○● 読書感想記 ●○
2008年 【4】

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(ラノベ指数 13/75)
20
 
『夢みる黄金地球儀』 海堂尊 著

 『死因不明社会』で自著を紹介されていた海堂センセの言葉によれば、今作は「チーム・バチスタ」に始まる一連のシリーズの環から外れた気楽な独立作とのことだったようにおぼえているのですけれどもー。
 それ、大嘘ですから――っ!
 なるほどたしかに「気楽に読める」作品ではありましたけれど、シリーズから独立しているなんてとんでもない!
 むしろ今作の妙味はシリーズを手にして始めて感じられるものなのでは?

 あの歌姫、ナイチンゲールこと浜田小夜さんがっっっっ!!!(≧△≦)

 本文そっちのけで彼女の登場にテンション上がりまくりでしたよ〜。
 舞台も舞台で相変わらず桜宮市ですし、これはもうシリーズとして見るべきだと思う次第。
 「あの」小夜さんが、このように軽妙なミステリに登場することにささやかな、だけれどもたしかな幸福感をおぼえるのです。
 何でも屋っぽいサービス業を営んでいるとか、ミステリの根底を揺るがすようなトリックスターには違いないのですけれど、それは今作を単体のミステリと読んだ場合。
 彼女が何故そうした立場にいるのか、なにを思って歌を歌い続けているのか、それを思うと感慨深いものがあるのですよ〜(TДT)。


 理系ミステリとしても平易でわかりやすい文章に努めている意識を感じます。
 文系ミステリは場合によって実現困難な状況すら絶対のものとして描きがちな気がするのですけれど、理系ミステリを意識されるかたはまず「現実の絶対」の上に立脚したところへ状況を落とし込んでくるような。
 演繹と帰納の違いなのかもですけれど。

 こうした「現実の絶対」にあたる部分をデータとしてだけでなく、意味をかみ砕いて言葉にしていただけると、非常に面白いミステリになると主張したく。
 海堂センセはお医者様ですから、患者さんへ理解してもらえるような言葉遣いを意識されている……とか?

 銀河の片隅で生まれた恒星は、長い輝きを経てやがて、超新星としてその生涯を終える。その飛散した物質により第二世代の星々が生成される。その第一世代の恒星の溶鉱炉の圧力の下で、生まれた金が土壌に含まれたとのだ、と言われている。
 つまり、金は、星の忘れ形見なのだ。

 かーっこいー!(≧▽≦)
 冒頭で語られたこの一文で、ハートわしづかみ!
 キュンときたね、キュンと!(笑)

 星々の物語とは今作は関係なかったのですけれど、折に触れて「金」という物資にまつわる特別な事情が顔を覗かせてくる点が興味深くて。
 それはもう「金」という物質の前には絶対的な数値のこと。
 物語に都合の良い物質を創り上げるのではなく、誰もが知っている、そして詳しくは知らない存在に着目して物語を繰り広げる。
 そうしたところにセンセの力量を感じるのです。
 設定厨には絶対に辿り着けない高みだと思うのです。


 もちろん二転三転していく展開も絶妙!
 まさに成功と落とし穴の連続。
 「抱腹絶倒のジェットコースター・ノベル!」とのコピーに偽りなしだわ(^-^)。
 先へ先へと引っ張られれる勢いがある〜。

 でもってラスト、結び方が素敵。
 なんちうか、これだけ広げた風呂敷を見事にまとめ、しかも落ち着くべきトコロへ物語を収めるセンスには脱帽デス。
 ブラボー!(≧▽≦)



 ……やぱしねぇ、物書きたるや「物語」を閉じて、初めて評価される存在なのかなーと。
 いつまでも長く同一シリーズを書き続けても、最終的な評価は保留……とまでは言わないけれど仮採点でしかないのかなー、って。
 海堂センセの作品などを読んでいると、長期シリーズに至る作品って安易な手法に頼ってはいまいかと疑ってしまうわ。
 「シリーズだから面白い」ということと「シリーズでなければ面白くない」というのは違うと思うのですよね。



 だれか海堂センセの桜宮市の作品群をまとめて解説してくれないかなー。
 年表とキャラ表は、マジで欲しいです(^-^:)。
 


(ラノベ指数 6/75)
19
 
『シンメトリー』 誉田哲也 著

 既読感がある……というワケではないのですけれど、不思議とキャラクターに見覚えがあるなぁと感じていたのですがー。
 ……あー、あー、あーっ!
 警視庁捜査一課十係の姫宮さん!
 いまさら気付くの遅いってカンジですけれど、光文社から上梓されている誉田センセの作品って一連のシリーズなんですね。
 あー、そういうことかー……(笑)。


 今回はそんな姫宮さんのお話でも短編集という形式で。
 ガジェットに凝った本格ミステリも良いですけれど、キレの良い短編ミステリはホント心地よいですわ。

 で、そういうわかりやすさの一方で、犯罪に対する強い否定が貫かれているワケで。
 殺人にしろなんにしろ、犯して良い罪などあるものか。
 そこに罪の大小は無くて。
 でも、誰しもが揺れ動く感情のなかで、罪を犯す犯さないの選択でせめぎあっている。
 その感情を、選択を抑え込んで生きている。
 だからこそ、犯罪に区別を付けて「これくらいならべつにいいじゃないか」「罪を犯すにも理由があるのだから」といって容認するような考え方を絶対に認めない。
 こう主張する姫宮さんの姿がっ、強くて凛々しくて!

 違法行為で甘い汁を吸い、一方ではお嬢さん面をして生きていこうだなんて、ご都合主義にもほどがある。未成年だろうがなんだろうが、社会の一員として生きるなら、それ相応のルールは守れと言いたい。それが守れないのなら、社会から排除される覚悟をするべきだ。
「あんまり、当たり前のことをバカにしないことね。当たり前のことには、それが当たり前になるだけの、ちゃんとした理由があるものなのよ」

 この言葉になんだかスッキリした気分。

 どうしてやってはいけないの?
 法律で決まっているから?
 なんでそんな法律、守らなきゃいけないの?

 そんなくだらない言い訳へむけて、最高のひと言。
 自分という人間は社会の中に生きている。生かされている。
 名前も、住むところも、経歴も、みんな社会が認めてくれたから価値があるもので、社会が認めてくれなければ価値も意味も失ってしまう。
 だから、社会が決めたルールは最低限守らなければ。
 それが自分を認めてくれる社会へ対して、自分が出来ることなのだから。

 そんな法律、自分が知らないところで勝手に決められたものじゃん!
 そう言うならば。
 「知らないところ」を「知るところ」にするためにも自分がその場所まで上っていくべき。
 その努力すら放棄するなら、お仕着せのルールをあてがわれても我慢すべき。
 自分はなにもしないでどうにかしようなんて、甘すぎる!(><)



 耐震性に関しての違法建築。
 百人を超す死者を出した列車事故。
 学校でのいじめ、会社でのパワハラ……etc。
 どの掌編も社会性や現代性に富んだ事件ばかりで考えさせられます。
 事件の表面だけでなく、そこに至るまでの状況や感情などを巧みに織り込んで、ただの社会リポートにしていないっちう。

 現実に即した事件を描く時代性も誉田センセの魅力だと思っていましたけれど、今作はそれが見事に表されているカンジ。
 短編集ということでダイナミズムはなくても、そこに書かれたことの主張や方向性は、既作を含めてひとつの高みにたどり着いているような。


 これからも姫宮さんが活躍するお話は出されるのかな〜。
 楽しみっ!(≧▽≦)
 


(ラノベ指数 14/74)
18
 
『八月の舟』 樋口有介 著

 樋口文学では繰り返されるモチーフがあるワケですが。
 「夏」というものに、こうまで「死」をかぶせてくるのとは。
 巻末の書評などではそれを「原風景」としていますけれど、そういうものかと納得。
 樋口センセにとって「夏」は盛りではなくて「死」の寂しさなのですね。

 「こんな暑い日に死んでくれなくても」
 うはー、キタコレとか思いましたよ、この台詞。
 『ぼくと、ぼくらの夏』じゃないですか、これ!!

 かように繰り返されるモチーフなのですけれど、それでも再生産という雰囲気を感じさせないのはサスガ。
 それぞれに異なる方向へ着手しているのですよね。
 今作などは昭和戦後復興期を時代背景にしているせいか、より精神的なところを先鋭化しているようなカンジ。
 モノが無いぶん、ココロの部分で触れ合っている、そんな直接的なカンジが。


 あー、今作の主人公、研一くんも自分で料理できる子でしたけれど、彼女に振る舞うシーンはありませんでしたねー。
 代わってヒロインである晶子ちゃんのほうが手料理を振る舞うシーンがあったりして、樋口文学では新鮮なカンジ!(笑)
 でも主人公とヒロインの距離感?みたいなものは変わってないですね。

「そんなことでぐずぐず言うの、男らしくないわよ」
「反省はしている」
「今度会ったとき、言いなさいね」
「なにを」
「わたしのことが、好きだって」
「今度会ったとき、言おうと思っていた」
「それなら許してあげる」

 ひゃー、これですよ、これっ!
 優しくない時代背景のせいか重々しい雰囲気が全体のトーンの今作ですけれど、むしろそのおかげでワイズクラックが要所を締めてるカンジ!
 やぱし樋口文学は楽しませてくれます(^-^)。
 


(ラノベ指数 24/74)
17
 
『風の王国 嵐の夜<下>』 毛利志生子 著

 カラー口絵の表と裏で泣けるわー(T△T)。
 夢、あるいは二度と得られない在りし日と、それを知る現実の落差。

 でも前巻から続いた謀叛への対処のなかでは、もう翠蘭はリジムがいない世界を受けて入れているような。
 それを事実として受け止めた上で、彼の存在を世界に残そうとしている気が。
 吐蕃という国、ツァシューという都市を守ことで。

 ガルもなんだかんだいって翠蘭と同じ方向の気持ちを抱いていたのかなー。
 リジムが亡くなったことは彼の野望においても大きな損失であったに違いないけれど、それをしてなお「彼の最後の治世を汚したことが最大の罪」として犯人を罰しますからねぇ。
 リジムのこと、尊敬できる相棒と思っていたのかな……。


 あー、うん。
 今巻は「リジムがいなくなった世界の始まり」なんだなー。
 寂しがりで甘えん坊のラケルにしても、「リジムの後継者」である自分を守ろうとする翠蘭の気持ちを慮って動きましたし。
 シャンシュンとの関係も良き隣人にとどめたことで、翠蘭は吐蕃に身を埋める覚悟が定まりましたし。
 彼女が覚悟を決めたことで、周囲の人のそれも決まったカンジ。

 リジムの死を「雨降って――」と言うには不謹慎すぎるのですけれど、翠蘭の立場が明らかにされたことも確かで。
 やっぱりこれまではどこかリジムの妻、王妃としての立場だったのかなー。
 残念なことにリジムが居なくなり寄るべき大樹が消えたことで、あらためて彼女の存在が浮き上がったっちうか。
 組織としても翠蘭が統率することへの問題がクリアされたわけですし。


 このシリーズ、どこまで描いてくれるのかなー。
 翠蘭の立場が強まったのは良いですし、史実ではこのあと国母として敬われるまでに上っていく彼女ですけれど。
 でも、その史実を知り、思う限りにおいては、ひとりの女性としての倖せはこのあと見えてこないんですよねぇ……。

 フィクションとノンフィクションの狭間で、心安らかになれる物語であれば良いなぁ。
 

(ラノベ指数 7/74)
16
 
『雨の匂い』 樋口有介 著

 これまで目にしてきた樋口文学のなかでも指折りな閉塞感。
 行き先が見つからない焦燥感はいままでもあったように思うのですけれど、今作で感じたのはどうなるものでもない希望の無さ。
 絶望ってわけではなくて、現状から導き出される決定的な未来が見えてしまうっちうかー。


 形式も推理ミステリというより、途中からサスペンスなのでは?と感じたり。
 あのー、えーっと、ほら、古典的な殺しの道具が登場してきたじゃないですか。
 本編中ではさらりと登場されていましたけれど、推理ミステリならブルズアイ!てなくらいに見分けられてしまう有名アイテム。
 ……あ、新本格ミステリファンだと気付かないのかな?
 黄金期に使われるようなアイテムですし。

 で。
 そういうアイテムが登場してきたものですから、この人は誰をどのタイミングで殺害するのだろう?……というトコに関心が寄っちゃってもー。
 まだかまだかとガクブルですよ(TДT)。


 本筋の事件と平行して流れていく、その古典アイテムを使った殺人。
 一方では解決に向けての道筋があって、一方では実行に向けての雌伏があって。
 複数の展開が収束されていく終盤の勢いは今作でも見事だなぁ……と。
 事実が明らかになったときの爽快感がたまらんす!(≧▽≦)

 ……明らかにされた事実に、今回は全くといっていいほど爽快感は無いのですがー(T△T)。
 

(ラノベ指数 22/74)
15
 
『狗牙絶ちの劔1 -刀と鞘の物語-』 舞阪洸 著

 主人公の背景の無色さかげんに、情報をアウトプットするための装置、しがらみを排除して用意された人格のようなものを感じたり。
 たとえばゲームの主人公、みたいな。
 理由があるにせよないにせよ「両親不在でひとりぐらし」なんてーのは、ひとつの、そして世間からすれば大きなしがらみを切っている状態ですし。


 にしても舞阪センセは、黒髪ロングの女の子が日本刀を振り回すというシチュエーションが好きなのですね、きっと(笑)。
 既視感ありまくりでしたよ。
 でも、まぁ、セーラー服+黒髪ロング+日本刀、という組み合わせはトリプルリーチですか。
 なんちうか、こう、ひとつのカタチとして完成されているものなのかも。
 そこへ、使命一筋で世間ズレしていない純情を当てるところがキャラクター性というものなのかなーと。


 冒頭、まさに事件のまっただ中から始まるのは引きとして十分なのか、それともベタすぎる手法なのか悩みます。
 加えてイベントを起こすために舞台を移すというやりかたは、相応しい場を用意して物語を盛り上げることになるのか、それとも強い設定を用意しないと物語を推し進められないのか。

 キャラを単体としてみれば造形はけっして嫌いではないのですけれど、展開の有り様が、その……。
 異を唱えるほど不満を持っているわけではなく、ちょっと落ち着かない気分に。
 『ドラゴンマガジン』の読者投票で今後の展開を決める企画と連動しているので、これくら緩いやりかたのほうが相応しいのかもー?

 とまれ、キャラと作者を好きなので、今後も買い!ってことでー。


 でも、こーゆー読者が決める!とか言われる企画でも、どうせ決まっているんでしょ?とか思ってしまうあたり、わたしもずいぶんと汚れていますねぇ(苦笑)。
 

(ラノベ指数 18/74)
14
『名前探しの放課後 上』 辻村深月 著

 同じ学年の誰かが自殺をした。
 その事実を知ったところで数ヶ月前にタイムスリップをしてしまった主人公・いつかは、その自殺を止めるべく動き出す……というお話。
 タイトルの「名前探し」というのは、自殺という事実(事件?)を知っていても「誰が」というところは記憶に無いいつかが、その自殺に至る可能性を秘めた者の名前を探すというところから。

 ほえー。
 単純な推理ミステリと思いきや、タイムスリップというSF要素が意外な方向から面白さを導いているカンジ。
 「未来を変えたい」と行動するあたりはSFでは常道でもあるので、むしろSFジュヴナイルと位置づけた方が良いのかも。

 そもそも面識のない誰かが自殺しようといつかには関係無いのにそれを止めようとするのですから、いつかも熱い人です。
 日常の彼の言動からすれば意外だと映るようでそれを揶揄されたりもしますけれど、知っていながらそれを止めようとしないことは悪だと意識できているあたり、いつかは十分に主人公の気概を持ち合わせているなーと。


 もちろん彼ひとりで奮闘するわけではなく、彼を助けるために仲間が加わっていく次第。
 こうした仲間集めもジュヴナイルっぽい一因かも〜。
 仲間となる面々もそれぞれに個性的で面白いったら。
 いつかの人受けの良さをあてこんで、ここで貸しを作っておいて今度の生徒会長選挙で応援演説をしてもらおうと画策している男子とか!
 そういう遠大な計算の高さ、好き!(笑)

 で、もっちろんメンバーのなかでイチバン好きなのは椿ちゃん!
 なんていうのかなー、人を立てるようなところがあるせいでおしとやかな印象を持つのだけれど、しかし自分というものをしっかりと持っている人間性の深さとでも言いましょうか。
 怪我で水泳の道をあきらめたいつかが、事件解決のために必要だと覚悟を決めて再び泳ぎはじめたのを知って――

「偉い」
 椿が言った。その声に振り返る。彼女がもう一度繰り返した。
「偉い。よく、やる気になった」

 ――と評したところに不思議と感動。
 高い感受性と深い洞察力を兼ね備えた子なのかなー。

 そんな彼女も彼氏に対して怒るときは、彼氏の良いところ、そんな彼と付き合うことが出来て嬉しかったこと……等々、「優しい人だと思っていたのに、なのに違うの?」ということを裏メッセージで切々と訴えるのだそうで。
 素敵すぎる!(笑)



 上巻ではようやく容疑者とおぼしきひとりを見つけただけ。
 これでそのまま事件解決……とはならないと思いますし、どのような展開を見せるのか下巻が楽しみです。
 


(ラノベ指数 13/74)
13
 
『武士道シックスティーン』 誉田哲也 著

 宮本武蔵を死ぬほど尊敬して剣の道を精進している子。
 新たらしく剣道を習い始め、楽しく過ごせたらいいなと考えている子。
 スタンスの異なるふたりの女子高生が部活動の剣道を通じてぶつかりあい励まし合いながら成長していく物語。

 うはー、おっどろいたー。
 誉田センセがこーゆー青春ストーリーを書くなんて。
 オンナノコを描けるということについては『疾風ガール』で証明していたところですし不安では無かったのですけれど、そんなオンナノコを主人公に据えて、なおかつふたりの気持ちが真正面から交錯するようなお話を書くことに驚いたっちうか。


 部活動としての「剣道」の姿は、現代に置いても剣士たらんとする香織にとっては生温いものに感じるでしょう。
 それは始まりのところで道を違えてしまっている考え方同士なので仕方のないことかもしれませんけれど、異なっていることはすなわち間違っているということでは無いわけで。
 否定するだけではもったいないのですよね。
 剣道が剣の道である限り、学ぶべきことはあるはずなのですから。

 かといって仲良くやれれば、楽しくやれればいいという考え方のみで剣道をやっている早苗も、そこにとどまっているだけでは大切なところまでは届かないワケで。
 彼女の場合、優しいということと意気地なしということが紙一重な次第。
 勝負にこだわらないということは、勝ちたいと思わないということでは無いのですよねー。
 無論、始めに「勝負にこだわらない」という姿勢を見せていれば、かりに負けという現実を突きつけられても体面は守られるという。
 でも、そこで進歩はあるのか、というハナシ。


 ふたりの道はどちらが間違っているというワケでもないけれど、かといって正しいとも言えないのですよね。
 この世界、生きている限り何事かに付けて「勝負」という舞台は用意されてしまうワケですし。
 勝つことが全てではないし、負けたからといって全てを失うワケでもない。
 勝負というステージを受け入れて、その結果も認めるべき。
 そのためにはどうすれば良いのか。
 やはり何事にも真剣に向き合うこと……なのかなーと思いました。


 水と油のような性格のふたりが同じ場所で同じ時間を生きていき、互いを高め合って次のステージへと昇っていく。
 素敵な友情のお話でした。

 ……最近、オンナノコ同士の主人公とかいうと、すーぐーにっ百合百合しちゃうという流れがあって、どうかなぁ……と考えずには居られなかったトコロへ強烈なお話でした(笑)。
 
(ラノベ指数 14/74)
12
『海泡』 樋口有介 著

 幼かったころにいた地を再訪すると、かつての知人が事件に巻き込まれていた。
 樋口センセの作品様式としては定番ですよね〜。
 今回は舞台が小笠原諸島の父島だったりするものだから、これまた定番の「夏」をカンジさせますし。

 夏に限らず「季節感」っていうのかなー。
 「再訪」についてもおなじように感じるのですけれど、その場所その時間というモノに対して定住することや停滞することが無くて、あるいっときの邂逅を切り取ったような。
 永遠というモノが無いと知らされているようで、そんなセンチメンタリズムや郷愁が樋口文学の魅力なのかなー。


 定番とはいっても今作の様式としては主人公の洋介は探偵助手で、ヒロインの翔子が安楽椅子探偵というカタチ?
 それでも最後には洋介が単身で事件のカタを付けるあたりはいつも通りなのですけれどー。
 真相を明らかにする「解決」ではなくて、事件に関わった人たちのその後を采配するという点で「カタを付ける」。
 現実的な贖罪は法が定めてくれるので、それ以外の部分を個人裁量で裁くってあたりが近いかも?



 あー、うん、ヒロインねー。
 樋口文学において今作が特異なところって、ヒロイン格のオンナノコが多数登場しているところなのかも。
 主人公のエロゲなみなモテぶりは相変わらずですけれどー(笑)。
 で、そんな数多きオンナノコの中でも翔子ちゃんの存在は別格。
 洋介のほうに気持ちがあるってところでも違うのですけれど、んー……なんていうのかなー。
 強烈な意志を見せているという点で、彼女はほかのオンナノコたちから抜きん出ているのではないかなーと。
 それは、強くあらねばならない彼女が置かれた境遇に由来するものかもだけど……。

 洋介のほうに気持ちがあって翔子ちゃんも自分の気持ちを認めているのに、触れ合うことを許されないのですよね、ふたりは。
 そういう切ない距離感も、彼女を別格にしているのかも……。


 翔子ちゃんも、見合いをするという旬子ちゃんも、家の縛りを抜け出そうとする夏希ちゃんも、オンナノコはみんな変わっていくのですねぇ……。
 そんな「変化」もまた、先述したようにとどまることを許していない樋口文学の有り様なのかなー、と、しんみり。



 ミステリとしてはひとつの事件に別の要素をかぶせてきて複層化させているので、奥深さっちうか深遠さを感じるわー。
 ひとつの視点、推理を終える頃になると、新たに別の事実が浮かび上がってくるという。
 多角的に同時進行していかないので、読み手に優しい推理ミステリだと思うー。


 事件の真相は明らかにされるのだけれど、だからといってそれで誰かが救われるというものでもなく。
 浅からぬ面識があった被害者がなにも殺されることはなかったという納得いかなさが行動原理であって。
 被害者の恨みを晴らす……というわけでもないですし、やぱし、ただ許せなかったということになるのかなー。
 理由があれば殺されてもかまわないというわけではなく、被害者が殺された理由について誰も思い描けない状況が許せない、と。

 けっして正義という志では無いのですよねー。
 でも、なんというか、知らないままで良いと思えないだけの怒り、のようなものには共感できるなーと。
 そして、そういう気概を持っているのもまた、樋口文学の定番ということでー。
 

(ラノベ指数 13/74)
11
 
『複葉の馭者』 笹本祐一 著

 軍縮の動き著しい、第一次大戦を終えた欧州。
 終戦と同時に世間に放り出された「元軍人」たちも、生活のためには働かなければ。
 元空軍兵士のジョニーは戦時中に身につけた飛行機の操縦技術をもとに、「何でも、どこからでも、どこへでも」をキャッチフレーズにした運送屋を始めるのだった……というお話?

 飛行機というものがまだ世間に広く走られていない時代。
 物珍しく見られていく時代で、そんな偏見に立ち向かうようにプロフェッショナルな魂を見せてもらえるのかと思ったのですけれどー。
 うーん……。
 オビにあるほど「ヒコーキ野郎」のお話ではなかったかなー。
 もっとこう、飛行機――それも複葉機への愛情のようなものが見られるのかと期待していたのですけれど、飛行機は飛行機、あくまで「道具」の域を越えてはいなかったかなーと。


 今作には2話収録されているのですけれど、その2話同士は個々に独立しちゃってて関連性が無いのも寂しい限り。
 せっかく1冊の本に収められているのですから、もちっとこう、キャラ同士で関わり合いを持つとか、2話目の事件?では1話目での仕事内容が活かされてくるとか。
 そーゆーのがあったら嬉しかったのにー。


 アフリカから子象を運ぶという無理難題をいかにして解決するかとか、終戦を迎えてもなおもただよう戦火の香りとか、事件そのものの料理のしかたは面白かったですし読中は高揚感もありました。
 「ヒコーキ野郎」ではなかったかもしれないけれど、「プロフェッショナル」ではあったかなー、と。
 読む前に期待していたこだわりを抜きにすれば、楽しく読めた作品でした。
 

(ラノベ指数 14/7 3)
10
 
『ともだち』 樋口有介 著

 同級生程度には親しい友人の死に不可解なモノを感じ取って、その事件の真相を探っていく……という、樋口センセの作品の定番モノ。
 それでも今作が一連のセンセの作品のなかで異彩を放っているのは、主人公がオンナノコであるというところでしょう。
 被害者の性別は変わらずオンナノコですので、両者のあいだに流れる感情というものが恋愛のそれに影響されないのですよね。
 オトコノコが主人公ですと、どうしても被害者に恋していた頃の感情を引きずってしまいますしー。

 んでも完全に恋愛感情を抜きにして進められているかといえば、そうとも言えないような。
 百合というほどではないにしても、主人公のさやかは被害者である小夏佐和子のことを尊く愛おしく思っていたワケで。
 恋とか愛とかとは違って、犯すことの出来ない神聖な存在、と。
 だからこそさやかは、彼女が世界から失われたことに対して、ひどく怒りを覚えたわけで。

 オンナノコ同士の関係にまとめたことで、事件を許せないという気持ちが素直に描けているように思います。
 もちろんそれは「姫先生」と呼ばれるほどの腕前を持つ天才剣士、さやかの気性というものも大きく関与しているに違いないでしょうけれど。
 剣の道を生きる標としているそんなさやかの言動がどこか古風なのも良いキャラクターかなー。
 「このたわけ者め」
 なんて発言、普通なら強気キャラへと流れていきそうですけれど、そうではなくてー。
 凛とした居住まいがカッコイイんですよね〜。


 推理ミステリとしても、程良いさじ加減で状況提示してくるように思えて、なかなかに好感する構成でした。
 凝ったトリックやギミックなどありませんけれど、積み重なっていく状況が事件を層的に奥深くしてますしー。
 わかりやすくも魅力的な事件構造とでも言いましょうか。

 伏線の提示とか、探偵視点の運び方とか、ほーんとわたし好みだわ〜。
 

(ラノベ指数 21/73)
9
『桜田家のヒミツ 〜お父さんは下っぱ戦闘員〜』 柏葉空十郎 著

 地球規模の恐慌のなかで、世界征服をうたう悪の組織。
 だけれど悪の組織も人間が動かしている以上、そこでの活動は「就業」であり「ビジネス」であり。
 悪の組織で働く人にだって生活があって、死ねば散る命もあるワケで。
 そんな組織で「働く」お父さんの悲哀と、そんな世界で生きる家族の絆を描いた作品……なのかな?

 冒頭からしばらくは、誘拐してきた女の子への対応に眉をひそめたのですよ。
 いくら組織の構成員宅とはいえ、一般家庭になんの策も無しに預けるなんて、それは無いっしょ〜と。
 この被害者である女の子の傍若無人っぷりも嫌悪感。
 そして組織から命じられているからって、その女の子の傍若無人っぷりを容認しているお父さんにも失望。
 お父さんから常々しつけられてきた正しさを守っている息子が可哀想でさー。

 今作って家族モノだと思っていたので、そーゆー「正しくない生き方」を正すような展開があるのかと思っていたのですよー。
 頑固一徹なお父さんが、ね。
 でもその肝心なお父さんがあまりに弱腰だったもので、逆にそういう作品なのかなーと思い始めてもいましたよ。
 大人の姿を反面教師にして、その子どもが強く真っ直ぐ自立していくような。


 でも、中盤以降は違ったー。
 やっぱりお父さんは不器用な人ではあったけれど間違ったことはできない人だったし、その息子はそんなお父さんを尊敬していたし。
 間違いを間違いだと指摘できるよう育てられた息子の姿に、傍若無人のお姫様だって大切なモノがなんであるのか気付くことができたし。

 もう、そこからの展開は泣けてしまったわー(T▽T)。
 父と子、夫と妻。
 そんな小さな家族の絆がさー、もうねもうね。

 誰しもにこの世界を変える、この世界を動かせるチャンスや能力が与えられているわけではないし。
 でも、そのチャンスや能力が与えられている人が世界を変えようと思う瞬間が来るのだとしたら、そのきっかけはこういう小さな絆からはじまったココロが連鎖していくんじゃないかなーって。



 最後のまとめかたは、ゲームの盤上をひっくり返すような一手だったのかもしれません。
 でも、その存在とその影響の大きさは序盤から含ませてありましたし、最後にきて突然のルール違反を犯しているわけではありません。
 乱暴とも思えるかもしれない強引な決め手も、わたしには物語をしめくくるに相応しいダイナミズムだと思えました。
 中途半端に世界を存続させようというような姑息さが無く、全てを失ってもこれで決める!というような爽快感が。

 いまの電撃文庫において最終選考作というポジションは易しいものではないと思います。
 これからを楽しみに……なんてことを簡単には言えません。言ってられません。
 わたしはこの作品を好きになりました。
 だから、もっとたくさんの人にこの作品のことを知って欲しいと思います。

 「最終選考会では賛否両論!?」とオビのコピーにありました。
 その言葉通りだとすれば、「賛」も必ずあったのです。
 わたしも「賛」です。
 キャッチーな売りはありませんけれど、作品って、要素だけじゃないですよね?
 あらためてそうカンジさせられた、素敵な作品でした。
 

(ラノベ指数 4/73)
8
 
『死因不明社会 Aiが拓く新しい医療』 海堂尊 著

 人は必ず死ぬ存在なのに、その死に対して「なぜ死んでしまったのか」と問いかけることの無い日本社会。
 死因を探るには解剖という工程が必要なのに、現在の日本では死後解剖される割合はわずか2%。
 98%は体表を検案しただけ、あるいは死に至るまでのしばらくの期間からの推測から死因を考えるだけ。

 たとえば胃ガンで入院していた人がそれで必ずしも死ぬわけではなく、末期ガンに見られるある種の症例として脳内に血栓が出来て脳卒中で亡くなるという可能性もあるという話。
 でもそれは解剖してみなければわからないことであり、多くの場合「この人は胃ガンで入院していたのだから、死因もそれだろう」となってしまうという次第。

 先だって起こった相撲部屋での弟子虐待事件。
 あれも体表だけでは「決定的な」死因はわからなかったわけで。
(ただしあの事件は体表からでも「異状死」を疑うべきであって、それすらも疑わなかった警察の不作為を糾弾する事件でもある)。
 行政解剖を遺族が求めて、そこで初めて「体内にも損傷を及ぼす虐待を受けていた」と事件性が露見した、と。


 日本人は輪廻転生を多かれ少なかれ信じている人種でありましょうし、死後に解剖となればその輪から外れてしまう恐怖を感じているのでしょうか。
 ただでさえ「仏さま」とは「神様」につながっていく存在になっているのですしー。
 そこへメスを入れるのは躊躇うでしょうねぇ。

 そこでAi (Autopsy imaging:死亡時画像診断と訳される)の必要を本書は伝えているという。


 Aiの概念や存在は海堂センセのほかの著書、桜宮市・東城大学病院でのシリーズで何度も述べられているところでありますし、ふむふむと。
 ただ、まぁ、本書で感じてしまったのは、警察の事なかれ主義と、厚生官僚の公僕らしからぬ唯我独尊ぶりかなぁ。
 このふたつの職に就いている人は、自分たち以外への関心が皆無だとしか思えなくなってしまうわ。


 Aiの必要性や重要性を説く本であるせいか、語り部である白鳥の「ロジカル・モンスター」ぶりは控えめでしたね(笑)。
 あちらのシリーズでの無茶ぶりからすれば、今作での丁寧な説明にはちょっと面食らってしまったわ(^_^;)。
 

(ラノベ指数 9/73)
7
 
『倒立する塔の殺人』 皆川博子 著

 たぶん、いや、きっとわたしがバカなんでしょうけれど。
 ずいぶんと読みにくかったなー。

 女の子同士のあいだで回されていた日記とも小説ともいえる作品と類似した事件が起こって。
 事件の有り様も不思議なものだけれど、そもそもその類似性はどうしてなのか。
 その手がかりを得るために、作品へ目を通す――。

 そういう必要性があるので作中で創作物を読む(主人公の目を通すカタチで内容を提示していく)のはわかるのですけれどー。
 その境界がすごく曖昧で。
 もしかしたら(もしかしなくても?)あちらとこちらを意図的につなげようとしているのかもしれないけれど、そうだとしてもわたしにはただ単に読みにくいってだけだったかなぁ……。
 

(ラノベ指数 24/73)
6
 
『ピクテ・シェンカの不思議な森 王都の夜と婚約者』 足塚鰯 著

 ムイほど真面目な主人公って、昨今、見たこと無いわー。
 自分がしでかしたことの実情と影響を受け止めていて、さらには周囲の人の気持ちを慮る。
 なにより自分が未熟であることを自覚しているところが素晴らしいわー。
 領主という地位に役者不足であることはもちろん、人間としてまだ大人になりきれていないと納得しているっちうか。

 そういうムイの意識があって、さらにより良い領主になりたいと願い、それを実現するためのアドバイスを展開の中に織り込んできているところが、今作の素敵なトコなのかなーと。
 ムイが学んでいく姿を見られると同時に、成長への必要な布石を読み手の側も嫌味なく教えられるっちう。



 結婚を断るために髪を切ったムイ。
 今回の騒動も切り出しは前回から続いたその件の流れではあるのですけれどー。
 その婚約者であるバレンが、ああも人の話を聞かない性格だったわけで。
 同情できないわー(^_^;)。
 明るい性格に救われていますけれど、ストーカーの一歩手前ですよえねぇ。

 こーゆー人って、いざ結婚したらどうなるのかなー。
 理想のなかへ妻を押し込めようとするのか、理想との違いをなじるのか。
 とまれ、相手を見ないであろうことは想像に難くないですか。


 まぁ、ムイの相手はラーシェンはいるわフィンドルはいるわで、バレンの勝機は微塵も無いでしょうしー(笑)。
 今回の一節にもありましたけれど、ムイの性格や領主としての責務をきちんと果たそうとしている現状を思えば、彼女の相手はやぱし森の民のほうがいいのかなー、なんて。
 こちらの世界への披露でちと困りそうですけれど、そこは誤魔化しようがありそうですしー。



 契約書の損壊の件や、それに絡んで契約に囚われなくなった森の民の存在。
 なかでもフィンドルがそのうちのひとりであることと、それをティッセが知ったこと。
 ちょっと急ぎすぎなんじゃないかなーって心配になるくらいに物語を動かしてきているなーと思ったりして。
 うーん……。
 でも、最近の業界ではこれくらい見た目にハッキリと動かしていかないと難しいのかも……。
 序盤の勢いが作品の行く末を決めますしねぇ……。

 そんな次第で、次巻も期待しておりまする〜。
 


(ラノベ指数 18/73)
5
 
『林檎の木の道』 樋口有介 著

 ああ、また夏がきたんだな。
 この言葉で始まる関口尚さんの解説は名文だと思う!
 うんうん、そうそう。
 樋口センセのデビュー作『僕と、僕らの夏』を彷彿とさせる、ひと夏を舞台にした青春ミステリ。
 もー、なんちうか、夏と青春の親和性の良さを体現する作品ですわ。

 関口さんの解説では、ほかにキャラクターの立ち位置やら動機付けの妙まで説明されていて、これがいちいちまた的確かつ造詣に深くて。
 ただの読者という視点ではなく、真に「解説者」たらん文章とはこーゆーモノを指すのだなぁ……と感じます。
 解説はね、感想文とは違うのだと。

 作品の出来不出来によって、そこに用意される解説の熱も移ろうもので。
 素晴らしい解説が添えられている作品は、もちろん素晴らしい作品に他ならず。
 わたしはそう思うのです。



 で、本編。
 知人の死の状況に不自然なものを感じた主人公とヒロインが事件を探っていくうちに、いままで見えてなかった知人の言動を知るに至って驚愕するも、「だからといって殺されていいわけじゃない」という理不尽さに対する静かな怒りで犯人を追いつめていく……という、樋口文学では定番のストーリー。
 ええ、ええ、お約束通りで慣れ親しんだ展開なのですけれど、それを高校生男女がセットになって動いていくというところが、デスねっ!(≧▽≦)

 冷静で、家事に長けていて、鈍感で無遠慮なところが多分にあるけれど、傷つけるウソは良くないことだと理解している優しさをもったオトコノコ。
 感情的で泣き虫で、怒るとすぐに手が出るけれど(足のときも!)、置いていかれそうになると寂しさを感じずにはいられないような、子どものような無邪気さと素直になれない大人の気概を持った我の強いオンナノコ。

 んもー、んもー、んもーっ!
 こういうコンビを描かせたら、樋口センセは最高ですわね!(≧▽≦)
 ふたりが一緒に食事をするシーンも定番なのですけれど、そこで繰り広げられるワイズラック!
 ひゃー、もー、堪らないですよ、抜き差しならない緊張感を持った応酬が(笑)。

 主人公の親と一緒に食事をするというのも珍しいシーンなのかも。
 今作のヒロイン、友崎涼子ちゃんが招かれた食卓では、主人公、広田悦至くんのご母堂と同席することになって。
 男性批評をする際に母上と彼女がタッグを組んでしまっては、悦至くん、勝てるワケがねーっ!(笑)



 推理ミステリとしても、犯人像と被害者の実情が調査が進むにつれて二転三転していくので先が読めなくて飽きないっちう。
 エンターテインメントとして構造をよく練られているなー、と思うのです。

 ラスト、犯人を指摘して、罰して、すっきりとした爽快感を――与えない、というのも樋口文学の特徴で(笑)。
 この世が善と悪ではっきりと二分されているわけではない。
 探偵として事件を探った主人公とヒロインにしても、犯人を捜し出して罰したい、復讐したいという気持ちがあったワケでなく(無かったとは言いませんけれど)、事件の真相を知りたいという欲求、なかでも表向き見えている理由だけで被害者が評されることを納得いかなかったという心情が動機付けなので。
 被害者の名誉?が回復できないまでも自分たちが知る被害者として納得できれば良いのですよね。
 もちろん罪を暴いたのですから、この先に犯人には苦悩と懊悩が待っているワケですけれど、そこは主人公たちが関与するところではない、と。

 真相を知るまでが探偵の役割で、罰するのは大人の役割。
 ここが青春ミステリに必要とされる基本構造な気が。
 勧善懲悪が陳腐だと言うつもりはありませんけれど、こと青春ミステリにはその構造は似合わないのではないかなーと。

 十七歳という年齢はきっと立ち止まれないのだろう。いつかは苦い真相に行き当たるとわかっていても、暴いていってしまうのだ。十七歳というのは、どうしたって見えているものの裏側を求めてしまう年齢なのだと僕は思う。
 (中略)
 たくさん知ってしまう。そして、気づいてしまう。いちばん繊細な心で、いちばん苦い真実を暴いてしまう。こうした取り合わせが生まれるのは、十代半ばからの気づきの多い時代だからこそ。僕が青少年期とミステリの相性がいいと考える所以は、ここにあるのだ。

 最後に関口さんの解説より青春ミステリの骨子に触れた一節を。
 まさに、正鵠。
 そしてそれを体現している作品が、樋口センセのそれなのだと思うのです。
 


(ラノベ指数 2/73)
4
 
『国境事変』 誉田哲也 著

 北朝鮮の工作員と彼らに精神的なレベルから搾取され続けている在日のかたと、そんな「北」の動向を含めて日本を外敵から守るという信念で動いている公安と、国の土台は市民の平和にあると信じている一回の刑事。
 現実において表からは見えてこない、そして作中においてもさして交差することのない彼らの思惑が奇妙に入り組んだ物語。

 誉田文学においては、個々の人物は「平和とは?」とか「倖せとは?」という信念を考える前に、世界を構成する部品のひとつである……という描き方がされていると思うのです。
 そこにキャラクター性など無くて、動かされる生かされる、そして殺される……といった脅迫感や焦燥感などがつとにつとに。



 それにしても向こうの国のかたがたの潜入の手口や同胞の引き込み方など、みっちりと描いてきてるなぁ……という印象。
 フィクションだとことわりがあったとしても、その手口は真に迫るものであり恐ろしいというほか無いです。

 でもって、この日本で生きる上で「在日」という立場がどのように見られ、扱われているのかを描いているという点でも意欲的なのかも。
 触れなくても作品が描けるのであれば、社会的にみればアンタッチャブルでいたほうが障害は少ないのではないかなぁ……と、いらぬ心配を。

 んでも今作でも主題として取り上げられていたように、現代を舞台にしてクライムノベルを上梓しようとなれば、そこは避けては通れない道なのかも……。


 犯人を追いつめる工程ももちろん盛り上がってはいましたけれど、なにより公安部と警察の確執が面白かった〜。
 ひとつ「治安」という現象を追い求めていても、そこへのアプローチがこうもふたつの組織のあいだでは異なっているのだなぁ……と。
 国家の平和は必ずしも個人の平穏と結びつくものではないし、個人を優先し続けていては国家が犯されていってしまうという。

 誉田センセらしいアイロニーに満ちた内容でしたわー。
 


(ラノベ指数 6/73)
3
 
『枯葉色グッドバイ』 樋口有介 著

 過去のある事件でココロに傷を負って刑事を辞め、いまはホームレスに身をやつしているいい年をしたオジサンが、身近におこった殺人事件に巻き込まれ解決を探りながら新しい生き方を見つけるお話。

 樋口センセの青春小説ばかりを読んできたので、これは異色でしたわ〜。
 んでも、その異色さ加減がかなり良かったカンジ。
 事件へ関わる動機とかスタンスとかが、青春期にある少年たちのそれとは全く異なるので、事件解決へのアプローチやモチベーション、そして視点などがとても新鮮で。

 傷ついたココロを持つ大人ならではの視点っちうかー。
 悲しいかな、事件解決に燃える、殺人を絶対悪と考えているような女性刑事のほうが子どもに見えてしまうのですよねー。
 そうした考えは、とても貴いものなのに。


 もちろん青春小説の影は今作でもあるわけで。
 やぱし微妙な距離感を醸し出す男女の間柄は、樋口文学の要素ですよね〜(笑)。
 まぁ、歳の差もあったり社会的地位の違いもあったりするので、今回のそれはかなり厳しいモノでしたけれど……。


 ホームレスという主人公の立場を単に設定だけで終わらせずに、作品全体に含ませていたところに拍手です。
 それだけ主人公と彼を取り巻くホームレスの描写がリアルでもあったわけで。
 こういう、設定周りの筆致は、ホンッと丁寧ですよね、樋口センセは!


 事件が解決されたからといって、今回は誰も倖せにはなりませんでしたけれど。
 でも、主人公も含め、事件が解決できて良かったと思った人たちは、みな自分だけの倖せの方向を向くことができたような。
 あとは、そちらへ向かって足を踏み出すだけ。
 そうして結ばれるラストシーンだからこそ、冬を迎える秋の物語だとしても、その先に春があると信じられるのだと思うのです。
 

(ラノベ指数 26/73)
2
 
『踊れ、光と影の輪舞曲 幻獣降臨譚』 本宮ことは 著

 次なる展開へ向けて、多方面の動きを見せてる回?
 ミルヒランド公国の公女と将の秘めた恋物語はもちろんのこと、ライルの身分と地位の足場固めとか、シェナンの成長と独り立ち?とか、――墜ちていくディクスとか。

 公国の動向はアリアたちにとってそれほど悪いことにはならないような気がします。
 ここにきて敵?が、国という公的な存在ではなくて「虚無の果て」という一種のテロ組織っちうかカルト集団に定まってきたようなので。
 それにヒルディア公女はずいぶんと聡い人のようですし、いまのアリアと敵対するような愚は犯さないのではないかとー。

 ああ、アリアね、アリア。
 公国の諜報とやりとりする様なんて、なんて成長したのかなぁ……って感慨深いですよ、もー。
 傷つけた人へ謝りに行きたいと考えているとか、ホンッと、強くなりました。
 逃げることなく責務と向き合う覚悟があるっちうか。
 自分がほかの人からどう見られているのか、自分にはどういう役割が課せられるのか求められるのか。
 常に自分へ問いかけられる目線を持つ人は強いわ〜。


 で、そんな彼女とは対照的に、自分しか見えなくなってしまっている状態なのがディクスなのですよねぇ……。
 精霊に頼ることのない世界を創り出そうとすることは意義あることだとは思いますけれど、ディクスの場合、その考えの枠がアリアの件を越えては及んでいないのですよねぇ……。
 そこへきて、今回は「虚無の果て」でしょう?
 フラグが折れたどころの話では無い気が……。

 一方のライルはアリアが帰ってくる場所を確保したような?
 いまさらエラン村に戻るというのも考えにくいですし。
 シェナンはようやくスタートしたという状況ですし、ここはやはりライルなのでしょうか??


 いよいよ戦争が始まってしまいましたけれど、リスタル王国とシュータン帝国のあいだですし、ミルヒランド公国の出方やいかに?
 そこへ「聖獣の巫女」のアリアとヒルディア公女の関係が活きてくるのかなー。
 うむむ……。
 恋愛分も増量されるみたいですし、こちらももちろん楽しみに!(≧▽≦)
 アランダム騎士団の動向に関係して、マルチェとツヴァイスの仲が変化したり?
 うひゃー!!
 
(ラノベ指数 9/73)

『魔女』 樋口有介 著

 人を殺すには理由がある。
 だから殺人事件は物語として描かれる。
 そういう推理ミステリの基本であるところを樋口センセは丁寧に押さえてくれるから好きなんですよねー。

 おまけに今作の主人公である広也もぬるま湯系っちうか、こう、COOLでは無いんだけれども決してHOTじゃないよねぇ……ってくらいの気概で。
 樋口文学における、いかにも〜なカンジの主人公(笑)。
 でもってそんなぬるま湯な温泉卵みたいなオトコノコが、樋口文学ではなぜだかモテるんですよねぇ……。
 特に取り柄があるっちうわけでも、特徴があるってわけでもないのに。
 エロゲの主人公みたい(笑)。 ←エロゲ脳

 でも、現実の世界で恋するときだって、その人の能力にホレるわけでは無いですしねぇ……。
 雰囲気っちうか佇まいっちうか、一緒にいるときの空気っちうか。
 そういう観点でいうならば、樋口文学のオトコノコは好かれやすいのかも……とか思ったりして。
 わたしには納得できる性格なのですよー。


 そんなぬるま湯なオトコノコを振り回すオンナノコ。
 ふたりのあいだに交わされるワイズラックは軽妙で。
 ミステリとしても樋口文学としても、入門書としては適当かなーとか思ったりして。
 

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