夏の献立

     

  

「おー、やってるねぇ!」

 昼の光がそろそろ夕暮れのそれに変わろうとしている時間、何喰わぬ顔で希理子

が体育館にあらわれた。

「えっ、希理子?!」

 その声に体育館の中にいたメンバー全員が体育館の入り口の方に振り返った。

 とは言っても今、体育館の中にいるのは3年ともう一人のマネージャー今川だけ

だ。1年および2年はロードワークに出ていてあと20分は帰ってこない。

「お前、停学中のはずだろうが!何のこのここんなトコに来てるんだ!」

 馬呉がそう声を荒げながらドカドカと足音をたてながら希理子の方に近づいて行

く。だが希理子は平然としながら何ごともないかのようにあっさりと次の一言を口

にした。

「ああ、笑ってやろうかと思って」

「はぁ?」

 余りに簡潔に言われた言葉に思わず目をまんまるに見開く。

「だから笑ってやろうかと思って来たんだよ。とっとと予選落ちしちまったあんた

等を笑ってやろうかと思ってね」

 希理子はそう言うと満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔に馬呉は一瞬あっけに取られるが、その言葉の意味を消化して次の瞬間

には怒りを爆発させた。

「なにぉお!」

 だがその普通の人間ならビビッてひっくり返るであろうほどの怒りの形相にも希

理子はびくともしない。それどころか無視して体育館の中に入って行き、フロアー

の上に置かれていたパイプ椅子にドカリと腰を掛けた。

「まっ、しゃあないんじゃないの?去年のベスト2が奇跡みたいなモンだし、当然

って言えば当然って結果だろ?」

 長い足を組みながら上目遣いにそう肩をすくめる。

  昨日、上南高校バスケ部は関東大会予選で敗退した。去年の2位がベスト8にも

残れぬ散々な成績だった。もうすぐある意味本番であるインターハイでの前哨戦的

な意味合いが強い大会であるがゆえにその敗退のショックは大きかった。部の全員

がそのことに落ち込み、今後を憂いていた。

「テメェ!それでもマネージャーの言うことかよ!」

 その馬呉と希理子の会話にガンが割り込む。その語気を荒めた口調に希理子はキ

ッと睨み付けると淡々とした、からかうような口調で言い返した。

「マネージャーだから言ってやってんだろ?『現実』を知るのも大切なお勉強、違

う?」

 きゅっと笑顔を形作っている官能的な口唇が不敵な様子をただよわせている。皆

が深刻な様子で今後について話し合っていたときにあらわれてこの態度である。馬

呉やガンの怒りも当然と言えた。

「テメェ!」

「ガン!」

「ガン!」

 手を振り上げようとしたガンを齋藤が後ろから押さえ込む。そしてそれと同時に

桜井が希理子とガンの間に割り込んだ。

「希理子」

 たしなめる、というよりも呆れたような口調で桜井がそう名を口にする。だが希

理子はそんな桜井を無視して尚も言葉を続ける。

「負け犬がいくら吠えたって痛く何ともないよ、くやしかったらもっと練習でもし

て実力つけたらどうなんだい?まっ、所詮この程度のモンだと思うけどね」

 そう言って笑うとピラピラと手を振った。

「何ぉお!」

「ガン!」

「ダメです、主将!」

 ますますいきりたったガンを齋藤が押さえ付ける。そして同時に激昂した馬呉の

方を今川がなだめかかった。2人はその説得にまだふて腐れた、怒りの様子を見せ

ながらも練習の方に戻って行く。

「やれやれ、ホントに素直じゃないんだからな」

「何がだい?」

 ため息まじりで自分の方を見た桜井の言葉に希理子は首をかしげる。

「俺たちをなぐさめに、というか励ましに来てくれたんだろ?」

「はあ?!」

 その言葉に希理子の顔に朱が走る。

「なっ、何であたしがあんたらをなぐさめてやんなきゃならないんだい!」

 赤くなった顔と慌てふためいたその言葉が何よりの肯定だった。その様子に桜井

は微笑みながら希理子の言葉をやんわり否定するように話を続けた。

「お前が来てくれるまであいつら全然動けなかったんだ。落ち込んでても仕方がな

い、練習する以外どうしようもないってわかってても一歩も動けなかったんだ、あ

んまりショックが大きすぎてさ」

 そう言って桜井は希理子と真正面に向かい合う。

「ありがとう、お前のおかげで何とかあいつら立ち直れたみたいだ。動機は怒りで

も悔しさでも何だっていい、最初の一歩さえ踏み出せればまた何時だって走り出せ

るから」

 桜井はそう言うとペコリと頭を下げた。その様子に希理子は益々顔を赤くした。

「べっ、別にそんなつもりで言ったわけじゃないよ!ホントに弱いから笑いに来た

だけさ」

 顔を真っ赤にしながら視線をそらすその様子では何の説得力もない。

「あっ、あたしもう帰るよ!先生たちに見つかったら停学延長されちまうし」

 赤くなっている顔を見られたくないのかそそくさと希理子は立ち上がって、来た

ばかりの入り口の方に向かって早足で歩き出した。

「希理子、ありがとう」

 その背中に声をかける。

「この埋め合わせはいつかするから」

 体育館にひびく桜井のその言葉に希理子は数歩進んでから足をとめると悪戯めい

た表情でくるりと振り返った。

「あたし、北海道でカニがたべたい」

 その言葉に桜井は一瞬目を見開き、次の瞬間に笑い出して大きく頷いた。

「了解、イクラ丼も一緒に食べよう」

 希理子はその桜井の言葉にパチンと片目をウインクさせて『グッドラック』のサ

インをすると颯爽とした足取りで体育館から立ち去って行った。

 それと入れ代わるように1年と2年がロードワークから帰ってくる。

「あれ、桜井先輩、何かいいことあったんですか?」

 汗だくの顔をタオルで拭きながら成瀬が問いかける。

「えっ?何でだ?」

「だって先輩、嬉しそうですもん」

 そう言われて桜井は手を顔にやる。自覚はなかったが顔の筋肉がゆるみっぱなし

になっていたようでにやけていたのがその感触でわかった。

 慌てて顔をつくろいながら、澄ました様子で言い返す。

「夏の献立を考えていたんだ」

「はあ?」

 意味が分からず目を見開いた成瀬に桜井はニコリと微笑みかける。

「さあ練習だ、今頑張らないと、美味しいものにありつけない」

 ますます目を丸くする成瀬にもう一度笑いかけると桜井はボールを手にしてコー

トに戻った。

 今年のインターハイの会場は北海道。希理子との約束を守る為には何としてでも

インターハイに出場しなければならない。その為には負けるわけにも、練習しない

わけにもいかないのだ。

「絶対いくぞ、インターハイ」

 その力強い言葉に成瀬だけでなく、昨日の負けに沈んでいた他の部員たちも大き

く頷く。


 
 夏の地区予選までもう1月をきっていた────。 
  

 
                         THE END. 
     


     


 初夏に入りました。ずっとごらんになって頂いて下さってる方はお気付きでしょうが、最近このページは『月極小説』で扱えなかったエピソードの補完的な役割でやらせてもらってます。ちょうど時期的に今現在に季節とダブっているのでちょうどいいかな、と思って遊ばせてもらってます。
 ちなみに私はカニもイクラも嫌いです。そのイクラの親であるシャケも嫌いです。だから私は北海道に行けたとしてもあまり嬉しくない……。でもラーメンは食べてみたいなぁ。いつか全国御当地ラーメンの食べ歩きがしてみたいです。

                         2001/5/11  日向 葵

  

  汚染物隔離室
  index へ     メール