親愛なる隣人2          
 
 
 

 受難は時として幸運の女神の顔をしてやってくる。
 
 

「ボルスさん」

 最近聞き慣れた元気な声で呼び止められたのは、ボルスがビュッテヒュッケ城の石段を歩いていたときだった。

「ヒューゴ殿」

 炎の英雄ヒューゴだ。遠征から帰ってきたばかりらしい。
まだ埃のついた顔でにっこり笑う、ボルスにとってちょっと苦手な相手。
子供で敵で強くて、我も強いくせに…前を睨み付けて自分達のそばにたっている。
苦手の理由が、関わると後々敵でいられない気がするからイヤだなんてナサケナサスギ。
そうおもってボルスは多少突っぱねるようにしているが、彼はほとんど気にしない、というか気にしないようにしているらしい。
そんなところもけなげで力になりたいと思うからやっかいだ。

「ボルスさんおみやげ」

「?」

 そんなボルスの逡巡など気にもされずにぽんと包みがわたされる。
包みの中味は、銘のないただのワインの黒い瓶。

「チシャのワインの新酒。…なんだけどさ、あそこの隠し酒場でしか出さない秘蔵品らしいよ」

 宝物を見つけてきた、そんな感じでちょっと得意そうなヒューゴにびっくり目のボルス。

「え?そんな大変なものを俺に…か?」

 そんな大変な物を受け取る理由はないのに。

「うん、なんかもらったんだけど、俺ワイン飲まないし。聞いたらクリスさんがボルスがものすごくワインが好きだからっていうからさ」

「クリス様…」

 とりあえずなんでもクリス様なら感謝と感動の対象。目の前の少年を思い出せ。

「一番そういうのが分かる人にあげるのがワインのためだろうと思ってさ」

「あ、ありがとうございます」

 そういうことなら有り難く、とがっちりとその瓶を抱きしめる。
ワイン好きなら自信がある。
 
 

「ここにいたのか…」

「あ、ゲドさーん。ただいま」

「ゲド殿…えと、おかえりなさいませ」

 こちらはやはりさっきまで出かけていたゲドが、後ろにジャックを伴って現れる。
こちらも取っつきにくいと言えばボルスにとってちょっと苦手な部類に入るらしい。
苦手がおおすぎやしないか?

「…うん、………これを」

 帰還組と留守番組両方に挨拶されてどうも返事を探し損ねたらしいゲドは、無造作に手に持った瓶らしきものをボルスの方へ押しやった。

「?」

 また?という風情でボルスが相手に問うと

「カレリア産のワインだ。交易品だが極上品でそれ一本だけ残ったのでな」

「!そんなのもらってもよろしいのですか?」

 さすがにびっくり顔でボルスはとっさにその酒を突き返す。
カレリア産の最上級。名前を聞いただけでもらえるわけがない。
さっきのヒューゴとはわけが違う。あそこのゲド隊はみんな酒飲みだと聞いているしゲド自身も酒はたしなむ。
あまったのならあげないで自分達で飲めばいいのに。
なまじっかワイン好きだからカレリア産の極上品がそうおいそれと手に入るものでないのはボルス自身が誰よりもよく知っているためか、この行為の裏を読まずに入られない。

「いい酒だからな」

 ゲドの言葉に言われずとも!とボルスは縦に首を振る。

「だから」

「うちの連中は酒の味なんか二の次で、量を飲むからな。極上品を水のように5分で無くされてはもったいないと思う。」

 だからやると酒をボルスの手に握らせてうえからそっと押さえる。
優しい仕草のようだがあの投げやりな無表情で淡々とやられると頷いてしまいたくなるのは気のせいじゃないだろう。

「味の分かる奴に飲んで欲しい」

 そして、殺し文句かとも思われるとどめの一言。

「あ、ありがとうございます」

 ボルスの方は、こうまで言われては断る理由もないし、断りたくもない。
今度はがっちりと受け取る。
受け取って胸元に大事そうに抱え込む。頬ずりしそうな雰囲気。
最上のワインがいきなり二本も。棚からぼた餅正月と盆、エビはなくても鯛は釣れる、とりあえずそんなところか。

「本当にありがとうございます」

 いい人達だ。苦手意識なんて持ってしまって悪かったかも知れない。
うん、一緒に戦う人たちだしこれからはもう少し…

「でもお二方とも俺がワイン好きだって憶えてらしたんですか?」

「ああ」

「ボルスさんのことはよく話題になるんで」

「話題ですか?」

 ボルスの態度が目に見えて軟化したからではないのだろうが、和気藹々と話が進む。

「うん、やっぱり一緒に戦うからには少しはお互いのことを知らなければいけないじゃないですか。それで、クリスさんとかサロメさんから騎士団の人の話はよく聞くんですけど」

「え?どんな?」

「剣の腕が騎士団1だと」

 実はそんな話以外にボルスが話題になるのは色々目立つからで…。
シバと3時間中庭で訓練と称した決闘もどきをしたとか、朝やたら元気なときがあるかとおもえばへろへろの日があったり、掃除当番を厭いはしないがいやに不器用で一度など自分の使うモップを踏んづけて階段から転がり落ちたとか…そんな話題に事欠かないからなのだが…それはこの場では言わぬが花というものだろう。
そつない二人は目配せするでもなくちょっとだけ遠い目。
ボルスのほうはこの言葉に、ワインを抱きしめ感動の嵐にひたっていた。
 
 

 俺はなんて狭量だったんだろう。
そうだよな…苦手なんていってないでちゃんと分かり合うべく話を聞くべきなんだ。
先は敵でも今は味方。
いやおそくない、これからでも…!!

「気性は荒く見えるけれども基本的には騎士としての礼儀はしっかりしているとか…」

「敵の傾向が分からないときは騎士団では…」

「いえ、そのような…まだまだで」

「真面目で硬くて餌付けは出来るとか…」

「………は?」
 
 

「………」
「………」

 和気藹々とした雰囲気の中、なんだかいまとんでもない一言が混ざっていたような…。
一瞬にして視線がゲドの後ろに向く。
その一言をぼそっと言ったのは今まで会話に参加していなかった、ゲドの後ろにたっていたジャック。

「…今何を…」

「餌付けできる…」

 とっさにゲドがジャックの言葉を押さえようとしたが時すでに遅かったようだ。

「クリス様…やサロメ殿…が?」

 地の底から出されたようなボルスの声。

「いや…こーいう前髪の奴」

 ジャックが額の辺で左手を斜めに交差させる。それだけで一目瞭然。
 

「パ〜〜〜シヴァルぅっっっ!!!!」

 いかにもいいそうな同僚の話にボルスの単純な堪忍袋はあっさりと破裂した。
瞬間湯沸かし器も廃業しそうな早さで怒りの臨界点を突破させると自室、二人の部屋に向かってものすごい勢いで走り去っていった。
ワインの瓶はきっちりと抱えたまま…。
 

「あらーいっちゃった」

「すまん…」

 ジャックの代わりに謝るゲドにヒューゴは笑いながら手を振る。

「でもまぁいいんじゃないですか?ワインはきっちりかかえて帰っていったみたいだし」

 それより、とヒューゴが斜め上目でゲドをちらりと見る。

「ゲドさんもその話聞いていたんですね…」

 実はそれを聞いたからわくわくしながらワインを持ってきたヒューゴである。
そして予想通りの反応であったのだが。

「それを聞いてから…ジャックがこれをやれやれと言うのでな」

 どうやらこっちはジャックの方の希望らしい。
そういえばこの男は動物が好きだとか…。

「尻尾見えてましたね〜」

「ああ…」

「もう一度やりたい…」

とはジャック。

「当分無理だろう…」

 ため息混じりにゲド。もう無理といわずに当分というあたりが見る目があると言っていいのかどうか。

「止めに言った方がいいかも」

 ヒューゴはとりあえずあの怒りの暴走先であるパーシヴァルの身を案じる。

「うーん、どうかな」

 妙に冷静かつ投げやりなゲド。何かを知っている風でもあるが…。
 
 
 

「今ものすごい勢いで走っていったのはボルスのようだが何の騒ぎだ」

 そこに騒ぎを聞きつけたのか階段の下からひょっこりクリスが顔を出す。

「クリスさん」

「なんだ…?珍しい顔合わせで…」

 今がちゃがちゃと甲冑特有の足音を響かせて走っていったのがボルスなら、元の場所にいるのがヒューゴとゲドでは確かに珍しい顔合わせだ。
パーティ編成ではさして珍しくもない猛者共だが、日常ではこれほど噛み合いそうもないメンバーもいないだろう。

「ちょうどよかった。クリスさんボルスさん止めて欲しいんですよ」

「なんだ?またあいつがなにかケンカでもやったか?」

「いや、たぶんこれから始まるというか」

「ケンカがか?」

「えーとですね」

これこれこうとヒューゴはいきさつをかいつまんで話す。

「…だからパーシヴァルさんが怪我をしないウチに止めた方が…」

「大丈夫だろう」

 心配そうなヒューゴの言葉をクリスはあっさりと一蹴する。

「大丈夫かなぁ。ボルスさん戦闘ではとにかく強いし」

「ああ、絶対にボルスが返り討ちにあうから」

「……絶対なんですか?」

「ああ、今のところこういう私闘では勝ったことがないな。ボルスはパーシヴァルに…」

 剣でいけばボルスの方が強いんだがなとクリスは事も無げに笑う。

「………」

 それはそれで問題なのではないだろうかとヒューゴは素直に首をひねる。
大体ボルスは勝てないと分かっている相手にそう何度も突っかかっていっているのだろうか。
それよりこんな所でのんびりお話なんかしていていいのだろうか?
どちらかを止めに行かなければならないのではないだろうか。
力の差が歴然としているならなおのこと…。

「それで…じゃぁボルスさんは大丈夫なんですか?」

「まぁ大丈夫…ああ、明日の朝は休みにしておいてやろう」

 それでいいんですか?そういう問題なんですか?助けに行かなくていいんですか?という言葉はきれいさっぱり無視される。

「明日はストーンゴーレム倒しに行こうと思ったのになぁ」

「ん?そうか?パワーファイターが必要ならレオにでてもらうが、バランスが必要なら私がでるが?」

 さりげなくにこやかだがなんとなーく口を差し挟んでは行けないような雰囲気のクリスにヒューゴも気付く。

「…クリスさんにお願いします」

「わかった」

にっこり
にっこり
 …何かが違うような気もしないでもないがクリスがなんてことないよーな態度なので、とりあえずヒューゴもそれに習うこととした。
ゲドはさっきから馬鹿馬鹿しそうにそっぽを向いている。
どうもそういうことらしい。って何がそういう事だかヒューゴにはよく分からなかったがとにかくかまってはいけない。そういうことだとヒューゴは賢くも理解したのである。
こうしてボルスは見事に見捨てられた。
 

そして次の日の朝、ボルスはやっぱりでてこなかったが、これも全く無視されてヒューゴ達はボルスの代わりにクリスを伴って冒険にでた。
 
 

その日の夜にヒューゴとゲドに丁寧な御礼状が届いた。
律儀な男ではある。
少しだけ心の痛むヒューゴはまたワインをもらってきてあげようと思う。

彼の不幸は今後も目をつぶられて救われることはないが、
きっとワインなら今度も彼は嬉しそうに受け取ってくれるだろう。
 
 

 

だぁぁぁ!!何この話。
この話の責任はほむら氏にあります(転嫁)。
ほむら氏がボルスのことをポチポチいうから
でてきたんですこの話。ということで責任取って
受け取って下さい。…ええ普段はこんなこと
考えていませんよ。ボルスかわいいしかっこいいではないですか。
ええ、もう…そういうことにしておいて下さいませ(笑)

(2002.12.1リオりー)