*幸せな小夜*
 
 

「こんな日に仕事を入れる?」

 かわんないね…と夜の執務室で金茶の髪の青年がいう。

「こんな日だから仕事だろう」

 執務室の主である、漆黒の髪の青年が答える。

「こんな日なのに」

 今までならともかく私がいるのに?

幾分暗い部屋にランプの明かり一つテーブルを照らすだけで拗ねる青年の
顔は余りよく見えない。大きな外套にマントのいでたちはこれから帰ろうというのか、それとも寒い街にだれか大事な人と繰り出そうと思ったのか…。
「こんな日だからだ」
 大切な人がいるのは自分だけではない。
答える青年はイスに座っているのでランプの灯りに照らされて浮かぶ顔に強い意志の色をみせる。
きっちりと着込んだ青い騎士服は一分の乱れもなく、机の上の書類に真っ直ぐに向かいまさに片づけようというところ。
「とにかく」
 とぴしゃりと黒髪の青年は相手の言い分をはねのける。
「部下を働かせて上司がのうのうとしていていいわけがないだろが。こういう時こそ部下を休ませてやるのがつとめだと思うが」
「はいはい」
 金茶の青年は本当は分かっているのだと、そういう風にあっさりと引き下がる。
実際本当に分かってはいるのだろう、納得したくないだけで…。
分かっていていうのだ、この男は。
 

「それでもやっぱり寂しいよ」
 金茶の青年は少しうつむき加減に言葉をかける。
「すまないとは思うが…」
蒸し返された話しに、仕事を始めた青年は静かな室内にペンを走らせる音を響かせて顔を書類から上げずにため息をつく。
「…俺も出来ることならば…」
 続く言葉は照れてしまって小さくともしっかりと相手に伝わるように。
「一緒にいたいと思ってくれる?」
 紡ぐように言葉尻をひろわれて返された言葉に、黒髪の青年はうっと言葉に詰まり真っ赤な顔をして、そして確かに頷く。
「じゃぁさ、じゃぁさ、あとで埋め合わせの日…なんて作る気無い?」
 仕事のことは分かっているのだから、それでもいままで拗ねていたのはこれをいいたかったためだろう。
さすがにそれに気付いて青年は赤い顔を書類から上げてドア近くの暗い影を睨み付ける。
「なんだそれは」
「折角のクリスマスをダメにするんだ。それくらいのわがままもいいだろう?
それとも…一緒にいたいって…嘘かい?」
 たたみかけるようにいわれてそれ以上言葉は紡げない。
別にワザと仕事を入れたわけではない。
誰かいなければならなかったから自分がいるといったまでで…。
こういう日だから一緒にいたいと思うのも嘘じゃないのだ。
それに…
「明後日と明々後日…休暇を入れてある」
黒髪の青年は観念して自分の持っていたカードをオープンにする。
「明後日と…?定期休日じゃないよね?…それって…」
「クリスマスあけにやすむ奴も少ないだろうから…かわりに…」
相手がこの日を楽しみにしていることを知らないではなかったので、何も考えずにいたわけではないのだ。
だからせめてものカード。
「私のために?」
そんな物で喜んでもらえるか分からなかったが、金茶の青年は喜色満面といった風。表情がちゃんと見えるわけではないが声で分かる。
「……う」
耳まで熱い。
早まったかなと思う。
もう少し黙っていたかったかもしれない。
何も考えないわけではなかったが、もっとこんな風に誘導されたようにいいたくはなかった。こんなにうろたえて弱みばかりさらけ出して、なにもかもばればれな状態ではなく。

「…お前もその日なら休めると…副官が」
だから…
「うん、私も休暇を入れるよ」
おまえが私のために取ってくれた休暇だもんね。
「…う」
顔がますます赤くなっているのが自分でもよく分かってまた下を向くように書類に目をやるが、悲しいかなまったく頭に入ってこなくなっている。
もっとさりげなく、なんてこと無い風に帰り際にでもいうつもりだったのだ。
実際はあまりにも相手のペースで悔しいしやら恥ずかしいやら。
それでも相手が喜んでくれるならと…
「一緒に…いたいと…思う…」
ひとことひとことはっきりと…伝わるように。
 
 

「というか、もう入っているんだけどねーー、休暇。」

「は?」
 
 

ぺろりと言われた言葉に一瞬何のことだか理解できずに黒髪の青年はぽかんとする。
「休暇、じつはマイクがその日休暇入れたの知っていたんだよね〜」
 私のスケジュールを副官に聞いていたのもね、と悪戯っぽい声はさっきの拗ねたような寂しそうな沈んだ雰囲気の欠片もない。

「……と…いうことは?」

あまりの変わり身の早さに相手は事態に気付いても事、情を整理しきれなずにぱくぱく口を開け閉めする。
 

「そう、マイクからの熱烈なお誘い、たしかに受け取りました」
「…カ、カミューーーー!!!!」
「言って欲しかったんだ。最高のクリスマスプレゼントだったよ?」
「〜〜〜〜〜☆!!」
くすくすと笑い声に跳ねる金茶はしてやったりとそういっているようで。
まさしく確信犯の勝利。
もう完全敗北の青年は急転直下の展開に何一つ言葉に出来ない。
恥ずかしいやら腹立たしいやら、いやもっと複雑な感情に怒りきることも出来ずにイスに沈み込む。
 

「あ、そうだ、マイクロトフ?」
「何だ!!」
これ以上なんだというのだ。
「今夜は私も仕事なんだ」
「は…?」
「私も仕事を入れたの」
ほら、と持ち上げられた大きな外套の下はたしかにいつもの短い丈の騎士服。
飾り紐まできっちりと結ばれて気合いを入れて仕事に出かけるといわんばかりの正装。
「あ、でも」
「帰るなんて言っていないよ?」
ひとこともね、と相手の先を読むような物言いはすっかりいつもの彼のペースで。
「それでね、今夜は書類だけじゃない?薪がもったいないから同じ部屋で仕事をしていいかな?」
ほうらとマントを外すとその下には、まさしくとどめの書類の束とペンのセット。
有無をいわせぬ用意周到さにちらりと見えるはやはり悪魔の尻尾か。
そのまま書類を机に置く、その表情をランプの明かりでちらりと見やれば
それこそ極上の幸せに彩られた天使の笑顔で、にっこりと悪魔の勝利宣言。
結局やっぱりこの男は何もかも、ちゃぁんと分かっていたのだ。
分かっていて、全て知っていて、なにもかもを思うがままに傍若無人に手に入れて。
そういうやつだとわかっていながら、こっちはこのていたらく。
 

全てが彼にとって予定調和の夜ならば。
「勝手にしろ!」
失言の嵐、に幸せだらけの落とし穴。
勝負する気もないのに勝ちをさらわれて。
ならば負けた方は強がりの敗北宣言をぶっきらぼうに言い捨てるしかない。
勝利者が容赦なくとどめを刺すことを忘れなかったりすればなおのこと…。
 

「マイクロトフはさっき今晩一緒にいたいってくれたし?」