確定未来の朝                  

  
 
 
 

  セッ●スというのはよけいな問題を起こさないいい手だったのかも知れない。
その間、もしくはその前後までもよけいなことなんか考えなくて済むからだ。
裸でくっついている分には風習も言葉も嗜好もとりあえずそれほど関係ない。
そんならちもない考えにパーシヴァルが引っかかったのはその問題とやらが噴出した後だった。
 

「おまえなんで裸で寝るんだよっ」

「お前パジャマなんか着て苦しくならないか?」
 

馬鹿馬鹿しくも基本的問題だ。同じベッドに寝るのなら、だが。そしてその現実はいきなりどかんと目の前にやってきた。
そもそも思い起こしてびっくりだが自分達にはその行為無しでの同衾という記憶がほとんどない。
あえていうなら戦場の野営でひっついて眠ったことが何度もあるが、それはあくまで非日常時の出来事でとりあえず鎧で固めた心と体に相手が浸食をすることは当然のように無いわけで。
あとはまだまだ子供だったかも知れないといえる出会ったばかりの頃。そのころはそういう感情をお互いに抱くことすら思いも及ばなかったんだからまぁ除外されるべき状況だろう。
今やおたがい寄り添うどことか至近距離でパンチとひじ鉄を遠慮なく飛ばしたって、はなれることなんか考えにも及ばない二人になっているのに、そっちの方面は恐ろしく即物的なつきあいしかしてこなかったという事実はかなり衝撃的ではある。
それが、ここに来て炎の英雄に従ってハルモニアと戦うというその居城にて二人は仲良く同じ部屋に住み、同じ布団に寝るということになったわけだ。
二人の関係を一般的な立場で見れば別に何の問題もないことなのだが、この二人にしてみれば長いつきあいのなかで自分勝手に背中合わせにポジション取りをしてきたところを横合いから突き崩された形になったわけで、妙に殺伐とした現実に憮然とした気持ちになるのも無理もないことだろう。
ベッドを目の前にして二人は妙な距離を取ってにらみ合ってみた。

「…パジャマ…着る気無いのかよ…」

「下ははいているぞ」

「そういうことでなく…」

「おまえこそ…いつもそんなの着ていたか?」

「俺は普段はちゃんと着ているんだよ!!」

「……」

「………」

自分の知っている普段の相手というのがいかに特殊状況の相手だったか。
その状況が二人にとって普通だったかを考えるとボルスは顔を赤くしないではいられない。
パーシヴァルの方もそれを楽しむという気分にもなれないらしい。

今更なのだ。本当に今更なのだが…。

しばらく不毛な会話をした後二人はほぼ同時にそっぽを向いてため息をついた後、そのままベッドに潜り込むことにした。
いまさら、恋人の知らない面を見ることが出来て「わーうれしい」という気持ちにはなれないものらしい二人は速攻でこのずれを無視することに決めた。この現実逃避のタイミングの良さがもしかしてこの性格の違う二人の長続きの秘訣かも知れない。
そのへんも虚しいものである。

そして、いざ布団に入ってしまえばそれほど問題は問題として感じられないことが分かる。
隣に温もりを感じることもふわりと相手の香りに包まれることもボルスにとっては慣れた感触であったし、パーシヴァルにとって触れる肌ではない柔らかいネルの感触はとりあえず欲望の発動を意識して押さえてくれる。パーシヴァルはこのネルの感触はキライなのだ。
何よりもお互いの気配は二人にどこか暖かい安心をもたらした。

「とりあえず…これでいいか」

「そうだな」

その安心感を気取られるのがどうにも気恥ずかしいボルスは、素っ気なくそういい、感情の読めない態度でパーシヴァルも応じた。
 

あと問題なのは…

「パーシヴァル!あと言って置くけど、たのむから俺を女と間違えるなよ」

「なんのことだ」

言葉だけ聞くととんでもない問題発言だ。

「お…おまえ朝になると人のこと抱きしめているじゃないか」

正確なところを口にするのはボルスは非常に気恥ずかしい。
ボルスの言うのは朝になるとパーシヴァルがボルスを腕の中に抱き込んでいることだ。
ボルスにしてみれば朝から真正面でパーシヴァルと…しかも裸の…と対面はとんでもなく心臓に悪いらしい。
しかも自分が女か抱き人形のように腕の中に抱き込まれているならなおさらだ。
男の裸にどうこうという感慨の湧くボルスでないが、自分とどうこうなっている相手の裸はそうはいかないらしい。
あまり通常で思い出したくないものが頭の中に一気に駆け抜けてとても平静ではいられなくなる。
朝からあまりにも心臓によろしくない状況だ。
パーシヴァルにしてみればいい加減慣れて欲しいと思うのだが、ボルスはそういう朝は決まって起きたとたんに腕から逃げ出して、真っ赤な顔をして後ずさりしベッドから転がり落ちるということを繰り返している。
そういうところは可愛いとは思うが、ボルスはぎゃんぎゃん止めろと言うので、パーシヴァルはとりあえず『いつもの癖だ』で済ませた。
いつものというのは女のことで、ボルスはそれも面白くなかったらしい。

野営で隣に寝るときなんかはそんなこと無いのに。

「そういわれてもなぁ」

癖のことだし?パーシヴァルは上を向いて苦笑。

「と、とにかくいつもの…そのそういう時じゃないんだ。そういうのやめろよな」

ボルスは真っ赤な顔でそれだけ言うとばさっと布団に潜って寝の体制を決め込んだ。
普通の朝の目覚めに裸のパーシヴァルと対面して思い出したくないことまで思い出すなんて憤死もので、
でもそれ以上にこの会話を続けて思い出すのもとんでもなく恥ずかしかったりするのである。

「善処しましょ」

そんなボルスの動揺が手に取るように分かるパーシヴァルは、くっくと笑うと体を返してやはり大人しく寝の体制に入った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ふんわりとカーテンの隙間からやわらかい光が射し込み朝の香りがどこからとなく部屋に漂う。
手入れの行き届いたシーツに柔らかい布団。
そして柔らかいふわふわの金髪の感触と、微かに香るボルスの香り…。

「………」

パーシヴァルが目を開けるとそこに飛び込んでくるのは朝日に透ける綺麗な金の波と長い金のまつげ。
そして腕には柔らかいネルの感触。いつもの気持ちいい肌の感触ではないけれど…。

「やっぱりまたやってくれたか…」

パーシヴァルはそっとボルスの身体を離そうとするがボルスはパーシヴァルの下の腕にしがみつき、躯を丸めるようにしてすり寄ってくる。

「まったく…」

幼子のようなあどけない寝顔。
その人の脇にすりよってその温かさで眠りたがる猫か犬のような仕草にパーシヴァルは苦笑を禁じ得ない。
抱き込んで寝るだって?誰のせいだと思っているのか。

たぶん原因は肌の暖かさと匂いだと思う。
ボルスもパーシヴァルも甲冑というひどく熱く蒸れるものを着込んでいるために、それなりに汗もかくし体臭も残る。それを隠すために身だしなみとして使っている香水のようなものもある。
もちろん外からそれと分かるほどつけたりはしない。微かに香る程度が粋というものだし上品というもので。
しかし鎧を外しこうしてそばに寄れば確かに感じ取れるその混じり合ったその人独特になる香り。
一緒に寝るとボルスはそれにまるですり寄るようにしてくるのだ。
これは鎧を着ているような野営の時には全く発動されない。たとえば他の人間と酔っぱらってみんなで雑魚寝をしているときでも見られない。こういう風にそばに相手の匂いを感じ取れるようなときばかり。

自分だけに…。

まるで普段素直になれないその反動のように。
いやそれよりも、本当は真っ直ぐに自分を慕ってくれるそのボルスの純粋な心根そのままのように。
照れくさくてついボルスの意地っ張りの琴線に触れるようなことを言ってしまうのはむしろ自分の方で…。

「甘えんぼめ…」

でもいまはそんな照れ隠しも相手には伝わらないから彼は子供のようにそばにすり寄ってくれて。
幸せに表情が歪むのも見られないからパーシヴァルも普段見られない表情で。

「まぁいいか…濡れ衣は着てやるよ」

本当はパーシヴァルのせいじゃない。でもかまわないのだ。
これがボルスが自分のせいだなんて知ったら、憤死するついでに自分の身体をベッドの端に縛り付けて二度と近寄れないような処置に出かねないのでパーシヴァルはその濡れ衣を着ることに何の抵抗も憶えない。
だって自分のせいなら彼は真っ赤な顔をして赦してくれるから。

「ん…」

ボルスがゆっくりと身じろぎをする。
ボルスが起きるまで後少しといったところ。
パーシヴァルは幸せそうな笑みを消してしかめつらしい顔をして狸寝入りを決め込む。
腕には暖かい感触。
「ネルの肌触りは好きじゃないんだがな…」
慣れなければいけないだろう。これからのためにも。
そして起きればボルスがいるときのいつもの朝。
ボルスはぎゃんぎゃんさわいでまたベッドから転がり落ちることだろう。
確定未来の想像に笑ってしまわないよう努力して、パーシヴァルは今度は自分からその温もりをに腕を回してしっかりと抱きしめた。
 
 



 
甘々パーボル。いきおいついています。
砂どころか砂糖はきそうです(自分で言うな)
うちではパーシィちゃんは照れ屋なのです。
照れ屋と意地っ張り。どこで繋がるんでしょうね(笑)

さらまんだー様に素敵な朝の1コマの絵を頂いてしまいました〜。ありがとうございます〜
               ステキ絵はこちら→

(2002.11.11 リオりー)