○● 読書感想記 ●○
2010年 【1】

※ 書影画像のリンク先は【bk1】です ※

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15
 
『鋼鉄の白兎騎士団]』 舞阪洸 著

 ガブリエラが団長へ着任する道筋までを描いて第一部完……。

 これまでの実績は実績として認めるところなのですけれど、うーん……。
 わたしにはこれで十分な理由付けがされているとは思えない物足りなさを感じてしまったかなぁ。

 これまでのことにしても、ひょっとしたら世界の中で、あるいは白兎騎士団のなかでガブリエラ個人の功績ってそれほど大きく目立ってはいないのかもしれない……って感じるところがあって。
 読者視点ではガブリエラや雛小隊、遊撃小隊の面々の行動を重く見られていますけれど、例えば前巻での撤退戦とかは「アルゴラが率いていたから成功した」と見られていないかなー……とか。

 入団試験でのことは噂程度でしかないでしょうし、また普通の正団員が入団試験の内容を気にすることも無いかと。
 もちろん嗅覚ある団員なら別でしょうが、それは一部のことだと思います。
 お兎さまの乱もレフレンシアがマリエミュールに勝ったという部分がクローズアップされて世間には知られているのではないかなー、とか。

 つまるところガブリエラの存在は、対外的にも騎士団内でも、あまり大きく説得力のある実績を積んできてはいないのではないか……ということなんです。
 それを読者であるわたしたちは視点の関係上錯覚をしているのではないか……とか。


 うーん……。
 重箱スミか、勘違いか読み違いか。
 どちらにしてもモヤモヤっとしたものが残ったガブリエラの団長登用なのでしたー。



 それとここ何巻かで気になったのは、舞阪センセ、「実はこれ、史実にもあるんです」ってあとがきで注釈を入れ続けていることかなー。
 なんだかちょっと正攻法な補強では無い気がするのです。
 こういうことを物語外で書かれると、舞阪センセも自信が無いのではないか――って思ってしまうのですよー。

 むぅ。

 もしかしたらガブリエラが派手なことをしてくれなかったから満足できなかったのかもしれません。
 後日始まる第二部を期待して待つことにします。
 

14
 
『高原王記』 仁木英之 著

 高潔な英雄が術にかかり俗へと堕し、その姿に契約していた精霊は落胆しつつも縁を切れないでいて。
 やがて高原を舞台に広く政変が起こり、元英雄と精霊もその中に巻き込まれていく物語。


 いやー、入りがスゴイですよねー。
 英雄が、魔術?に遭ったとはいえ俗人へと堕ちて始まるんですもん。
 しかしですよ?
 この尊敬すべきところがほとんど無くなった元英雄、だからこそイヤに人間くさいんですよー。
 人を疑い、事件の裏をさぐり、とにかく信用することをしなくなった元英雄。
 怠惰とも自暴自棄とも違う、むしろなにか達観したような風格さえ感じてしまうのですがー。

 世の中は綺麗事だけで成り立っているワケではないっちうかー。


 慕ってくれる女の子に対しても「一般的に考えると」酷いことを言って突き放すのですけれど、それもまた逆の側面では女の子の心を試すものであったようなカンジ……と言うのは持ち上げ過ぎかなぁ(^_^;)。
 酷い言葉でしたけれど……それで、それだけで恋を貫けないなら、その試練止まりの恋だった、ということですし……。
 んー……。
 それに元英雄のほうも「ウソの言葉」は使ってないですし……。

 いやま、ウソでなければなにを言っても良いとはいいませんよ?
 でも、真実を前にしてどう行動するのかを試されたということはあると思うのです。



 で、この女の子、先へ進むと元英雄の友人と見合い結婚してお子さんを……。
 読者感覚だと、なんというNTR展開かと!(笑)
 元英雄がとった行為があれば仕方ないとは分かりつつも、この展開はツライわー。


 で、高原に巻き起こる政変はこの子を中心に回っていくのですけれど。
 そうなったときの元英雄の立ち位置が傍観者であるところもすごいな、と。
 こういう大きな世界の動きがあったとき、主人公はそれに深く関わっていくものがパターンだと思うのですが、しかしこの元英雄はそんなことを望まず、そしてその通りに風を避けて進んでいくのです。
 うはぁ、なんという主人公……(^_^;)。
 そりゃ契約している精霊も悲しむわ(笑)。


 でもです。
 何度も繰り返しますけれど、元英雄は積極的な望みを失っただけで間違ったことはしていないのです。
 もちろん正しいことをしている、とは言えませんけれど。
 うん。尊敬には値しないと思う。
 でも、そういう彼の目を通すからこそ、世界の醜さ、あるいはその反対に美しさも見えてくるような気がします。



 元英雄を慕っていた女の子と、見合いで結婚した旦那様。
 経緯が経緯だけに夫婦仲が良かったとは言えないのですけれど、事件をきっかけに歩み寄りをみせた場面。

「ファム、一つだけ言っておきたいことがある」
 シェンルンは妻の肩を掴み、
「私はきみのことが……」
「わかってる。ゴンバ・ルドの精霊があなたの想いも、ジュエルを助けてロワールに国を建てたことも、傷ついた体で私を助けに行こうとしてくれたことも見せてくれたわ。あなただけが、私への想いを貫き通してくれた。今やっと思える。あなたが夫で、よかった」

 いやー、もう、こう言われる/言うのって、主人公とヒロインですよねー。
 これを見ているだけの主人公は、ホント傍観者(笑)。

 わたしとしてはこの情けない旦那様が駆けつけたときの――

「間に合わなかった!」
「いつも一歩遅いのよ、あなたは!」

 ――には大笑いしましたけど(^-^)。
 先述のセリフにしたって、今更言うな遅いわ!感がありまくりでしたしー。



 表舞台から退いた元英雄。
 再び立ち上がってくれることを期待する精霊。
 ふたりがこのまま傍観者であるのか、それとも時代が彼らを表舞台へ押し上げるのか、この先が楽しみな新シリーズです(よね?)
 


13
『算数宇宙の冒険 アリスメトリック!』 川端裕人 著

 楽しかった、面白かった……というには届かなかったカンジ。
 でも、その着想と、実際に物語に顕したという実現度には賞賛を!


 古くから不思議なことが起こる街で催される「算数杯」。
 伝えられる遺題を解き合う競技が、じつは宇宙の法則に繋がっていた!?
 算数杯に挑む小学生たちが、宇宙を構築する「数」の秘密に迫りながら、彼らが住むこの宇宙を守り抜く冒険小説。


 いや、も、この「数学」+「冒険」って構成に脱帽。
 リーマン予想が世界を、宇宙を救う!ですよ??
 なにをどうしたらそうつながるのか……。

 だけれども、おおざっぱに言って「世界は数学で成り立つ」という主張には、真に理解できなくてもわたしは納得してしまいました。
 証明するということはまさに数学的解釈でしょうし、存在の中身は数のハズですから。

 しかも着想こそ意外性を感じながらも、その物語構成や展開はジュヴナイルのそれに見事に収まっているあたりもスゴイ。

 つまるところ――
 変わらない日常がある日突然来訪者によって壊され、予想もしない出来事に巻き込まれる冒険がいやおうなしに始まって、危機に際しては仲間と手を取り合い前に進み、オトコノコはオンナノコを助けに行くし、オンナノコはオトコノコに夢を託し、みんなの願いがひとつになって勝利を得る!
 ――みたいな。

 これを数学ネタでやってしまうんですよ?
 なんという構成力か!(笑)

 さらに結びが秀逸。
 この冒険を通して少しだけ大人になった少年少女たちには、少しだけ苦い現実が相応しい――そう思える結びなのです。
 でもそれは悲しいことではなくて、いつかまた出会える約束の物語。

 ……ああ、これはやぱし、通過儀礼の物語でもあったのだなぁ。



 結局、わたしにはリーマンもオイラーも理解できませんでした。
 けれど、そこに深い物語が流れていることを感じます。

 こういう本と幼い頃に出会えていたら、もう少し違った人生があったかもなぁ……とか、おこがましくも思ってしまいます(^_^;)。

 数学を楽しむのではなく、冒険を楽しんでください。
 そんな物語です。
 


12
 
『潮風に流れる歌』 関口尚 著

 定番、王道……なんとでも言え!ってカンジ。

 退屈で低俗だった日常が、ひとりの異邦人の登場で崩されて。
 周囲に溶け込めず、しかし誇り高く生きていた女の子を前にして男の子が見せた勇気。
 互いの傷を見て見ぬふりをしながら送っていた生温い毎日とは決別して、自分自身のため、彼女のため、正しいと思ったことを迷い無く生きていこうと始めた男の子の行動が、少しだけ世界を美しい方向へ導く物語。


 ひゃー、もうねもうね!
 10代の少年少女たちの簡単でありながら複雑な心境が痛切に描かれているっちうか!
 学校って、もうそこは独立した「社会」なんですよねー。
 だからみながその維持に腐心しているという。

 で、そこへ現れた異邦人たる女の子。
 女の子の美しさと個を押し通す潔癖さが安定していた社会に不和を生み出して、あげく彼女は社会から認められない存在となって。
 そこへ現れるオトコノコ!
 彼女の恋心がきかけだったとしても、なにが正しいのか間違っているのか、最後はそこでの判断が彼を動かすのですよねー。
 カッコイイ!

 正しいことをして非難されるようであれば、それは社会のほうが間違っている。
 もちろんそれだけで全てが許されるものではないでしょうけれど、正しさを信じて行動することは美しくあると思うのです。


 そんな男の子の行為が、かたくなすぎた女の子の心を少しだけ開かせてくれましたし、やがてその行為は波紋のように彼の周りへと広がって。

 卒業までの短い「社会」。
 その全てを変革することはできなかったですし、むしろ男の子はそんな高尚な望みを抱いていたワケではないでしょう。
 男の子が望んだのは、女の子と一緒に歩んでいけること。
 ただそれだけなんですよねー。
 うーわー(≧▽≦)。

 でも、彼の行為は彼と彼女を巡るひと握りの関係者には伝わって、それがきっかけとなって変わることが出来たワケで。
 世界は少しだけ美しく正しく変わることが出来た。
 それは男の子の小さな勇気から始まったことなんです。



 ラストの着地点は収まり良すぎたきらいはあるかも。
 んでも、男の子の勇気から始まった物語は、その勇気に見合うだけのあるべきところへ収まったと思うのです。
 変に斜めに見たような送り手側からの主張も無く、ただ、こうなったら素敵だよねって関口センセの優しさが描かれているようで。

「ぼくら、というかぼくらの世代はさ、いつまでいっしょに歩いていけるんだろうね」
「いっしょに歩いていくって?」
「いつまでみんなで足並みそろえて、正しく生きていけるのかなって」
(中略)
「結局さ」と真悟君はつぶやき、やるせない表情で続けた。「しかたのないことなのかもしれないな。おれたちの世代からも欲望に負けて間違っちまう人が出てくるのは。現実として受け入れていかなくちゃいけないんだ。ここはユートピアじゃない。悪い人もいる。そう納得したり、覚悟したりしておくべきなんだ」
 寂しいね、と心の内でつぶやいた。寂しいね、寂しいね。大人になるってなんて寂しいんだろう。心が湿り気を帯びて重たくなった。
「だけどさ、リッツ」
「うん?」
「ぎりぎり踏みとどまっている人もいるわけだ。そういう人がいるかぎり、希望を捨てちゃいけないな、とも思うんだ」

 ハッピーエンド至上主義ではないです。
 そもそも彼らの世界にはまだまだ苦しみや悩みが溢れているのですから。
 それでも彼らは1年前より少しだけ倖せな世界を手に入れた。
 それが嬉しいのです。

 彼らの、そして勇気を出した全ての人に幸いあれ!
 そんな願いを抱いてしまう素敵な作品でした。
 



11
『僕たちの旅の話をしよう』 小路幸也 著

 健気で可愛かった!(≧△≦)

 ある日、少年たちの手に届いた赤い風船には、山間に住まう少女からの手紙が付けられていました。
 返事を求める少女に興味を抱いた少年たちは、返事を出すだけではなく彼女に直接会いに行こうと計画を立てますが、そこへ立ちはだかる不可解な事件とオトナの事情。
 世界がどれだけ理不尽な都合で埋められていようとも、それが絶対的に諦める理由にはならないと信じている子どもたちの純粋さ。
 願いを叶えるため、オトナの世界、常識の社会へ挑んでいく、少年たちのひと夏のイニシエーションの物語。


 やー、もう、これは目が覚めました!
 願えば叶うと信じているほど愚かではなく、世界は自分たちを苦しめる幾多の障害の上に成り立っているという悲しさを理解しつつも、それでも貫きたい意志があれば貫くことをためらわない。
 そんな純粋さが行動を点火するのですよねーっ!

 諦めるほうが、あるいは世界の流れに身を任せる方が簡単なのです。
 加えて言うなら、少年たちは「幼い」ことを理由に、「無力さ」を理由に行動することを拒んでも誰も責めたりはできないと思うのです。
 それもひとつの答えであり、当然至極な選択であると。

 でも、彼らは諦めなかった。
 自分たちが持つ「力」を武器に、仲間を助け、閉じ込められた少女に会いに行くことを。
 うっひゃーっ!(≧▽≦)
 なによ、この胸の空く痛快さは!



 たしかになるほど、危機にあって作用する少年たちの「力」は作り手側の都合を反映したモノかも知れませんけれど。
 んでも、こと物語において殊更に便利に使われているわけではなく、むしろその力の範囲と限界を事前に提示して、ここぞというところでその利用範囲を最大限に描写したことに賛辞を送りたいです。
 設定とは、かくあるべきではないかと。



 そして社会の中で子どもの限界を常につぶやいておきながら、いざ物語上最大の難関にぶちあたったときは大人にも限界があるのだと提示する手法がまた……。
 限界を作るのは、子どもだとか大人だとか、そういうコトではないのですね。
 限界を作るのはヒトであり、それを越えるのもまたヒトであるという。
 「願いを叶える強い想い」というものがあるのなら、その限界を超えるときに行動を燃やす燃料になるからそう言われるのでしょう。



 ラストの幕引きも秀逸。
 子どもたちの行く末についてハッキリとした形を記すのではなく、輝かしい可能性を見せて、そして少年たちの変わらぬ友情を描いて終わるという。
 うはー、もうねもうね(T▽T)。


 わたしとしてはこの4人でカップル二組ができればなー……とか思ってしまいますが(穢れた大人脳)。
 ま、そういう未来があってもいいですし、無くてもいいです。
 少年たちの友情は、この夏、たしかにそこにあったのですから!
 

10

何故かbk1で見あたらなかったのでAmazon
『オークションの人々』 山本悠一 著

 趣味の範囲から生活費を稼ごうとする人まで、ネットオークションへ参加した人たちが出品者と落札者という関係を超えてリアルでも不思議な縁で出会うことになった物語。


 喜劇……になるのかな?
 不幸になる人がいて、関わった多くの人はその不幸者があらためて起こすトラブルに巻き込まれた感があるのですけれど、全般には振れ幅大きいイベントを楽しむものだと思いますしー。


 ただ、表題に掲げるほど「オークション」が物語に関わっていたとは感じられなかったかなー。
 人々を結びつけるきっかけ程度の重さであって、そこがなにかに置き換わっても問題ないくらい。
 もっとも、オークションに焦点を絞って物語るようなことであったりすると、技術論だったり裏技だったりと専門色を強めてしまうことが考えられますので、まぁ、これはこれで作品のなかではよろしい塩梅だったのかもしれません。



 そして関わり合った人たちがクライマックスでは一所に集まって最大の喜劇場面を迎えるのですがー。
 これがまた強引なカンジで、喜劇としてもコメディとしても感心しなかったなー。
 なぜそこに集うのか、ちょっと勢いだけで進んでしまっているカンジ。

 もちろんそこに疾走感があればエンタメとして愉しむことも出来るのかもだけれど、そもそもキャラクターの関係性が希薄であり、かつ個々にドラマを持たせてしまっているせいで視点がチャカチャカと切り替わって忙しないこと!
 疾走感ではなく、まとまりがないという方向に感じました。



 全体としては、フィクションすぎる……という感想になるのでしょうか。
 リアリティって別に真実を描くことではないと思うのですよね。
 それがウソだと頭の中では理解していても、心でそれをリアルだと感じるように描くことがリアリティではないかなー。
 

9
 
『君に続く線路』 峰月皓 著

 山間に走る線路を守る保線士と、父の手駒とされる自分に不満をもったお嬢様が出会い、互いに影響を受けながらいまの自分の生き方を見直すお話。

 んんん……ん???
 もったいないなーって読後すぐには思ったのですけれど、こういう描き方こそがメディアワークス文庫の方向性なのかなーって、いまは思えたりもします。
 確実な答えのない描き方っちうか。
 ……もっとも、そう皮肉めいて捉えるのは、わたしの斜めな一般文芸作品観によるものでありましょうが(^_^;)。


 商家に育てられたお嬢様が政略結婚に納得いかない気持ちを抱えたまま四十男の保線士と出会ってほのかな恋心を宿していって──って、あらま古典的ねーってカンジ。
 抱えていた事情も事情ですし、さらに窮地にあっての出会いというのもありますし、どうにもこの恋「つりばし効果」が高いような気がしてなりませんでしたが。
 なにしろ熱を上げるのはお嬢様のほうばかりで、保線士のほうは彼女に対してそういった目で見たようなトコロが少ないように思えたのですよー。

 男やもめ、お嬢様をそういう目で全く見なかったとまでは言いませんが、保線士の側からすると彼女を彼女個人として見ていたのか疑問。
 彼女を通して遥か昔(ってほど経っていませんけど)に死別した亡き妻への想いを確かめていたような……。


 それでも少女の側は保線士の姿を通して社会に生きるということを学び取り、保線士の側は少女の輝く気性に現実と向き合う心構えを得ていましたし、なにか結ばれるようなカタチではなくてもこの出会いには意味があったのだなーって思わせる物語でした。

 脇を固める人たちやふたりの行く末など、どうにも「今後」を意識させる演出が散見されましたが、これって投稿作ならではの未熟な野心なのかなー。
 今作の中で描けるはずのない部分までに言及しているので、そういった部分には冗長だと感じずにはいられなかったのですよー。
 そうした部分で世界を広げるより、もっと主人公格のふたりを掘り下げていったほうが良かったんじゃないかなーって思いますけど……。



 やぱし、わたしの感性では「もったいない」作品だったかな、と。
 でも別の視点から捉えれば、メディアワークス文庫の方向性に真面目だった作品なのではないかなーと感じます。
 なるほど、たしかに「ずっと面白い小説を読み続けたい大人たちへ」というキャッチに沿いつつ、ラノベを軽く卒業した世代へ向ける展開でした。


 余談ですけれど、この表紙はすごく気に入りました。
 山間を舞台にした作中との関係性は薄いですけれど、「作品」との関係性は高く表現されていると思うのです。
 一本の線路の存在感っちうかー。

 その表現具合を書店ではオビで隠されてしまうのですよねー。
 うーん……。
 どうにかならなかったものか……。
 

8
『製鉄天使』 桜庭一樹 著

 1980年代、中国地方に名を馳せた伝説のレディース『製鉄天使』。
 走ることで、暴れることでしか自分を証明できなかった少女の驚愕の一代記。
 ――といっても御存知のとおり『赤朽葉家の伝説』からのスピンオフ作品なんですけれど!

 三代に渡る物語の『赤朽葉』のなかで動乱の時期を支えた毛毬。
 彼女の人生をなぞったように進められていく作品が作中での「あいあん天使!」なワケで、となればもちろん今作も同様な次第。
 それが理由なのか、当然、すごく既視感がありましたー。

 もちろん『赤朽葉』で描かれていること以上に展開は複雑になって、設定や話の幅も大きくなっているのですけれど、しかしそれでもある枠内での限界があったような気がします。
 新鮮味より既視感のほうが勝ってしまっているというか……。


 鉄に愛された少女、現代日本に存在するとは思えない武器屋、夜ごとに積み上げられていく伝説の数々……。
 中二病もかくやといわんばかりの設定や展開は、あの毛毬が編集者と一緒になって「設定はもっと特殊でいい。もっと大胆に好きに描きなさい」とかやりとりしながら作り上げていったのかな〜……と思うと、それはそれで今作へとはまた違った感慨がこみ上げてきます(^_^;)。


 そう考えると、今作はあくまで『赤朽葉』のスピンオフ作品であることをふまえて楽しむように作られているのかなー、とか。
 先述の中二病設定とかは、いまの桜庭センセの立ち位置には全く似つかわしくないモノだと思いますし、かといって今作がそうした設定を見逃してくれるような世代向けに作られたとも見えないのですよね。
 今作単体では完成されず、『赤朽葉』の読者に限って向けられた作品なのかなー……と。


 そして対象なのは『赤朽葉』読者というだけでなく80年代を知っている30歳代以降の人ですよねー。
 あの時代の「不良」を知らなければ今作の面白さ、突き抜けかたが感じ取れないと思うー!
 あの頃の不良少女にしてみたら、いまの女子高生の制服なんて下着も同然ですよ(笑)。
 喫茶店のテーブルがゲーム筐体だったなんて信じられないでしょ!?
 そういう時代の香りはいっぱいに放っていましたなぁ……。
 もしかして桜庭センセ、これ書いているときすごく楽しかったんじゃないかとイメージします(^_^;)。


 少女が女へと変わっていく時代を描くあたりは桜庭センセらしいセンスを感じます。
 この世界は綺麗なモノを少しずつ、そして突然に汚してしまう残酷さを持ち合わせているところも。
 しかしそれを否定してどこまでも続く美しさを探して、だけれどもその行為に希望を予感させることも全くない無情さも、嗚呼、いつもの桜庭センセらしいなぁ……。

 えいえんの国を求めた少女たち。

 永遠はあるよ。ここにあるよ。
 そんな言葉を求めてしまいました。



 ところで。
 スピンオフしているのですから当然ですが、もしかしてこれってファンディスク的作品だととらえても良いのでは?
 まぁ、それが認められたとした場合、「FDなのにフルプライスなのはどうよ?」とか言われそうですけれど!(笑)
 

7
 
『純情エレジー』 豊島ミホ 著

 既読の作品より、ちょっと登場人物の年齢が高いかな?
 高校生から20代半ば過ぎってところですし。
 そんな年齢構成が関係してくるのか、今回のお話は妙に生々しくって。
 男と女のあいだで、それぞれのセックス観がキーになっているっちうかー。

 んでも、分かり合えなさ……という部分ではこれまでの作品と同じニオイが。
 むしろどれだけ肌を重ねても男女は同一化できないという決定的なモノを見せられたカンジ。

 んがしかし。
 同一化できないからといって必ずしもそれが不幸であるかといえば、それはまた違うのかなーってカンジもします。
 ただより「個」であることを意識させられてしまうだけで、生き方としての不幸とかとはまた別の話になっている……という気も。

 たとえば「十七歳スイッチ」では肌を重ねることで一緒にはなれなくても相手のことを理解できて少しだけ近づけたカンジで結ばれていますし。


 ……もっとも、それでこの2人がこの先も同じ道を歩んでいくのかといえば、そういったことに対して決定的な状況証拠を残さないのが豊島センセなのですよねー。
 ただその物語においてはそうである……というだけで(^_^;)。

 だもので「それから」の話については読者の想像に任せられているワケですが、今回は1作、意外にも時間軸が連続している作品があって。
 んー……。
 豊島センセのスタイルがそうであるとわかっていても、やはり「それから」が描かれていると読み手としてはどことなく安心感がありますねぇ(苦笑)。


 あ、でも厳密に言えば時間が連続しているというものでもなかったかな。
 視点が女の子サイドから男の子サイドへ切り替わった……というほうが正確かも。
 もちろん、状況状況で男の子がどう受け止めていたのかを知ることができて、大変興味深い作品に仕上がっていたと思います。



 わたしが読んだ豊島センセの作品のなかでは、ひときわ重い作品かなぁ。
 こう、水に濡れた衣服の重さ――みたいな。
 まとわりつく苦しさのようなものを感じた作品でした。
 


6
 
『空色メモリ』 越谷オサム 著

 冴えない文芸部にひとりの文系少女が入部してきたことから始まる青春物語。
 学力は高くても異性とのお付き合いなど全くの未経験の部長が後輩新入部員に一目惚れ。
 文芸部に居候している同級生はそんな部長の様子を興味深く人間観察。
 やがて大切な後輩に危機が迫り、恋心も合わさって立ち上がる部長と居候!
 敵か味方かわからないギャル(笑)も加わって、はたして彼らは後輩の危機を救い文芸部を存続させることができるのか!?


 やー、これは気持ちの良い青春物語でしたー。
 なにしろ主人公格のふたりが「メガネのっぽ」と「デブ」という、一般的に見てもヒーローではない容姿であるところが良い良い。
 普通であることは共感性を語りやすいと思うのですけれど、さらにその一段下を行くという。

 で、そんな彼らが恋心(だけではないですけれど)をもって義に立ち上がるっていうんですから熱くならないわけにはいかないですよ。
 ヒーローっていうのはね、イケメンリア充だけがなるものではないのですよ──ってね。
 熱いハートがあれば誰だってヒーローになれるのです。


 もちろん彼らも初めから、あるいは全てが無欲で動いたワケではないです。
 あらぬ疑いをかけてしまったり、誤解や衝突だってあるのです。
 しかしそうしたことは若さゆえの衝動であり、ぶつかりながら間違えながらも、仲間との絆を深めていく様が心地よいのです!
 んーっ、これぞ青春!ちうか!!(≧▽≦)

 しかもそれがわたしと同じようななんの取り柄もない子たちが起こしたということに、すごい感銘が。
 答えを得るには、できるかできないかではなく、まさにやるかやらないかなのです。
 YEAH!


 観察者として傍観を決め込んでいた主人公も、いつしか否応なしに当事者へ。
 きっかけは向こうからやってきたものだったとしても、そこから行動したのは彼自身の決断ですからね〜。
 後輩が傷つくのも、文芸部の絆が壊れるのも、そして気になる女の子から失望されるのもイヤなのです。
 おっとこのこだわ〜。
 無欲の正義では無いのですけれど、その理由で十分でした。


 部長と後輩の恋模様を傍観者としてけしかけていた(援助もしてましたが)主人公にも、そんな想いが湧き上がっていくという展開が面白かったー。
 しかも第一印象は良くなかったというのに、一緒に行動しているうちに隠された姿を知ってズッキューンと来ちゃうっていう。
 ああ、恋ってそんなものだよね、ある日突然降りてくるものだよね(笑)。


 読み始めると件の後輩ちゃんがヒロインかと思っていると彼女が描かれているのは中表紙。
 表紙の前髪ぱっつんな女の子は誰なんだろう……と不思議に思っているうちにやにわに登場すると一気にヒロインの座へと登り詰めました。
 うーん、このキャラクター性はスゴイ(^_^;)。



 後輩ちゃんの秘密とは!? 文芸部を危機に陥れた犯人とは!?
 さすがに「これぞミステリ!」という趣はありませんけれど、ちょっとしたスパイスとして謎が振りかけられている程度具合は適当なカンジ。
 重くなりすぎず、また軽くなりすぎず。
 伏線の提示の仕方も丁寧に意識されている感があって良い良い。
 きちんと構成を考えられているなーって感じられるのデスヨ〜。


 ラストの結び方には賛否両論挙げられますけれど、絶対的に否ではないかな〜。
 読み手に想像する部分が与えられているワケですし、そこを描く必要もあえては無いのかもですし。
 なにしろ読み手が願うことは、みな一緒でしょうから(笑)。
 

5
『brother sun 早坂家のこと』 小路幸也 著

 幼い頃に母を亡くし、互いに助け合いながら育った三姉妹とその父にまつわるお話。
 姉妹が手の掛からなくなった頃、父が出来ちゃった婚で再婚を果たし、そして生まれてくる年の離れた弟。
 長姉とは4歳しか年の離れていない義母と一緒になってみんなが末の弟の誕生を喜んだのだけれど、そんな弟が二歳になった年、存在すら知らされていなかった伯父が現れ、早坂家の過去と現在に静かにさざ波が立ち始めていく──という。


 や、もう、これはステキだった〜。
 家族愛?
 うーん……ま、総じて見ればそうなんですけれど、ドラマとしては三姉妹それぞれの視点から語られる個性の妙っていう部分かな〜。

 伯父の口から語られる昔の父母のこと。
 だけれども深くは語ろうとしないので、父と伯父、そして2人に連なる一族のかつての行為が不思議と謎めいてきて……。

 三姉妹の「いま」になにか大きな事件が起こるわけでは無いのだけれど、家族の過去とそこにあった想いを受け止めてみることで物語が回っていくという。
 うーん、すごい。


 三姉妹それぞれのステディも好青年で良い良い(^-^)。
 みながちゃーんと相手のことを大切にしているって感じられるんですよねー。
 そして相手の向こうにいる「家族」のことも。
 自分たちだけが倖せになればいいって考えているのではなく、家族みんなで倖せになろうってつながり。
 そーゆー絆が描かれていて嬉しかった〜。



 そんな物語の仕掛け自体は実際のトコロ平凡でありきたりなモノでしかなかったと思うのですが、ガジェットで勝負する作品ではなし問題無し!

 ラストであらためて巻き起こった一波乱が人生の苦味であるし、また物語に後ろ髪を引かれるような読後感っちうか余韻っちうか。
 作品はこれで閉じても、三姉妹の、そして大きくなった家族の物語は続いていくんだなぁ……って感じられる部分。
 良かったわ〜。
 


4
 
『プールの底に眠る』 白河三兎 著

 夏の終わり、裏山で自殺しようとしていた少女。
 「セミ」と彼女を名付け自分は「イルカ」と名乗り、誰のものでもない2人だけのものだった時間。
 だけれども13年後のいまはもう彼女はいない。
 殺人を犯し留置所であの頃を振り返り、鮮やかな印象を残した彼女との一週間を振り返る――。

 罪を犯した青年が少年の頃を振り返り、なにが分岐点だったかを確かめる話?
 そして彼女とどうして別れることになったかを懐古する懺悔する話。
 キュンキュンくるわ、ほんとにもーっ!!!


 メフィスト賞受賞作なのですけれど、とくになにをか推理する必要のある話ではないような気がします。
 いえ、どちらかといえば「なにが謎なのか」を知る必要の話ではあるかもしれませんけれども(苦笑)。

 13年前は高校生だった「マザ」こと「イルカ」。
 彼の幼馴染みの「由利」。
 自殺志願の12歳の少女「セミ」。
 基本的にはこの三人しか登場せずに物語は動いていくのですが、その互いの関係性が濃密で。
 一堂に会することはなかったと思うのですけど、しかしそれぞれが相手を意識している三角関係。

 もちろんその中心には「イルカ」がいて、彼の回想によって13年前と現在を交互に渡りながら、かつて起きた出来事の真相、そして現在につながる「最大の謎」が徐々に明らかになっていくのですがー!
 この「最大の謎」を最後まで引っ張る引っ張る。
 憎らしいほどに!(笑)
 可能性は二択しかありえないのだから白黒半丁で決着付くのに、その半分は絶望で半分が歓喜なだけにラストまで気を抜けないったら!
 んもーっ、このリードの仕方には白旗だわっ。


 しかもですねー、その謎を明らかにしたトコの仕上げかたがまた巧い!
 憎らしい!(またかっ)
 どうして過去と現在を繰り返し渡り歩きながら語ってきたのか、その意味や意義が最後になって活きてくるのですよー!
 やーらーれーたー!!!



 キャラ造型も好み!
 感情が溢れることを無意識におさえてしまうタイプの「イルカ」。
 奔放でむき出しの感情を見せてくる「セミ」と出会い、そんな彼が変わっていく様がステキ。
 愛を尊いものと捉えすぎて恐れてしまっていた「イルカ」が、「セミ」といっしょに愛を探す物語なのですよ!!!

 もちろんそれまで一緒にいた「由利」も「イルカ」にとって大切な存在であったことは間違いないのですけれど、彼女は「イルカ」に近すぎて、そして互いを知りすぎていたのだと思うー。
 もうこれ以上近くにも寄れないし、知ることもない。
 そこが限界であり安定である、距離と関係。
 だけど満足するには何かが足りなくて、それを探したかった物語でもありますよねー。

 ぐはぁっ、もどかしいわせつないわ!(≧△≦)


 だけれども、このラストシーンは全てを照らして輝いています。
 過去も、現在も、みらいも。


 うわーうわーうあーっっっ!!!
 要素をつめこみ過ぎな感があって窮屈な展開かもしれないけれど、そんな粗さなんて飛んでった!
 YES! HappyEnd!
 人はみんな倖せになる権利があるって思える温かさが!
 期待のセンセを見つけましたわ〜♪
 

3
『つがいの歯車』 時生彩 著

 異世界に迷い込んだ女の子が皇帝の花嫁となり、当初はそりの合わなかった皇帝ともいつしか相思相愛になって倖せをつかむお話。


 んー……。
 お互いの立場や境遇があってそれぞれを受け入れられなかったふたりが結びつくという流れは悪くないのですがー。
 その流れについて、これといって波乱が無いのはどうなのかなぁ……。
 エンタメ作品として起伏がないってのは苦しい気が。

 これといって性格的に問題ない男女が一緒にいれば、そりゃあ気になる仲にもなっていくでしょう……ってカンジで、よろしくない説得力はあるのですが。


 ヒロインのカナエが異世界へやってきた経緯についてもほぼ不明で、これだけ情報に乏しいと同情するにも同情できないカンジ。
 異世界へやってきてからの境遇についても断片的すぎて、ここまで初期情報が希薄ならこの「異世界へ来た」という部分はオミットしても良いのではないかと考えてしまいます。
 「要は」という言い方でするなら、いやおうなく引き合わされた2人が逃れられないシステムを越えて感情的に結び合う……というお話なのですから。
 実家の都合でお見合いのカタチで政略結婚させられたふたりが、しかし家同士の都合が省かれても互いを必要としあう関係性を構築できた……ってことなのですから。



 作品としてここでスッキリとまとめられているとは思いますが、物語としてスッキリしているかには疑問符を付けます。
 ん? 逆かしら?
 書けてるけど描けてない、そんなカンジでした。
 

2
『蒼空時雨』 綾崎隼 著

 かつて心に傷を負い、大人になったいまもその過去に責められている男女が出会う物語。


 上手くできた物語だなー……ってのが正直なトコロかなー。
 面白くなくはないし、むしろ面白いって言っても良いんですけれど、その始まりたる位置の設定が気になるっちうか鼻につくっちうか。
 作りすぎなんじゃない?って。


 とにかく「一般人」たる立場の人が居ないのですよね、ストーリーテラーに。
 みんな傷を負っているし、どこか壊れている。
 物語は真っ当に進むのですけれど、スタートにそうした特異な設定が必ずあるために、物語の価値そのものが設定に依存しすぎてしまっているような気がするんですよー。
 設定ありきの物語、っちうか。


 もちろんフィクションのお話を作るにあたっては特異な設定を用意するのは当然です。
 でも、それにばかり寄りかかっては安易なのではないかなーって。
 反面、それだけのことを用意したのだからドラマティックであるには違い無いのです、けど……。


 んー……。
 良し悪しではなく、方法論への好き嫌い……かなぁ。
 少なくとも、この1作だけで綾崎センセの絶対的な評価をするのは、わたしには難しいなぁ。


 そうした物語の起点たる設定にも、どことなく偏りがあるのが気になります。
 簡単に言えば、女子のそれが男子に比べて重いのです。
 逆に男子のそれは精神的すぎて甘えた部分もカンジるっちうか。
 そして女子のそれにあたっては「不妊」というキーワードが重なりすぎていて、もしかしたらこれは綾崎センセの人生観に由るものなのかなぁ……とか思ったりして。
 「子ども」=「倖せ」みたいな。

 これが「女性の倖せは出産である」みたいな感覚だったりしたら危ういものを感じますけど、これもまたこの1作だけでは不明な部分であるワケで。



 物語という調理法に比べて、設定という食材には良いものを「集めすぎた」カンジ。
 しかし調理法自体は間違ったものではないので、できあがった料理が美味しいのもわかるわかる……という感想、かなー。
 次回作へ期待するのはこのあたりのバランスかな、わたしは。
 とにかく次の作品が気になるセンセではあります。
 


1

『まほろ駅前多田便利軒』 三浦しをん 著

 東京南西に位置するベッドタウン、まほろ市。
 東京であって東京でなし、かといってもちろん神奈川でもなく。
 地政学的に不思議なアイデンティティを持たざるを得なかった一都市に住む人たちと、彼らのあいだを巡りながら諸問題を請け負い解決していく何でも屋。
 そんな便利屋業を営む多田と、宿無し文無しで転がり込んできた高校の同級生の行天。
 なにかを失い傷つきながら生きていく人たちが、出会いのなかで喪失した心を再生していく物語。


 ひと言で言い表そうとすればもちろん「喪失と再生」なのだけれど、そこへ至るまでの背景設定が巧妙というか精緻というか。
 物語上で表される人物像を含めた舞台装置の配置が見事。

 無駄がない……というより、この世界に存在するモノ全てに「まほろ市」に在る意味が有せられているカンジ。
 ここにいて良い、というような無言の肯定。


 だけれど生きている当人たちからすればそんな世界の意志めいたことなんて知るよしもなく。
 傷つき、諦め、逃げながら生きているのですよね。
 でも!
 世界は優しい!
 生きること、そこに居ることに対して、決して敵ではないのですよ!
 もしそれで傷ついたり、諦めたり、逃げ出さなければいけないようなことがあっても、それでも許されているのです。

「生きていればやり直せるって言いたいの?」
 由良は馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
「いや。やり直せることなんかほとんどない」
(中略)
「だけど、まだだれかを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは新しくだれかに与えることができるんだ。そのチャンスは残されている」

 この世は繰り返されるものではなく、同じように見えてもそこには変化があるという。
 倖せも、苦しみも、なにひとつ同じモノはなくて。
 だからこそ、世界は可能性に包まれているのだと思うのです。

 神ならぬ身では、その可能性がどう運ぶのかわかりません。
 可能性があるから嬉しいのか、悲しいのか。
 でも、そんな気持ちが「生きている」ってことなのかもしれません。

 三浦センセの作品は、そういう「生きる」ことを描いているなぁ……と感じるのです。
 

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