さくらのあめ

     

  

「ちょっ、ちょっと待ってよ、あれ?どこ?」

 人込みの中で希理子は目をこらした。立ち止まっている隙に『連れ』とはぐれて

しまったのだ。

 今日は桜を見に遠出をしていた。川岸の両側に綺麗に植えられた桜が何百メート

ルにも続いているというそのお花見名所は、昔はそこで本当に『お花見』も出来た

のだそうだが、そのお花見客のあまりのマナーの悪さ、例えばゴミをその目の前の

川に投げ捨てるなどということがあまりに目立った為、鋪装された通行路以外には

ロープが掛けられ、まさに大阪の造幣局よろしく『通り抜け』専用にされていた。

 それでもそのあまりの桜の見事さに訪れる人は多く、天気の良い日曜日というこ

ともあって大勢の人がそこを訪れていた。

 人込みはキライだがいつも忙しくてすれ違ってばかりの『連れ』とのひさびさの

2人きりでの外出ということもあって、希理子は少し浮かれていた。そのせいでい

ささかぼーっとしていたらしく連れとはぐれたことも気付かなかったのだ。

「あれ、どこだい?」

 女性にしては背の高い希理子だがこれ程の人込みではあまり役に立たない。必死

で目をこらすがどこにも連れが見当たらない。

「うそ……」

 いつもは不敵で無敵な希理子だがこのときばかりは幼子のように不安になる。そ

れぞれが一方通行的に人込みが流れているこの場所ではぐれてしまえば何時再会出

来るか判らない。

 ケイタイを鳴らして知らせようにも、希理子自身が今日出かけに急いでいたこと

もあって、家に忘れてしまってきていた。そのせいで番号も判らない。

 こんな人込みの中で再び再会出来るなど偶然に頼るにはかなり無謀な確率だっ

た。

「どうしよ……」

 ますます不安になっていく。たった一人、ずっと自分を見守ってきてくれていた

連れが居ないだけでこんなに自分が不安になってしまうなど、自分で自分が信じら

れない。

 誰かに守って貰うとか支えて貰うとかそうしなければ生きていけない、そんな一

般的ないわゆる『実はか弱い女』などではないことは自分自身が一番良く知ってい

るが、それでも誰かが側にいる、それも特別な『誰か』が側にいる安心感にすっか

り浸り切っていたのだと今さらながらに実感する。

「……ねえ、……あっ────」

 前方から『連れ』がこちらの方に近づいてくる。人込みを逆行するようにかき分

けて、必死になりながら自分の方に近づいてくる。不安げな、心配そうな表情が自

分の方に近づいてくるにつれ、だんだんと安堵のそれに変わっていく。

「見つけた……」

 『連れ』は自分の手が届くところに来るとほっと息をついて希理子の頬に一瞬だ

け触れた。その時伝わってきた熱が希理子の中に芽生えてきた不安な感情を一瞬で

霧散させてしまう。

「はい」

 連れはその希理子に触れた手を差し出した。希理子は突然のその行動に目を白黒

させる。その手の意味が判らない。

「またはぐれるから」

「なっ……」

 全身が真っ赤になる。恥ずかしくて恥ずかしくて、死んでしまいそうな気持ちに

なる。

「バカ、何いってんだい!幼稚園の子供じゃあるまいし」

「イテッ」

 思わずぶん殴ってしまっていた。嬉しいのに、本当に嬉しいのに、素直になれな

い。連れはそんな自分に対して小さくため息をつくと横を歩くように促した。

 希理子は自分のそんな心臓の音が、気持ちが隣を行く連れに伝わるんじゃないか

と気が気じゃない。

「わっ」

 その時突風が吹いた。前方から吹き付けてくる風に踊らされた桜の花びらが容赦

なく見物人にぶつかってくる。

「────えっ?」

 まだ風の音は止んではいないというのに自分に吹き付けてくる風が弱まったのに

希理子は何故かと目を見開いた。すると直ぐに風は止んだのだが、たしかにそれま

では自分の連れがさっと前方の風に覆いかぶさるようにして希理子のことを守って

いた。

「──わぁ……」

 先程とは違う歓声があちらこちらで上がった。先程まで自分達を攻撃していた桜

の花びらが風が止んだことにより、まるで桜の雨のように静かに舞い降り始めたの

だ。その幻想的な光景にその場に居た者すべてがしばし我を忘れる。

「はい」

 その桜の雨も止み、人々が再び歩き始めた時、希理子は隣を行く連れに手を差し

出した。その手に今度は連れが目を白黒させる。

「繋いでないと『あんたが』あたしからはぐれるから」

 先程の桜の雨が少しだけ希理子を素直にさせていた。先程の光景が余りに綺麗

で、綺麗すぎて、何だか素直に手を繋がなかったことが勿体無いように思えてきた

のだ。

 希理子のその顔を真っ赤にしながらの、あんまり素直じゃない、だけど希理子に

したらめちゃくちゃ素直なセリフに連れは小さく笑うとしっかりと、だけど優しく

手を重ねてきた。そして人の流れに乗ってゆっくりと歩き出す。

「……この道、ずっと続くといいのにね」

 思わず口から漏れたつぶやきに横を行く連れもゆっくりと頷く。
  

 
 同じはずの桜なのに、そうやって手を繋ぎながら見る桜は先程までよりもずっと

綺麗な気がした。
 
                         THE END. 
     


     


 春の雰囲気第2弾。そして相手当て小説第2弾(笑)。さてクイズです。今回の『連れ』は誰でしょう?(笑) 
 前回に引き続き、皆様の自主性におまかせします。別名『責任逃れ』。

                          20001/3/29  日向 葵

  

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