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「あんた何キロあんの」 挨拶もそこそこ、やたらと真剣な顔で口を開くから何かと思えば、質問の内容はそんなものだった。 突然やってきて、突然どーんとドアを開いて。 一度マナー教本でも読ませた方がいいかもしれない、と真剣に後見人は考えた。 「…は?」 「だから、体重。何キロ」 「………いきなりなんだね」 「何キロ?」 会話する気がないとしか思えない子供に、結局は男が諦めの溜息をつく。この子は一体何がしたいのだ。 別に女性ではないから体重を聞かれてもさほど問題はないけれど、…ないが、デブ!とかいきなり言われたらさすがにショックを受けるような気がする。いやしかし。結構絞ってるんだけどなあ…。自慢ではないが腹は六つに割れている。…はず。 とりあえず話が進まないので…突然の訪問を受け、突然の不躾な質問を受けた男、ロイ・マスタングはおもむろに答える。 「最近計ってないから正確にはわからないが、…70キロくらい?」 「………70×0.4=…にじゅう…はち…!」 「…鋼の? …もしもし?」 ガーン! とでも背後に書いてありそうな勢いで暗雲を背負い、がっくりと子供は膝から崩れ落ちた。 「鋼の?」 思わず腰を浮かせて声をかければ、子供は両手を床につき、すっかり敗残兵ムードだ。一体何事なのだ。28ってなんだ。自分は29だが。 「………成人男性が取扱える重量は体重の40%以下(最高55kg)までです………」 「はぁ?」 大丈夫か、と立ち上がってそばまで歩いていき、膝をついて覗き込む。 「鋼の?おい?なに…」 「オレ機械鎧だし28とか無理なんだけど!」 「……は?」 猛烈に意味がわからない。ので、マスタングとりあえず瞬きで時間稼ぎ。 「ていうかあんた腰大丈夫?効いてない?」 「はぁ?」 はっと息を飲んだあと、少年、エドワードは顔色を変え、がばっとロイにしがみついた、というかむしろ襲い掛かった。 「こら!」 どっかりと腹にのしかかられ、一瞬「騎乗…」とか思いかけた頭を慌てて振ってからロイはやめなさいとたしなめる。 「どうしたんださっきから…」 「あんた、オレのこと昨日、…抱っこしてくれたじゃんか」 最後は拗ねたように頬を赤くして、ぼそっと呟く。は、とロイは息を飲む。 「…成人男性が取扱える重量は体重の40%以下まで、なんだぞ。…明らかに重量オーバーじゃねーか…」 「…………」 「重いもん持ちすぎて腰とか首とか痛めて入院とか。…オレほんとそういうのやだからな…!」 「……えーと…鋼の…」 自分の腹、というかむしろ股間のちょっと上くらいに陣取って、上着の裾なんかきゅっと握られて。途方に暮れたような顔をして俯いて、眉根を寄せて。頬をうっすらと染めて。 …どうしろと? どうもせんでいい、という神の声(理性)は遮断して、むしろ「据え膳食わぬは」という由緒正しい格言に則ってそっと手を伸ばし、やわらかな頬に触れた。 ――誰かに知られたら手が後ろに回る。 苦笑しつつも、そっとそのまろいラインにそって指を動かした。 「……エド」 小さく呼びかければ、ぴくり、と触覚が揺れた。可愛くて思わず笑ってしまった。 色々すったもんだの末、人目憚る14歳差のカップルが誕生したのはそんなに前のことではない。人目を憚るのは、単純に年の差が問題というよりは、若い方が未成年だということと、同性同士だということ、そして二人に共通するのが「軍」というお堅い場所であるということ…等々諸々の「ヤバイ」事情があるからだった。 後は単純に、照れくさいのもあるのだけれど。 まあ、お付き合いを始めてみれば、二人きりで過ごす時間だって出て来る。スキンシップが本当にそのまま「肌のふれあい」になることだって。…ないとはいえない。無論さすがに年齢とか体格とか相手は成長途中とかそういったことを考慮して、ロイだっていくらかは控えている。…一回で我慢するとか。そういう類の。 聞く人が聞けば、それのどこが我慢だと角立てて怒られそうな話であるが、彼はいたって真面目に「我慢している」と思っていた。 どうしてそんな流れになったかははっきりしないが、おそらく大した話ではなかったはずだ。往々にして、恋人同士の会話など、その大半が他愛のないものであるのが世の常なのだから。 「この前たまたま結婚式やってるところに通りがかったんだけどさ」 「…うん?」 髪を洗ってもらいながらの入浴は非常に心地よい。その日はエドワードの機嫌がよく、普段ならまずしないようなことまでしてくれていた。洗髪もそのひとつだ。 間延びしたロイの声に「寝るなよ」と笑ってから、エドワードは続けた。 「旦那がさ、抱き上げようとしたんだよな、花嫁を」 「うん」 「ところが! …花嫁はー…なんというかふくよかでな…とっても、ふくよかでだな」 「あー………」 何となく結末が予測できて、ロイは苦笑する。 「あわれ花婿はぺしゃ。と」 「ぺしゃ。か」 「そう。ぺしゃ、のぐしゃ」 くつくつと笑いの振動がバスルームの空気を揺らしていた。 「…私だったら」 「え?」 「君のことを抱き上げるくらい、軽いものだよ」 「え〜?見栄張るなよ。重いぜ、オレ」 「いやいや、軽いさ」 洗髪してくれている手をそっと取って、ちゅっとその甲に口付ける。それからざば、とバスタブから身を起こす。 「ちょ、おい、まだ泡流してないって」 幾分慌てたように言うのがおかしくて、膝から伸び上がって、普段にない下からのアングルでキスひとつ。 「流してしまうからそのまま待って」 低めた声で耳朶に吹き込めば、大仰なくらい肩が揺れた。それに満足そうに目を細めた後、ロイは自分でさっさと髪の泡を流す。 そうしてから、濡れたまま、裸のままで、満面に笑みを湛えてエドワードに向き直る。少年の白い顔は真っ赤で、抵抗らしい抵抗もないまま。それをよいことに、ロイはよいしょとその体を抱き上げた。所謂ひとつの、お姫様抱っこというやつで。ぐわっと持ち上がった体に「うわっ」と驚きの声を上げ、「重いって、絶対重いからやめろって!」とほとんど泣きそうな様子でエドワードは繰り返す。 「大丈夫、大丈夫」 裸であることにも濡れていることにも頓着せず、ロイは、少なくとも表面的には欠片も動揺を表すことなく悠々と自室へ、というか寝室へ歩いていく。エドワードを抱えたまま。 そして気付けばベッドに落とされて。ほっとするまもなく覆い被さってきた男に、「重いんだからやめろ」という言葉を吸い取られた。 そこまで思い出し、エドワードは居たたまれない様子で目をそらした。ロイはといえば、対照的に楽しそうにしている。 「別に君が気になるなら太るのはやぶさかではないけれど」 くつくつと喉を鳴らして目を細める男は、根本的にはやさしいのだろうけれど、どうにもひねくれて意地の悪いところがある。こうやって子供をからかうのなんかはそれを如実に現している。 「今より太るとちょっと…どうだろうか」 「…別にいいよ。太らなくて」 「そうかい?」 「三段腹になったら洗濯バサミつけて外してやる」 「それは痛いな」 男は笑って、親指で少年の頬をぐい、となぞる。 「君は痩せなくてもいいからな」 「……」 「むしろ君の場合はもう少し肉をつけてもいいと思うぞ」 「…ぷよんぷよんになっても?」 体勢のせいで、普段と違い目線は上にあるくせに、首を竦めた上目遣いで不安げに尋ねる。おかしいやら可愛いやらで、ロイは声を上げて笑ってしまった。 「そうなったら指でつまんであげよう。丁寧に。気持ちよさそうじゃないか?」 「…根性悪…!」 詰るエドワードの腰をぐいと引っ張って、バランスを崩した体をしっかりと受け止める。 「…今の君の体勢の方がよほど意地悪だ」 跨っている腰を少し押し上げるようにして尻に指先を這わせれば、思わずといった具合に、艶めいた声が零れ落ちた。小さなものではあったが。 「…なにして…!」 自分でも恥ずかしかったのだろう。真っ赤になって抗議された。 「なにって。…いかに扇情的か伝えようかと」 「…んなもん伝えんでいい…!」 「そうは言うが、誰にでもこんなことしたら困るじゃないか。私の気持ちも考えてくれ」 「なんだよ、あんたの気持ちって」 「これじゃ騎乗位だ」 「…き……?」 不審げに眉をひそめるのを見て、あ、口が滑ったかな、とロイは思ったが、通じていないならまあそれでもいいか、と片付ける。 ――いいわけあるか。 「まあとにかく。心配してくれたのは嬉しいが、…そもそも腰を労わるなら君の方じゃないのかな?」 可愛い耳たぶを甘噛みしながら、男はからかうように、あやすようにそんなことを口にした。途端に、少年の頬がまた赤味を増す。 「そ、…そ…!」 「そ?」 楽しげに言葉尻を繰り返す男は、…根本的に意地が悪いような気がしてきたエドワードである。 「……あんたの、………………なんだよ!」 「え?」 聞こえない、と耳を寄せたら、かぷ、と噛み返された。 それはまるで子犬か子猫に噛まれるような感覚で、可愛いとしか思えないあたりもう自分も大概だ、とロイは思った。 で、結局。 「平気だといってるんだから任せればいいのに」 というロイと、「オレは重いんだから!」のエドワードの主張は平行線を辿り、姫抱っこもそうだが、それだけでなくアクロバティックな競技種目への挑戦も控える日々が続く。 ――のだが、その辺は恋人達のプライベートということで、ひとつ、御内密に…。 |
会社の災害速報(…)を見た瞬間に「…これだ!」と思ったわけなんです。本当は余力があればグッコミでなんかおまけ本にしようかとか考えてたんですが、そんな余力もなく…。 アクロバティック云々は察してください。 |
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