2006.08.18(Fri.)-20(Sun.)
2006.08.18(Fri.)
浜松町17:00−(C1719・快速)→17:19羽田空港第2ビル
東京(羽田)17:55−(NH757)→18:55(18:45)小松
小松空港18:58−(北陸鉄道バス)→19:48香林坊

2006.08.19(Sat.)
金沢7:52−(325M)→8:49富山
富山駅北9:00−(901)→9:24岩瀬浜
岩瀬浜9:31−(906)→9:55富山駅北
富山10:31−(850D)→11:15猪谷
猪谷11:26−(205D)→11:57奥飛騨温泉口
奥飛騨温泉口駅前12:01(12:04)−(飛騨市巡回バス・飛騨市ふれあい号4便)→12:55(12:56)古川駅前
飛騨古川13:09−(30D・特急・ワイドビューひだ10号)→13:23高山
高山14:48−(4718D)→17:19美濃太田
美濃太田17:29(17:32)−(3648D)→18:00多治見
多治見18:10−(5732M・快速・ナイスホリデー木曽路)→18:43名古屋
名古屋19:30−(8941D・快速・みえ21号)→20:39松阪

2006.08.20(Sun.)
松阪7:31−(405C)→8:45伊勢奥津
伊勢奥津9:30−(404C〜931C)→12:09鳥羽
鳥羽13:20(13:28)−(伊勢湾フェリー)→14:15(14:23)伊良湖岬
伊良湖岬14:35−(豊橋鉄道バス)→15:25田原駅前
三河田原15:34−(84)→16:09新豊橋
豊橋16:34−(5238F)→17:08浜松
浜松17:18−(788M)→18:30静岡
静岡19:33−(338M)→22:42東京

 恒例の夏期研修に、U竹氏と出かけてまいりました。
 待ち合わせはモノレール車中、どうせなら快速で、として、無事合流。早速前途を祝して乾杯。私はモノレールの快速に乗車するのは初めてですが、確かに日頃停車する駅を通過していくのは面白いですね。
 羽田到着後、航空券を受け取ってすぐにゲートをくぐり、ここでもまたツマミと軽食を買い込んでB-767機中へ。機内はそこそこには乗っていた、という感じでしょうか。座席は左寄りの窓際から2席で、眼下にはダム湖がたくさん見えましたが、ちょっとどれがどれやらわからずじまいでした。黒四ダムよりは西を飛んで行くと思うので、左下に見えたダムは黒部川水系ではないと思うのですが。意外なことに小松空港には10分早着して18:45の到着。少し空港でも見学しようかと思いましたが、接続のバスが18:55発とのことなので断念してバスに。実際は18:58くらいの発車でした。
 香林坊でバスを降りて、東横インにチェックイン。すぐ荷物を置いて出て、目当ての”いたる 本店”へ向かいますが、満員。仕方ないので、夕食前の軽い運動を兼ねて、金沢市内を散策。犀川を渡って、西茶屋街まで行ってみました。寿司屋の1軒には入れないこともなさそうでしたが、他はさすがにすっと入れる店はありませんな。
 またぶらぶらと戻って”いたる 本店”に。今度は無事に着席できました。冷房があんまり効いてませんでしたから(というか、一部窓が開いていました)、最初は暑くて仕方ありませんでしたが、相変わらず魚は結構でした。といっても、私はこの店、まだ2度目でしかありませんが、金沢ではとても好みの店です。
 結構飲んでいたので、もう1軒行くのはやめて(U竹氏を案内して行くのなら”倫敦屋酒場”のつもりでした)、ホテルに帰って、翌朝の出発時刻を打ち合わせてから就寝。
 翌朝は、サービスの朝食を取ってから、ホテル前に停車していた、車内がやたらとタバコ臭いタクシーで金沢駅へ向かい、18きっぷに日付を入れてもらってからすぐホームへ。福井からやってきた6両編成で富山へ移動。高山本線の越中八尾行き848Dが停まっていましたが、これが1両で、後続の列車もたぶん1両だろうから、混雑しそうな予感がひしひしと。
 いったん駅北口の改札を出て、富山ライトレールの富山駅北電停へ。このLRT、”ポートラム”という愛称がついており、なんか大阪南港あたりを走ってそうな名前だな、と思いましたが、どうも、大阪の”ニュートラム”と神戸の”ポートライナー”を頭の中で合成していたようです。
 車内は新しく、さすがに快適。乗車率もそれなりです。奥田中学校前電停までは(正確には、その前の踏切まで)併用軌道を走り、ここからは旧富山港線の経路に合流。なぜか、併用軌道を走っていたときの方が揺れが少なかった気がしました。
 駅毎に乗客を降ろして、岩瀬浜到着。これでU竹氏はもう何度目かの日本全国全線完乗タイトル奪回です。岩橋浜の駅には、しばらくすると、”富山港線フィーダーバス”という、なんだか都バスのような塗装のバスがやって来ました。これが、電車の向かいに停車し、さすがにバリアフリーにも配慮されている感じです。バリアフリーについては、岩瀬浜以外でも全体に気を配っている感じでした。
 帰路は駅毎に乗客を集めて、富山駅北へ。上下とも、それなりに乗客は乗っていましたし、交換列車も混雑していましたが、真価はやはり、富山地方鉄道の市内線への乗り入れが始まってからでしょうね。岩瀬浜へと折り返して行くLRTを見送ってから、JR富山駅へ。すでに高山本線の普通列車猪谷行が入線していましたが、懸念した通りの1両編成。すでにボックス部分のシートは埋まっており、ロングシート部分に座席を確保。
 高山までは食事にありつけないので、私は”立山そば”(駅そば)を食べに行ったのですが、なんと2時間以上遅れて”トワイライトエクスプレス”が。まさか来るとは思っていなかったので、写真をうまく撮れなかったのが残念。で、猪谷行きの車内に戻ると、すでに満員でした。その後も乗客は増え、これなら最低でも2両は必要だろう、というくらいの混雑となって発車。速星と越中八尾でそこそこの下車はあったし、他の駅でも降車はあっても乗車はほぼなかったのですが、それでも立ち客が残ったままで猪谷到着。
 ここで私たちは神岡鉄道に乗り換え。他のかなりの乗客が駅前から発車するJR列車代行バスに乗り換えたためか、これまた1両の車内は空席も残っていました。この12.01に全線廃止を控えているためかどうか、割れた窓ガラスの個所はロールスクリーンを降ろしてガムテープを貼り付けて塞いでいる有り様で、何ともうらぶれた感じが漂います。途中、神岡鉱山前駅には、既にシートのかけられたDD13が留置されていて、なおさら廃止間近を予感させます。
 奥飛騨温泉口に到着。駅前には、DE10が保存されていました。ここで、飛騨市の巡回バスに乗り換え。3分ほど遅れてやってきたこの巡回バス、ちょっと座席数を気にしていたのですが、無事に着席できたのは何よりでした。しかし、予定通り走っても、杉崎到着が12:49着で、12:52発の1828Dに間に合うかどうかはギリギリです。ところが、まずは狭い山道の登りの区間で、前を行くクレーン車がいてこれを追い抜けず、遅れは拡大。それでもどうにか追い越すことができて、やれやれと思っていたら、流葉温泉なるバス停で下車した地元客と運転手が、遅れているのにどうでもいい話を始めてしまい、さらに遅れが増幅。道中の乗降は、この流葉温泉での降車が目立ったくらいで、他のバス停では2個所か3個所で降車客がいたくらいでしたから、途中、乗用車を追い抜かせるために2回か3回退避を行っても遅れをかなり回復し、おお、これなら、と思ったところで片側交互通行!。もう無理かと思いましたが、そのあとも遅れを少し回復したので、これは間に合うと思い、杉崎下車を決断して降車ボタンを押したところ、直前で高山本線の踏み切りが鳴りだして万事休す。目の前を乗り継ぎ予定の1828Dが通過していくのを指をくわえてみているよりなく、結局、古川駅前までの乗車を余儀なくされました。あとでU竹氏と、「杉崎乗り継ぎの話を事前に運転手にしておけばよかったか」ということになりましたが、それにしても、定時運行をあまり重視していなさそうな公共交通機関というのはどうにも、ですな。
 古川駅前で下車、今後の善後策を検討するに、高山に向かうにあたって360円払って40分バスに乗るか、520円払って15分特急に乗車するか、の選択であったため、列車を選択。ここで20分近く停車するため、バス停から待機位置へ移動した飛騨市巡回バスに別れを告げ、”ワイドビューひだ10号”に乗車。乗ってしまえばさすがに快適でしたがすぐに高山到着
 駅前へ出て、濃飛バスターミナルの中の、立ち食いそば屋に椅子を設けただけで、食券買ってセルフサービスで注文の品を運び、しかもそばの味が、これで”飛騨そば”と称しているのは問題があるんじゃないかというそばを食べて(いや、駅の立ち食いそばに過大に期待しているわけではないのですが、それにしても、ということです)、買い物をしてから、上りの美濃太田行に乗車するために改札を通り、地下道を通ろうとすると、[見習]の名札をつけた駅員に呼び止められました。要するに、列車別改札をやっているので、美濃太田行ならいったん外へ出て待つように、とのことで、とりあえず写真を撮影したら外へ出ることにして交渉成立。
 幸い、美濃太田行4718Dは4両編成で、ローカル列車にしては長編成。これを撮影してからいったん駅の改札を出て買い出しをし、折よく駅前にいたボンネットバスを撮影してから改札口へ。件の見習駅員が改札口にいたので、18きっぷを見せながら少し大きめの声で「2名」と言うと、こちらの顔を見て、大声で「ありがとうございました」との返事が。この乗客は、自分の指示通りにちゃんといったん改札を出てくれた、という満足感のなせる業だったのかもしれません。
 さすがに4両つないでいるだけに、発車時点で陣取った先頭車両はがらがら。早速乾杯。飛騨一ノ宮と久々野の間で峠を越え、温泉旅館の目立つ下呂を過ぎると、中山七里や飛水峡といった、木曽川上流の支流である、飛騨川の渓谷沿いの風景が楽しめます。美濃太田が近づくと、浴衣姿の女性がぼつぼつ乗ってきました。帰宅後調べると、美濃加茂市(要するに美濃太田)で花火大会があったようです。とはいえ、乗車している段階では3人組だと思っていた女性の中から1人だけ美濃太田手前の古井で降りたりして、何だかよくわかりませんでした。列車はそれほどには混雑しないままに美濃太田到着。
 長良川鉄道の車両の撮影をしたりしているうちに、岐阜からの太多線直通列車がやって来たので乗車。もっとも、上り列車の交換待ちで発車は3分遅れ。太多線乗車は久しぶりですが、やはり今回もローカル線だなあ、くらいの印象しかありません。この太多線にも浴衣姿が何人か乗車していて、よりいっそう、どこで何があるのかわからなくなりました。多治見到着時に時計を確認するのを忘れましたが、かなり遅れは取り戻していたように思います。
 多治見からは快速で名古屋へ。夏休み期間の土曜日曜は”ナイスホリデー木曽路”として塩尻始発で運転されることもあり、結構混雑していましたが、とりあえず着席できたのは幸いというものでしょう。
 名古屋では、松阪到着が遅いことから夕食がどうなるかわからないこともあり、取りあえずホームのきしめんを。で、乗り継ぐ”快速みえ”が2両編成、しかも半車は指定席なので、実質1両半の自由席の座席確保のためにホームで並んでから乗車。発車時点ではかなりの混雑で、多客期は増結したほうがいいんじゃないかという混み具合。車内でもまずは乾杯。名古屋を発車してしばらくすると、近鉄の大阪行特急が追い越していきました。
 車内は桑名、四日市と下車が続き、立ち客がほとんどいなくなったところで伊勢鉄道線へ。車内補充券を購入しましたが、これ、検札が来るわけでもないので、かなり運賃取りっぱぐれているんじゃないですかね。伊勢鉄道線内の鈴鹿でもそこそこの下車があり、津ではがらがらになって、松阪到着。さらに車内はガラガラになりました。
 今夜の宿は、ホテルAU松阪という、駅近くの宿ですが、近鉄側の出口から向かうのが近いので、そちらへ出ると、何ともうらぶれた雰囲気の駅前で、しかも、少し前に雨が降ったようで、この時点でも細かい雨が降っていて足元が悪く、どうにも盛り上がりません。ホテルは宇治山田寄りの近鉄の踏切の横に建っていましたが、部屋は広く、地下には温泉大浴場があり(白山温泉とありましたが、要するに温泉を運んできて循環させているわけですな)、朝食付き税・サービス料込み5,000円なら文句なしです。喫煙室しか空きがなかったのが残念ではありました。ただ、フロントに、「客室内への外部者の立ち入りは、30分に限って認めます、ただし、入るときも出るときもフロントに外部者の顔を見せて下さい」という趣旨の掲示があったのですが、これは怪しいですねえ。部屋は、ちょうど松阪駅が見下ろせる方向でした。あと、エレベータが1台というのが、混雑時には大変でしょうね。
 さて、まあ、雨もほぼやんだようだし、せっかくだから、ということで、ホテルの外へ。とりあえず近鉄とJRの踏み切りを渡り、しばらくしてからJRの駅前方向へ出て、また戻ってくる経路中で、すっと入れそうな店があれば立ち寄ることにしました。一応の目標としたのが、”一升びん 平生町店”で、前まで行くと何かバラックのような建物。これはいい、と即決して店内へ。店内もお世辞にもきれいとは言い難かったですが、肉は安くて美味しく、大満足。既に腹にきしめんが入っているため、あまり食べられなかったのが残念で、こうなると名古屋のきしめんがもったいない、ということになりますが、さすがにそれは結果論ですね。私たちの後からも客がどんどん入ってきて、グループ客がコース料理(これも安い)を頼んでいたのが印象的でした。機会があればこの支店を是非再訪したいです。どうも、本店支店通じていちばんボロい店のようですけど。
 店を出てからついでのことに駅へ回って、翌日の名松線の入線時刻と編成両数を確認。上り始発の400Cの折り返しなので、入線は7:10、編成は1両と判明。これで自動的にホテルのチェックアウト時間が決まりました。
 ホテルへ戻り、地下の大浴場で温泉に浸かってから松阪駅を見下ろしつつ就寝。
 さて、翌朝の朝食は15Fで6:30から、これまた松阪駅を見下ろしつつ。なかなか来ないエレベータには困りましたが、7:00過ぎにチェックアウトしてまずまずの天気の中を松阪駅へ。ホームに出てすぐに、折り返し伊勢奥津行となる上り列車が入線。車内は1両でもガラガラで、それもそのはず、JRのみ、もしくはJR+伊勢鉄道では名古屋からはこの列車に接続せず(名古屋を近鉄の始発急行で出れば乗り継ぎ可能)、また、大阪からも接続がないため、地元客を除けば乗車するにはこの近辺に宿泊するより手はないためでしょう。私達以外では、地元客ではなさそうな乗客は1名だけでした。
 さて、列車は松阪を発車、しばらく、津に向かって関西本線と並走してから左に別れていきます。しばらくは田園地帯を走るのかと思っていたら、川が寄り添ってきて、家城の手前でも少し渓谷っぽいところがあります。駅毎に高校生が乗ってきますが、上り列車のいた家城で高校生は下車。天気も少し怪しくなってきました。だんだん谷が詰まってきて、途中に不釣り合いなリゾート、というかプールがあったりもしましたが、渓谷沿いの山間を進みつつ、少し開けたところが終点の伊勢奥津でした。ここで45分の折り返し時間。車内は施錠するということなので、駅の周辺を散策。駅の松阪方の踏み切り近くから撮影しましたが、このとき、運転士が妙に慎重に車輪止めを置いていたので、少し奇異な感じはしたのですが……。駅はコミュニティセンターか何かと合築の立派な建物でしたが、駅前には三重交通のバス停とコミュニティバスのバス停があるくらいの山中の小集落といった趣きでも、ここも平成の大合併で、すでに美杉村ではなく、津市なんですね。
 復路は、始発の伊勢奥津からも乗車が少しあったほか、他の小駅でも時折乗降がありましたが、高校生の乗車がないためか満員にはならない程度の乗車で、家城で列車交換の後、途中、一志で近鉄に乗り換えるらしい降車客が目立ったくらいで松阪到着。
 さて、松阪では12分停車ですが、この間にこの後の方針を決める必要が。とりあえず、このまま雨が降らなければ伊勢湾フェリーで鳥羽から伊良湖へ渡ることは決めたのですが、JR経由で行くと、12:10の船には間に合いません。かといって、近鉄の特急料金を払ってまで間に合わせるほどのこともないので、とりあえず近鉄側の駅舎(北口)へ行って発車時刻を確認。時刻表は見当たらなかったので、窓口で確認したところ、折り畳まれたダイヤグラムを見てくれて、「11:07松阪発の普通で、鳥羽には12:01か12:02の到着、その後の快速急行でも結果は同じ」ということがわかりました(注:帰宅後チェックしたところでは、松阪を11:07に出る普通4083列車は、鳥羽には12:00の到着ですが、時刻表上たぶん秒単位の切り捨てがあるので、ダイヤ上は12:00を回っていたということかと思います)。
 鳥羽駅から伊勢湾フェリーターミナルまでは徒歩10分とJTB時刻表にありますので、ここはあきらめて一本後のフェリー利用と決めて、ホーム反対側に停止した、亀山発松坂行普通列車の車両がゾロ目であるのを眺めたりしてから発車。すぐに、少し遅れていたらしい松阪発10:59の鳥羽行と、松坂11:01発の賢島行の2本の近鉄特急が左窓遠くを快走して行きました。こちらは松阪を出て次の徳和で特急”ワイドビュー南紀4号”と交換、次の多気から参宮線に入りますが、ここでも快速”みえ6号”と交換し、特急”ワイドビュー南紀5号”を待っての停車、と、のんびりしたものです。
 右へ別れていく紀勢本線を見送って、こちらは参宮線。なるほど複線分の路盤がありますが、いまや純然たるローカル線で、田園地帯をのんびり走って伊勢市到着。同じ構内ながら少し離れた近鉄線ホームからちょうど下り普通列車が出て行きましたが(11:43発)、これが松阪を11:07に出る普通4083列車だったようです。こちらは少し停車して上り列車を待って11:50に発車。松下を出てしばらくしてから海がちらりと見えたと思ったら、すぐに近鉄線と合流して鳥羽到着。隣の近鉄線ホームには伊勢志摩ライナーが停車していました。
 さて、この先は伊勢湾フェリーですが、とりあえず腹ごしらえ、ということで、何もないJR側の駅前から、近鉄鳥羽駅へ回って、土産物店の一角にあったうどんカウンターで昼食。U竹氏は伊勢うどんに挑戦(?)していましたが、「もう一回は食べなくてもいい」との感想でした。多少事前の知識があった私としては、そりゃそうだろうなあ、というところです。
 フェリーターミナルの位置を確認して、近鉄志摩線の隣の中之郷駅まで1駅乗車することも考えましたが、まあ10分くらいならと徒歩を選択。鳥羽水族館の向こう側ということでしたが、その水族館の少し手前でフェリーが確認できました。何せ初めてだったので土地勘がなく、ずいぶんと大回りしてフェリーターミナル到着。どうも、水族館の駐車場の横から来れば早かったようです。さらに後で気づいたのですが、水族館の手前から海側に出る徒歩ルートがあったようで、そちらから来れば10分かかることはまずないでしょうから、松阪から近鉄の普通列車で来て急げば12:10の船に間に合った可能性もありますがそれは仕方ないですね。
 フェリーターミナルで、価格高めの缶ビール類(これも知っていれば準備してくるところですが、ぬるくなるしなあ)とツマミを買い込んで伊良湖からやって来た折り返しの船に乗り、甲板へ。そもそも伊良湖から遅れて到着した、というのもありますが、ギリギリまで車を積み込んで、8分遅れて同形のフェリーを横目に、出港。三ッ島を左に見て、しばらくしてから伊良湖水道へ。”潮騒”の舞台の神島は、鳥羽市とはいえずいぶんと伊良湖岬に近いんですね。さて、船内ではずっと高校野球の決勝戦が流れていましたが、周囲がほとんど早稲田実業びいきで、駒大苫小牧が敵役だったことに感心し、また、早稲田実業が「ソウジツ」ではなく、「ワセダ」なんだ、と思っているうちに伊良湖に到着
 ここからは豊橋鉄道バスに乗り継ぎ。途中のバス停で行き先を間違えた乗客の扱いに感心しているうちに爆睡。目が覚めてしばらくしたら三河田原駅到着。私達はここで豊橋鉄道線に乗り換えですが、バス自体も豊橋駅前行きなのに、「豊橋へお急ぎの方は鉄道に」とのアナウンスがあったところからすると、やはり豊橋市内の渋滞は常態化しているんでしょうかね。
 さて、その豊橋鉄道渥美線は、元東急の3両編成で、全てこの車両ですしシートもロングシートなので、とやかく言っても仕方ないですが、汽車旅としては味気ないのは確かです。列車は田園地帯と新興住宅地を見ながら淡々と走り、市街地に入ってくると乗客もかなり増え、東からJRを大きく乗り越して、回り込むようにして新豊橋到着。
 次の浜松行までしばらく時間があるので、豊橋鉄道の市内線を豊橋駅前電停ペデストリアンデッキから撮影して、浜松行に乗車。ここはもう、とにかく着席することが重要な区間で、幸い二人とも座れましたが、立ち客も多く、道中単に運ばれただけ、という感じで浜松到着。ここで向かいのホームにいた御殿場行に乗車、こちらは1ボックスを占有できるほどではないが、という混雑具合でした。まあそれでも豊橋からの列車よりは空いていましたから、そういえば、という感じで、高校野球決勝戦の結果(ご承知の通りこの日は延長15回引き分けで翌日再試合)を確認しようと携帯サイトにアクセスしたU竹氏が見つけたニュースの見出しは「名松線で無人の列車が線路上を走行」というもの。これは、ひょっとして伊勢奥津から松阪へ戻るとき、家城ですれ違った列車が伊勢奥津で逸走したんじゃないか、危なかったなあなんて話をしているうちに、だんだん日も暮れてきました。金谷駅に停車中の大井川鉄道線の旧近鉄特急車を横目に見て、日の落ちた中を静岡到着。今回は焼津の黒潮温泉はパス。いつもながら、東海道上りは豊橋−静岡間が問題になりますね。
 静岡でまずは買い出し。思ったより東京行に並ぶ列が短く、接続にやや余裕を持ちすぎましたかねえ。東京行の入線も、ほとんど浜松からの最終接続となる、790M(19:25着)と同じくらいのタイミングでしたから余計に時間があったのでそう思いましたが、まあ、行列の長さは日によって違うので一概には言えないなあ、ということで。
 車内も満席ではなく、静岡発の時点で着席だけなら十分可能な状態でした。早速乾杯。いつもながら、この列車は快適ですな。丹那トンネルを抜けて、熱海では花火も間近に見ることができました。東京近郊で少し混雑しましたが、定刻に東京到着。

 帰宅後の話ですが、名松線の無人列車の逸走は、前日(2006.08.19)家城駅に回送された列車が車止めを置かなかったために約8.5km勝手に走っていたことが判明しました(列車の発見されたのは08.20になってから)。これ、始発の発車前に現場検証が終わったため、問題なく運行できたということだったのですが、私達の乗った車両は伊勢奥津からの上り一番列車の折り返しですから、まさにその逸走車両じゃないかという気がしています。
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