景 色
(25篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
空白/秋空は冷ややかに晴れわたり/コンタクト
不安/詩/人面樹
望みが失われているから/空漠/エコー/ナルシス(1)/ナルシス(2)
砂ぼこりとともに/澱み/心の具合/いざない/闇夜の幻想
埋み火/花吹雪/なぐさみ/生きろ
はじけろ!/言葉が私を縛る/彷徨
ならば良し/便り
空白


すべては思い出へと流れ去ってゆく
残るのはいつも思い出
形あるものは何一つとして残らない
思い出
ただそれだけだ

時が流れてゆく
私は今もここにいる
秋空は冷ややかに晴れわたり


「それじゃ」
「じゃ、さようなら」

私は軽く言葉を述べ
あなたの言葉もさらっとしていた

「また」ではなく
「さようなら」

そのときの私は
その言葉をすんなりと受け止めていた

そんな自分に気づき
思わずはっとなった

「また」ではなく
「さようなら」

内臓を失ってしまったかのような
茫漠とした欠落感が広がり
私はただ空を見上げるしかなかった
コンタクト


ここに私がいる
そこにあなたがいる

大地は広い
空はその大地を覆い尽くすほどに広い

しかし、その空とても
宇宙のほんの小っぽけな切片にすぎない
そんな宇宙の極点の中で私たちは生きている

ここに私たちがいる
どこかにあなたたちがいる
不安


時折、突然
「叫び出したい」という衝動に駆られる
今、ここで、自分が崩れてしまう
そんな感じがはじけ
私は叫び出したくなる

だが、叫べない
叫んでしまったら
本当にそこで壊れてしまうような気がして
私はただ
じっとその衝動に耐えているしかない



ほらほらこれが僕のチンポだ
見せちゃうよ
ぷるんぷるん振り回しちゃうよ

ほーらほらほら、見てごらん
ほーらほらほら、ぷるんぷるん

楽しいな
悲しいな
やりきれないな

でも、見せちゃうよ
だから、見せちゃうよ

ほらほらこれが僕のチンポだ
ほーらほらほら、ぷるんぷるん
ほーらほらほら、ぷるんぷるん
人面樹


その木には
そう数は多くはないが
野球の球ほどの大きさの実がなる
はじめは小さく丸い赤い実なのだけれど
大きくなり、熟してゆくにつれ
次第に色が抜けてゆき
表面に凹凸が出来はじめ
目を閉じた人の顔が浮かんでくる

実は熟すと、深夜
それまで閉じていた目をすっと見開いて
宵闇にふたつの小さな白い光を浮かばせ
ゆっくりと、不規則に
あたりを見まわしはじめる
時折、何かぶつぶつとひとり言をつぶやく
それを耳にしたほかの実も
合わせるように何事かぶつぶつとつぶやきはじめる
風がそよぐと、それはふっと止む

夜明けが近づき、あたりが白みはじめると
実は再び目を閉じ、眠りに入る
だが、近づいてその実に触れようとすると
突然、ぱちりと目を見開いてこちら睨み
「食うのか?」
と、尋ねてくる
それを聞きつけたほかの実も
一斉に目を覚まし、口々に
「食うのか?」「食うのか?」
と、声を上げてくる
構わずその実をもぐと
「きゃっ」
小さくかん高い声とともに
口も目も瞬時に閉じられ
人の顔の形をした凹凸も消え
実は真っ赤なリンゴへと姿を戻す
望みが失われているから


望みが失われてしまい
私の心に、また
ぽつっ
と、小さな穴が空いた

おかげで、私は
ふとしたはずみですぐ呆けてしまう
そもそも何をしたいのか
それさえもわからなくなってしまう
空漠


拭い去ることのできない寂しさが
私を蝕んでゆく
寂しさに蝕まれた私は
ぼろぼろと崩れ落ち
茫漠たる寂しさとなる
エコー


あなたはいない
あなたはいない
ここにもどこにもあなたはいない

私はここにいる
だけど、あなたは
ここにはない
どこにもいない

そこにいたのは
あなたの影を漂わせた別の人
あなたじゃない
決してあなたじゃない

彼女があなたなら
彼女は今、ここにいる
私に微笑みかけてくれている

でも、そうじゃない
彼女はあなたじゃない
あなたじゃない

どこにもいない
どこにもいない
ここにもどこにもあなたはいない
ナルシス


私はあなたを求めていたのではありません
私は私を求めていたのです

あなたの中に映る
自分の思いや願い
そうしたものとひとつになりたかったのです

好きという思いに変わりはありません
私は今もあなたのことが好きです

ですが、その好きという思いをも
呑み込み、支配してしまうほど
私が私を求める思いは強かったのです
ナルシス


そう、私は自分の姿
自分の望みを見ていただけ
あなたのことは見ていなかった
知ろうとさえしていなかったのです

自分の思いに引きずられ
その思いと願いを
押しつけ、受け入れてもらうことばかりを考えていた
その先に見えた、あなたと抱き合う夢
それは自分自身とひとつになる夢
私は自分を映す鏡を
自分を容れる器を求めていただけで
あなた自身を求めていたわけではなかったのです

だから今、私はひとりここにいます
自分にもなりきれず
求めていたものにふさわしく
ただひとり、ここにいます
鏡に映った自分は抱けませんでした
砂ぼこりとともに


私の夢はたんぽぽの綿毛
風に吹かれ、吹き飛ばされ
落ちたところはアスファルト
芽吹くことさえできやしない
澱み


息苦しいな
この六畳の部屋には私ひとり....

扉もある
窓もある
だが、出でゆく先も見あたらなければ
見える景色も変わらない

息苦しいな
私の時はこの六畳の部屋で留まってしまっている
心の具合


「やせたね」
最近、良くそう言われます
確かに近ごろの私は
食欲もなく、体重も落ちています

「どこか体の具合が悪いんじゃない?」
ええ、確かにそうです
身体の調子は良くないです
だから、食べても身にならず、体重も落ちてしまうのです

そんなことは、自分でもわかっているのです
だからと言って、手のつけようがないのです
体の調子以前に
心の具合の方が
はるかにおかしくなっているのですから
いざない


自分自身が崩れてゆくのがわかる
何をしよう
何をしたい
そんな疑問さえ支えられずにいる

どうでもいい?
どうでもよくない?

開け放ってある窓が呼んでいる
外に広がる空間が呼んでいる
こっちへ来い
こっちへ来い、と

どうでもいい?
どうでもよくない?

そこへ飛び込めれば
本当に壊れてしまえるのに
まだ引き留めるものが残っている

どうでもいい?
どうでもよくない?
闇夜の幻想


夜、
葉を繁らせた藤棚の下
照明の白んだ光を浴び
小さな薄紫の花をいくつもつけた藤の房が
ゆるやかな風を受け
ぷらーん、ぷらーんと揺れている

まるで首つり死体
ぷらーん、ぷらーん
淡い光に照らし出され
そこかしこで小人の首つり死体が揺れている
ぷらーん、ぷらーん
風に乗って
その澄んだ香りが運ばれてくる

私も仲間に入ろうかしら
風に吹かれて
ぷらーん、ぷらーん
小人の首つり死体が
ぷらーん、ぷらーん
首をつった私も
ぷらーん、ぷらーん
埋み火


二月、鈍色に沈む空のもと
桜の木が燃えている
そぼ降る雨を受けて
その枝に宿る暗紅色を深め
桜の木は
じっと自らの内で炎を燃え立たせている
花吹雪


風が吹き
降る雪が流れ、舞う

灰色の雲がうねる夜空
吹く風は痛く、冷たい

風が吹き
降る雪が流れ、舞う

過ぎゆく風
震える心を包むかりそめの春

風が吹き
散りゆく桜が舞う

かすむ青空
香しいやわらかな風

風が吹き
降る雪が流れ、舞う

風が吹き
散りゆく桜が舞う

冬の夜
雪の降る夜

風が吹き
散りゆく桜が舞う
なぐさみ


今夜もまたひとり
ここには私しかいない
依然として私にはひとりきりの夜だ

寂しい
つらい
かけ値なしにそう感じる

だが、ひとりいる夜
それがあるからこそ、私は
こうして今も壊れずにいられるのだ

私しかいない
その否定しようもない事実が
私を私に立ち返らせてくれる
生きろ


夜、
雨に濡れた黒いアスファルトの上に
赤茶の縞模様をした一匹の野良猫が
力なく四肢を伸ばし、横たわっている
わずかに開いた口もとは
笑みを浮かべているようにも見えるが
そこからは赤黒い血が流れ出ている

ああ、私は死んでしまったのだ
望む思いをなくし
何ものにも臨めなくなってしまい
そこで私は終わってしまったのだ

横たわったままの一匹の野良猫
私はここからそれを眺めているだけだ
今の私にいったい何ができるというのか
望みはすべて打ち砕かれ、思い出となるだけ
望む思いさえも失ってしまったというのに

降りしきる雨が
その縞模様をくすませ
野良猫の体をアスファルトへと溶け込ませてゆく
口もとにある血を洗い流してゆく
ああ、やはり私は
あの野良猫とともにすでに死んでいるのだ

だが、あの野良猫の口もとは
依然として笑っているように見える
わずかに開いた口から覗く小さな牙は
アスファルトへと溶け込むことを拒み
仄白い光を放っている
はじけろ!


はじけろ、はじけろ
世界よ、今の私のためにはじけろっ!

はじけろ、はじけろ
うずく思いよ、未来の私のためにはじけろっ!

はじけろ、はじけろ
心よ、私のために
お前が包むすべてのもののために
はじけろ
はじけろっ!

はじけて、はじけて
それで私が壊れてしまうのなら
私など、その程度のものだ
その程度で壊れてしまう自分など
もういらない
死んでやる
歌いつくして死んでやる

はじけろ、はじけろ
世界よ、今の私のためにはじけろっ!

はじけろ、はじけろ
うずく思いよ、未来の私のためにはじけろっ!

はじけろ、はじけろ
心よ、私のために
お前が包むすべてのもののために
はじけろ
はじけろっ!
言葉が私を縛る


聞こえがいいだけの空しい言葉を口にする連中がいる
嘘で糊塗した腐った言葉を吐き散らかす連中がいる

言葉は生きざまだ
生きざまを伴わなければ
言葉など音のついた吐く息にすぎない
腐った内臓から吐きだされる息は臭いに決まっている

言葉で自らを飾るな
生きざまから遊離した言葉は
自分自身をも空しくし、腐らせる
言葉で己を縛れ
言葉に生きざま反映させようとすれば
自ずと自らの言葉に縛られる
彷徨


生きることは苦しい
時に、楽しいことや
うれしいことも訪れるが
生きてゆくことはやはり苦しい

死ぬことばかりを考えていた
死ねばすべてが終わると思っていた
だが、そこにいたのは死ねぬ自分だった
きちんと死ぬためには
しっかり生き抜かなければならない
生はますます重いものとなった

死ねない
私は死ねない
形ばかりの死を迎えてみたところで
己が生を全うできなければ
いつまでも彷徨い続けることになる

私は今も歩き続けている
行き先も見つけられず
不確かな足取りながらも
私は今も歩き続けている
ならば良し


昼近くに起床する
近所の幼稚園から聞こえてくる
笑い声、叫び声、はしゃぎ声

(子供たちは今日も元気だ)

のそのそと布団から這い出し
それをかたすと
椅子に座ってしばらくぼー

(子供たちは今日も元気だ)

朝刊を取りに部屋のドアを開ける
子供たちの声が
より鮮やかに耳の中へと響いてくる

(子供たちは今日も元気だ)

まずは社会面を読み、テレビ欄を眺め
それから一面から順に
ざっと目を通してゆく

(子供たちは今日も元気だ)

シャワーを浴び
出たらすっぽんぽんの姿のまま
再び椅子に座ってぼー

(子供たちは今日も元気だ)

時計に目をやり
ぱぱっと朝食の支度をして
できたものをもしゃもしゃもしゃ

(子供たちは今日も元気だ)

髪形を整え、身支度をし
さてと、と扉を開ければ
より鮮やかに響き渡る子供たちの声
子供たちは今日も元気だ
便り


相変わらずの心もとない人生ですが
何とか私はやっています
あなたからもらったものを胸に
私は今も歌っています
「鈴の音」の入口へ ホームに戻る
"send a message" 
to Suzumi

Peep Hole