腕の中のリアル 

 
 
 
 
 
 

  とりあえず思っていることを口に出す。

平気で。
傷つくのもなにもかも。
あいつ相手の時だけ適用されるルール。

それだけがあいつにやれるモノ。
それだけが奪い取るためのルール。
 
 
 

「とりあえず俺達は二番目だな」
 二人っきりの時、いきなりパーシヴァルがそんなことを口にするので,ボルスはちょこんと首を傾げてみせる。
「2番目?」
一番二番はよく争ったが二人して二番はないもんだ。
そう思って相手の目を見ようとしたとたん、ふわりと間近に香るパーシヴァルの匂い。
くるりと視界が反転して音もなくシーツに沈められたボルスはしかめっ面を目の前の男に返す。

「ボルス、おまえ子供の頃の一番大切な宝物って覚えているか?」

そのボルスの視線での質問には答えず、返された質問にボルスは眉間にしわを刻んで、上にのしかかろうとしている相手の顔をにらむ。
シーツに埋もれて下から見上げるように睨んだ所で相手の笑みを誘うだけなのだが。
こういうときに話す事柄だろうか?
どうせすぐ何もかも分からなくなるのに。
触れてくる唇はすでに熱を孕んで甘い。
こういうところだけ正直すぎ。
これからのことを記憶から呼び起こすような甘さに、ボルスは微かな目眩を感じて反抗するように奥歯をかみしめる。
抵抗をやめずに逃げをうつ自分は思いっきり不正直。
でも逃げたいのが本音ならとっても正直。
質問を重ねて置いてこんな真似。
答えを期待しているのか?
答えを聞きたくないのか?
 

「覚えていないか?」
そんなボルスの態度を気にもとめず被さってくる質問にボルスは今度はため息をつく。
よく、ボルスの話はその場の興味だけで口にのせるので、唐突でわかりにくいと言われるが、パーシヴァルのなにやら考えている最中の…もしくは考えたあとに口にされる言葉というのも経過が見えないので、ボルスにとっては唐突で分かりずらい。
「答えなければいけない話か?」
 とりあえず話をする体勢にと身体を押し返しても、質問をさっきから投げる相手はその仕草に喉の奥で笑いを宿すばかりで腹が立つ。
「いや、ただの興味だ。覚えていないならいい」
「覚えていないなんて言っていない。一番大事だったのは大叔父上から頂いた形見の金のエンブレムだ」

ムキになるのはボルスの悪い癖。
その部分を妙に気に入ってワザと触れてくるのはパーシヴァルの悪趣味。
悪い部分ばっかり噛み合って刺すような熱ばかり心の端を刺激する。
そんな二人。
始まりはそんな二人にタイミングが噛み合って、引くに引けずになし崩しになだれ込んだようなモノもだった。
無理矢理だったかも知れない。
でもお互いを暴き立てることに熱中して執着に気付く。
それからは、気がつけば捕らわれるばかり。
 

「今それは?」
「戸棚の一番奥に一番きれいな箱に入れてしまってあるから、実家に帰ればあるぞ」
 みせてやろうか?と何の屈託もなく笑うボルスにパーシヴァルは緩く首を振って耳元に唇を寄せる。
「2番目は?」
 吹き込まれるような問いにボルスはひくりと肩を震わせる。
まだ質問があるのかとボルスは少しうんざりしたが、とりあえずすべてに答えないと謎解きはしてもらえないのがパーシヴァルなので、ボルスはきまじめに答えを考えて口にする。

「…大叔父上に初めて買ってもらった剣帯だ」
「まだあるか」
「ある」
ほれそこ、とボルスが無造作に指し示した場所は部屋の隅、自分たちの剣を立てかけておく木造の剣立てでそこに古いぼろぼろの剣帯が剣の留め具のようにぐるっと巻いてある。
実際に揺れても倒れない目的のために使われているようだ。
「ずいぶんとぼろぼろだな」
「そりゃぁずっと持ち歩いて使っていたからな。もうぼろぼろだし、サイズが合わないし、でも愛着があってどうも捨てられなくてな」
そのボルスの答えに満足したようにパーシヴァルはくすくす笑う。

「おまえはどうなんだよ」
「俺か?おまえと似たようなもんかな。一番は爺さんからもらった金時計。たぶん家に帰れば引き出しの一番上に布に来るんで今もあるだろうな。とうとう使ったりなんかできなかった」
あるだけで満足。
というわけでもないのだがとりあえず見せびらかすのすらもったいない。
夜中にこっそり引き出しを開けて、布を広げ…でも自分では触らないように。
飽きもせずに眺めていた。
「それがどうした」
「いや俺達はお互い2番目だなと言ったのさ」
今度こそボルスはその言葉の中身を正確に理解していやーな顔をする。
 

ただあるだけで、ほこりをつけることすら恐れて触れる気にもならない一番目。
 

「こういうのは比べるもんじゃない」

傾向も質も違う。

「でも…一番はあの方だろう?」

それはどうやっても変えられない。心の中ですら傷つけることの出来ない絶対的な位置にいる人。

「おまえもだろうが!」
上にのしかかるからだを押し返そうと躍起になってボルスは怒鳴る。
まったくこんな時になんて奴。こんな時に話すことではない。
お得意の嫌がらせにもほどがある。
こんな事を…相手を組み伏せて体中にキスの雨を降らせ…そんなときに耳元でささやくのは睦言でなくたぶん持ち出してはいけない第3者。
しかも…こんな時に口に出して欲しくもない神聖不可侵の…。
パーシヴァルが時折人をいじめるだけでなく、酷く自虐的なのではないかと思えるのはこんな時。
忌々しく感じ、首根っこひっつかまえて横っ面ひっぱたいて首を抱きしめてやりたいと柄にもなくボルスは思うのだが…。
それ以上に巻き添えはごめん被りたいとも思うのはもうしかたがないこと。
 

「妬いてもくれないくせに」
そんなボルスの抵抗を難なく押さえ込んでパーシヴァルはボルスの耳元で笑う。
「おまえはどうなんだよ」
どうやってあの人に妬けというのだ。
「少しは妬いてみた」
「みた…」
妙な過去形にボルスはとりあえず対抗を忘れると、パーシヴァルはなおもそれが楽しいとでもいうように笑う。
「でもどう考えてもな…俺達は色々2番目なんだよ」
「どういう2番だよ」
「たとえば剣技ではおまえが一番。強さも防御、素早さ技…すべてのバランスを考えた上で、実践で一番汎用的に相手を選ばず力を出せるのはおまえなんだ」
「だから?」
「だからおまえはいつもクリス様のおそばにいられる」
「…」
「じゃ知略で一番は?」
「サロメ殿だな」
「2番目は?」
「おまえだろう」
というか他はそういう方向に頭の働かない、言われてしまえば朴念仁ばかりだ。
「そう、だからサロメ殿がクリス殿のそばにいて、俺はいつも別働隊になる」
「そばにいたいのか?」
見当はずれで的を得た質問。
「まぁ、最後まで話は聞け。じゃぁ俺が一番のものは何だ?」
「乗馬技術」
さらりと答えがでるほどぬきんでたパーシヴァルの技量。
「そうだ。じゃぁたとえばクリス様が怪我をなされて撤退させなければならないとき。
クリス様を運ぶのはだれだ?」
「おまえだ」
何のよどみもなくでる答え。
「そうだ、おまえはクリス様が一番のくせにそういう場になったら間違いなく
俺に行けと言うだろう。そしてボルス…おまえとクリス様が怪我をしていたら俺はクリス様を先に運ぶ方を選ぶ。たとえおまえが重傷でも、俺が怪我をしていても」

一番なのだ。何に置いても。

一番を与えたいのだ。だから自分が一番でなければ彼女には与えられる資格もない。

それほどに何もかも…でも彼女からは何も望まない。

望めない…いらない。ただ無事でそのままの輝きを持っていてさえくれれば。
 
 

それはすでに恋と呼べるモノでなくても…。

「……」

「ひどい話だろう。俺もおまえも躊躇無くその道を選ぶ。お互いのことなんかたぶん2の次だ。自分のことなんかなおさらな…でもそれなのにこれはなんなんだろうな」
そういって今度こそ明確な意図を持った指先をするりとボルスの服の中にしのばせる。
ボルスの口から意図せず甘いため息が漏れる。
 

「なのに、なんでこんなにもおまえが欲しいんだろうな…だれでもなくおまえをな」
 

執着で続く関係。
それがこれほどに甘くなるのは。

「何かの…問いか?」
あらっぽいしやりたい放題、でも満たされる。

「いや、少し申し訳ないような気がしただけだ」
一番でもないくせに所有することを強く望む。
与えられもしないくせに痛みばかりを分かち合おうとする。
躊躇すら遠い昔にする事をやめた。
ただ傍にあるのを見つければ強く腕の中に引き寄せる。
 

「何が…申し訳ないだ」
荒くなる息の下、それでも憎まれ口はもう性かも知れない。

それはお互い様ではないだろうかとボルスは思った。自分だって何一つ相手を一番に置かずこの関係を享受している。
たとえ一番が恋の相手としてではなくても。

今目の前の男が恋の相手としては一番だといってもそれが何のいいわけにもならないし。
それによって与えられるものなど何もない。
与えられるのは常に一番の人。
この感情は、ただ暴き立て、奪うだけなのだから。
「妬くと言ったり…申し訳ない…と言ったりわけがわからん。…ならば…なんだ?一番でないなら離せと言えば離してくれるのか?」
「いやそんな気は毛頭ない」

離すなんて考えたことはない。
守りたいと思えるほど甘くなく、ただ寄り添えるほど暖かくなく
いっそ傷つけて所有したいと願いほどの激しさばかり見え隠れする。
遠慮もできない関係。
二人はあまりに似ていない。反対と言うほど添うてもいない。
ただ交差する道のように傍にいてもすれ違うばかり。
その関係を強引に引き寄せたのはどちらだったのか。

「一番になりたいのか?」
「さぁ、たぶんなりたくないな」
「じゃなんなんだ」
「俺も分からなかったのさ…だから今聞いてみた」
「で分かったのか?」
何がとは聞いてもきっと分からないだろう。
ボルスは話の合間に飽きもせずついばむようなキスを繰り返す相手に併せるようにそっと触れるだけのキスを相手の肌に返す。
口では決して求めることの出来ないボルスのせめてもの欲求の存在。

「ああ」
その可愛らしい仕草に自然と柔らかい笑みがこぼれる。
執着が満たされる瞬間。
欲しいのは相手の執着。嘘のない痛み。

「何」
「悪くない…」
「…
「2番目も悪くないなと」
「…やっぱりわからん」
何が楽しいのか、たぶん自分がパーシヴァルの言っていることを理解できずに難しい顔をしているのがたのしいのだろうが、くすくす笑う吐息に肌を震わせていたたまれずに目を背ければ、視界には自分の宝物だった剣帯。
いや、今でも手放せずにいるずっと思いでの片隅にあった品物。
結構乱暴に扱った。
傷だらけで、ぼろぼろでも。
そういうことなんだろうか?

「パーシヴァル…、おまえの二番目は?」
それを確認するかのようにもう上がりかけの息で相手に問いかけるはただの睦言に近く。
「子供の頃のか?」
それにくすりと甘い笑いを返して身体に沿って何度も滑らせていた腕をボルスの目の前につきだしてやる。
「これ」
左腕に巻かれた銀の鎖がちゃらりと音を立てる。
小さな銀のプレートがついた、ちゃちな感じの装飾品。
「これ?」
プレートはなにやら掘られていたようだで、でこぼこしているがもう何も判然としない。
「一番最初に村の近場で開催された乗馬大会少年の部で優勝したときの商品だ」
じゃぁプレートには馬のマークとたたえる文字や本人の名前が彫り込んであるはずだが。
「読めない」
「まぁな自慢するみたいにずっとつけて歩いていたからな」
傷つき、ぶつけ、また戦いを経てすっかりすり減ったかへこんだかで無くなってしまったらしい。
おまけに少年用なだけにもうこれでは、腕から抜けないのではないかというくらいぎりぎり手首のサイズである。
「気がついたら無いと落ち着かないんでこのざまだ」
外したければ切り落とすしかないだろう。

「ふぅん」
パーシヴァルがその左手で頬に触れてくるのでボルスはその手を自分の手で受け取るようにして
首を傾ける。
ちゃらりと音を立てて触れてくるくすんだ銀の感触。
鎖もあちこちゆがんでもうはずせ無いかのようにくっついているところもある。
「もっと大事にすればよかったのかも知れないが…」

「いいだろう…、それで」
「いいのか?」
「いいんだ」
ボルスはやっと何かに思い至ったようにすっきりとした顔をして、それから楽しそうにくすくす笑う。
その傷だらけの鎖の感触を楽しむように頬をすりつけると、ボルスはゆっくりと相手の背中に腕を回して、動きの先を即すように背中に緩く爪を立てる。
口に出せないだけ、顔に出せないだけ。
 

「バカパーシヴァル、…何言い出すかと思えば…ばかばかしい…」

本当に馬鹿馬鹿しい。
自分の傷なんて気づかなくていい。
大切にされたいわけではないのだ。
自分を捧げて欲しいわけでもない。
自分のために傷ついくなんてなおさらまっぴらなのだ。
それなのにこれ以上ないくらい相手の存在とその実感を望む。
その相手の残酷な欲を望むような行為にパーシヴァルは薄く笑って思うまま、
いっそ乱暴とも思える行為を繰り返し自分を相手に刻みつける。

いつからこんな風になったのか?
純粋さなど欠片もない。いや欲望に純粋であることに歯止めがかからなくなったのか。
自分のすべてを捧げる相手は別にいる。恋ですらない。自分の感情など
二の次で見返りなど考えもせずにただ相手のためだけに行動する。

「冗談じゃない…」
「ボルス?」
「うるさい」
残酷な手管になじむばかりの自分の身体に心の中で舌打ちして、身の内から膨れ上がるばかりの情感に耐えるために今度こそ背中に遠慮なく爪を立てる。

口で言うほどひどくもなんともない。
奪ってくれてかまわない。
遠慮なんかしてやらない。
ただ欲しがってほしいなんて。

なんてことば強がりのことばかりを言うこの口からいえるわけもないけど。
それこそたぶん相手の望み。
むき出しの悪意とも思える情欲に触れる時に走る悪寒にも似た快楽は
視界の裏に生きている証のようなドス赤い残差を残して身も心も浸食していく。

ああそして証のように酷く生々しさが腕の中に、体の中に残るのだ。
純粋さばかり他に残してため込んだその現実感の罪のように。
分け合うのはそればかり。
 

これ以上最悪の恋はない。

 
  
 

  自分としては二人のカップリングにクリス様前提という考えはほとんどないのですが
(だってクリス様は22歳。たぶん二人のつきあいはそれ以前でクリス様が現れることには
二人の距離は決定しているような気がするのですよ。出来る出来ないは先の話としても(笑))。
でもとりあえず考えてみたらこの最悪ぶり。後味悪いしどのファンが見ても…(血涙)
ごめんなさい。たぶんもうしません。

こんな事かいてますが私は結構パークリ、ボルクリ好きだったりします。
でも自分ではかけないでしょうね。どうもあの辺は一方的に綺麗すぎるんですよ。関係が。
クリス様のせいなんですけどいわゆるどろどろした感情が感じられない、持っていても
綺麗に昇華されてしまいそうな強い雰囲気があります。ある意味とてもあこがれではあります。
ただかく上では、私は恋をする限り消せない傷を当然のように抱え込んで、膿を持って熱を孕むのを
感じる、そして治るわけもないのにそれに遠慮なくキスするようなのをかくのが好きなようなので…。
ええ、病んでます。

(2002.19.14 リオりー)