苦手な人
     

     

    

 初めてあの人に出逢った時、『この人は苦手だ』とはっきり感じた。

 俺は無愛想で、感情表現が上手く出来ない。
簡単に言えば、俺は人付き合いというものが下手だ。
だから、周囲の奴は、俺を見て怖がったり怯えたりする。
周囲が俺を避けるように、俺自身も周囲に溶け込めなかった。
自分を変えられない以上、周囲のそのような反応にも、いい加減慣れた。
自分の知らない内に誰かを不快な気分にさせるよりは、余程マシだ。
だが、自分自身から、誰かのことを『苦手』と感じることは今までに一度も無かった。
 周囲が、俺を苦手と感じている事はあっても。

 でも、あの人は違っていた。

 あの人は、俺を見るなりこう言った。
『ホンットに無愛想な奴だねぇ。でも、アンタのその面構え、それだけで強力な武器だよ。』
 そう言うとあの人は、俺の頬に手を添えて、俺の瞳をじっと覗き込んだ。そして、更に付け加えた。
『………澄んだ、キレイな瞳してるね。アンタ、名前なんて言うの?』
『小林…純直……』
『ふぅん……名前に恥じない、真っ直ぐな瞳だね。……羨ましいぐらい。』
 その時の俺には、その意味がすぐに分からなかった。
 ただ、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
 女性に、顔をまじまじと見つめられる事など、生まれてこの方無かったから。
 今となって考えたら、それは一目惚れだったのかも知れない。

 その時の言葉は、今でも鮮明に覚えている。
 だけどその意味は、俺がSFからPFに選ばれて、必死になって練習している時に、あの人が教えてくれた。

『アンタ、言っちゃ悪いけど、その厳つい顔の割に気が弱いんだよ。PFなんてのは、言わば特攻隊長みたいなモンさ。そのアンタが弱気でどうすんだい?』
 部活が終わった後の体育館で、一人リバウンドの練習をしていた俺の所に、あの人がやって来た。
彼女は昨日の試合での俺の失態(PFとして全く機能しなかった事)について話に来ていた。
「……でも俺、どうすればいいんすか………」
「そうだね……。猿真似っぽいけど、アンタがライバル視してる、四谷鵜の原の桑田を思い出してごらん。あいつは、アンタと同い年のクセに、もう正レギュラーの座を射止めてる。なんでだと思う?」
 俺は、真っ直ぐに俺を見つめてきたあの人と、視線を合わせられなかった。
 自分がとても惨めな気がしたからだ。
目を伏せて、考えた言葉を呟く。
「センスと、技術………」
 その言葉にあの人は、やれやれと言った素振りで呆れた表情を浮べた。
 それを見て、俺はますます惨めな思いに苛まされた。
 馬鹿にされた訳ではないのに、身体と心が打ちひしがれた。
 何故か、この人にだけは呆れられたくないと思ったからだ。
「……確かに、桑田のセンスとテクニックはずば抜けてるよ。でも、あいつにあって、アンタには欠落してるものがある。それは分かるかい?」
 俺は、あの人の問い掛けに、必死になって答えを探した。
 でも、考えれば考える程、答えがあやふやなものになっていく。そして結局、俺は答えが分からなかった。
「俺には……分かりません………」
 俺はその言葉を呟くと、項垂れた。
 その言葉を聞いてあの人は、何を思ったか、項垂れた俺の頭をそっと抱き締めた。
 柔らかい胸の感触が、抱き締められた部分を始点として、全身に伝わってくる。
 恐らくその時の俺は、茹蛸のように真っ赤になっていた事だろう。
 何のつもりですか。何を考えているんですか。言いたい事は浮かべど、恥ずかしさと緊張の余り、声が震えて言葉にならない。ようやく言えた言葉も、『汗をかいているから離して下さい』の一言だけ。しかも、その言葉は聞き入れてもらえなかった。
 暫くの間、無言でいたあの人は、俺の頭を抱き締めたまま呟いた。
「しょうがない子だね、全く………。ガタイはいいし顔も怖いくせに、てんで気が弱いんだから。」
 あの人が、俺に対していつも言う、皮肉っぽい台詞。
 でも今日は、その言葉に優しさが込められているような気がしていた。
 そしてあの人は、答えを教えてくれた。
「アンタに足りないのは、度胸。度胸があれば、センスやテクニックの差なんか、ある程度凌駕出来る。言っとくけど精神論なんかじゃないよ。このあたしが言うんだ、間違い無い!」
 あの人は力強く言い切った。
 俺には、その自信が羨ましかった。
「…でも俺、貴女みたいに、強くはなれません………」
 俺は思わず口にしてしまった。
 その言葉を聞いたあの人は、一瞬黙り込んだ。
 俺は、何時ものように怒鳴られるかと思って身構えた。
 だが、あの人の唇から紡ぎ出された言葉は、俺が予想していたものとは全く異なっていた。
「そっか……。ならアンタに、度胸の出るおまじない、してあげる。」
 そう言うと、あの人は俺の顔を強引に自分に向かせた。
「……目、瞑ってくれるかい?」
 俺は、あの人が何をしようとしているのか全く分からず、言われるままに目を閉じた。

 その刹那―

 俺の唇に、柔らかく暖かい、優しい感触が触れた。
 鈍感な俺も、それがあの人の唇だと、すぐに理解した。

「きっ、希理子さんっ!?」
「……目、急に開けないでよ………。あたしだって恥ずかしかったんだから………。」
「希理子さん……なんで………」
 俺は、それでもあの人の真意がまだ分からなかった。
「……アンタ、本当に鈍過ぎ」
 そう言うと、あの人は俺の額を小突いた。
「ちょっとは気付きなよ、あたしの気持ち!」
「え?え?」
「アンタの事、初めて見た時から………」

 そこまで聞かされて、俺もやっとあの人の気持ち、そしてやっと、自分がずっとあの人に対して抱いていた気持ちを認識した。

「……俺で、いいんすか?」
「よくなかったら、こんな事しないよ!」
 俺の失言に、少しふくれてあの人は答えた。
「……すいませんでした、希理子さん。でも、さっきの言葉の続きは、俺から言わせてください……。希理子さん、俺は、貴女が好きです。」
 俺は、真っ赤になりながら、想いを告げた。
 その言葉に、あの人も顔を真っ赤にして、俺に抱きついてきた。
「……あたしも好きだよ、純直。でも、一つだけ、付き合うのに条件つけるからね。」
 いつもの強気な女性ではなく、恋する少女の瞳で、俺を見上げたあの人は、照れ臭そうに言った。
「条件て……何ですか?」
「あたしと付き合ってるって、胸を張って言えるくらいの度胸をつける事!あたしに相応しい男になってくれなきゃ、アンタを選んだ意味、無いんだからね!これだけイイ女モノにするんだから、それくらいの条件いいでしょ?」
 俺は流石に苦笑した。
「……分かりました。今はまだ自信を持って言えませんが、いつか必ず、貴女に相応しい男になって見せます。それまで、見守ってて下さい。貴女が傍にいてくれれば、きっと俺、強くなれます。」
「男に二言は無いね?」
「ありませんっ!」
「よしっ!」

 そして俺は、最愛の恋人と、何事にも揺るがない自信の両方を、同時に手に入れた。

 気が強くて、意地っ張りで、でも素直な心を忘れないあの人は、俺にとっての一番の宝物。
そして、あの人には勝てない。『最愛の人』という、最大の弱みを握られているから。

でもこれだけは、あの人に勝っているものがある。
……希理子さん、貴女への愛情だけは、誰にも負けません。
『世界で一番、貴女を愛しています』 


     

                   ***END***

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 東条慈英さまからいただいてしまいました!もともとサワコバ書きの方でらっしゃるのですが当サイトをみてコバキリにハマっていただけた、とか。その縁でこんなに素敵な小説をいただいてしまいました。
 ホントに嬉しいです!『この腐れサイト続けててよかった』本気でそう思ってます。
 それにしても《『最愛の人』という、最大の弱み》って、なんて素敵な言葉。確かにこうなると小林の立場は弱いッスよね〜。だって人質取られてるみたいなモンなんですから(笑) (by 日向)

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