| ウラ7月の悪戯 |
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「よぉ、希理子じゃないか!」 偶然もあるものだと桜井は思った。今日は試験期間が終わり、まさに夏休み直前の最後の 休日だった。そのため若者でごった返している渋谷の街はいつもにも増した人込みで溢れか えっている。その中で人独りと出会う確率などかなり低いはずだ。だがこうやって出会えた とは結構運がいい。たまたま見た『めざましテレビ』のラッキーアイテムをちゃんと持って きていたのがよかったのだろうか。 「何だい、あんたは予備校かい?」 本当は先に希理子の方が自分に気が付いていたのだろう。平静を装っているがいつもなら まっすぐ見つめてくる瞳がどことなく落ち着かない様子からそんなことなどお見通しだ。だ けどここでそれに突っ込んでは希理子の機嫌を損ねてしまう。せっかくのチャンスなのだ。 デートとまではいかないもののお茶ぐらい一緒にしたい。 「うん、今終わったとこ」 適当に答えながら近寄っていくとどうも希理子の様子がおかしい。自分と視線を合わそう としないし、その夏の日ざしをうけて輝く肌がまさにキラキラと煌めいている。今年の流行 らしいラメ入りの化粧品でも塗っているかのようだ。 「なあ、何かお前の顔キラキラしてないか?」 そう問いかけた瞬間に希理子の空気が一瞬ビシッと固まる。だがその次の瞬間には平静を 装っている。さすがだとは思いつつもその様子が気に掛かる。 「気のせいだろ?もしかしたら日焼け止めがてかってるのかもしれないけどさ」 その言葉と共に『いちいち聞くな』という感情がありったけこもった瞳を自分に向けてき た。そこまで意固地になってはぐらかそうという理由がかえって気に掛かる。 希理子は普段はまったく化粧をしない。というか希理子にはそんなもの必要がない。素肌 の美しさも切れ長の瞳も美しく繊細に弧を描く眉も薄くてだけど官能的にも見える唇も、す べての造作が同年代の少女達のそれの美しさより抜きん出ている。だからなのか希理子は自 分を『創る』ことにあまり興味がないようだった。じぶんのことをよく『あたしほどの美女 はいない』とかいっているが、それはまさに自分への興味がないことの現れなのかも知れな い。あえて自分をよく見せようとしないその彼女の自然体さが桜井には何にもまして好まし いのだが、その希理子が自分という人間をかえてまで綺麗になろうとしたらしいことが桜井 にはひっかかる。 まさか誰かとデートだったのか?そう考えて内心頭をふる。だが希理子の漆黒の髪はいつ もより数段丁寧にブラッシングされ、まさに天使の輪ッかとかいうやつがいくつも連なって さえ見える。服装もコーディネイトされており、暇つぶしに出てきていたとは思えない。そ もそも希理子は人込みが嫌いだ。渋谷に用があるなら平日の学校帰りや授業をさぼって来て いるはずだ。それなのにあえて人込みが多い休日にこの場にいるなど理由が気に掛かる。ぜ ひとも真相を確かめておかねばならない。 「それにしたらなんかキラキラぐあいが激しいような」 とりあえずそう突っ込んでみる。すると後方から野太い声がしてきた。 「やっだあ、希理子ちゃん!とっくに帰ったと思ってたのに、その人カレシ?」 その声の方向を見るとそこにいたのは野太い声で女言葉をあやつる背の高い男だった。や たらに派手な一昔前のパンクファッションに近い格好に、安全ピンとねじまきというデザイ ンのピアスをした30歳ぐらいの男だ。それには流石に驚いた。 「そんなんじゃないよ!ガッコのトモダチだよ。うっとおしいんだから話し掛けてくん な!」 希理子は顔を真っ赤にしながら言い返す。もともと希理子の口は悪いが、親しい人間に対 してほどその度合いがひどくなる。それにしてもどういった知り合いだろうか。 「やだぁ、ひどいわ希理子ちゃん、そこまで言うことないじゃないの。ボクが何をしたって いうの?いいわよ、いいわよ、そんなにボクのこと邪険にするんだったら今日撮った写真バ ラまいてやるんだから」 その男はおよよ、と傷付いた振りをしながら希理子に対してそう言い返した。 「なっ」 希理子がその言葉に思わずハッと息をつまらせ、そして次の瞬間には攻撃を加えようと手 を振り上げた。しかし相手の方が反応が早かった。 「おじゃまみたいだから退散するわ。それ使ってカレを悩殺してご覧なさいよ。今日の希理 子ちゃん本当に素敵だったからどんな男だって思いのままよ」 そう言いながら希理子が手にしていたクラフト地の紙袋を指し示し、その言葉を言い終え るとさっさと立ち去っていってしまった。その去り際に自分の方にウインクしてきたのは見 なかったことにする。 凄まじい勢いだった。さすがは希理子の知り合いといったところか。だが先ほどの会話の 意味はどういう意味だろう。とりあえず聞いてみることにする。 「写真撮ったっていってたけどモデルか何かしてたのか?」 その問いかけに希理子ははぁとため息をついた。言い訳することをあきらめたのか、まさ に渋々といった様子で説明してくれた。 「ああみえても今の男は新進気鋭のデザイナーでね、ヒロミちゃんの知り合いなんだ。その 関係で知り合ってバイト代はずむって言うから引き受けたんだ」 希理子の解説によるとこの近くにそのデザイナーのアトリエ兼販売店があり、その店鋪の なかで今年の夏用の新作を実際に着た写真のパネルを飾ることになり、一般の女性に対する 新しい服装を提案したいというコンセプトにそうべく、モデルではなく一般の素人をそのス チールモデルにしようということになったらしくそのモデルとして希理子に白羽の矢がたて られたということだった。 「だけどその写真を撮る時にさ、夏のきらめきをまとった女性を表現したい、とかいうんで 銀色のラメがめちゃくちゃ入った化粧品を塗りたくられてさ、コールドクリーム使ったんだ けど綺麗に落ちなくて早く家に帰ってフロに入りたいんだよ」 希理子はそういうと自分の顔など素肌を人目にさらしているところを撫でた。そう言われ れば顔ほどではないが首筋や二の腕などもキラキラとしている。 「それに貰ったんだけど、今日の撮影のメインになったヤツがまたすっごいセクシー系のや つでさ、黒地に紫の透けたヤツで普段あんなの着ないから、これ着けろって言われた時には カネに目が眩んで引き受けたの後悔したよ」 希理子はそういうと一人で納得したようにうんうんうなずいている。 黒で紫で透けている?普段着ないから着けろといわれた時には後悔した? まさかとは思うがかっと血が昇ってくる。目の前にいる希理子のその煌めいた肌が何時に もまして色っぽくつややかに見える。 「桜井?」 希理子が自分の顔を覗き込んできた。 「えっ、あっ、何?」 内心を知られるわけにはいかない。だけどごまかそうにも頭の中に浮かんでしまった想像 がどうしても消せなくて目をあわせることが出来ない。 「あっ」 希理子がその理由を推移してしまったらしい。 「あんた、あたしの下着姿を想像したね!」 「えっ!」 その図星の言葉におもわず慌てふためく。 「ヤラしい男だね、汚らわしい!黒とか紫の透けてるセクシー系って言ったけどキャミワン ピのことだよ。何であたしがそんなヤラしい系の下着のモデルなんかするって考えられるん だい!」 その希理子の激しく、しかも高らかな声にさらに真っ赤になってしまう。希理子のいう言 葉はもっともだ。どうしてそんな想像をしてしまったのだろう。情けなくて泣きそうになっ てしまう。 「だけど……」 「だけどじゃない!」 希理子は言い訳しようとした言葉を封じてきた。 「そんな目であたしのこと見てたなんて信じられないよ。もしかしたら下着どころじゃなく てハダカも想像してたんじゃないの?」 「そんなことしてない!!」 思わずさけんでしまった。 「……変な想像しちゃったことはあやまるよ。俺だって男だからそういうことに興味がない わけじゃない。だけどそれは希理子だからであって、希理子にだけはそんなふうに思われた くない」 周囲をみれば下着となんら変わらない服装をしている女の子達が闊歩している。だけどそ の『カラダ』を強調した服装の少女たちをみても何一つ興奮などしない。自分の興味が向く 異性は今の所希理子だけだ。その特別な想いを特別な希理子にだけはどうしても知って欲し い、イヤらしい欲だけだとは誤解されたくない。 「『男だから』って言い訳は卑怯だね。みんながみんなあんたみたいに考えるわけじゃな い。自分自身を正当化するために全人類の1/2を道連れにしようなんざたいしたタマだ よ。あんたがそこまで自己中なサイテイな言い訳してくる男だとは思わなかった」 頭を下げて希理子の顔を見てはいなかった俺はその言葉の語尾がやけにまさに作られ言葉 の様に淡々と響いているのは気に掛かった。だが希理子のその言葉はたしかに正論だが余り に容赦がない。 「俺は……痛てっ」 そんなつもりじゃなかった、──そう言おうとして顔をあげようとしたおでこに希理子が デコピンをくらわしてきた。その行動の意味をうかがおうと希理子の表情をうかがおうとす ると、案の定、希理子の顔にはあまりにキツい言葉とは裏腹に面白そうな満ち足りた笑顔が 浮かんでいた。 「ボンノウ消し飛んだかい?」 そういうと希理子は自分の方を見てますます面白そうに笑った。 「これからインターハイだっていう大事な時期にバスケ以外の余計な雑念を頭ん中にいれて んじゃないよ。あんたは自分がおもってるほど器用な男じゃないんだ。今はバスケのことだ けに集中してないとせっかくここまでやってきたこと無駄にすることになっちまうよ。今日 のところはこれで許してやるからもう2度と変な想像するんじゃないよ」 わざと作っていることが見え見えの子供をあやすような言葉と態度だった。どうやら許し てくれたらしい。 「そんなこと約束出来ないよ。夢にまで出てきそうだよ、希理子のセクシー悩殺系な格好し てる姿」 「なっ」 希理子に合わせて冗談ですまそうと試みたのだが上手くいかなかったようだ。その言葉に 希理子は真っ赤になりながら拳を振り上げて殴り掛かろうとしてきた。だがそれは予想の範 疇だ。ひょいっとその攻撃をかわして笑いかける。するとその様子に希理子はどうでもよく なって来たのか、まさに真夏の太陽そのものの笑顔で笑い出した。 さきほどのデザイナーはまさに見る目がある。希理子には夏がよく似合う。そのからりと した心はまさに夏の空気で、その笑顔は透き通った青空のように見るものの心を癒してくれ る。その笑顔に見とれずにいられる男などこの世界の何処に存在するのだろうか? そうやって笑っていると希理子はまた何かを思い付いたらしく平然とした様子を作りだし た。とりあえずその様子を伺う。 「今度の八ヶ岳の合宿のときにでもこの悩殺系ワンピ披露してやるよ。またあんたにあたし の下着姿なんか想像されたら嫌だから、完全にあんたの中のあたしに対する変な妄想断ち切 ってやる。あっ、でももっとひどい状態になっちまうかね?自分でも結構イケてるって思っ たから女に免疫のないあんただったら完全にあたしの魅力の虜にされちまうかもね」 希理子はそういうと軽くしなを作りながら挑発的な笑顔をその顔に浮かべた。 呆れ返るしかないようなまったく自分の本当の魅力に気付いていない言い種だがここまで あっけらかんとされるとかえって気持ちがいい。 その言葉ぶりから自分はまだ『男』としてそれほど認識してもらえていたのではないと思 い知らされたが少しだけ意識してくれたみたいだ。それだけでも大した収穫だ。 「うん、愉しみにしてるよ」 思わず笑みがこぼれる。夏の光の下で誰よりも輝く希理子を見られると思うだけで心がは ずむ。その日が待ちどおしくてこの瞬間が愛おしかった。
FIN
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