拾遺雑集
(1991−1992/22篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
変化(1)/気軽に行こう/つまらない/後ろ髪/望むものが/言葉/笑顔の呪文/それでも/ぽつん/闇夜のきりぎりす/変化(2)/心が見えない/男性心理/いつも/一夜/雨が訪れれば/今がない/寂しい夜/思い出の中の光へ/死へ/誰かさん/平和のための軍隊
変化


冬の寒さに耐えられなくなってきている
以前は自ら求めていた冬の空気
だが、今ではそれが私を駄目にする
寒さの中、冷たさに刻まれても
以前は痛みを力とできたというのに
今は刻まれたまま
痛みを抱えてうずくまってしまう
春の暖かさが恋しい
たとえそれがうつろいの声で
私の気狂いを呼び覚まそうと
今は春の空気が恋しい
気軽に行こう


気分が軽い
春の空気に酔っている
ソウウツのソウ?
そうだ、そうだのソウ?
まっ、なんでもいいか
これから私は気軽にやってゆくのだから
重っ苦しい考えごとなんかあっちにやって
大切なもの
それらはすべて心の世界で
現実の中の私はそのうわずみに
つまらない


「愛」
その一言が妙に白々しい

確かに何かがあったはずなのに
それはいったい何だったのだろう

私を包んでいたものは
こんなにも小さくなってしまっている
両の手で包めるぐらいに小さくなってしまっている
暖かい
でもわからない
これは何?
どうしたらこれを自分に取り戻せるのだろう
後ろ髪


気づくと
思い出に沈み込んでいる自分がいる

どうして思い出は懐かしいんだ
どうしてやさしい思い出しか残らないんだ
過去の切なさも寂しさも
今となっては甘くやさしい

もうそんな気持ちを抱くこともないから?

悩んでいたことも
苦しんでいたことも
ひとり、夜、涙していたことも
青い闇の中、穏やかなものになってしまっている
望むものが


後悔がつなぎ止めているのか?
だが、何かをしなかった
間違いをしでかした
そうしたことでさえ
今は懐かしくてたまらないんだ

----もしあのとき
そんなんじゃない
たとえ、違う過去によって
当時の望みが現在になっていたとしても
そこには今の私がいない

何をしたにしろ
何をしなかったにしろ
あの頃のことは、すべて
私にとってかけがえのないものとなっている

自分の中に閉じ籠もり
悩み、苦しみ
寂しさに苛まされていたことにも
今につながる大切な意味があった
言葉


あなたは、いつも
自分が傷つくことを怖れて
現実からも
自分の心からも、逃げ回っている

その怖れが、かえって
怖れていた通りの現在を与えていることに
まだ気づかないの?
まだ理解できずにいるの?

あなたの夢がどんなものであるにせよ
傷つくことを怖れているかぎり
あなたはずっと傷ついたままです

怖れや不安を包み込み
望む道を堂々と進むならば
あなたは傷ついたままでいることはないでしょう
笑顔の呪文


明日がいい日でありますように
ちょっとした期待を植えて眠りにつく
涼やかな闇のやさしさの中に
自分の存在をとけ込ませれば
期待が健やかな広がりとなってくれる
だから、ぐっすり
明日はどうかな?
いい日でありますように----
それでも


今いる自分は小さな一部
現時点での自分
意識の中での自分
私という自分
人間という自分
生命体としての自分
地球の上での自分
どれも一部
求めているのは、
感じているのは全体性
でも、言葉は部分しか表わせない
ぽつん


嘆いて
わめいて
叫んで
それでも血の通った詩が歌えるのなら
でも、
なぜ力が出ない
嘆く力も
叫ぶ力も
失いかけている
満足のかけらもないのに
空の中から有が生まれない
だだっ広い空間に
嫌な空気が満ちている
満たないように満ちている
闇夜のきりぎりす


眠れぬ夜を抱えてしまった私は
ビールのビンを傍らに
陰鬱な音楽を流し
酔いのおかげで
余計に冴えてしまった目を携えて
冷たい詩を歌う

今の私には夜がありがたい
昼の日ざしは
喜びと活力を教えてはくれもするけど
生きる場を持てずにいる私には
その力強いきらめきが重い
変化


ズボッ
と、何かが抜け落ちてしまっている
それはとても大切なものだったようで
今の私はゆがんだ笑みを浮かべていることが多い
怒るにしても、悲しむにしても
目に生気が現われていない
そんな感じがする

欠落した部分
それは今も以前も変わらないはずなのに
その欠落している部分から
かつては力が湧いてきたのに
ズボッ
と、抜け落ちてしまった部分からは
ため息ばかりがついて出る
心が見えない


笑っているのに泣いている
泣いているのに笑っている

悲しいんだか
おかしいんだか
いったいどちらなんでしょうね
男性心理


そのとき
私は騎士で女王の前に跪き
その命を待ち
彼女を敬い、崇め
仕えることに喜びを感じる

そのとき
私は女王の傍らの座にあり
彼女の言葉に耳を傾けつつも
彼女に意見し、下界を見下ろし
天上にある喜びを感じる
いつも


私は行きます
そうしてきっとあなたを探し出してみせます
今の私には
あなたが誰で
どこにいるかもわからないのですが
私は進みます

必ず会えますね
私が歩むこの道は
いつかあなたの道と接するのですから

呼びあう心は
互いに引きつけあっているのですから
これまでもそうだったように
一夜


闇のささやく声が聞こえる

「静かに
静かに、私を感じなさい」と
雨が訪れれば


涙を与えてください
その祈りが天に通じ
思いが雨となって落ちてくる

雨が降っている
天が代わって泣いている

わだかまった思いを抱えたままの私に
心の苦しみを感じているみんなに
涙が雨となって降りそそぐ----
今がない


寒い
寒いんだ
酒を飲んでも
ストーブに火を入れても
身に何を羽織っても
それでも寒くてしょうがないんだ

あたたかな音楽に心を浸しても
色鮮やかな光景を思い描いてみても
そうすればするほど
ますます心が冷えてゆくんだ
寒い
寒いんだ
寂しい夜


....あっ、虫の声が聞こえる
思い出の中の光へ


お別れの時が来ました

今ではあなたへの思いも
思い出となってしまっているというのに
それでも私は
その思い出の中に残る
あのときの自身の思いにしがみついて
そうして時を過ごしてきました

あの頃、私はなんて生き生きとしていたのでしょう
恋する思い
私にとってそれは何よりもの活力でした
その活力を求め
昨日まではそれまで通りの私でした

でも、ようやくわかりました
もう終わっているのだ、と

思い出の中に生きる力
それはあの頃の思いが持っていた力とは別ものだったのですね
行き場はすでに変わっていました
そのことを認められずに
私はここまで
消えてしまった「あなた」という行き場を求め
おかげで力は共に失われる一方
で、私はますます幻を追いかける
そんな悪循環の中に陥ってしまっていました

お別れです
いつか再び出会うこともあるかもしれませんが
そのときには
幻ではないあなたが私の前にいるのでしょう
もう私が追いかけなくてもよい
本当のあなたが
死へ


生まれたときより
お前は私の影として常に寄り添い
ひとつになる時を待っている
お前だけが
いつも、そうして今も
私の道行きにつきあっていてくれる
ありがとう
と、言いたいところだが、私は
お前が決して離れないことをわかっているから
余裕をもって、多少の恐れを残しつつ
言わせてもらうよ
まーだだよ
誰かさん


私を探して
私を追いかけて
そうして私のところまでやってきて

私はあなたを待っている
ずっとずっと待ち続けている
あなたが私を待ち続けているのと同じく

だから、さあ
早くここに来て
あなたの姿を見せて
平和のための軍隊


満たされぬ己が心のために詩人は歌う
歌うことで満たされんと望み
詩人は歌う
だが、それで終わりではない
歌は聴き手を求め
満たされぬ心は
内からだけでなく
外から訪れる変化をも望むようになる

向かう歌声が
わずかな変化を生み出し
大きな変化となって元いたところに帰ってくる
そのとき、詩人は微笑み
その微笑みを最後の歌として
詩人は眠りにつく
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