1999.08.22(Sun.)
深川11:43−(普通・9425レ・SLすずらん号)−13:16留萌

 ”SLすずらん号”に乗車しました。
 7月末の時点では指定券を入手することはできなかったのですが、その後もみどりの窓口にマメに通ってキャンセル狙いに出たところ、1999.08.14(Sat.)〜1999.08.15(Sun.)の旅行に出かける前に、私とU竹さんとで3枚指定券を確保することができました。ただし、結局乗車することになったのはU竹さんと私だけでしたので、1枚は払い戻しましたが。
 I塚さん、U竹さんと3人で東明駅跡の4110形蒸気機関車(美唄鉄道)を見に行った後、I塚さんに深川駅まで送ってもらうとすぐに、「11:10頃の入線」とのアナウンスがあり、ディーゼル機関車に引かれた蒸気機関車と客車が入線してきました。I塚さんは深川駅で撮影後、途中で走行写真を撮るため、一旦ここでお別れです。
 蒸気機関車はC11 171、客車は14系客車を主体としていましたが、カフェカーはいわゆる旧型客車(”スハシ44 1”という形式でしたが、元は何なんだろう?)で、しかも最後尾には展望車の代わりか内部をロングシートにした車掌車(”ヨ4350”)が連結されていました。つまるところ、これって混合列車、ってことになるんでしょうか。
 発車を待つ間、カメラ片手にホームをうろうろしていると、S水さん、K持さん、T橋さんが現れました。宗谷本線の普通列車で稚内を目指すK持さんは、11:40発の特急ライラック5号で旭川へ向かい、S水さん、T橋さんに見送られて出発です。早速、カフェカーで購入しておいた、サッポロクラシックの記念缶ビールで乾杯しました。
 車内はほぼ満席で、団体旅行のワッペンをつけた人たちが目立ちます。乗務した車掌の名前入りの乗車記念証明書も配られました。一方、車外にはそんなに写真を撮影している人もいず、秩父別に短時間停車した後、恵比島を目指します。
 さて、恵比島は、かつてクラウス15号が働いていた留萌鉄道の接続駅でしたが、私がこの区間を乗車したときの印象ではどちらかと言えば峠越えにかかる前の小さな駅、という感じしかありませんでした。ところが、さすがはNHKの朝の連続テレビ小説のおかげ、というべきか(まあだから”SLすずらん号”が走っているわけですが)、ホームも駅前も黒山の人だかりでした。ただ、この人たちは恵比島ではなく、ドラマの中の駅名”明日萌(あしもい)”に来たつもりなんでしょうねえ。
 ここで、約15分停車するので、団体客同様、私たちもホームへ降り、駅前やホームをぶらつきました。U竹さんから駅前の売店で入場券が発売されているのを聞いて、私も購入したところ、確かに右側は恵比島と記載され160円という値段も入っているのですが、左側にはしっかり”明日萌”の文字と”5銭”という文字が入っていました。”恵比島”じゃなく”明日萌”なら、20枚まとめて1円で買えるんでしょうか(^^;
 ホームで、深川で別れたS水さん、T橋さんを発見し、少し話しているうちに発車時刻となり、車内へ戻ると、全体に空きが目立っています。どうも、先程のワッペンをつけた団体客は観光バスで深川まで来て、深川−恵比島間のみ乗車し、またバスに乗り込むというツアーだったようです。つまり、全線は乗れなくとも、かなりの確率で恵比島→留萌間の指定券は確保できるのではないでしょうか。ちなみに、この日は一度も車内での検札は行われませんでした。
 峠越えにかかると、以前乗車したときと景色が違うように感じたので、よく考えてみると、以前深川−留萌間を乗車したときはいずれも冬で、外が雪景色だったことに思い当たりました。峠下駅で列車交換のための運転停車がありましたが、なんとここでもDoCoMoはしっかりアンテナ3本立っていました。
 終着留萌が近づいてきたこともあるからでしょう、車内アナウンスで、今日の列車に使用したヘッドマークやサボの販売の案内が流れました。また、このアナウンスと前後して、女性添乗員(?)が私たちのいた車両に回ってきて、ドラマに使用した物と多分同じ型の制服・制帽を持参して乗客に記念撮影用に貸す、というサービスがありました。
 留萌到着時には雨がぱらつきはじめていました。ここで再びS水さん、T橋さん、I塚さんと合流し、留萌駅の中にある駅そば屋で何故か存在するきしめんを食べた後(私以外の4名は”にしんきしめん”にしていました。ちなみにきしめんの値段はそば・うどんの20円増し)、車2台に分乗して再度恵比島へと向かったのでした。
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