上南バスケ部I氏の証言。
あの二人のこと?
うん、よく知ってるし、よく知ってるつもりだよ。
そりゃもう最初は大変だったよ。小林の方はあーゆー性格だからウソはつけないし、希理子さんは希理子さんで正直すぎる程正直な小林をからかうことで遊んでるし。
で、だいたいとばっちりにあうのは間に入らされてた俺だからね。どっちもがどっちで俺に相手の苦情を言ってくるんだもん、いったい俺にどうしろっていうんだろね?
でもね、何か予感はあったんだ。よく言うよね、まるっきり性格の違う人間はとことん嫌いあうか、もしくはとことん気があうようになるかどちらかだって。
どっちもがどっちものことものすごく気にしてたからね、きっと判りあえる日がくると思ってたよ。
だけどまあ、ここまで『気が合う』ようになるとは予想外だったけどね(笑)
二人とものこと好きだから、どっちもが幸せになって欲しいとおもうよ、うん。
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××年12月20日天候曇りの日の午後3時52分の出来事
その日、学期末テストも終わり、昼からずっとだった部の練習を抜け出していた小林は足早に体育
館に向かっていた。
入院している父が風邪をひいて発熱したとかで早朝からお見舞いにいっていた母が夕食の準備をす
るために一時期帰宅している時間を見計らってその様子をたずねるために電話を掛けに行っていたの
だ。
よかったことにすっかり熱も下がり、今は熟睡しているのだという。
そういうわけなので急いで体育館に戻ろうとしていた小林の目に、2人の人物がつくり出す一つの
光景がひっかかった。
今どき校舎裏、というのはないと思うのだが、それでも告白場所として定番のその場所で自分がよ
く見知っている人物がよく知らない相手と向き合っていたのだ。
漆黒のつややかな髪にしなやかな肢体の口を開き、動きさえしなければ誰もが認める美少女矢部希
理子である。
入部して以来数ヶ月の間、顔をあわせる度に苛められたり喧嘩をしたりするこの相手に対して小林
は苦手意識をもっている。
なのでそのような場所に希理子がいることは確かに気になったが、それ以上にかかわり合いになり
たくない一心で少し遠回りをする格好で足早に気付かれないように小林はその場を後にしようとし
た。
だがそんな小林の耳にさえハッキリと言い争っているような声が聞こえて来た。
「だからさ、どうしてあたしがあんたなんかとつきあわなくちゃならないのさ?!」
不機嫌きわまりない言葉でそう言っているのはもちろん希理子である。
そのあまりの大声に小林は思わず立ち止まり、ハッキリいえば『のぞき見』をしてしまった。
「『よく知らない人間だからつきあえない』って言ってンのに、『だったらよく知り合うためにつき
あおう』なんざ完璧に矛盾してるだろ?!」
先ほどの言葉に続いて希理子は声高にそう言い放つ。
「でも……!!」
あまりの剣幕にたじろいだ様子で向かい合っている男は言い返そうとしている。
学年章から見て自分の先輩に当たる人に対してこういう言い方では失礼だが、小林の目から見ても
その男はどこか『弱そう』な人物だった。ちなみにこの場合の『弱そう』とは『見た目』だけでなく
『心』もである。
おそらく自分にないものを求めて恋愛してしまうのの極地で、この人物は希理子に惹かれてしまっ
たのだろう。性格の善し悪しうんぬんをのぞいて、希理子の『強さ』は本物である。どんなときだっ
て希理子は絶対に自分を、自分の意志を曲げはしない。その姿は希理子を苦手に思う小林も憧れずに
はいられないものだった。
「ハッキリ言うよ、多分あんたの望み通りつき合ったってあたしはあんたを好きにはならない、絶
対、一生好きにはならない」
希理子はその辛らつな言葉を視線一つ外さずに言い切った。
「たとえこの世に男と女があたしとあんただけになったとしても、あたしはあんたを好きにはならな
い」
そしてそこまで言った言葉に続けて、とどめとばかりに口元をゆがめながら高らかに笑った。
「まあ、それでもどうしてもつき合いたいっていうんならさ、1億くれるっていうんなら考えてみて
やってもいいけどね」
だが、さすがにこの台詞と希理子の相手を馬鹿にしきった表情には気の弱い男もぶちっと切れたよ
うだった。
「……このっ!!」
一瞬の沈黙の後にすかさず希理子の胸ぐらを掴み、殴り掛かろうと拳を振り上げた。
「────!!」
だがその振り上げられた拳は希理子には届かなかった。そのかわりにかなり鈍い音が別の人物の頬
の上で発せられていた。
「いくら腹がたったとはいえ、女性に手をあげるのは男として恥ずべきことではないっすか?」
そう言ったのは小林だった。その唇からは殴られた拍子に切れたのか、かすかに血がこぼれてい
る。
「失礼ですけどあなたでは希理子さんとつき合うのは無理です。あなたは希理子さんのことを何一つ
わかっちゃいない」
真正面から自分を殴った相手を捉え、小林はその男を促す。
「行って下さい」
「…………」
その男は動かない。
「行って下さい」
「…………」
小林の鋭い眼光と、くり返された言葉の冷淡さに希理子を殴ろうとし、結果として小林を殴ってし
まった男は逃げ出していった。
「あやまらないからね」
その男が完全に視界から消え去った後、希理子はそう言った。
「だれもあたしをかばってくれなんざ言ってないんだから、あたしはあやまらないからね」
いつもより慌てた早口な言葉────それは天の邪鬼で、照れ屋で、素直に自分を出せない希理子
が本心とは正反対の言葉を口にする時の癖だった。
「わかってます」
それをこのときにはもう理解していた小林は希理子の内心の心の動きと合わせて、自分自身が勝手
に割り込んだことだからという思いも含めてゆっくりと頷いた。
「でもどうしてなんですか?希理子さん」
先ほどの男に対したのと同じように小林は真正面から希理子を見つめながら、自らに浮かんだ疑問
の言葉を口にする。
「どうしてわざと怒らせるような────殴らせるような言葉を言ったりしたんですか?」
「なっ、何を────」
希理子は小林の口から出た、自分には予測もつかなかった言葉に目を見開く。
「わざとでしょう?」
だがそんな希理子の様子を鏡のように自分の瞳に映しながら小林は尚も問いを重ねる。
「わざと怒らせてた───違いますか?」
ゆっくりと、静まり返ったその空間にその言葉が響く。その澄み切った静寂の中で希理子はしばし
の峻中の末、大きなため息をついた。
「───『違う』って言っても、信じちゃくれないんだろうね、あんたは」
そして長い髪を後ろに流すようにかきあげながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「だってさ、あたしにゃ無理なんだよ───あたしにはそんなこと出来ないんだよ」
「えっ───」
出て来た言葉はもちろんのこと、何よりいつもと違う希理子のその憂いを秘めた様子に小林は目を
見開く。
「あたしはね、『あたしが好きな人間』にしか優しくなんて出来ないんだ───優しくなんてしてほ
しくなんだ」
希理子はそう言いながらどこか遠くを見つめている。
「だってさ、優しく仕返せない相手から優しくしてもらったって気を遣うだけだろ?だったら優しく
なんてしていらない、いっそのこと嫌ってくれたら───憎んでくれたら、その方がずっと、ずっと
いい─────」
「───だから、ですか?」
小林は思わず絶句しながら言葉をつなげた。
「だからわざと相手を怒らせて殴らせようなんかしたんですか?」
「──────」
希理子はその問いかけに微笑んだ。とても綺麗に───ほんの少しだけかなしそうな自虐の笑みで
そっと笑った。
「馬鹿なことはやめて下さい!!」
小林は思わず叫んでいた。
「自分で自分を傷つけるような真似など本当の馬鹿ですよ!!」
「何ぃ?!」
大声で馬鹿馬鹿怒鳴られて希理子はむっとして小林を睨み付けた。だがその視線の先で、希理子以
上に怒った様子で小林が希理子を睨み付けている。
「だって希理子さん傷付いてるじゃないっすか?!人を傷つけるような言葉を言いながら、傷つけた
相手以上に傷付いてるじゃないっすか?!そんなの馬鹿のすることですよ、本物の馬鹿のすることで
すよ!!希理子さんを───希理子さんを本気で好きになった相手なら、きっと希理子さんのそんな
気持ちわかってくれますよ、わざと嫌われるような真似しなくても、ただ希理子さんを好きなだけで
全然満足するに決まってますよ!!」
珍しくそこまで一気にまくしたて、その珍しい剣幕にいささか目を見開いた希理子の様子に冷静さ
を取り戻しながら、小林はそれでもこれだけは言わなければならないとばかりに一言付け足した。
「───だから止めて下さい、自分以外の誰かの為に平気で自分を犠牲にするようなことは」
荒い吐き出すような息の中でそう言い、小林はそっと目を伏せた。
「──────あんたの方がよっぽど『馬鹿』だよ」
「えっ────」
微かに聞こえて来た言葉に驚いて視線を向けるとその先では希理子がとても綺麗に微笑んでいた。
「あんたの方があたしよりずっと馬鹿だって言ってるのさ」
そう言いながらそっと殴られた為腫れ上がって来ていた小林の頬にそっと手をのばした。
「てめぇが嫌いな女の為に怪我するような男にだけはそんなこと言われたくないね」
「!!────」
にやりと笑ったその悪戯めいた視線とその言葉に小林は思わず真っ赤になった。
「行くよ」
そんな小林に希理子はますます綺麗に笑う。
「今日はあたしの誕生日なんだ。奢るから上手いラーメンでも食べにいこうよ」
「えっ、でも……」
話の展開についていけずに小林は目を白黒させる。だがそれを無視するように希理子は勝手に歩き
始めた。
「『傷心の乙女』を一人でほったらかしにする気かい?それじゃあ男として失格だと思うけどな」
『誰が傷心の乙女だ!』と思わず突っ込みたくなった小林の思いを余所に、希理子は振り向いてに
こりと笑った。
「行くよ、あんたに『優しく』して欲しいんだ」
その笑顔は寒い冬だというのに小林に常夏を感じさせる程まぶしい、愛しさに満ちたものだった。
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この時俺はやっとわかったんだ。どうして希理子さんを見てしまうのか、そのワケが───。
『好きな人間以外に優しくしてほしくない』───そう言った希理子さん。
その希理子さんに『優しくしてほしい』と言われた自分。
それが現実だとわかった瞬間に、俺の中で確かに何かが弾け飛んだんだ。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、本当に何がなんだかわからなくなった。
だけど自分が希理子さんを愛してるって理解してもそれを伝えることが出来なくて
───伝えていいかわからなくて、
それを言葉にするのにそれから1年以上も掛かってしまったんだ。
『好きです』って決死の思いでそう告げた時、
希理子さんは少し怒った顔をして『いつまで掛かってるんだろうね、このうすのろは!』って、
それでもとても綺麗に微笑んで俺の方に抱き着いてくれた───許してくれた。
俺は一生あの時のことを忘れない───いや、あの時のことだけじゃなくて、
希理子さんと過ごしてきた、そして過ごしていくすべての日々を
絶対に忘れることなんて出来ないんだ。
天の邪鬼だけど、意地悪だけど、心の一番深い部分は誰よりも綺麗で純粋で、
だからこそ誰よりも輝いている希理子さん。
俺はその笑顔を守りたい───その笑顔を誰より一番近くで見ていたい。
それを許してくれた希理子さん───俺の愛しい、誰より愛しい希理子さん。
一生掛かってもきっと愛しきれないって分かってるけど、その限界まで挑戦してみたいんだ。
そうしたらいつかきっと、希理子さんが俺に与えてくれる幸福以上の何かを
希理子さんに贈りかえすことが出来るようになるかもしれないから──────。
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この時にあたしはやっとわかったんだ。
どうしてついつい小林を見てしまうのかっていうそのワケを、ね。
ホントに不器用な男だよね、信じられないぐらい馬鹿で、純粋な男だよね。
この後さ、結局部活さぼって二人でラーメン食べに行ったんだけどさ、
アイツったら無断でさぼるわけにはいかないって『さぼります』って部室に置き手紙したんだよ!
信じられるかい?
でもそんなアイツがあたしを選んでくれたんだ───好きになってくれたんだ。
これって凄い奇跡だよね?絶対手放せない本当の奇跡だよね?
アイツはきっと知らないんだ、『好きです』って告白された時、
あたしがどんなに嬉しかったのかを───その瞬間をどんなに待ち望んでいたかを───。
だって自分からじゃ恥ずかしくて絶対言えなかった。年上だっていうプライドもあって、
自分からは絶対言えなかったんだ。
でも後からすっごく後悔したんだ。
アイツがあたしのことを好きじゃなくてもきっとあたしはアイツのこと好きだったけど、
自分がアイツを好きなんだってアイツに伝えられる嬉しさは、
ただ好きなだけの何十倍も幸せなことだったんだから!
だからね、せっかちなあたしだけどゆっくり伝えていくんだ。
きっと一生使っても全部は伝えられないけどね、
それでも何分の1かはあたしの『好き』をアイツに伝えられると思うんだ。
そしたらいつかきっと、アイツがくれる優しさ以上の何かを
アイツに贈りかえしてやることが出来るかもしれないから──────。
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××年1月21日天候曇り後晴れの日の午後5時48分の出来事
部を終えた小林と希理子は2人で口論していた。
「奢るっ!!」
「いいえ、結構です!」
そう言い合う二人の息はすっかりあがってしまっている。
「どうしたんです?先輩達」
そう言って声を掛けてきたのは成瀬である。普段冷静沈着っぽい小林の珍しく声をあらげた姿に目
を白黒させてのことだった。
「ああ、聞いとくれよ成瀬!」
目の前にいる相手にこれ以上言っても無駄だとばかりに希理子は話をそちらにふった。
「今日ねコイツの誕生日だからさ、プレゼントがわりに晩飯おごるって言ってるのに断ってくるんだ
よ!バイト代入ってリッチだから気にすることないって言ってるのに!」
「はあ……」
成瀬は思わずため息をついた。何ごとかと思えばただの夫婦喧嘩ならぬ恋人喧嘩である。犬も喰わ
ないどころか、この二人の喧嘩を喰おうものならハッキリ言ってただ事じゃすまないこと必至であ
る。
それでも一旦口を挟んだからには何か言わねばと考えて、とりあえず無難な言葉を口にした。
「でも男が女の人に奢ってもらうのって、イヤな人にはイヤなのかもしれませんよ」
だがこの結構いいかげんな忠告が的を得ていたようで、小林は助け舟とばかりに目を輝かせた。
そしてそれを見のがさなかった希理子は見せつけるように盛大なため息をついた。
「はあ、男女平等の世の中だっていうのに何言ってるんだろ。別にフランス料理のフルコースや満願
全席奢ろうって言ってるわけじゃないんだよ?それなのに男も女もないと思うけどねぇ」
基本的に希理子は誰にでもたかる人間ではあるが、『恋人』として対等につき合いたいと思ってい
る相手に対しては金銭的に平等でありたいと思うタイプだった。
それゆえに昔気質な男である小林の気持ちがわからないではないが、なんだか釈然としなかった。
そんな希理子に困ったような表情を浮かべながら小林は自分の思いを素直に伝えた。
「すみません、でも何となく嫌なんです」
そして付け足す。
「俺は希理子さんが俺の誕生日を祝いたいって思ってくれたそれだけで充分すぎるくらい満足っすか
ら──────」
そう小林はぼそぼそと微かに頬を赤らめながら周囲で聞いている人間は砂吐きまくりのこっぱずか
しい台詞を口にした。
「はあ」
それに対して希理子は再び大きなため息をついた。そして数瞬の思考の後、何かがひらめいたとば
かりに手を叩くと、表情を輝かせながらこう叫んだ。
「じゃあこうしよう!」
「はい?!」
突然希理子のその言葉に目を白黒させながら小林が続きの言葉を待つ。
「ご飯を奢られるのが嫌なら晩飯は割り勘にしよう。でもそのあとのホテル代は全額あたしが出すっ
ていうのはどう?」
「えっ、『ホテル代』?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その言葉に小林は思わず真っ赤になり、そのまま数歩引き下がる。
「そう」
だけどそんな小林に対して大きく頷くと、希理子はすました表情でそのまま付け加えた。
「あんたへのプレゼントは『あたし』、『ホテル代』はそのオプション」
これなら受け取ってくれるだろう?──────そう言って微笑んだ希理子の表情は魅惑的で扇情
的、そして何より小悪魔めいて小林をすかさず悩殺した。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
余すところなく真っ赤になりながら小林はその場で硬直してしまう。もちろん嬉しいし、絶対欲し
いものだがいかんせん思春期な小林にはその明け透けな言葉は刺激的すぎた。
ベッドの上では普段とはうって変わって大胆で情熱的なのに、それ以外の場所では幼稚園児でも照
れないようなことにさえ反応してしまう。
「さあ行こう」
そのある意味見なれた恋人の様子を希理子は面白そうに笑いながら、希理子は小林の自分より2周
りは楽に大きな手を引いた。
「あたしにたっぷり『優しく』させて?」
甘えた口ぶりはからかい半分本気半分で、にこりと笑ったその表情は小林の一番好きな顔だった。
「はい──────」
恥ずかしさも周囲の視線も忘れて小林は希理子とともに歩き出す。
幸せで、嬉しくて、舞いだした雪さえも 自分を祝福しているかのようで、小林は生まれることが
出来たその奇跡にいつも以上に感謝していた。
終わり。
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