恋は盲口?

     

  

 ここはとある喫茶店。
 

 インターハイ出場も決まり、他校への練習試合に行っていたその帰り道、部員達

は全員でその店に立ち寄っていた。

「ほら食え食え、今日は俺のおごりだからな」

 そう言ったのは馬呉である。

「おお!」

 他の部員達はその言葉に自分の目の前に置かれている皿や飲み物に手を伸ばす。

 さてその幸運にありついて喜んでいる部員達の中、1人、目の前の皿を見てひく

ついている男がいた。

「何だよ、これ!」

 澤村である。

「見てわかんねぇか?ホットケーキだよ」

 言い返したのはガンである。

「そんなのきいてんじゃねぇ!これはどういうことなんだよ!こんなの食える

か!」

 目の前の皿をひっくり返しそうな勢いで澤村が怒鳴る。だがその様子を面白そう

に、からかうようにしながらガン及び齋藤が言い返す。

「お前は体力がないからな、少しでもウエイトつけてもらおうと思ってよ、『サー

ビス』したんだぜ?ちゃんと喰えよ」

「そうそう」

「これがかよ!」

 親切ぶった2人の言葉に澤村の怒りが増す。それもそのはずである。澤村の目の

前にあるのはただのホットケーキではない。───いや、ホットケーキであること

には間違いがないのだがかなりおかしなことになっている、というかされている。

「『サービス』だっていうんなら食えるかどうかやってみてから言ってみろ!これ

と同じのをあんたらが食ったら俺も食ってやらぁ!」

 そう言うと澤村はフォークを自分の前に置かれている皿の上のホットケーキに突

き刺し持ち上げた。そしてそれをそのままガンおよび齋藤の前におしつける。

「……いや、なぁ」

「なぁ……」

 2人は顔を見合わせ苦笑いする。

「ほらよ、食えるモンなら食ってみろ!」

 べちゃ、という効果音も高らかにガンの目の前に置かれている明太子スパゲティ

ーの皿の上にその物体が落とされた。それとともに明らかに明太子スパゲティーの

ソースではないものがその周囲に飛び散った。

「ギャッ!こんなことされたら食えねぇじゃないかよ!」

 悲痛なその叫びの前でも澤村は怒りの表情のままで言い返す。

「俺からの『サービス』!先輩達にも体力つけてもらわないとね!」

 澤村がそう言って差し出したホットケーキからはメープルシロップが滴り落ちて

いた。

 日頃からちょっとだけ澤村に対してねたみというか羨みを持っていたガンと齋藤

は勝手に澤村の分としてホットケーキを注文し、それに3人前分ぐらいの分量のメ

ープルシロップを掛けていたのだ。結果、ホットケーキはまさにシロップ漬けにさ

れ、その『甘さ』ときたら『甘い』を通り越して『辛い』と認識させる程になって

しまっていた。

「さあ、食って下さいよ!後輩からの『気持ち』ふいにするっていうんですか!」

「・・・・・・・・」

 まったく一歩も引かぬその澤村の視線と態度にさすがのガンと齋藤もたじたじに

なる。

「何食ってンだい?それ新メニュー?」

 そこにトイレに立っていて、席に戻ろうとした希理子が通りかかった。そして澤

村がガンのホットケーキをのせたスパゲティーの皿が気になって声を掛けてきたの

だ。すっかりホットケーキの下に明太子ソースが隠れてしまっている為、ハンバー

グか何か別の物体がのっているように思って問いかけてきたのだろう。

「あっ、希理子!」

 ガンと齋藤はますます身体をこわばらせる。自分達の悪戯に対する報復を希理子

が知れば、根っからの性悪である希理子はここぞとばかりに澤村と共に自分達を追

い詰めてくると思ったのだ。

 だがしかし、事態は思わぬ方向に動いた。

「あっ、ホットケーキじゃん!あたし大好物なんだ」

 希理子はガンの皿ではなく澤村の皿を見て歓声をあげた。

「一口もらってもいい?一口?」

 希理子は澤村の返事も聞かずに自分の身体を澤村の横に座っていた成瀬との間に

ねじ込むように入り込むと、勝手にフォークを手に取った。

「あっ!」

 それを見ていた周囲は誰もが止めようとしたのだが、その前に希理子はそのシロ

ップの滴り落ちるホットケーキにぱくついていた。そしてその次の瞬間には大きく

目が見開かれ、周囲の誰もが希理子の口からは絶叫なり雄叫びがあがるのだと覚悟

を決めた。

 しかし、希理子の口から出たのは意外な反応だった。

「う〜ん、美味しい」

「・・・・・えっ」

 まさにとろけそうな至福の笑みで微笑む希理子に誰もがあぜんとする。

「こういうふうにね、メープルシロップ掛けまくって食べるホットケーキが大好き

なんだ。みんな変わってるとかおかしいとかいうんだけど、ホントに美味しいんだ

からね」

 そう言って笑うともう一口そのホットケーキを口にした。

「だけど澤村もこれが好きだったなんて意外だね、あんたとは趣味があわないと思

ってたけど、同じ食べ方が好きだなんて何だか嬉しいよ」

「……ああ」

 希理子の満面の笑みに押されて澤村は思わずうなずいてしまう。

「ほら、食べなよ?今が一番とろとろしかけで美味しいよ」

 そう言うと、希理子は自分が口にしたフォークで一口分取ると澤村の口元にその

ぼたぼたのホットケーキを差し出した。澤村はそのあまりの展開と勢いに押されて

思わずそれにぱくついてしまう。

「ね、最高だろ?」

 ますます艶やかになる華のような笑顔。その愛らしさ、美しさに澤村を含めたそ

の笑みを見た者すべてがうちのめされた。

「!……ああ」

 口の中をみたす甘さすら打ち消してしまう極上の甘味に澤村は我も忘れてごくり

とつばをのみ込んだ。

「こっちも食べてみなよ、焼き立てのワッフルにねバニラアイスのせて、その上に

コーンフレーク散らしてさ、そんでメープルシロップとチョコレートソースかけて

食べるの!あまくて、とろとろして、でもさくさくでほこほこして旨いんだよ!」

 意味不明の解説をしながら無理矢理テーブルの上に乗り出すようにして自分の席

に置かれていた自分の皿を引き寄せると、先程と同じようにワッフルを一口分切り

取って澤村の口元にさしだした。

「ほら!」

「ああ……」

 ぱくっ───澤村はうながされるようにして、その希理子の差し出したまたまた

甘そうな物体を口に含んだ。

「美味しいだろ?ねっ」

 澤村はその希理子の満面の笑みの前でらしからぬほど赤く頬を染め、こくこくと

頷いた。

「他にもねぇ──────」

 希理子はそういうと次々と自分が注文していたおぞましい程に甘いデザートをつ

ぎつぎと澤村の口に放りこんでいく。本人────希理子にはそういった意識はな

いのだが、その様子はまさにイチャつくカップルそのもので、この2人の普段の中

の悪さを知っている部員達は天変地異でも見るかのように硬直し、たまたま喫茶店

にいた他の客達はみめ麗しい恋人同志のその姿に目を当てられたと言った様子で顔

をそむけながらも次はなにをしでかすかと遠巻きにしている。

「────もしかしたら本当に旨いのかな?」

 成瀬がそのあまりの様子にそうつぶやいた。

 自分の親友が希理子のいいなりになって、普段なら絶対口にしないようなメニュ

ーを食べ続けているその様子を見て好奇心が涌いてきたのだ。

「そっ、そうかもな……」

「ああ……」

 同じく唖然としていたガンや齋藤も頷いて、取り残された明太子スパゲティーの

上に存在するメープルシロップづけのホットケーキに目をやる。

 そして恐る恐るフォークをのばすとそれぞれが一口分づつ、シロップのしたたる

それを口に含んだ。

「……────!!!!!!!!!!」

 一瞬の空白、襲いくる絶句。口の中に存在する何とも言えないその物体を無理矢

理消化させるとそれぞれがゆっくりと澤村と希理子の方に目をやった。

「・・・・・」

 その視線の先では澤村はまだ希理子が差し出す甘ったるい物体を次々に消化し続

けていた。希理子の顔にはあいかわらず満面の笑み、そして澤村の顔は微かに紅潮

し、平然さを装いながらも瞳はとろけそうな程に優しかった。

「………恋は盲目ならぬ盲口、ってことか?」

 ガンが口にした結論に全員がこくこくと頷く。

 何かを食べる時、先に味の濃いもの───つまり甘かったり、辛かったりするも

のを食べると舌が麻痺して後から食べるものの味が解らなくなってしまう。おそら

く今の澤村にとって先に食べてしまった激甘な甘味が希理子で、後から口にさせら

れているものの味などわかってはいないのだろう。

「でも、ま、よかったじゃないですか」

「はあ?」

 成瀬のその言葉にガンが疑問符を浮かべる。

「これだけ食べたら、絶対澤村太りますよ」

 目の前に積み上げられていくデザートの空き皿の山を指し示しながら成瀬が言

う。

「だよな」

 確かにそうだろうと思いながら納得の意味で頷き、そして付け足す。

「あれだけ食って太らなきゃ化けモンだよな」


 

 そして翌日部内で身体測定がおこなわれた。そこで部員達は世にも恐ろしいこと

を目撃する。

「……化けモンだ……」

 ホットケーキとワッフル2皿づつ、ケーキ4個、パフェ3つ、かき氷3杯、そし

てあんみつ、白玉ぜんざい、アイスココアにソーダフロート、ほかにも果物のフレ

ッシュジュース計5杯まで消化しても澤村の体重はまったく変動せず、100グラ

ムも増えていなかった。しかもそれぞれのメニューが実は激甘党と判明した希理子

用にスペシャルトッピングがされたメニューであったにも係わらずに、である。

「俺は太らない体質なんだよ」

 呆然として言葉を失っている部員達に対して澤村はキッパリと言い切る。そして

さらにそんな部員達に追い討ちをかけるように希理子がやって来、隠すようにしな

がら体重計にのった。そして一言。

「やった!1キロ痩せてる」

「・・・・・」

 ちなみに希理子は澤村とまったく同じメニューを消化していた。

 その言葉を聞いて部員達はげっそりとし、したくもないのにダイエットに成功し

た人間が続出したのはさらなる余談である。



 
                         THE END. 
     


     


 何だかうまくまとまらなかったのですが馬鹿話です。ちなみにシロップづけホットケーキはホントに『辛い』らしいです(友人談)。ワッフルのバニラアイスコーンフレーク添えチョコ&メープルシロップがけは私の大好物です。普通の味覚を持った人はやめといたほうがいいと思いますけど私は美味しいと思います(笑)
                          2001/7/18 日向 葵

 『あーんしてあーん』が書きたかっただけの話です。別にゲテ喰いでもよかったんですが甘い方が話の『甘さ』が出るかと思ってそうしました、たしか。 《2001/8/20》  

  

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