ハニームーンは空にいて |
とりあえず、空がきれいだった。
「今日は空がきれいだな」 「おい」 「うーん、今、初めて気づいた」 「おい、パーシヴァル!」 「……」 「おいこっち向け!パーシヴァル!なんなんだこれは!」 「何なんだこれはといわれましても」
なんなんだはこっちのセリフなんですけどね。
「おまえが上から降ってきたからだと思うんだが」 俺は、見回りの帰り、名前を呼ばれたからそちらの方を振り向けばちょうど二階の廊下の窓から飛び降りようとするボルスを見て、あわてて受け止めようとして受け止め損なっただけだと思うんだが。
「俺は二階から飛び降りたの」 「そのようだな」 「下は芝生だしこの程度なら俺は着地はちゃんとできるんだ」 要するにとっさに受け止めようとしたのはよけいなお世話だったといいたい訳かな?
「おかげでおまえをけっ飛ばして敷き潰してしまったではないか!大丈夫か?」 …違った。どうやら潰してしまったことを悪いと思って心配しているようだ。
「パーシヴァル、何を笑っている。」 「いえいえ、それよりそちらこそ大丈夫ですか?それにその手のワインは…」 「ああ、俺の方は…いてっっ!!」 「ああやっぱり俺の甲冑にしたたかぶつけたみたいだな。どこだ痛むのは」 「いてて、尻、腰…ふくらはぎのところ…ああ、でもワインは無事だ」 痛そうなしかめっ面一転にっこりと極上の笑みでワインを見せるボルスを見て眩暈。
「ばかか、おまえは。とりあえずワイン捨ててちゃんと手を使えばそんな痛い思いをしないで済んだだろうが」 「なんだと、これはいいワインなんだぞ」 論点はそこかい。
「だいたいなんでそんな格好で」 やはり甲冑にまともにぶつかったダメージは少なからぬものでとりあえず立ち上がろうとしたボルスは、すぐにうめいてまた俺の甲冑の上にへたりこんでしまった。
「だいたい何で飛び降りたんだ?」 「おまえが見つけたから」 素直で結構なんですけど 「…おまえ酔っているな…」 ボルスは酒が強いと言えば強い、弱いと言えば弱い。
「そんなに飲んでないぞ」 「ああそう…」 酔っぱらいに酔っていると言っても意味がないのでおざなりに返事。 「で、俺に何のようですか?ボルス卿」 「ワイン」 「は」 「いいワインが入ったら、一番おいしい条件で飲むのが当然じゃないか?」 …あ、イヤな予感が。 「…もしかしなくてもそれにあわせてつまみを作れっておっしゃってます?」 ボルスは人の顔を見てにっこにこ。 「とりあえず起きろ」 ああーやっぱり。
「パーシヴァル起きろって」 「おい、つまみを作るのはいいがここはブラス城じゃない。ビュッテフュッケ城だ。お望みのものが作れるとはかぎらんぞ」 ブラス城なら何がどこにあるか知っていたし顔も利いた。
「とりあえず起きろって」 聞く耳持たないらしいボルスにやれやれと思いながらも、その立てないボルスを膝の方へずりずりと移動させ、したたかぶつけたらしい背中をなだめながら起きあがるとほら、と目の前にグラスが突きつけられる。
「…これは…」 口の中に広がる極上の芳香と味。
「どうだ?」 「…いい酒だな…」 「だろ?」 自分が誉められたようにうれしそうに笑うボルス。
「しかし…これは…」 ボルスが好んで買う酒ではない。むしろこれは… 「うまいだろ?見たこと無い銘柄なんで、聞いてみたら試飲させてくれたんだがな、パーシヴァルが好きそうだと思って」 ああ、俺のために買ってきてくれたのか… 「ああ、じゃつまみは」 「つまみ?ここにあるぞ」 ボルスはこともなげに言うとパジャマの胸ポケットからずるずると袋をとりだす。 「ナッツ?」 「同じ地方で取れるものらしいんだ。店の人がこれが一番だと進めてくれた。癖があるがそれが実にこのワインに合うんだ!」 …つまみはいいのがすでにあって、俺を見つけて飛び込んできて…そしてこの酒…。 「もしかしてお前」 俺を待っていたわけか?
「ちが〜う!」 いきなりの図星…だろう言葉に、真っ赤になったボルスは、反発するように睨み付けてくる。 「俺はいい酒を手に入れたから自慢したかっただけー!!」 でもそれではなんで俺を見つけて飛び込んできたの?
「ああ、帰るのが遅くなって悪かったな」 素直に謝ってやると張った意地の空振りでボルスは赤い顔のまま大人しくなる。
「別に…いい」 「いい酒だな」 「いい酒だろう?」 とたんに勢い込んで嬉しそうにするボルスにくっくと笑いが漏れる。
「部屋に帰ってゆっくり飲もうか?」 「おう」 「立てるか?」 「………」 どうやら立てないらしい。
「仕方ないだろう…お前裸足だし、まだ足とかうって痛いんだろう?」 ワインとワイングラスを持っているから手を使わせるわけにもいかないしな…
「い…てて…」 とへたり込んでしまう。 ほらみろと手を貸そうとすれば、しかしボルスはそれは嫌だと言わんばかりに上目遣いに睨み付けてくる…。 「まったく…」 「うーー」 それでもワイン瓶を抱きしめて睨み付けてくるのはかわいいのだが…。 「他に手はないだろう?」 「ヤダ…人にあったらみっともなさすぎる」 まぁたしかに…。
「……」
それも…いいかな? 「ボルス、ちょっとだけ我慢しろよ」 「え?うわっ」 強引に抱き上げると今度は城内に行かずにすぐそこの城の壁際に行く。
「???」 「おいボルス。みろよ」 なんなんだと聞きたそうに人の顔を見るボルスに、指さして見せた先には綺麗なハニームーン。 「…綺麗だな…」 「部屋に籠もるのがもったいないくらいだろう?」 「ああ…」 「お前が立てるようになるまでここで月見の酒としゃれ込むのはどうだ?」 その提案はいたくボルスの気に入ったらしい。
「しかしなんだこの体勢は」 「しかたがないだろう…ボルス…お前裸足だし」 パジャマの裾をドロだらけにするのもまずかろう? 「誰かに見られたら」 そりゃぁお暇様抱っこ以上に言い訳の聞かない体勢でしょうね。 「こんな奥まったところの壁際なんかお前が飛び降りてきた窓からおもいっきり下を覗き込まなきゃ見えませんよ。しかもこんな暗がり…わざわざそんなことをするバカもいないと思うううですけどね…」 含み笑いでそういってやると、納得したのかボルスは膝の上で大人しくなった。
目には月夜に跳ねる金の波。
たまにはこういうのもいいだろうなんていい気分で酒を傾ける。
「でも何で裸足なんだ?」 「え?俺…ちゃんとスリッパ履いていたけど…」 「…スリッパは降ってこなかったと思うけどな…」 先ほどの空を思い出して呟くとボルスは少し首をひねって 「ああ、そういえば窓枠に膝をかけたときにそこに並べておいて置いたかも!」 わりととんでもないことをいうボルスに俺は思わずワインを吹き出しそうになる。
……ということはもちろん目の前の男には言わないでおくことにしようか。
それでもつい漏れてしまう忍び笑いは、綺麗な夜と酒で幸せだからとごまかして。
こんな目の毒なお前を見ているのも、俺とあとは月だけということで…。
終 |
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