恋愛論。たとえばこんな愛のかたち2。 2000/5/10up
小林と希理子は初もうでに来ていた。初デートから丸2週間が経過した1月4日のことである。
普通初もうでは元日に行くものと相場が決まっているが人込みが基本的に好きではない2人は三が
日をはずして出かけることにしたのだ。しかも行き先も明治神宮などというメジャーなところではな
い。ごくシンプルな街中にある、だけどそこそこ規模の大きな神社を選んでやってきたのだ。
この計画を立てたのは希理子である。新年を越したときに電話を掛けてこい、と命令口調で言われ
て小林はその通りに希理子のケイタイに電話を入れた。すると希理子が明けましておめでとうという
言葉もそこそこに二人でどこか出かけないか、と誘ってきたのだ。そして待ち合わせの日時と行く先
を指定してきたのである。
その行き先を聞いて小林はそれはただの口実だと思った。希理子は自分の方からデートに誘えない
小林の為に小林でものりやすい口実を用意してくれたのだと思った。何故なら希理子には信心深さの
かけらもなく、普段から神様に祈るぐらいなら自分に祈れと言ってはばからないタイプの人間だった
からである。
だけど待ち合わせ場所に行って驚いた。ただの口実だと思っていたのに希理子はきっちりと着物を
着込んで髪も綺麗に結い上げてきていたのである。紺と紫の中間色に藤色と白い花が咲き乱れ、黄色
と言うよりも蜜柑色の羽を持つ蝶がひらひらと舞っているという遠目で見れば一見地味なその着物が
希理子が着ているとまるで特別にあつらえたかのように華やかに見えた。しかもその暗い目の色彩が
かえって希理子の色の白さを際立たせ、えも知れぬ色気をかもし出している。普段は一切化粧などし
ないその顔にほんの少しだけほお紅と赤というよりも緋色の紅を引いた唇が限り無く清楚でありなが
らそれでいて悩ましいまでに麗しい。夏に海で浴衣を着ていた時もそう思ったが希理子には和服がよ
く似合う。それにどうやら普段はがさつきわまりない希理子だがなぜだか着物にはなれているらし
い。普段着物を着ない人間が着物を着るとどうしても出てしまうぎこちなさを一切感じさせないその
ことがその事実を物語っている。
「どう、これ?」
希理子は開口一番、そでをピラリと見せながら小林に着物姿の評価を求める。
「いいと、思います……」
顔を真っ赤にしながら小林はそう答える。まったく口下手な自分が恨めしかった。おそらく希理子
は自分に見せるためにわざわざ着物を着てきてくれたのだ。なのにその艶やかさに舞い上がってしま
っていつも以上に言葉が出てこない。
「それだけ?」
「えっと……」
希理子は小林が舞い上がってしまっているのをわかっていながら追い討ちを掛けた。小林は何とか
希理子をほめたたえるための言葉を紡ぎ出そうとするのだが焦るばかりで何も言えない。
希理子はその小林の様子をくすくす笑うとてけてけと数歩歩いて小林をうながした。
「いこっか」
そう言って歩きはじめた希理子の横に慌てて小林は並ぶ。付き合いはじめる前までは希理子の後に
ついて歩いていたが、小林はやっとこうやって横を歩くことがなれてきたばかりだった。希理子は人
前で見せつけるようにべたべたしたがるタイプではないから手をつなごうとか、腕を組もうなどとい
う小林にとってはとても真似出来ない行為を要求してはこなかった。だがそれでも最初のころは照れ
てしまって会話をすることも出来なかった。とは言ってもなれてきた今でも希理子が一方的に喋り、
小林がそれに答えるなり相づちをうつなりするだけという会話の形式は一切かわらない。だがそれで
も格段の進歩といえた。
「何お願いするか決めてきたかい?」
希理子は首を少しだけ上向き加減にしながらそう問いかけてくる。
「ええ」
「じゃあ何お願いするつもりなのさ?」
好奇心一杯という表情で希理子は小林の表情をうかがう。
「口に出したらかなわなくなるって言いますから、だから言えません」
彼女とはいえ、年上で先輩でもある希理子に対してタメ口を聞くことは小林には出来なかった。そ
れゆえにいまだ敬語のまま希理子に話し掛けている。
「ケチ」
希理子はつまらなさそうにそっぽを向いてしまった。その突き出した唇が愛らしく、いつもの大人
びた表情が少しだけ幼く見える。こんなに優しい表情を希理子が見せるのは自分にたいしてだけだ。
それに気がついたがゆえに小林は嬉しさを感じてしまうが、機嫌を損ねてしまってはどうしようもな
いので希理子に対して問い返す。
「えっ、じゃあ希理子さんは何をお願いするつもりだったんです?」
その言葉に希理子は一瞬考え込むそぶりを見せると、何かを思い付いたかのようにいたずらめいた
表情を浮かべた。そしてその表情で小林の顔を覗き込みながら言い放つ。
「あんたがあたしのこと人前でも好きって大声で言ってくれますように」
「えっ」
その思いもかけない言葉にまっかになってしまう。希理子はその小林の様子を面白そうにくすくす
笑うと満足げに何度か頷いた。小林はその希理子の様子を見て自分がからかわれたのだと悟るが希理
子の機嫌がよくなったのでこれ以上なにも言い返せない。
それにしてもと思う。よく自分と希理子みたいなタイプが付き合っていられるのかと。
小林は自分が融通のきかない、ハッキリ言ってしまえば面白みのない人間だということを自覚して
いた。それに対して希理子は全く逆の面白ければすべてOKというタイプの人間で、基本的に自分と
同じタイプの人間を好んでいるのも知っている。それなのに何故希理子は自分なんかと付き合ってい
るのだろうか。また同じように自分の好みとは正反対の希理子のことを何故これほどにまで好きにな
ってしまい、そして自分は希理子と付き合っていられるのだろうかと。
そして何よりも不思議なのはこんなに違うタイプの人間同士が付き合っているのに少なくとも自分
は無理をしているとは感じてはいないことだった。おそらくそれは希理子も同じだろう。
希理子はときに自分には信じられない程の大胆さを発揮する。それは自分の方が奥手過ぎるという
ことも一因であろうが恋愛に関してはすっかり希理子に主導権を握られてしまっている。前回のデー
トの時にも自分はその希理子の術中にはまってしまったかのようになってしまった。それが決して嫌
だったわけではない。むしろ嬉しかった。
自分は希理子に誘われるがままに希理子と肌を重ねあった。そういったことは普通男性の方から誘
うものだという考え方をしている典型的な昔気質の男である小林としては、それに抵抗を感じなかっ
たわけではないが経験があるのなら希理子に導いてもらった方が優しくできるとおもってその通りに
従った。だがそれは勝手な思い込みだった。希理子にとってもその行為は初めてだったのだ。
破瓜の痛みのあまり涙を流し、その痛みを堪えるために自分の背中ではなくシーツをぎゅっと握り
しめている希理子の姿は余りにも痛ましく、それ以上に愛おしかった。
その痛みを分けて欲しいと自分の背に手をまわすようにうながした時の希理子のためらったよう
な、それでいて満ち足りたような泣きだしてしまいそうだった笑顔は忘れられない。そしてその時に
自分の身体にまわしてきた両腕としがみついてきたそのしなやかな肢体の感触も。
それからはあまり覚えていない。次に記憶がつながるのは初めて希理子の中で達した瞬間のことだ
った。絶頂に導かれた自分は確か何か言ったような気がする。だけどその自分の発した言葉は覚えて
なくて、ただ自分のすべてを受け止めてくれた希理子がその言葉に自分がこれまで見てきていたなか
で一番綺麗な表情を浮かべていたのだけを覚えている。
その我に返りつつあった自分の目に無意識のうちにまるで貪り喰らったかのように乱暴に求めた痕
が希理子のカラダのあちらこちらにあるのが映った。白い肌に散った内出血の痕がまるで花びらのよ
うに希理子の肌を飾り、彼女の長い髪は乱れに乱れてシーツの上に広がり、そのうちの幾筋かは汗ば
んだ希理子自身の肌の上に張り付いていた。覚えてはいないが自分は相当激しく、獣のように希理子
を求めたのだろう。まるで引きちぎられた花のような希理子の様子に自分はとんでもない間違いをし
でかしてしまったかのように感じた。だが希理子の表情を視線でとらえるとその瞬間にも自分の中に
浮かび上がってきたそのような感情は霧散してしまった。
すべてを許してくれている、そう思った。希理子は乱暴に自分を引きちぎった小林のことを確かに
受け止め、そして許してくれているのだとそう思った。その希理子の表情に自分でもわからぬままに
流れ出た涙を希理子はその唇で拭ってくれた。馬鹿だね、とかそんな言葉を言いながら自分のことを
包み込むように抱き締めてくれた。その優しさもやわらかさもすべて自分だけに向けられたものだっ
た。そのことが嬉しくてますます涙がとまらなくなった。
小林にとって希理子はあらゆる意味で『初めて』の女だ。憧れとかではなく本当の意味で恋をした
のも、肌を重ねあったのも、恋愛に関するすべてのものを小林は希理子から学び、希理子とともに経
験していく。
その『初めて』の相手が希理子でよかったと小林は心から思っている。希理子でなければ自分はこ
れほどまでに満ち足りた思いを味わうことは出来なかっただろうし、これからも出来ないだろう。未
だに何故希理子が自分などと付き合ってくれているのかわからないが、そんなことどうでもいいと思
ってしまう程小林は幸せだった。この幸せだけは誰にも譲れない、譲りたくない、そう思っていた。
「じゃ、このあとどうする?」
一応のお参りを終えたあと、希理子は小林にそう問いかけてきた。
「そうですね……」
どうしようかと考えて横を歩く希理子の方に視線をやると希理子の白いうなじが小林の目に映っ
た。その襟足の美しさと滑らかな肌が小林の目を捕らえてはなさない。遅ればせながらの思春期ゆえ
の潔癖さで小林は何とかその希理子の首筋から視線をそらそうとする。だがその小林の目にあるもの
が飛び込んできた。
「!」
かっと全身の血が顔に集まったかのように真っ赤になってしまった。
小林の目に希理子の左耳から5センチほど後側の位置にうっすらと残る赤いあざが飛び込んできた
のだ。それは小林自身が2週間前につけた痕に他ならなかった。
これまでおろされていた髪の毛で隠されていたのが着物を着るために髪を結い上げたことによって
こうやって人目にさらされていたのだ。小さな内出血なら5日もすれば普通消えてしまう。なのに希
理子の首筋にまだその痕が残っているということはどれだけ自分が激しく希理子のことを愛したのか
今さらながらに小林にそのことを自覚させる。
「?」
希理子は突然黙りこくって真っ赤になってしまった自分の恋人を不思議そうに見上げた。そしてそ
の小林の視線が自分の首筋に釘付けになっていることに気がつくとははん、と何かに得心したかのよ
うに何度か小さく頷いた。
そして小悪魔そのもののいたずらめいた、だけど希理子その人を知らない人が見れば無邪気ともと
れる笑顔を浮かべると小林の瞳を覗き込んだ。
「あたしんちって美容院やってるんだよね」
突然そう言われて小林は希理子が何を言いたいのだかわからない。
「だから子供の時から着物の着付けを仕込まれてて、今日もこの着物自分で着付けてきたのさ」
そういうとぐるりと一周まわって小林に自分の姿をみせた。
「はあ」
まだ小林は希理子が何を言いたいのかわからない。ただ希理子がまた自分をからかおうと何か企ん
でいるそのことがわかるだけだ。
「だから、この着物脱がされちゃっても別に全然困らなかったりして」
小林はその言葉を何度か頭の中でこだまさせる。脱がされる、誰に?困らない、どうして?何故希
理子さんは着物を脱ぐ必要がある?
「〜〜〜〜〜!!」
小林はこれまで以上に真っ赤になってしまい何も言えない。希理子は自分の目論見通りの反応をみ
せた恋人を楽しそうに笑うとちょっとだけつま先立ちをしてちゅっ、とかすかに小林の唇に口付け
る。そして目をまんまるに見開いたまま硬直してしまった小林に満面の笑みを見せた。
「ねぇ、これからどうしよっか?」
その言葉は自分に仕掛けられたワナを完成させる最後の呪文だった。それがわかっていながらも小
林は目の前にいる誰よりも愛しい小悪魔の仕掛けたそのワナにまんまとはまってしまった。
だけど何故かそのことが嬉しくて、まんまと罠にかけられた自分に満足して小さく笑った。Fin
はい、シリーズ第2弾です。このカップリング、めちゃくちゃ書きやすい!行動的な女と受け身な男、 キリサクではかけないこの独特なテンポがたまりません。今のとこ受け身ばかりの小林ですが、攻めの 小林の話もちゃんと用意してます。そこまでは続けていきたいですね(笑)
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