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皆既日食、ギリギリセーフ!−旅行記後編−(まがたま73号より)

この文章は、「まがたま73号」(2008年9月発行)に書いた記事を一部なおしたものです。「またがま」とは、私が所属する天文同好会、さいたま☆天文同好会(旧SPGAS)の会報です。なお、さいたま☆天文同好会のサイト内にある「webまがたま」では、まがたま49号(2000年12月発行)以後の記事の一部が紹介されています。

2008年8月1日に皆既日食がありました。この皆既日食は、ロシア、中国、モンゴルなどの国で見ることができました。私は、この皆既日食を見に中国へ行き、そして念願のコロナを見ることができました。これは、準備段階を含むその報告です。大変長くなってしまったので、全部で5編に分けてあります。

  1. 準備編
  2. 旅行記前編
  3. 日食編
  4. 旅行記後編
  5. 反省&おまけ編

第5日目−8月2日(土)−

帰りの旅路へ

この日からは6日間コースと8日間コースで別々になります。私は6日間コース。6日間コースは、もう後は帰るだけ、という感じの日程です。この日はウルムチまで休憩を挟みつつ12時間ほどバスに乗っているだけ、という予定。移動に時間がかかることもあり、朝6時にテント設営地を発ちました。そして2時間ほど走ったところで朝食の予定でした。

交通事故もギリギリセーフ?

交通事故 もう少しで大きな段差の下に落ちるところでした
交通事故 バスの左後ろの窓ガラスが割れてしまいました

しかし、ここでこのツアー最大の事件が発生します。我々が乗っていたバスと隣を走っていたトラックが衝突してしまったのです。私はこのとき眠っていました。周りの人たちの「ワーワー」という声で目が覚め、窓から外を見ると、壁が迫ってくるように見えました。何が起こったのかは分かりませんが、とにかく「ぶつかる!」と思い、とっさに前の座席の背もたれに手を出しました。座席から飛び出すように前のめりになりながらも、軽く前の座席の背もたれにぶつかった程度ですみました。幸い、自分も含めて誰もけががなかったようです。また荷物の破損などもなかったようです。

しかし、バスの窓ガラスは割れてしまいました。我々はバスを降りましたが、ガソリンスタンドと数件の建物ある程度の場所。ただ回りをぶらぶらうろうろしているだけでした。しばらくして警察が到着。実況見分らしきことが始まりました。巻尺などで道路に残ったタイヤの跡などを測ったりしていました。

とりあえず実況見分が終わること、スタッフの方から説明があり、

ということでした。バスが事故にあってから2時間くらいだったでしょうか。時間はあまりよく覚えていませんが、とりあえず出発です。この交通事故、なんにしてもけが人がなく、「ギリギリセーフ」でした。

朝食兼昼食

窓ガラスが割れたバスで30分ほど走って到着したのはバリクン(巴里坤)という街。実はここも皆既帯の中なのですが、雲に隠れて見られなかったという噂が届いていました。本来ならばここで朝食を取り、バスで移動してまた途中で昼食を取るという予定だったのですが、バリクンに着くのが相当遅れてしまい、また代替バスを待たなくてはいけないという事情もあったのでしょうが、結局ここでの食事が朝食兼昼食ということになってしまいました。

バスでの移動、続行

やがて代替バスが到着しました。代替バスはテントやシュラフなどを運んできたので、それらを下ろし、代わりに我々のスーツケースなどを積み替えなくてはなりません。運転手や添乗員などのスタッフはそれらの作業も行い、大変だったと思います。

代替バスのおかげで移動が続行できることになり、出発です。途中でたまに休憩を挟む程度でひたすら走ります。道路はきちんと舗装されていましたが、時々橋が崩れていたのか、迂回する場面もありました。橋と言っても水は流れていなく、雨が降ったときだけ水が流れるような川なのだろうと思いました。途中は何にも無いようなところ走っていましたが、時々家畜らしき動物がいることもありました。らくだも見かけました。

かつてモンゴルに行ったときは、5時間ほどバスで移動したのですが、舗装道路が荒れていて非常にゆれた記憶がありました。それに比べると今回のツアーのバス移動では、全般的に道路の舗装状態はよかったと思います。

ウルムチで日本食

ようやくバスはウルムチに到着です。もしかしたら日付が変わる頃になるかも、と言われていましたが、21時くらいにはウルムチに到着しました。この日の夕食は日本食。ウルムチにも日本食のレストランがあるのです。お品書きも日本語で、巻き寿司や茶碗蒸し、秋刀魚の塩焼き、天ぷらなどがでてきました。お米はちょっと日本で食べるのと違う気がしましたが、秋刀魚は確かに秋刀魚。当然冷凍で運ぶのでしょうが、"世界で一番海から遠い都市"で秋刀魚を食べるとは思いませんでした。

久しぶりのホテル

夕食の後はウルムチのホテル。入浴して寝るだけという状況でしたが、それでもテント生活から解放されてのホテルはありがたいものです。

第6日目−8月3日(日)−

超過料金

ツアー日程最終日。飛行機を乗り継いで帰るだけです。ここまでに乗った飛行機では、重量オーバーの超過料金を取られなかったのですが、ここの係官が厳しい人だったのでしょうか、初めて超過料金を取られました。私の荷物は25kgで5kgのオーバー。それでも、ツアー全体をひとまとめにしてそれに対する超過料金を按分しているので、少なく済んでいると思います。私は3,000円程度でした。ツアーの中には13kgオーバーくらいの方もいたようですが。

飛行機から見えた山と湖 山と湖

帰りの飛行機の窓からは雪をかぶった山脈や湖など、きれいな景色も楽しめました。途中で、卓球のユニフォームを着た青年(少年?)がなにやら紹介され、オリンピックの小旗が一部の人たちに配られていたのですが、なにしろ全部中国語。漢字があればまだしも、話している言葉だけでは何のことか分かりませんでした。

上海乗り継ぎ

上海で飛行機を乗り継ぐのですが、行きと同じく国内便と国際便で違う空港を使います。ウルムチから乗ってきた国内便は虹橋空港に着陸。我々はバスで浦東国際空港へ移動します。道が空いていて予定より早く着きましたが、観光をするほど時間はありません。バスから街並を見た程度でした。

最後までハプニング?

最後は浦東国際空港から成田へ向かう飛行機に乗るのですが、時間になっても搭乗が始まりません。どうも前の便が遅れていることが影響しているようです。1時間ほど遅れて搭乗開始。この便は成田に20時ころ到着する予定なので、あまり遅れると電車がなくなることを気にしつつ飛行機に乗りました。

ところが、飛行機に乗ってからもまた待たされました。日本行きの飛行機なので日本語の案内も放送されるのは助かります。天候不良の関係で離陸できなかった便がたくさんあって、離陸許可の順番待ちになってしまったとのことでした。やがて、離陸していないのに機内食が配られ始めました。機内食を食べながら離陸ってことはないでしょうから、「こりゃ、食べ終わるくらいの時間まで離陸しないんだな。」と思いました。その予想どおり、しばらく離陸せず、結局は本来の離陸予定時間より3時間遅れて離陸しました。

第7日目−8月4日(月)−

ようやく帰宅

結局、飛行機が遅れて終電には間に合わず、成田に一泊することになってしまいました。ということで、本当はツアー日程に7日目はないのですが、7日目にようやく帰宅となりました。

この日は午前中だけ休暇の届けを出しており、午後からは出勤の予定でした。しかし成田から直接出勤するわけにもいかず、一度帰宅してからではちょっと時間的に厳しそうだったので、朝、携帯電話で職場に電話を入れ、結局は1日休みにしてもらいました。 終電に乗れなかったという点では、「ギリギリアウト」かもしれません。しかし、宿泊代は航空会社の負担でしたし、仕事にもあまり影響はなかったので、最後も「ギリギリセーフ」としたいと思います。

アップロード:2008.10.5

  1. 準備編
  2. 旅行記前編
  3. 日食編
  4. 旅行記後編
  5. 反省&おまけ編