拾遺雑集
(1982−1989/21篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
記憶/闇夜/ディープ・ブルー/レミング/ぬるま湯に浮かぶ垢/四季への望み/あのときから/ひとつの時の姿/告白/巣立ち/かわいそう/苛立ち/覚醒/やりくり/静寂/氷の中のガイア/意欲/疑問/決意のかげに/悪意の微笑み/二人という関係
記憶


雨が降っている
雨が降っている
空気に流れるうるおいが
私の脳髄を
じくじくと
じくじくと刺激する
刺激を受け活性化された脳髄は
何かを思い出そう
何かを訴えようとするのだが
それは空気のうるおいと同じで
はっきりとは思い出せない
はっきりとは伝えられない
おぼろな感覚
それだけがある
闇夜


たったひとつの希望さえも断ち切れてしまった
すべての思いが苦しみに変わる

呼び掛けても応えることのなかった人
別な返事を期待していた馬鹿な自分

もうこれで終わりにしよう
すべての思いを今夜に封じ込めてしまおう
そうすれば、きっと
明日の空は見上げることができるはずだから
ディープ・ブルー


夏の夜
月の光を受けて
青暗い海が
妖しく輝いている

波はうっすらと銀青の光の帯を織り込み
ゆっくり、途切れることなく
浜辺に打ち寄せている
でも、まるでサイレントムービーの世界に
迷い込んでしまったかのように
波の音は遠く、小さく
あたりにはしっとりとした静けさが広がっている
レミング


数多くの魂からなるその大きな生命体は
ひとつの大いなる意志のもと、歩み続ける
その生命体の個々の魂は
行き先も知らず
何も気づかず
大いなる意志のもと
ただひたすらに歩み続ける
ぬるま湯に浮かぶ垢


怠惰の中の苦しみ
刺すような痛みなんてない
ただじわじわと締めつけてくるだけ
だが、叫ぶことさえできず
着実に自分が失われてゆく....
四季への望み


日ざしは鋭く
風は冷たい
そんな秋の気配が
切なさとなり
僕の心に爪を立てる
いっそのこと寒い冬の日であれば
何も考えずにいられるのに
まして
暖かな春の日や
熱情的な夏の日であるのなら
嬉々としていられるのに
でも今は秋
色とりどりの景色と
モノトーンの心
あのときから


夢と希望
不安と恐怖
それぞれが複雑に交差しあった中で
僕は移ろいでいる

夢を描き
希望を抱いて
未来は輝いている
不安を感じ
恐怖に襲われて
未来は暗くどんよりとしている

時に輝き
時に暗くなる
その未来への展望の中で
一本の道だけが
消えることなく彼方へと続いている
時には真っ直ぐに
時には曲がりくねり
でも
常に道は足下より始まり
進む彼方へと伸びている
ひとつの時の姿


過去があり
現在がある
今この時を生き抜き
未来は現在になる

自分がこれまで背負ってきたもの
その確かな重みが今の私を支えている
小さなかけらの積重ねが
知識であり
経験であり
そうした諸々のものすべてが
私の心を育み
この身体を作り上げてきた
一瞬、一瞬
その小さな時の結晶が
この身体の細胞の一つ一つなんだ
告白


今日から日記をつけてみよう
まっさらなノートの上に
自分の中にあるものを言葉として書き写すんだ
そうすれば少しは見えてくるかもしれない
これまで自分が思い悩んでいたもの
でも、それが何だかは今をもってもわからない
見えぬ影に悩み
見えないことに苦しむ
そんなことはもうごめんだ
まっさらなノート
心に漂う影の正体を写してください
巣立ち


囲いの中から抜け出して
そこから生まれてくる新しい何かを

現実から隔離された囲いの中で
夢ばかりを見続けてきた
将来への不安から目を背け
現実ばかりを否定し続けてきた

囲いの中で
親の比護のもとで
僕はぬくぬくと太っていった
甘えてばかりいた

もう十分だ
これ以上この暖かみの中にいたら
僕は駄目になってしまう
僕は何も見つけられなくなってしまう
かわいそう


人はかわいそうと言うけれど
かわいそうって、いったいどんな言葉なんだろう
可哀想
かわいそう
カワイソウ
何度も唱えてゆくごとに
ますますわからなくなってゆく

人はかわいそうと言うけれど
かわいそうって、なんて無責任な言葉なんだろう
かわいそうと言ってみたところで
対象の間には大きな隔たりが横たわっている
いや、隔たりがあるから
かわいそうって言葉が口をついて出てくるのかもしれない

人はかわいそうと言うけれど
かわいそうという言葉だって
昔はもっと重みを持っていたのかもしれない
でも、今使われているかわいそうって言葉は
すり減ってしまって軽く、乾いている
苛立ち


真っ白なノートを前に、私は
いったい何を訴えかけようとしているのだ
心を見失い
言葉を生かしきれず
何一つとして十分なものとできずに
中途半端な詩ばかりを歌っている
何が魂の声だ
私の詩の中で
いったいいくつの詩が
本当に魂の声を歌ったものであるというのだ
ほとんどの詩が、熟しきれず
青い実のまま
うち捨てられているだけじゃないか
満たされないのも当然だ
覚醒


そのとき
時の声は私に「生きろ」と言った
時は、死への恐怖と
生きることへの勇気を与え
自らの流れの中に私を取り込んだ

「生きろ」
私の中でその声が強く響く
力と苦しみを与えた
その声の主は
私にいったい何を求めているのか

「生きろ」
時の声はただそれだけだった
だが、すでに私は時の中にあり
目覚めた心は
「生きる」思いを核としていた
やりくり


所詮俺は甘えん坊の我がまま小僧さ
マイナスの札が多すぎる
でも、マイナスとマイナスを掛けあわせりゃあ
プラスになる
俺の持っている
マイナスの札をうまく掛けあわせて
そうしてそこに
少ないプラスの因子を加えて
最高の役
さて、やるか
静寂


雪の降る夜
一晩だけの静かな夜
いよいよ時の女神は
その新たな姿を求めて動き
混乱の時が訪れる
その代償としての
静かな夜
雪の降る夜
安らかな眠りと暖かな夢
氷の中の地球<ガイア>


個はそれ自身の意志を持ち
種もそれ自身の意志を持つ
個の意志の集合体であり
それらを越えたものが種の意志
そして種の意志の集合体であり
それらを越えたものがガイアの意志
意志は何も人間だけのものではない
あらゆる生命体の個の一つ一つ
そしてその種
それらもすべて意志を持つ
たとえそれが本能に直結していたとしても
ある一つの意志であることに変わりはない

人がガイアから生まれ出たものなら
現在のガイアの状況はすなわち彼女自身の意志
人間の意志・意識・無意識は
ガイアの意志とつながり
ガイアの意志の中にある

人の心のあり方やその現われが何であるにせよ
ガイアが人を生み、人がガイアの中で生きる以上
それらも自然なのだ
他の自然を壊し
他の生命体の命を奪い
ガイア自身を病めるものにしたとしても
それは人間を生み出した時点で選び取られた彼女の意志
たとえ彼女が死すことになったとしても
それさえも彼女自身の意志の結果
意欲


甘え
怠惰の源
心地よい鎖となって
この身を縛りつける
望みはあるけれど
さあ、というところで
甘えが怠惰を呼び覚まし
夢見るだけ
欲はあるけど
意がない
さて、困ったものだ
疑問


個人の変革において
個人の内面の成長において
精神的な自殺は欠かせない
私自身
好むと好まざるにかかわらず
外発的にしろ
内発的にしろ
何度も自殺を繰り返し
新しい次の自分となってきた
そうして私はここまでやってきた
では
社会が
人類が成長するにも
やはり自殺は必要なのか?
社会の成長は
戦争という自殺行為によって促されてきた
だが、人類
人類全体の内面の発展に関しては
決意のかげに


自分の中にある弱さの正体は
幼さ
だから甘える
駄々をこねる
弱さを捨てるには
幼さを切り捨てなくては

時が近づいてきている
もうこれ以上ここに留まっているわけにはいかない

時は容赦なく私を追い立てる
だが、これも甘えた考えだ
もう十分に甘えたはずだ
そろそろ
いや、もう
一刻も早く、この甘えた自分を
自分の中の幼さを、切り捨てろ
成熟への脱皮を
もう終えなくては
悪意の微笑み


所詮
悲劇も喜劇も
同じレヴェルのもの
ただ時と場合によって
その捉えられ方が変わるだけ

人の不幸は悲しい
でも、人の不幸は笑いの種

いつ悲劇が喜劇に変わり
喜劇が悲劇に変わるのか
その変化のありようこそが、何よりもの
悲劇、それとも喜劇?
二人という関係


寂しいことは確かだけれど
一人でいることの気軽さも捨てきれない

子供なんだ
母親と同質の愛情を
他の女性にも求めている
求めるだけ
与えられるだけ

寂しくていいんだ
今は一人でいることの方が大切なんだ
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