「これはひみつな」
人差し指を一本立てて、唇のところにちょっとだけ。
さりげないウインクのおまけ付き。
そんなだれでもやるようなお決まりの仕草が嫌みなくらい決まっているな…
なんて頭の端でぼんやり考えながらボルスは無表情で相手の顔を見返した。
正確には相手の顔…と腕の中にいる猫。
視覚的にアンバランスの組み合わせだと思うのはただ単に見慣れていないからだろうけれども。
ノラで怪我をしていたのを拾って餌をやっているのだと、今さっきはじめて聞かされた。
「ひみつってどれのことだ」
「意地悪言うなよ」
ボルスの機嫌が悪いのかと思ったらしいパーシヴァルは困ったように苦笑する。
「別に意地悪じゃない」
本当にボルスにはパーシヴァルの言っている意味が分からないのだから。
とりあえず思い当たるのは…
自習といわれた授業をさぼったこと。
3階の窓から脱走したこと。
正面の楠が脱走にあれほど便利だとはしらなかった。
見つけて咎めたボルスを無理矢理さぼりに引きずり込んだこと。
士官学校の裏庭でだまって猫なんかかっていること。
猫のために寮内の食料をくすねたこと。
裏庭と寮の間の壁の大穴。
ポケットの煙草に女の子のリボン。
ついでにパーシヴァルが猫好きで、子供みたいな顔をして猫とじゃれる姿なんていうのも
脱走するパーシヴァルを捕まえなければボルスは知らないままだったろう。
どれを秘密にしたいのか、誰に何を秘密にしたいのか
何に対していったのか、これだけいろいろ目の前で披露されれば、さっぱりボルスには分からない。
普段が隠しすぎているのでタマの本音とかそんなものを見つけてもちっとも嬉しい気がしない。
友達とかそれ以上とかにもみんな冗談めかしてこんな態度。
「やっぱり機嫌が悪そうだな」
「別に」
「別に隠そうと思っていたわけはないんだぞ」
「うん」
「ただ、…俺がこうやって隠れて猫飼っているってのは…ちょっとイメージ的に間抜けだろ」
「うん」
遠慮なくボルスはうなずく。
パーシヴァルはええかっこしいいだからな…。
とは口の中で相手に聞こえないように。
「さぼりに巻き添え喰わせたのはわるかったよ」
…それは…少し怒っているかな?
「別に怒ったりはしていないんだが…」
「そうか?」
ボルスの困惑をパーシヴァルは全く理解しないようだが、ボルスが怒っていないと言ったので
パーシヴァルは安堵の息を吐いて、もう一度
「とりあえず…このことは秘密な?」
と念を押すのでボルスは曖昧に笑うしかなかった。
結局なにを隠したいのか、だれに隠したいのかまったく答えになってない。
自分を曝さないくせに分かれと言うつもりだろうか?この男は。
しかも鈍といわれまくり、自分でもヒトの心の妙には疎いと思っているボルスに。
ボルスは困って、考えて、そしてやっぱりわからないので
「わかった…とりあえず…ひっくるめて秘密な」
と返して、まとめてみんな秘密にすることにした。
わからないならそれでいい気がしたからだ。
パーシヴァルならば。
「そ、みんな秘密」
それに合わせるようにそう言ってパーシヴァルは屈託無く笑うので
「ちょっとばっかりかっこわるいと思われるの嫌か」
少しくらいは意地悪も言いたくなるのは当然。
「おまえだって弱みになりそうなことは見せたくないだろう?」
「そうだな」
パーシヴァルのかっこつけはちょっと度が過ぎるというかそんな気もするけど。
猫ぐらいいいじゃないか。かわいいし。
そんなんとっぱらってしまった先に、知って欲しいことがきっとたくさん。
でもかわいいなんて死んでも言われたくないのかも。
それはきっと生まれとか経験とか…たぶんボルスには分からない理由から来る
虚勢の類。
どれが奴の弱みだかんて、ボルスにはちっとも分からないけど。
わからないから全部秘密。
さぼりも猫も煙草もリボンも裏庭の穴もみんなみんなひっくるめて。
「わかったなにもいわない」
今度こそ全てを諒解してボルスも少し声を上げて笑う。
パーシヴァルがそうしたいならボルスもそれに習うだけ。
分からない距離がいいのなら…。
相変わらず仕草がきまっているなとか、屈託無い笑い方の方が好きかなとか
そんな風に思ったことも…カッコつけたがるバカには…。
「全部秘密」
〜終
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