くないぞ。やっぱり私は見回り以下なわけ?
「マイクそんなに見回り楽しい?」
すっごく嬉しそうな顔をしているよ?とさりげなく…さりげなくはないか直接的に指摘する。
「楽しいぞ」
あまりにも予想通りにあっさりと返されてちょっと沈没しかかる。
ふん、いいよ分かっていたことだし。
「カミューも一緒にいるしな」
「…え…」
「従騎士の時って誘っても相手にしてくれなかったし…」
「………」
「お前が真面目に仕事をしてくれるし、やっぱりお前ってすごい奴だし…」
少し照れたように見せる純粋で…どことなく甘ったるい笑顔…。
たぶん…いや自信を持って言える自分に対してだけの笑顔。

ああ、自惚れていいですか?
…仕事の時に見せるあの笑顔が少しは自分のためのものだと?
そして抱きしめていいですか?きっと臆病な自分は出来ないのだろうけれども
その代わりにまだほんの少しだけ背の低い隣の黒髪に手を乗せて照れ隠しにくしゃりとかきまわしてみる。
マイクロトフは少し不本意そうにその手に手を乗せた。

そう、この手は今だけ自分のものにしておこう。
今はそれだけでいいや。
 
 
 
 

仕事は忙しく、恋は実らず。
些細なこと日振り回されてみっともない自分。
それでもこんな日常も悪くない。

どうでもいいなんてもういえないかな。
あいつがいて、まだ先があるような気がしてしまったから。




 
騎士なりたて、片思いバージョンヘタレカミュ様ですね。
たまにはこんな物も…
実はヘタレ赤好き(爆)
(2002.5.29 リオりー)