「お、おい、桜井!」
「ん?」
ふりかえると白い頬を微かにピンク色に染めた希理子が立っていた。
「何だい希理子、何か用かい?」
「あのさ、あんた何が欲しい?」
「……へっ?」
希理子の口から出た突然の問いかけに思わずほうけ顔になる。
「突然いったいどういう風のふきまわしで……」
あまりのショックで言葉を繕うことさえ忘れて桜井は思わずそのままの表情で問い返す。
「なんて言い種だい!」
その言葉にすかさず正拳突きを喰らわせながら、それでもその言葉のわけを希理子は説明した。
「あんたさ、もうすぐ誕生日だろ?去年も一昨年ももらったからさ、今年はちゃんとかえしとこうと
思ってさ。─────いったい何がいい?」
「!、ああ、えーっと……」
急にそんなこと聞かれても────という感じで桜井は上目遣いで考え込む。
「まっ、いいよ、何がいいか考えといて」
そんな桜井の様子に肩をすくめるとそう言い残して希理子はそそくさと去っていた。
「そういえばもうすぐ誕生日だったな……」
愛しい希理子の誕生日は364日前から(笑)カウントダウンしているくせに、そのまるまる1月
前にある自分の誕生日の存在を桜井はすっかり忘れていた。
そういうわけで急に欲しいものを問われてもまったく一切出てこない。
もともと物欲が乏しい方だし、金持ちの家の跡取りの一人っ子ということで甘やかし放題にされて
いるのであえて欲しいものなど何もない。
そんなワケだから希理子が自分の誕生日を覚えてくれていた、もとい知っていてくれていたという
事実だけで完璧に満たされてしまって、何がいいか思い付かない。
欲しいモノ…。欲しいモノ…。欲しいモノ…。う〜ん…。欲しいモノ、欲しいモノ、欲しいモノ
…。干し芋の??
……さいごにはそんなギャグまでたどり着くぐらい桜井は悩み続けた。そしてとある答えにたどり
着く。
「!」
もうその瞬間それ以上の『欲しいモノ』など出てこない。絶対絶対これをもらおう────桜井は
己にそう誓うと誰が見ても変人チックにうかれながらスキップで立ち去っていった。
後日────桜井の誕生日当日、どういうわけか完全にすれ違い続け、あの問いかけから始めて希
理子と桜井は顔をあわせた。
「で、何がいいか決めてくれた?」
「うん」
「何だい?高いもんは却下だからね」
「ははは、教えるから耳貸して」
桜井はそう笑いながら希理子を手招きする。
「なんだい、何だか仰々しいねぇ」
口では不平そうな様子を漏らしながらも希理子は素直に耳を傾ける。
すると桜井が大きな身体をつんのめりにしながら希理子の顔右側面にゆっくり顔を近付けた。そし
て生まれたフリーズ状態。
「!!!────なっ、なっ、なっ、何すンだい!!」
「おおっと」
振り上げられた拳をひょいっとさけながら桜井は面白そうに笑った。
「だってこれが欲しかったんだもん」
自分の口唇を人さし指でそっと触れながら希理子に向かって微笑みかける。
「か、か、か、勝手に持ち主の承諾も得ずに盗むようなマネすんじゃない!!」
その様子に希理子はますます慌てふためき真っ赤になりながらゴジラのごとく暴れまくり始めた。
実はさきほど桜井は希理子に耳打ちするように見せ掛けてほっぺにちゅうっとしていたのだ。その
不意打ち抜き打ち突然のキスに希理子は恥ずかしさと怒りの頂点に達している。
だがそんな希理子をもろともせずに桜井はひょいひょいひょいっと攻撃を避け続け、さすがの希理
子も疲れ果てて息切れしてきた頃に一枚の紙を差し出した。
「気がすんだ?────はい、これ」
「……?」
あまりにあっけらかんとした様子でにこにこと笑っている桜井に毒気を抜かれ、疲れ果てているこ
ともあって希理子はあっさりそれを受け取ってしまった。
そして受け取ってしまったその紙、そのメモを見て目をしばたかせる。
「……なにこれ?」
書かれているのは某一流ホテルの名前とその中でもかなり高層階、おそらくスイートルームが鎮座
まします階のルームナンバーだった。
「俺が欲しいのは『希理子』、今日ここで待ってるから絶対来てくれ、約束だぞ」
それだけ言うとにこりと笑ってまさにるんるんスキップで立ち去っていってしまった。
「……………………………………………………………………!!」
時間にして十数秒、完璧に固まってしまっていた希理子はやっとのことでその驚愕から抜け出し
た。
その頃にはすでに桜井の姿は敢然にフェードアウトし、姿形は見当たらない。
「だ、だ、誰がいくもんか〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
希理子の絶叫が放課後独特の静けさに包まれた校舎内を駆け抜けた。
その夜、その某ホテルのスイートルームに希理子が行ったかどうかは誰も知らない。
Fin.
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