月 光
 
 

 「無制限にがばがば酒飲んでんじゃねーっていってるだろーがーー!!」
果たしてこれは何回目だろう。
ここ一週間だけでもとりあえず数える気にもなれない、エースの悲痛な怒鳴り声が宿屋に響く。
「まぁまぁ、けちけちしなさんな」
さらりと気にも留められずににっこり笑ってお返事一つはクイーンとジョーカー。
からりと目の前で氷の入った琥珀色のグラスを掲げてもしかして勧めてくれているのか…。
酒場の人も全く気にも留める様子がない。
「そうそうこれのために生きてるってね」
「………」
相手にされないことも、いつものことなのでエースはとえりあえずの憤りを吐き出しただけで、早々に無駄な労力を使うことをやめて部屋に引っ込むことにする。
これはいつもの情景。
「かえったのか?」
エースが部屋へ帰れば、そこは大部屋で自分たちの大将こと1傭兵隊隊長ゲドが下の騒ぎにも全く関することなく、自分の剣なんかを磨きながらエースをのんびり迎えてくれる。
これもいつもの情景で…。
有り難いような有り難くないような。
これにもエースはがっくりと肩を落としたくなる。
部下の暴酒はこの隊長がいさめれば少しは収まりそうなものだが、この男はたしていったい自分に隊長に自覚があるのか無いのか、全く部下のやることに口を出そうとしない。
もっともそれをやられると人のことはいえないえないっていうところも、別の意味でやらかしていたりもするのだが。
今くらいは隊のお財布係である自分の味方をして欲しいもんである。
でないと今のままでは1対3、まぁよく見積もって1対2。
しかもその1人があのクイーン様では勝ち目無く、隊費を飲みつぶされるのは目に見えているのに。
それだけでない、過去は問わない(これはまぁいいとして)、言動に関与しない。
うっかりすると何にも喋らないときては、どうも本当に隊の仲間として認められているのか、頼られているのかそれすらもわからないようなところがある。
その辺を仲間として…こうもっと大事にしたい派のエースとしては、どうにもため息がでるばっかりなのである。

今も帰ったのか、といったきりで顔を上げもせず黙々と剣の手入れをしている。
どうしてこんな隊にはいっちまったのかなぁ…なんて答えは目の前に我関せずと座っているんだけど…
今一つ自分に問いかけてみたくなる時はこんな時。
大の男が拗ねたところでかわいくも何ともないし、1人鬱々してたってどうせ気付いてももらえやしないんだけど。
そんな風に考えていた時だから、ゲドが顔を伏せたまま話しかけてきたのにはエースは少しだけ驚いた。

「金、無いのか?」
「……」
「……」
「最近仕事無いですからねぇ」
一瞬だけどう答えようか迷って、エースは結局正直なところを口にする。

「そうか」
ゲドはそうつぶやくと手入れが済んだばかりの剣を腰に下げすっくと立ち上がる。
そして窓を開けると…

「ちょっっちょっと待って下さいよ!!!!どこからどこへ行こうってんですか!!」
窓から無造作に足を出して飛び降りようとするゲドに、あわててエースが飛びつく。
ここは二階だ。だから飛び降りたところでどうなるというわけでもなく、着地するだけなのだが、いきなりこれをやられればさすがに驚かないではいられない。

「稼ぎに」
「はぁ?」
離せと言わんばかりにゲドが腕を緩く振るのにめげず、がっちりと抱きついてエースは説明を求める。
しかし返ってくる答えはまた端的すぎる言葉の欠片で、たいがいこの大将もジャックと大差ない
もしくはそれを上回るレベルで言葉の足りない人間である。
おまけに時折妙に行動的で直線的だったりすると、エースとしても寿命が縮むばっかりだったりする。
「外へ行ってモンスターを倒してくる」
「それならこんな夜じゃなくても、みんなも誘って」

「ただの散歩だ」

「…」

どうやら邪魔をするなと言うことらしい。
こういうところがな…
いいところでもあり、エースの落ち込みの原因でもあるわけで。
どうせ止めても聞いてくれない。
手を離さなくちゃ赦してもくれない。
1人になりたいなら誰も…いや1人にならなくても、誰も彼の世界に入り込むことなどできやしないのだ。

ちぇっ

「一緒に来るか?」
「…はぁ?」

最初のゲドの態度で思いっきりうつが入ったエースだったので、ゲドの思いもかけない言葉にうっかり手を離してしまったあげく
窓から落っこちそうになったのは無理もないことだった。
 
 
 
 

「どりゃぁっ」
気合い一閃、エースの双振りの小剣が鮮やかに空を薙ぎ、ゲドの剣が弧を描く。
どうっと音を立てて獅子のからだが地に倒れる。
「らーくしょーう♪」
草原の敵は夜とはいえ二人にとってはそれほど苦労する敵ではなかった。
傷も薬を使うまでもない敵ばかり。
「とりあえず雷を外して、風の紋章を宿してきたんだが」
怪我をしたら出せとゲドは言う。
「器用なことを…でも必要なかったっすね大将」
ご機嫌で戦利品の整理をするエース。

「金はたまったか?」
「傭兵報酬には及びませんが当座の生活には十分っすよ」
「そうか」

二人はそのまま道を外れ先の見えない草原へと歩を進める。
夜の草原は暗く先の見えない闇が広がっている。
しかし草原の風はザザァ…と気持ちよい草の音を立てだだっ広く暗い空間が
生きている世界だということを教えてくれる。戦って火照った肌に気持ちがいい。
金は貯まったのならもう帰ればいいのに、どちらも帰ろうとは言わないでただ風の吹くままに
月を、星を、そしてその光に照らされた風景を楽しむ。

「しかし夜の草原ってのも気持ちいいもんですね」
月星はほどよい光を投げかけお互いの姿を夜目ながら十分に見せてくれる。

思いがけなく訪れた二人っきりの時間にエースは上機嫌で伸びをする。
まるで本当にただ際限ない空間に二人きり。
しがらみもなにもなし。
過去も未来もここならば関係ないようなそんな錯覚。
涼やかな風に心の表面を撫でられるような…今だけでも極上の時間。

「すまんな」
そんな状況にあまりにもうかれていたから、エースはゲドがぼそっと言った言葉にしばらく気がつかなかったほど。

「…えーと?」
「……」
気づいてからも言われてしばらくエースはその意味をつかめなかった。

「…すまんな」
「あ、もしかして金のことですか。そ、そんなんあいつらががばがば酒飲むのが悪いんであって…」
あわててその言葉の意味を探して言葉をつなぐ。
それで謝りの言葉を口にしたあいては少し寂しそうに風の中、真っ直ぐエースに向かって視線をくれるので
嘘も何も考えられ無くさせられてしまう。

ああどうしてそんなにも…。
「………」
「……ホント気にしないで下さいよ。頼られるのは嫌いじゃないですし」
腰に手をを当てて笑って息を一つ吐く。
それが心からの本音。いくら口でがーがー文句言っていても、実はエースは自分がいなければ、破綻しかねない隊の財政を押しつけられるのは嫌いではなかった。
自分がいなければと思える状況は少なくとも自分が目の前の人に必要な人間だと思わせてくれる。
エゴイスティックな満足。

「それも…あるな」
「それもって他に何か」
「…いろいろ」
少し考えるようにして、しかし言葉が見付からないらしい、ゲドはそれだけ言ってまたすこしだけ目を伏せてエースの前に立つ。
「色々といわれても?」
「色々…いえないことが多い…」
ぽつり…とそんな感じで呟かれる言葉。
「……」

今度こそエースは返すべき言葉を見失った。そして思わずそっと服の胸元をつかむ。
なんだ…よく見てるじゃんこのひと…
自分達の…自分のことを。
見ていないなんてどうして思ったのか。

言って欲しかった。この人のことをなんでも。まるで昔からの家族のように。
頼って泣き言を言って辛いなら辛いと言って、この人だから…。

「あー…」
エースは何かに耐えるように下を向いてそのあと思いっきり天を仰ぐ。

いえないことがあって…そんなの分かってる当然ででも何か言って欲しくて知りたくて
ああ、この人は見ていたんだな。そんな自分を。
冗談めかしてアットホームなんて騒いでいたから知っていて当然なのかもしれないけど、何も気にしないフリして、何も見ないような顔をして。
こんな時、二人だけで…こんな時にまじめな顔してすまないなんて
ああどすしてそんな痛みの籠もる顔で…。
エースはもう一度胸元で握りしめた拳を意識して心の中を反芻する。
たぶんこの人はこれを言うために今も自分を誘ってくれたのだ。
うれしいのか自分は?うれしくないわけはない。自分に傾けられた心の天秤。

いいや…でも

「やだなぁ大将。気にしてたんですか?そりゃぁいろいろ大将のこと知りたくないっていえば嘘になりますけど…
でも大将が納得して決めたコトなら…。いわないと決めたならそれに従いますよ、俺は」

というか、いつもどこか迷いの見える人だから納得して進んで欲しい。
だから、嬉しいけど嬉しくない。
大将がそれで悩むならきっと嬉しくない。

「納得して?」
「そ、納得して」
「……じゃぁ…すまない…だな」
「納得してないんすか…」

がっくりというかやっぱりと苦笑。
本当は知っている。この人はいつも何かに迷って、そしてそれでも人に近づこうとしていることを…。
でもそれで苦しむならいっそ…
「じゃぁ、…こっちをあんま見ないで下さい」
「……」
「見ちゃうと大将分かっちゃうでしょ?そんで気にしちまうでしょう?」
でも何も言えずに、何も出来ずに苦しむのなら、悩むのならいっそこっちを見ないで…

目を閉じて耳を塞いで…。
こっちなんか気にしないで下さい…。

「……」

ゲドは今度は何も答えずほんの少しだけ笑う。
苦笑というか…少し寂しげなそんな笑い方。
そしてそれでエースは言いたいことが分かってしまう。
 

無理なんでしょうね…そんなこと。
それが出来るくらいならきっとこの人はここにすらいなかった…。
 

「…駄目ッスかね、そういうの。生きていく上では結構必須のテクだとおもうんすよ」
冗談めかして、笑おうとして失敗した歪んだ表情でエースはただ、自分を気にするなという。
言いたくないことを言わせたいわけではないんだと…。
困らせたいわけではないのだ。

「俺はね、大将。欲張りなんすよ。そりゃぁ大将のことはしりたい。とりあえず一緒に生きてる人のことだし…
何でも教えて欲しいと思ってる。でもそれは…あんたが言いたいんじゃなきゃ…俺に
聞いて欲しいと思って言うんじゃなきゃきっと意味がないんだ」
掛け値無しの本音。大出血サービスの素直さ。自分ながらホントにこの人には甘くなる。
だってこの人は…何も知らないままでも自分にとってかけがえのない人。
 

「…言いたくないわけじゃない…みたいだな…」
聞いて欲しくないわけではない…とゲドはため息のように呟く。
エースはその言葉に…たぶん心底驚いてでも首を傾げるように大事な人の顔を覗き込んで悪戯っぽく言葉を返す。
「でもいえないんでしょ」
頷くゲドに、ああ重いなと思う。
そしてそのままそれを口に出す。
「きっと大将の過去は言えないくらい重いんすね」
「古く…瓦壊しているだけかも知れないんだがな…」
きっとこの想像は間違っていない。
大将の過去はきっと口に出すのが躊躇われるほど重いのだ。
ため込んだことも口にすれば言葉にすれば言霊が宿る。胸の中に1人貯めて置くならば死ねば消え失せることでも、誰かに伝えるために言葉にしたら最後それはこの世界に形となって現れる。
それを厭うほど、恐れるほどきっと彼がため込んでいることは彼にとって重いのだ。

「やっかいっすね…」
やっかいなのは自分。重いのならば話して欲しい、その重さを秘密をわけて欲しい。
でもそれはただ特別扱いを望むようで、口にすることすら重いのならばいわないでいて欲しい。
何も知らない、何も分からないままで、心にいる彼自身の中にため込んでいる空間に満ちるものなど
無いようなフリをしてもそれが彼のためになるならそれできっとかまわないと思う自分も確かにいるのに。
言うなとも言えとも言えない…。
 

だからそんな心の葛藤にエースは今たったひとつ言える言葉を優しく口にする。
「遅くなっちゃいましたから帰りましょうか」

「…そうだな…」
 
 

 しかし次の瞬間空間をつんざく悲鳴のような鳴き声が空間を震わせた。
月の光を遮って黒い影が覆い被さってくる。
「やば…!」
やはり夜の草原は甘くなかった。
「ワイバーンか」
翼あるドラゴン。ダンジョンを守る太古のドラゴンとは比べものにならないが、それでもこの草原ではもっとも手強い相手の登場に二人の間に緊張が走る。

「まずい…っすね」
いくらなんでも二人で相手をするには大きすぎる相手だ。

「大将!俺が引きつけておきますから逃げて下さい」
しかしエースの判断は速かった。
とっさにエースはゲドを庇うようにワイバーンの前に立ち剣を抜き放つ。

「バカ!よせ!エース!」
ゲドがあわてて止めようとするのなんかかまわずに敵に向かってつっこむ。
瞬間の判断が命の傭兵に一瞬の迷いもなかった。
簡単に負けるつもりもないがそのままで勝てるほど甘くもない。でも自分の大将を失うかも知れないなら、これでいい。

自分ながら見事に自己犠牲的陶酔とも言うべき感情に自分で笑ってしまう。
でもこれが何もよけいなことを考えずに選べる偽らざる気持ち。
ざっといやな風が吹き抜けて左腕に激痛が走る。
肩の肉を持って行かれたような感覚。でもふんばって剣は落とさない。

とにかく…逃げて下さい…大将。

しかしゲドは動かなかった。

「大将!!」
エースの咎めるような叫び。
ゲドは一瞬だけ何か迷うような表情を見せたあと、エースのその叫びに少しだけ笑って見せた。
そして両手を口元に持っていき…なにか呪文のようなものを呟くと…
次の瞬間天地に白い道が走り、世界は凶悪な光に満ち空間が避けるような音が響いた…そして
草原はまた何もなかったかの様な静けさを取り戻す。…ずたずたにされ焼けこげたようなワイバーンの死体だけを残して。
 

「………」

「…大丈夫か…」

ゲドはエースの傷に風邪の紋章を使った。
一瞬のことに呆然としていたエースはそれで我に返って信じられないものでも見たようにぱくぱくと口を開いた。

「た、大将…いま…今の…なんすか」
「……」
ゲドはそれには答えず黙々と傷の手当をする。

「だって 大将 今 雷の 紋章 外してて…」

でも自分が見たものは確かに雷。轟雷としか呼べない桁外れの力。それは雷の紋章ですらないような圧倒的な力。
 

「…」

「大将…」

「治療は済んだ…帰るんだろう…」

「………」

「…少し無理に使った…から疲れた…」
 

「……あ、はいはいはい、帰ります、かえりましょう!」

言えない言葉。隠したくなくても隠している事実。
たぶんこれはその片鱗。

「………」

エースは笑いたいのか泣きたいのか分からない様な気持ちで顔をくしゃりと歪めてゲドを追う。
自分を守るために何かを曲げてふるわれた力。
知りたいと今も強く思う。
見せてくれて嬉しいとも思う。
そして済まないとも…。
嬉しいよりも使わせてしまったことが自分でも悔しいと思える。
そしてさっき自分が選んだ答えは…。
何も知らなくてもこんなにも自分は…。
 

なんて重傷。

自分でも苦笑してしまうほどに…。
 

何もない、太古からこのままであったのではないかと思えるような、悠久の草原に、暗く獣の住まう、そんな夜の空間に満ちるは月の光。
捕まえることもできないでも確かに存在する心のような光。
その光が草原の切れ目…道を微かに白く浮き立たせる。
その道をたどって何もなかったように帰ってゆく。

たぶん何も変わらない。
近づいても変わらないフリをするその距離と空間がいまは少し愛しい。
知らなくてもただ信じられて。
知らなくてもいいなんて顔もできなくて。
何も見ない振りをして暗い夜道を並んでただ歩く。

明日にはまたエースは怒鳴っているだろうし、ゲドは何にも無いかのように明後日の方を向いて、考え事をしていたりするんだろう。
いっそそういう風に想像がつく明日の方が楽だろう。
それ以上のことは明日のこと。
 

「大将?」

「…なんだ」

「礼を言うのわすれてました」

「…言うほどのことでもない」

「……」

「……」

「…なぁ、大将?」

「……なんだ」

「何も知らなくても…守りたい秘密ごと…丸ごと守るってのも悪くないんすよ」

「……」

その時確かに何か気配が変わる。ハッとして…何かに耐えているようなそんな気配。
でもエースはこんどこそそっちは見なかった。
ただ声を出して楽しそうに笑う。
ゲドも何も言わなかった。

そんな距離…。
 
 

ただ、月の光と風だけがその空間を優しく満たしていた。
 
 

 


ヲトメ?かなり忘れていますね。つかめていないというか。<ゲド隊。やり直した方が良いかも(涙)

(2002.9.30 リオりー)