ズブさんの
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観望会(まがたま75号より)

この文章は、「まがたま75号」(2009年6月発行)に書いた記事を一部なおしたものです。「またがま」とは、私が所属する天文同好会、さいたま☆天文同好会(旧SPGAS)の会報です。なお、さいたま☆天文同好会のサイト内にある「webまがたま」では、まがたま49号(2000年12月発行)以後の記事の一部が紹介されています。

天文を趣味にしていると『観望』という言葉を使うことがよくあります。しかし、一般の人にとってはあまり馴染みのない言葉だと思います。それでも『観望』を使うのは、"天体を見る"という行為を表す言葉として他にしっくりくるものがないからでしょう。おそらく一般的には『天体観測』という熟語のほうが分かりやすいと思います。(歌にも『天体観測』があります。)しかし天文を趣味とする立場からすると、『観測』というと時刻や光度などなんらかのデータを取ることであって、単に見るだけでは観測と呼べないという思いがあります。かといって、植物や野鳥のような『観察』ともちょっと違うと思いますし、施設や作品を見るわけではありませんから『見学』や『鑑賞』『閲覧』などとも違います。結局、『観望』が一番適切な言葉となるのでしょう。

ところが、学生のころに入っていた天文サークル「天文研究会」では、あまり『観望会』を行いませんでした。観望という言葉自体は使っていましたが、それは"天体写真を撮らずに天体を見るだけ"のことを指していました。『観望』の使い方としては正しいように思いますが、では"天体写真を撮りに行く"ことを何と言っていたかというと『観測』でした。この使い方は、あまり正しくないように思えます。写真は学術的に役立つ可能性もありますが、撮っている我々としては鑑賞目的だったからです。しかし、当時我々はこのように「観測」と「観望」を使い分けていました。

天文研究会は、天体写真を撮ることが主な活動でしたので、「星を見に行く」=「写真を撮る」というのが実態でした。そのため、「観望会」はあまり行われなかったのです。もっとも、"写真を撮らない派"の部員は、みんなと一緒に星を見に行っても本当に見ているだけでしたから、観望は行われていたのです。

改めて考えると、「観望」すなわち「天体写真を撮らずに見るだけ」というのはとても楽なことでした。ましてガイド撮影をしようものなら、星を見ている時間よりガイド星を見ている時間のほうがずっと長くなってしまいます。学園祭の写真展に出展するという目標があったから頑張って写真を撮っていましたが、そうでないならば観望はなんとも気軽で楽しい天文スタイルだろうと思います。もっとも、年々機材は進化していますから、写真の撮影は機械にまかせてその間は気軽に観望というスタイルも充分に可能なのでしょうが。

最近は「観測」も「観望」も行く機会がだいぶ減ってしまいましたが、両方をバランスよくおりまぜて天文ライフを楽しみたいと思います。

アップロード:2009.8.10