山田寿司の歴史

森 正美
父 2代目創業者 大正4年7月25日生まれ

岐阜県の郡上八幡から、尋常高等小学校を出て、
昭和3年東京大井町の山田家に上京する。
山田家は創業大正13年関東大震災の後に創業して、
寿司を始め天婦羅、仕出し等、色々な食べ物を、
提供している食堂でした。
  *昭和初期の様子 写真1 写真2 写真7 写真8
先代の山田吉次が昭和16年に他界し山田家を継ぎました。
昭和17年に青木あや子と結婚する。
昭和19年に山田家を強制疎開で店を壊され、郡上八幡に
疎開するが、直ぐに赤紙が来て戦争に召集された。
満州で終戦を終えシベリヤに抑留される。
昭和22年の春に帰国し、郡上八幡でしばらく暮らす。
その後大井の東口のすし屋で板前生活。
昭和22年に、山田寿司を始める。
  *昭和20年代の様子 写真3 写真4
昔は魚など仕入れるのが大変で小田原あたりまで、
買出しに行ったようです。
戦中、昭和18年頃、物が無いので、うどんを小さく切って、
シャリに混ぜて配給制の券を配って、バラちらしを出した
様です。戦後昭和24・25年頃、一合の米を持参すればそれに
見合う握りずし1人前と交換、ネタ代と加工賃何がしを
もらう委託加工性というシステムだったようです。
(タテマエ)米の無い人にも食べて頂いたようです。
にぎり一人前7貫のり巻半分から始まったみたいです。

  *昭和30年代の様子 写真5 写真6 写真9 写真10
その後区画整理が有り店の形も変わりましたが、
お客様のおかげで、今まで営業をすることが出来、
大変有難うございます。
小さな店ですが家族。姉夫婦と一緒に頑張っています。
森正美 平成15年11月29日に他界する。
母 森あや子 大正10年1月1日生まれ
昭和16年に岐阜県郡上八幡から、東京に叔母を頼って
上京山田家で働く。
昭和17年4月8日に森正美と結婚する。
その後3人の子供を設ける。現役バリバリで頑張っています。
お立ち寄りの折は昔話を聞いてみてください。

その後区画整理が有り店の形も変わりましたが、
お客様のおかげで、今まで営業をすることが出来、
大変有難うございます。
  *昭和50年代の様子 写真11

 

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