残像と君と光の欠片





穏やかな日差しが差し込む朝の執務室。 
不意にぐらり、と大きく地面が揺れる。 
 

地震だ。 
 

この一帯は火山があるせいか、地震もそれなりに起きる。 
そのせいか結構慣れたもんなのだが…。 
「大きいぞ!」 
「マイク!あぶないから窓から離れて!」 
「これくらいならまだ大丈夫のはずだ!それよりシャンデリアの下が危ない!」 
本棚の本がばさばさと床に降り注ぎ
机の上にあるものが音を立てて滑り落ちる。

「あ」 
「あ…」 
 

かしゃーーん 
 

小さな光のかけらが日の光にきらめいてスローモーションのように床に降り注ぐ。 
「あーーーーーー!!」 
「ちょっとマイク!まだ揺れているんだよ。危ないからそばに寄らないで!」 
 
 

「………揺れ…収まったみたいだね」 
「ああ…」 
「見事に割れてしまったね」 
「ああ…」 
壊れたのは机の上にあったガラス細工の綺麗なペン立て。 
見事に割れた。 
買ってもらって一月もたっていないのに。 
せっかくカミューに選んでもらった物なのに。 
床に散らばる本と書類の間に光るガラスの破片。 
見た目はなかなか凄惨な状態だが被害としては大したことがない…
大したことがない…はずなのだが。 
 

ガラスを拾い上げようと出した手をあわてて止めに入る。 
「あ、不注意に手を出さないで。ガラスだから怪我をするよ」 
「す…、すまない」 
マイクは側に膝をついて大きなため息をつく。 
ペン立ては自らの重さにやられて見事に粉々になっていた。 
「せっかく買ってもらったのに…すまない…。」 
「今のは君のせいじゃないだろう」 
「でも不注意だった」 
「あーのーねー、マイク。気を付ければいまの地震がなくなったの?机が傾かなかったの? 
今のは注意すれば何とかなったってものでも無いだろう。
そうやって変に自分を責めるのはやめなよね」 
「でもせっかく買ってもらった物なのに」 
くすり、思わず笑いがこみ上げる。 
「うん、大事にしてくれてありがとう」 
そう、それは少し前に自分が買ってあげたもの。 
たった一月だけれどもずっと仕事の時は手元に置いていてくれた。 
仕事は赤騎士と青騎士は別だから一緒にいられない。 
その間の時間を守るようにこっそり願って
よくペンを失くすマイクにプレゼントした。 
「たった一月だぞ」 
「でもその間マイクは一度もペンをなくさなかったもんね」
ずっと意識して使ってくれたんだろう。 
「大丈夫、また買ってあげるよ」 
「いや…それでは」 
「いいんだ、高いものでもないし、なにより私があげたいんだから」 
集められていくガラスの破片を手に、 
未練たっぷりに見つめるマイクがうれしくて、つい顔を覗き込んでキスをする。 
「なっ!!」 
とっさに後ずさろうとする恋人を悪戯っぽく制する。 
「だめだよ、ガラスの破片持って変に動いちゃ。手が切れてしまうよ」 
簡単に引っかかる。 
おもわず硬直するマイクにもう一度深いキス。 
壊れたらその破片でおまえを縫い止めてしまおうか? 
綺麗なガラスの破片がいたずらっぽくきらめいた。 
 
 

◇◇◇◇◇◇◇




「うーーーん」 

思わず机の上でうなってしまった…。 
やりにくい。 
無くなったのはペン立て一つ。 
別に仕事に差し支えるわけではない。 
というか、今まで、カミューがペン立てをくれるまで自分はペン立てというものを使ったことがなかった。 
ペンは、ぽん、と机に放ってそれで終わり。 
いちいちペン立てに挿すなんて、そんなの面倒くさいだけだった。 
今では手がすいっとペン立てのあったところへ動く。 
いちいちペン立てを確認しなくても、見ないで納めることが出来るようになった。 
なったばかりなのに…。 
いつもの場所にないもんだから、机にペン先をぶつけてしまった。 
「たった一ヶ月だったんだがな」 
それでもくれたことがうれしくて、当たり前みたいに側に置いていつも使っていたから、
もう無しではやっていけないんじゃないかと思うくらい自分の日常になじんでしまっている。 

無いととっても困る。 
なくても困らないはずなんだけど。 
でも困る。 

たった一ヶ月だったんだけど…。 

でも一ヶ月だ。 

落ち着いた綺麗な琥珀の飾りがついたガラス細工だった。 
光に透けると琥珀と言うよりヘイゼル。 
落ち着いていて綺麗な意匠なのに悪戯っぽい輝きを見せる。 
誰かの瞳のように…。 
 

カミューにあった時を思い出す。 
出会って、その時は綺麗な琥珀の瞳に見ほれた。 
その時は本当にそれだけ。 
男が綺麗なんて、力が優劣を決める騎士において、誉め言葉にはならない。 
でも、その後すぐ声をかけられて、一緒に行動するようになった。
しなやかで暖かい心にふれた一週間。
授業が始まり、噂と違って結構真面目で勤勉なことを知った次の週。 
遊びに行って、あまりにも物知りでそつがなく、
大人だなと尊敬をするよりも前にあきれてしまった3週目。 
喧嘩をして、穏やかな態度の下に強い誇りと頑固なまでの矜持があることを知った4週目。 
 

離れてみてすぐ、どれほど頼りにしていたか、どれほど自分に影響を与える存在かを思い知った。 
何よりも側にいると心が安らいだ。 
いてもたってもいられなくなって、すぐに仲直りして一月目。 
そうして、何よりも側にいたいと思える親友になったのだ。 
『じゃぁ、改めて、今後とも宜しく…』 
おどけるように恭しく礼を一つ、そして前よりももっと親しげな笑顔。 
琥珀の瞳が光に透けて、悪戯っぽいヘイゼルの光を見せるってその時に気付いた。 
たかが一ヶ月。 
いないと何かが欠けてしまったようにすら感じるようになっていた一ヶ月。 
どうも自分は未練たらしくていけない。 
それで何かが戻るわけでもないのに
大事なものはきっと残るのに、 
何か出来る訳でもないのに 
破片を抱きしめて立ちすくんでしまうのを 
カミューがいつも背中をたたいてくれたのだ。 
 
 

なぐさめるように 
先を指し示すように…。 
壊れたり、壊れそうになる度に新しい何かを見つけていると思う。 
壊れるのは嫌いで、それで変わっていくのが多分怖くて 
頑なに壊れてしまった前の残像に固執しているのを、それだけじゃないんだよって 
笑いながら見せてくれたのは、お前だったな…カミュー。 
 
 

自分で買ってもいいんだが… 
でも、またカミューが選んでくれるって言うし。 
カミューの方が断然センスがいいし。 
それまで、前に備え付けであったものを使えばいいのかもしれない。 
そんなことばっかり考えてしまって、仕事がちっとも進んでいないことに気づく。 
このままでも馬鹿馬鹿しいのでペンを脇に置いて、一息つくために立ち上がった。 
その拍子に、ころこととペンが転がり机の下に潜り込んでしまう。 
仕方がないので、机を少し持ち上げると… 
「………」 
どこかで見たようなペンが2,3本…。 
拾い上げ、思わず笑うようなため息をもらした。 
「まぁ、予備が出来たって事で…」 
だいたいこの机の表面、やたらつるつると滑りやすいのがいけない、 
などと、毎朝丁寧に磨いてくれている従騎士の苦労を無にするようなことを思う。 
「ああ…、そうか滑りやすいからいけないのか」 
ひとしきり考えると、その思いつきを実行すべく自分はいそいそと部屋を出ていった。 
 
 

◇◇◇◇◇◇◇




「うーん、ないなぁ」 

何件目かの店先で思わずつぶやく。 
イメージに合うのが見つからない。 
別に、特別なものをあげるつもりもないんだけれど
(そんな堅苦しいもの使いずらいだけだし…) 
せっかくあげるんだから、センス良しといわれる自分としてはそれなりのものを選びたい。 
マイクのイメージに合うもの…。 
純粋で、まっすぐで、きれいで印象的で強い…。 
自分の彼に持つ形容詞をずらずら並べてちょっと苦笑する。 
26才の立派な男の与えるイメージじゃないよなぁ…。 
もっとも初めてあった頃からそんなに変わらないけれども。 
出会いからかなり強烈な印象の男だった。 
周りから浮き上がりまくりの堅物っぷりと見惚れるほどの矜持。 
あきれるほどの幼さと無防備ぶり。 
気になって声をかけて友達になってみた。 
自慢じゃないが友達なら多かった。 
たいがいの人間とならうまくやっていける自信はあった。 
けれども彼はそんな自分の予想なんか遙かに超えていて…。 
 

一緒に行動して、どこまでも透き通るような純粋さにふれた最初の週。 
授業が始まり、意外に柔軟で高い理解力と吸収力に驚いた次の週。 
遊びに行って、あまりの無防備さとお節介ぶりにうっとおしいより前に嬉しくなってしまった3週目。 
喧嘩をして、強い揺るぎない態度の下に幼子のような傷つき易さがあると知った4週目。 
 
 

離れてみて、どれほど彼の側で自分が救われたか、 
どれほど自分にとって彼の心が大事な存在かを思い知った。 
なによりも彼の側では、無理に自分を作らなくても、自分が自分でいられた。 
どうしてもこのまま終わりたくなくて、すぐ仲直りに行って一月目。 
そうして誰よりも守りたいと思える存在になった。 
もともと、何もかも違いすぎる二人だから喧嘩も結構した。 
それでも離れることなど考えられなくて。 
『至らないところがあったら直して行くから…。宜しく頼む』 
なにかの誓いのようにすら聞こえる芯の強い言葉。真摯な瞳と純粋な笑顔。 
自分が誰かに執着できるって、そんな心を、その時初めて知ったっけ。 
恋人としての気持ちを持つのは、もっと先の話だけれども…。 
 
 

「あ、これがいいかな」 
手に取ったのはやはり、わりと華奢なガラス細工のペン立て。 
下の方に行くに従って蒼く染められ、そのなかに控えめに銀の星が散らばって見える。 
そして中央にはめ込まれた深紅の飾りガラスの宝石。 
うん、綺麗だ。 
イメージにも合う。 
それなりにシンプルで、でも意匠がいい。 
マイクもきっと気に入ってくれるだろう。 
もっとも 
「また壊れやすいものを買って…」 
ぐらいは言いそうだけれど。 
 

くすり… 
微かな笑いがこみ上げる。 
前は自分は壊れる物なんか大嫌いだった。 
いつか無くなってしまうものなんかに心を止めたくなくて、
最初から無かったことにしてすべてをあきらめて
空虚な先ばかりを眺めるつまらない人間だった。 
それを、どこかが壊れても傷ついてもあきらめも拒絶も知らないで 
破片ごと抱きしめようとするマイクが変えてくれたのだ。 
壊れたって壊れたって、それが全てでなければいい。 
そして何も残らないわけでもない。 
壊れた欠片すら愛おしく抱きしめて。 
それが積み重ねられた二人の、自分のすべての中の大切な一部になるって 
お前が教えてくれたようなものだっけ…マイク………。 
今だって壊れることが好きなわけでは、もちろん無いけれども……… 
 
 

「マイク」 
さっそく執務室に向かう。 
「ああ、ちょうどよかった。お茶を入れるところだ、一緒にどうだ?」 
「いいね。でもその前にこれを受け取って」 
ぽんと無造作に渡す。 
「………えっと…早いんだな。その、ありがとう…」 
少し赤くなって、でも嬉しそうに笑いかけてくれる。 
うん、かわいい。 
「よかった」 
「なんだ?」 
「いや、だってまたガラス細工だろう。壊れやすいからって何か言われるかと思ったんだけど…」 
「そのことか」 
ふふん、と自慢げにマイクは笑う。
「同じ過ちは繰りかえさん!」 
と言って、びしっと執務室の机を指さす。 
んーなになに…。 
ペン立てを置いた場所、厳密には横と前の机の縁にはあざやかな赤の細い線のような… 
「………マイク…、これってもしかして…」 
「うむ、ゴムを切って貼り付けてみた」 
要するに滑り止めを付けたらしいが… 
「これならば滑り落ちることはないぞ!」 
どこかで見た赤だ。 
玄関にあった靴の滑り止めに似ているけど… 
 

…追求はしないでおこう…。 
 

しかし格調高き騎士団長の部屋の重厚な机に美観を損なうこと甚だしい。 
毎朝机を磨きに来ている真面目な従騎士の嘆く姿が目に浮かぶようだ…。 
しかしマイクはそんなことお構いなしで、名案だろうとふんぞり返ってる。 
さしあたって彼はペン立てが落ちなければそれでいいのだろうが…。 
私が金属製のでも買ってきたらどうするんだろう。 
なぁんか、こういう所って昔っから…というか会ったときから…。 
「ぷ…」 
だめだ、笑ってしまう。 
「なんだ?」 
「やっぱり変わらないものがあるからね」 
「?」 
 

やっぱり壊れることなんか好きにならない。 
でも変わらない強いお前がいるから、 
壊れるからって最初から無かったことになんかできなくて。 
 

だから、一緒に何かを新しく見つけ、 

だから、一緒に何かを一緒に作り出し、 

そして、ただ愛おしくなる時間…。 
 
 

また、訳のわからん事を…って、言いそうな気配だったので 
さっさとその口をふさいでしまう。 
「なっ!執務室で昼だぞ!!」 
紅い顔をしてとびずさろうとするマイクの手を押さえて 
「あ、それ乱暴に扱わないでね。ガラスだから落としたらすぐ壊れちゃうよ」 
とたんにぴたっと動作が止まる。 
ああ…何度同じ手に引っかかれば済むんだろう…。 
笑いをかみ殺しその手を引き寄せ 
そのまま腰をからめ取り何度もくちづける。 

唇を離すと、マイクは真っ赤な顔をして、 
上目遣いに少し潤んだ目でにらみつける。 
反撃する元気も、逃げ出す力もすべて口づけで奪い取られてしまったらしい。 
それでもガラス細工だけはその腕に
しっかりと抱きしめられて 
いたずらっぽくきらめいて…。

 


買って一月そこそこでマシンをクラッシュしてしまった
蓮川様へのお見舞いSS…のはずでした。
テーマが悪かったのか何なのか
この腐り具合は…(笑)

これは当時慣れていたワープロ文○で
作成したものをフロッピーで
ほむら氏に渡し、ぶちきれながらコンバートしてもらったものを
蓮川様に編集していただくという
なかなかとんでもない経路をたどった
品でもあります。
今となってはちょっと正視できません…(泣)

(2000.8 リオりー)