親愛なる隣人2 |
受難は時として幸運の女神の顔をしてやってくる。
「ボルスさん」 最近聞き慣れた元気な声で呼び止められたのは、ボルスがビュッテヒュッケ城の石段を歩いていたときだった。 「ヒューゴ殿」 炎の英雄ヒューゴだ。遠征から帰ってきたばかりらしい。
「ボルスさんおみやげ」 「?」 そんなボルスの逡巡など気にもされずにぽんと包みがわたされる。
「チシャのワインの新酒。…なんだけどさ、あそこの隠し酒場でしか出さない秘蔵品らしいよ」 宝物を見つけてきた、そんな感じでちょっと得意そうなヒューゴにびっくり目のボルス。 「え?そんな大変なものを俺に…か?」 そんな大変な物を受け取る理由はないのに。 「うん、なんかもらったんだけど、俺ワイン飲まないし。聞いたらクリスさんがボルスがものすごくワインが好きだからっていうからさ」 「クリス様…」 とりあえずなんでもクリス様なら感謝と感動の対象。目の前の少年を思い出せ。 「一番そういうのが分かる人にあげるのがワインのためだろうと思ってさ」 「あ、ありがとうございます」 そういうことなら有り難く、とがっちりとその瓶を抱きしめる。
「ここにいたのか…」 「あ、ゲドさーん。ただいま」 「ゲド殿…えと、おかえりなさいませ」 こちらはやはりさっきまで出かけていたゲドが、後ろにジャックを伴って現れる。
「…うん、………これを」 帰還組と留守番組両方に挨拶されてどうも返事を探し損ねたらしいゲドは、無造作に手に持った瓶らしきものをボルスの方へ押しやった。 「?」 また?という風情でボルスが相手に問うと 「カレリア産のワインだ。交易品だが極上品でそれ一本だけ残ったのでな」 「!そんなのもらってもよろしいのですか?」 さすがにびっくり顔でボルスはとっさにその酒を突き返す。
「いい酒だからな」 ゲドの言葉に言われずとも!とボルスは縦に首を振る。 「だから」 「うちの連中は酒の味なんか二の次で、量を飲むからな。極上品を水のように5分で無くされてはもったいないと思う。」 だからやると酒をボルスの手に握らせてうえからそっと押さえる。
「味の分かる奴に飲んで欲しい」 そして、殺し文句かとも思われるとどめの一言。 「あ、ありがとうございます」 ボルスの方は、こうまで言われては断る理由もないし、断りたくもない。
「本当にありがとうございます」 いい人達だ。苦手意識なんて持ってしまって悪かったかも知れない。
「でもお二方とも俺がワイン好きだって憶えてらしたんですか?」 「ああ」 「ボルスさんのことはよく話題になるんで」 「話題ですか?」 ボルスの態度が目に見えて軟化したからではないのだろうが、和気藹々と話が進む。 「うん、やっぱり一緒に戦うからには少しはお互いのことを知らなければいけないじゃないですか。それで、クリスさんとかサロメさんから騎士団の人の話はよく聞くんですけど」 「え?どんな?」 「剣の腕が騎士団1だと」 実はそんな話以外にボルスが話題になるのは色々目立つからで…。
俺はなんて狭量だったんだろう。
「気性は荒く見えるけれども基本的には騎士としての礼儀はしっかりしているとか…」 「敵の傾向が分からないときは騎士団では…」 「いえ、そのような…まだまだで」 「真面目で硬くて餌付けは出来るとか…」 「………は?」
「………」
和気藹々とした雰囲気の中、なんだかいまとんでもない一言が混ざっていたような…。
「…今何を…」 「餌付けできる…」 とっさにゲドがジャックの言葉を押さえようとしたが時すでに遅かったようだ。 「クリス様…やサロメ殿…が?」 地の底から出されたようなボルスの声。 「いや…こーいう前髪の奴」 ジャックが額の辺で左手を斜めに交差させる。それだけで一目瞭然。
「パ〜〜〜シヴァルぅっっっ!!!!」 いかにもいいそうな同僚の話にボルスの単純な堪忍袋はあっさりと破裂した。
「あらーいっちゃった」 「すまん…」 ジャックの代わりに謝るゲドにヒューゴは笑いながら手を振る。 「でもまぁいいんじゃないですか?ワインはきっちりかかえて帰っていったみたいだし」 それより、とヒューゴが斜め上目でゲドをちらりと見る。 「ゲドさんもその話聞いていたんですね…」 実はそれを聞いたからわくわくしながらワインを持ってきたヒューゴである。
「それを聞いてから…ジャックがこれをやれやれと言うのでな」 どうやらこっちはジャックの方の希望らしい。
「尻尾見えてましたね〜」 「ああ…」 「もう一度やりたい…」 とはジャック。 「当分無理だろう…」 ため息混じりにゲド。もう無理といわずに当分というあたりが見る目があると言っていいのかどうか。 「止めに言った方がいいかも」 ヒューゴはとりあえずあの怒りの暴走先であるパーシヴァルの身を案じる。 「うーん、どうかな」 妙に冷静かつ投げやりなゲド。何かを知っている風でもあるが…。
「今ものすごい勢いで走っていったのはボルスのようだが何の騒ぎだ」 そこに騒ぎを聞きつけたのか階段の下からひょっこりクリスが顔を出す。 「クリスさん」 「なんだ…?珍しい顔合わせで…」 今がちゃがちゃと甲冑特有の足音を響かせて走っていったのがボルスなら、元の場所にいるのがヒューゴとゲドでは確かに珍しい顔合わせだ。
「ちょうどよかった。クリスさんボルスさん止めて欲しいんですよ」 「なんだ?またあいつがなにかケンカでもやったか?」 「いや、たぶんこれから始まるというか」 「ケンカがか?」 「えーとですね」 これこれこうとヒューゴはいきさつをかいつまんで話す。 「…だからパーシヴァルさんが怪我をしないウチに止めた方が…」 「大丈夫だろう」 心配そうなヒューゴの言葉をクリスはあっさりと一蹴する。 「大丈夫かなぁ。ボルスさん戦闘ではとにかく強いし」 「ああ、絶対にボルスが返り討ちにあうから」 「……絶対なんですか?」 「ああ、今のところこういう私闘では勝ったことがないな。ボルスはパーシヴァルに…」 剣でいけばボルスの方が強いんだがなとクリスは事も無げに笑う。 「………」 それはそれで問題なのではないだろうかとヒューゴは素直に首をひねる。
「それで…じゃぁボルスさんは大丈夫なんですか?」 「まぁ大丈夫…ああ、明日の朝は休みにしておいてやろう」 それでいいんですか?そういう問題なんですか?助けに行かなくていいんですか?という言葉はきれいさっぱり無視される。 「明日はストーンゴーレム倒しに行こうと思ったのになぁ」 「ん?そうか?パワーファイターが必要ならレオにでてもらうが、バランスが必要なら私がでるが?」 さりげなくにこやかだがなんとなーく口を差し挟んでは行けないような雰囲気のクリスにヒューゴも気付く。 「…クリスさんにお願いします」 「わかった」 にっこり
そして次の日の朝、ボルスはやっぱりでてこなかったが、これも全く無視されてヒューゴ達はボルスの代わりにクリスを伴って冒険にでた。
その日の夜にヒューゴとゲドに丁寧な御礼状が届いた。
彼の不幸は今後も目をつぶられて救われることはないが、
終 |
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