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ここは上南高校図書室。明後日からの夏休みの前に夏休みの長期貸し出しを利用しようと普段にくら
べればそれなりに多くの学生がその教室内をうろうろしていた。
そんな中、図書室の隅の閲覧用の大きなテーブルに何冊もの本を広げ、ナニやら調べものをしている
人物がいた。
もしもその人物を知る人が見ればおそらくほとんどの人間が腰を抜かしてしまうだろう程その人物と
図書室は似合わない。だがこの時ばかりはそういうことも言えない程真剣な眼差しでその人物、その少
女は本をめくっていた。
その少女の名は矢部希理子17歳。娯楽雑誌ならともかく活字だけの本なら年間に1冊読むか読まな
いかという読書からはまったく縁遠い人間である。
「やっぱ無理か……」
そうつぶやいて希理子はしげしげと見ていた本を閉じた。そして山のように、とまではいかないがそ
れなりに積み上げた本の山の上に閉じたばかりの本を置いた。
それを見ていた男が一人。こちらは図書室の常連で、受験勉強の合間に週に1冊は必ず本を読むとい
う読書家である。
「ん、どうしたんだ、希理子?浮かないカオして」
「ああ、桜井」
当然のように自分と向かい合う席についた桜井は希理子の手元にあった本に目をやり、それを指し示
しながら問いを重ねた。
「それ地図だよな?どこか旅行でも行く気なのか?」
「違うよ」
その言葉に希理子はぶるんぶるんと大きく首を振った。
「いやね、せっかく北海道いくんだからさ、赤いひまわり見に行けないかと思って場所調べてたんだ」
「『赤いひまわり』?」
初めて聞くその言葉に桜井は少し目を見開いた。そんな桜井に希理子は一冊の本を指し示す。
「これさ、変わってるだろ?」
そう言って希理子が見開きで差し出したそのページには一面の花畑が広がっていた。まさに雲一つな
いような青空の下で揺れている赤というよりも朱色の花。
その美しさは見事なもので美的感覚にいささか欠点がある桜井の目にもそれはまさに天上の風景のよ
うに映った。
だが同時にどうしても一つの疑問が浮かび上がってきてどうしようもなかった。
「ホントにこれがひまわりか?!」
桜井の疑問も当然だった。
何枚かアップで映っている写真のそれはとても『ひまわり』には見えなかった。普通のひまわりにタ
ネができる部分はオレンジ色でまさにおしべの花粉を纏いやわらかそうで、なによりひまわりの特徴と
もいえる細長くいささかとんがった花びらは丸く、幅も広かった。
「うん」
その桜井の疑問に対して希理子は大きく頷いた。
「まあ、でもね、やっぱ日本のひまわりとは種類が違うんだってさ。何でも中南米原産の花で、『チト
ニア』とかいうのが正式名称なんだってさ」
自分も初めて見た時信じられなくて調べてみたのだと希理子は別の、今度は花の図鑑を開いて桜井に
対して指し示した。
その説明によると日本のひまわりよりも寒さに強くだいたい8月から10月まで咲く花だそうで、花
自体の直径は10センチ程、高さは1メートル前後で、普通のひまわりなら一つの茎に対して花は一つ
が標準だが、この種のひまわりは何十もの花をつけるらしい。
「家に送られてきた旅行会社のパンフ暇つぶしに見てたら載っててね、あんまり変わってるからさどん
なもんだろって思って調べてみたんだよ。そしたらだんだん本物が見たくなっちまって、せっかく北海
道に行くんだから直に見れないかって思って場所調べてたんだよ」
桜井はその希理子の言葉に納得して微笑んだ。暇つぶしに旅行会社のパンフを見てハマってしまうと
はまさに希理子らしい。
それに話を聞いているうちに桜井自身もこの花に興味が涌いてきた。
「で、何処だったんだ?」
「追分」
希理子の即答に目を白黒させる。
「札幌からクルマか電車で1時間くらいだってさ」
「はあ、そりゃ無理だ」
初めて聞く地名に合わせて比較的分かりやすい場所を示してもらって桜井は希理子の落胆の意味を理
解した。
北海道は基本的にクルマ移動が原則なところがある。なので札幌や函館など大都市から離れると電車
の数がかなり少なくなる。金持ち私学ならせっかくの全国大会出場での遠征ということで2、3日が与
えられ観光でもさせてもらえるのだろうが、貧乏校である上南は負けたら翌日には撤収という情け容赦
ない現実が待っている。ので、とてもじゃないがそんなところまで遠出をしているヒマはないだろう。
「なんでも今年から試験栽培らしいけど白いひまわりも見られるんだってさ。こっちのほうは完璧にひ
まわりなんだよ」
希理子のいうとおり、新たに希理子が指し示した写真に映るそれは黄色のひまわりの花びらからまっ
たく色素をぬきとったかのような純白の花びらをしていた。一般的に雄々しく逞しい印象を与える黄色
のひまわりとまったく同じ姿形なのに、ただ色がないというそれだけなのにその白いひまわりはまった
く違う繊細な、それでいて鮮烈な印象を見るものすべてに与えた。例えるならば黄色のひまわりが太陽
そのものなら白いひまわりはその太陽からもたらされる純粋な光そのものとでもいった感じだろうか。
「せっかく北海道行くのにこんなイイもの見れないなんてさ、何だか損した気分だと思わないかい?」
希理子は身を乗り出すようにして桜井に詰め寄った。相当この紅白のひまわりが気にいってしまって
いるようで、近くまで─────半日もあれば充分行って帰ってこれるほどすぐ近くまで行くのに見に
行けないことが相当悔しいらしい。
「仕方ないよ、残念だけどさ」
「ちぇっ」
困ったように肩をすくめた桜井に対して希理子は同じく仕方がないといった様子で再び広げた本を閉
じるとそれらの本を手に、取り出した書架にそれらの本を戻し始めた。
桜井はそれを手伝いながら希理子に向かって話し掛ける。
「今回はさ、残念だけどまた今度においとけばいいよ。まだまだ若いんだし見に行くチャンスもある
さ」
「何だい、何だい、そのセリフは?あんたもう棺桶に片足つっこんだ老人かい?」
「ひどいな、まだそこまで年とったつもりはないよ」
希理子のかなりディープな冗談に桜井は苦笑する。
だが希理子のその言葉は桜井からの半分慰めのような言葉に対しての恥じらいとでも言おうか、とに
かく素直にうんと頷けない希理子だから出てきた言葉だと桜井にはわかっていたのでそれに対しては言
い返さずにただ自分の想いだけを伝える。
「いつかさ、一緒に見に行こうよ。お前があんまり熱心だから俺もなんだか本物が見てみたくなった
よ」
そしてニコリと笑う。
「その『ニセひまわり』をさ」
「この!」
「ゴメン、ゴメン」
自分がすっかり魅了されてしまった赤いひまわりを馬鹿にされたのだと思って希理子は拳を振り上げ
た。だが桜井の言葉に一理あると納得してもしまっていたので平謝りする桜井に実際に拳を喰らわすの
は零コンマ5秒程の思考の末やめた。
「今度そんなこと言ったらぶちのめすからね!」
そう言って拳をおさめた希理子の心情を知ってか知らずか桜井はホッと胸をなで下ろして大きく息を
吐き出した。
「そろそろ行くよ、そろそろ皆練習始めてるだろ?」
希理子は手早く残りの本を本棚にしまうと桜井をそう促した。時計を見ればいわゆる昼休憩の時間が
終わりかけていた。桜井は慌てて自分が借りる予定だった本の貸し出しを受け付けてもらうと希理子と
並んで図書館を後にした。
「わっ、暑い!」
図書館の中はクーラーが効いていた為廊下にこもった蒸し暑さに思わずカオをしかめる。
「でもこれが何だか『夏』って感じだよね」
思わず吹き出してきた汗を拭いながら希理子は窓の外に目をやった。その視線の先には透き通るよう
な青空とそれに向かってそびえるように花をつけている黄色いひまわり。
「たしかひまわりの花言葉って『あなたを見つめてる』だったよな?」
「良く知ってるねぇ」
桜井の口から出たその言葉に希理子は感心した表情を浮かべた。だが次の瞬間、そのカオをいつもの
ように悪戯めいた表情に変えてニヤリとしながら一言付け足す。
「あんたにそんな少女趣味があるとは思わなかった」
「はは、ひどいな、俺が知ってるのはこれと薔薇の花言葉くらいだよ」
苦笑しながら希理子に向かって肩をすくめてみせた。
「だってさ、何だか俺の心境だなって思ってさ」
「あんたの心境?」
思いもかけない桜井のそのセリフに希理子は首をかしげながら頭一つ分大きな桜井の顔を見上げる。
「うん」
それに対して桜井はニコリと笑ってきっぱり言い切る。
「俺の、希理子に対するさ」
「・・・・・・・・・えっ?」
思わず目が点になった希理子に対して桜井は再びニコリと笑う。
「俺、先行くな、着替えないといけないから。希理子はゆっくり歩いてくればいいよ」
そう言って桜井は本とカバンを抱えて軽く走り出した。そして階下に向かう階段の手前でくるりと振
り返り希理子に対して小さく叫んだ。
「あの『赤いひまわり』の花言葉って何なんだろうな?今度調べといてくれよ」
そしてそのまま桜井の姿は階段の方に消えてしまう。
「・・・・・・・」
思わず固まってしまったまま、希理子は桜井が投げかけてきた言葉を反芻する。
『ひまわりの花言葉』、『桜井の心境』、『自分に対する気持ち』───思わず分解してしまった言
葉の羅列が希理子の頭の中でぐるぐるまわり、そしてもしかしてと導き出した結論が希理子の頬を微か
に赤く染めた。
「……もう、しらないよ───」
思わずつぶやいた自分の言葉に希理子は小さく笑う。幾通りにもとれるその言葉───わからないの
は『桜井の心境』なのか、『自分に対する気持ち』と言った桜井なのか、それとも最後に桜井がフッて
きた『赤いひまわりの花言葉』なのか─────。
自分でもわからないけれど胸の真ん中に赤く可憐な花が咲いたような気がした。
「あんたが自分で調べておいで」
そこにはもういない誰かに向けての言葉に希理子は再び笑う。そしてその誰かや共通の仲間達がいる
であろう体育館に向かって再び歩き出す。
赤いひまわりの花言葉は『あなたは素晴らしい』────そのことと桜井の気持ちを希理子が本当に
知るのはもう少し先のこと。だけど時期的に赤いひまわりが黄色いひまわりのあとに咲くようにそれは
いずれやってくること。
希理子は無意識のうちにそれを感じ取って今は今の愉しみを満喫することにした。
FIN
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