Looks  Like  Rain …

 
さぁぁぁ…
心地よい音を立てて銀糸のような雨が降る…。
雲を通す日の光は暗くもなく部屋を落ち着いた光で満たす。
 
 
 

パタパタパタ…
パタン…

その静かな空間を壊さないように…あるいはいまベッドで寝ている部屋の主を起こさないように
マイクロトフはそっと部屋に入りドアを閉める。
自分の部屋でもあるんだけど…。
 

いつもは彼を起こす時間。

今日は起こさなくてもいいかな。
この雨のせいではないけれども…。
 

そう思って音を立てないようにクローゼットまで移動する。
霧雨とは言えすっかり濡れてしまった青い長衣の前をはずし、髪の滴をぱらぱらと指で簡単にはらう。

「水も滴るイイ男…ってね。そのまんまじゃない?」

「なんだ…やはりおきていたのか」

急に布団の中からかけられる声にため息を吐いて長衣をぬいで側に行く。
 

「雨の音がしたからね?」

「普段は怒鳴りつけてもなかなかおきんくせに…」
せっかくの休みなんだからもう少し寝ていても怒らないぞ、と珍しいことを言って少しだけ肩を竦める。

「マイクロトフこそせっかくの休みで雨まで降ったのにやっぱり朝トレーニングしてきたんだ」
布団から顔だけ出して滴をぱたぱた落とすマイクロトフを面白そうに見る。

「当たり前だ。こういうことは毎日やっていないとむしろ調子を落とすからな。
それに、はじめは雨なんか降っていなかった…」

「じゃ、途中で?」

「ああ…、それほど空が暗くなかったからな、降るとは思わなかった…」

脱いだ長衣でおおざっぱに水を拭き取りながら憮然としたようすでカミューの側に近寄る。
カミューはそんなマイクロトフの長衣の端を布団から伸ばした手でぐいっと引っ張ると
「カケ…憶えてる?」
カミューは悪戯っぽくくすくすわらって問い掛ける。

「………」
だから起こしたくなかったんだ…ため息ついて無言の肯定。

「雨…ふったよ?」

「……降ったな…」
 
 
 
 

昨日の夜中ベッドの中で決めたことだったと思う。
「かけ…しない?」
珍しく二人の休日がいっしょだからって子供みたいにはしゃぎながら。
かけの内容は次の朝の天気。
天候を見る人の話ではくもりで降る可能性は半々。
「だからね?明日朝おきてマイクが起きてから私がいつも起きる時間までに雨が降るかどうか…」
 

降らないにかけたのはマイクロトフ。
降るにかけたのはカミュー。
 

かけたのは命令権一回。
何でも言うことを聞く。
もっともフェアになるように命令の内容は決めておく。
マイクロトフが勝ったら午後に騎馬で模擬試合の相手10本。かなり過酷な内容かもしれない。
 

カミューがいいだしたことは…
 

「朝、雨が降っていたら服を脱いで、もう一回こっちのベッドに入る…」
楽しそうにゆっくりと昨日のかけの内容を繰り返す。

「今日は降らないと思ったのにな」
窓の外を眺めて溜息を一つ。
夕べあれだけ綺麗に星が見えていたのに。
「残念でした。雨降ったから私の勝ち。朝、何かお腹に入れてきた?」
「ミルクと…野菜サンド少し…」
「なら平気だね」
持つ意味は今更なことだけれども顔が赤くなるのはどうしようもない。
「いや?」
「別にいやなわけではない…」
だけれども今更には違いないし…。
「おまえの分のミルクももらってきたのだが…」
「今入らない、他のものが良い…」

上着だけをのこして服を落とすと腕を引かれあっさりと布団の中に引き摺り込まれた。
「おい!まだ水気を拭いていないから…!」
「これくらいならすぐ乾いちゃうよ」
「おまえが冷たいだろうが!」
「すぐ熱くなるって…それに雨のにおいって…好きだよ?」
カミューの深い笑みと間近で鉢合わせをする。
こういう顔をされると心臓が跳ねるしもう何も言えなくなる。
ちょっと正視しにくい。
仕方が無いのでごそごそと隣に潜り込み最後の上着を落としてシーツを巻き込み隣でくるりと丸くなる。
「やだなぁ…今更シーツなんてかぶらないでよ」
からかいながらシーツはきっぱりとはがされる。
「…こんな朝から…」
夜の光でもない、こんな薄明かりの中でお互いの姿は妙に清浄で気恥ずかしいことこの上ないから
なけなしの抵抗はしないではいられない。
「いいじゃない?雨だし…だれもこないよ?」
雨は世界とこの部屋を遮断するようにやさしく降りつづける。
この世界に二人っきりの様な錯覚。
二人っきりなら恥ずかしくないでしょう?とこういうときに必ず見せる正視しづらい深い笑み。
恥ずかしいのは誰かではなく目の前の人間に対してなのだが…。
「くす…やっぱり雨の匂いがするね」
腕に抱き込まれて頭に頬をすりよせられ朝からそんな事を言われれば、恥ずかしくないわけはないのに。
でもそうされるのが好きなのも本当なので、きっと肩口に顔をふせて隠すだけでおとなしくなってしまうのだ。

髪から落ちる滴でシーツもカミューの肩もかすかに雨の香り…。

「カミューは雨が好きだな」
「そう?なんで?」
「カミューの天気のかけはいつも雨だ」
多少分が悪くても目は全部雨。
自分は外で訓練できなくなるのがいやなのでなんとなく全部晴れ。
だから一番わかりやすい賭けなのだけれども…。
「そうだね、大好きだ」
「なんでだ?」
「おまえとこうできるから…♪」
「カミュー!」
「あはは…うそうそ…そうだね雨そのものはそんなに好きじゃないかもしれない…」
そう言ってちょっとだけ考えて口を開く。

「でも雨上がりが好きだな、だからかな?」
「雨上がり?」
「雨上がりは、空気が変わるから好き」
「空気?」
「たとえば春の雨は降るたびに暖かくなる。
夏の雨は涼風を運び
秋の雨は降るたびに落ち葉のいいにおいを強くする
冬は…雪の方が多いけど空気がやわらかくなる…
いつでも少しずつ雨が降る度に空気が変わる。
その変化を感じるのが好き」
歌うみたいにつむがれる言葉。
「それに何より雨が降ると空気がが少しだけ透明になる」
雨は空気中のちりや埃を洗い流して世界をほんの少しだけきれいにする。
「世界が何か変わるわけではないのにね、雨の音も雨の風景も雨上がりの空気もその世界も…好きなんだ」
「それは、わかる気がする」
「でも雨が降っているときの風景は少し寂しいよね。」
額に、瞼に、頬にあやされるように繰り返されるキス。
「…うん」
雨が降ったとて世界が何か変わるわけはないのに雨の膜を通してみるけぶる世界は
いつもどこか落ち着いて見えて自分をほんの少しだけ孤独にしてくれた。

「だからここにいて?」

二人でいれば寂しいとか思わないでいられるから。
雨に切り離されて見える世界も好きになるから。

「いまさら…いなくなるか…」
こんな雨の日はどこにもいけない…。
世界は銀の檻の外。
雨格子の中から見る手の届かない外は何一つリアリティを持たず
目の前の世界だけを浮かび上がらせる…。
異質な現実感。
肌にしみてくるような口づけのぬくもりに目を細めて触れてくる指先の感覚を追う。
溜息はもう熱を帯びてきそうでも今ならば許せると思う。

「こっちにもね雨をいっぱい降らせてあげるから…」

「…?」

「キスの雨」
いきなり指先が頬から胸もとへ、つぅ…とたどる。
「な…っ」
それに合わせて、肌がひくりと震える。
「マイクもね…雨が降る度に変わるから…」
「????/////☆!!」

ふふ…、と悪戯っぽく笑われてさすがに羞恥心でいたたまれなくなる。
腕の中のマイクロトフが真っ赤な顔をしてじたばた暴れ出したのを見てカミューは楽しそうに笑う。
「そうそう…そんな感じだったね。はじめは恥ずかしがっちゃって…」
「ばか!…からかうな!」

「からかってなんかいないよ?…嬉しいんだよ私は…」

はじめは恥ずかしがって顔もろくに見せてくれなくって硬いばかりだったマイクロトフが
日を追って、キスを繰り返す度に、好きだとささやく度にゆっくりと変わっていくようになる。
受け入れるように、色が付くように、雨が大地にしみこむように…。
今も口づけを落とす一つごとに目を細め熱い息を吐き薄く艶めいていく…。

「少しずつ私のものになってくれているみたいでね…?」
指を…唇を…吐息を心と一緒に受け入れてくれたようで…。
自分の手で愛しいものを変えていく…染めていく
その感覚に、愛しい人を相手に持たずに入られないどうしようもない独占欲が甘い感情で満たされていく。

「本当のマイクは何も変わってはいないのにね…」

普段のマイクロトフは相変わらずこれ以上ないくらい彼らしく真っ直ぐで…
でも、それが嬉しい。
何よりも嬉しい。
何度となく降る雨にも何一つ変わらずに、硬く清く純粋なまま
それなのにこういうときに自分を見上げるマイクロトフの目ときたら…

「艶っぽくなっちゃて…」

「☆★−−−//」

冗談じゃないぞ!
なんなんだきょうは朝から恥ずかしいことばかり!
あまりに恥ずかしいことを言うので、上がる息のまま、思いっきり殴りつけてやろうかと思って顔を上げれば、
その目の前の男はなんだかとても嬉しそうに微笑うのでその気も失せる。
仕方がないのでシーツに顔を伏せて、おとなしく今自らに降る雨と自分からわき上がる感覚に身を浸す。
考えるのはカミューのことだけ。
こういう時はそれでいいのだと、いつ理解したのか…。

身体に降る優しくも苦しくなるくらい甘い雨…。
こういうときの自分は本当に何か変わるのだろうか?
なにかカミューが喜ぶことをしてやれているのだろうか?

わからない…
じぶんではなにも…。

何も考えられないだけなのかもしれない。
分からないけれども雨が降ることで何か変わるというのなら…
カミューがその変化が好きだというのなら…
「マイク…?」
腕の中…荒い息を繰り返すその合間にまぎれるようにキスをする。

驚いたようなカミューの顔…
恥ずかしいことこの上ないんだけれども…

肩に…頬に、顎に首筋に…届くところ全てを覆うように幾度と無くすがりつくように
ただ触れるだけのキスを繰り返す。
「マイク…マイクロトフ…」
カミューがふとその行為に答えるよう頭を抱きしめに笑う。
いつもマイクロトフが顔を赤くせざるをえないような深い微笑み。
いつもよりもずっと深い微笑み…。
いつもみたいに顔を赤くしてそっぽ向くことも忘れて見惚れるほど深い…
これがこの雨が降ることで彼に与えた変化だというのなら…

「恥ずかしいだけじゃないか…」
「なにが?」
「しらん…」
 

でも嫌いじゃない…。
顔を背けることもできないくらい深く…甘い…

雨の通り道。
ほんの少しの変化…。
好き。

とぎれとぎれの思考で笑い返す。
今なら少しだけなら分かる気がする…
 

雨が降る…
世界を薄膜の向こうに追いやりすべてを切り離すように
お互いだけを浮かび上がらせるように、繰り返し繰り返し雨は降る…。

-

−了−



 
雨模様の氷雨様との交換約束により
捧げさせていただきますSSです。
テーマは「二人でまったり休日」
だったように記憶しております(殴)。
氷雨様のページのメニュー上に書いてある
「It looks like rain.(雨が降りそうだ)」
の言葉がきになってこうなりました…
ふりそうどころか降りっぱなし…。
雨に似ている…とか(そんな漫画ありましたねぇ…)

でも……まったり…って(爆)?
あまりの甘さに語ることもできません。
書いている間に何度も捨てようとおもいましたとも…
こんなものを押しつけてすいません氷雨様。
(リオりー脱兎!!!)

(2000.11.23 リオりー)