幸せの値段。

    
「へー、またいっぱいもらったねぇ」

「わっ、希理子!」

 突然後ろからふって湧いてきたその声に桜井はあわてて机の上に突っ伏した。そのはずみで机の上か

らバラバラと幾つかの包みが床に散らばる。

「バカ、何やってんだい!せっかくもらったモン粗末にしてどうすンだい」

 希理子はその包みを拾い上げながらそれをどこかバツが悪そうにしている桜井に向かって差し出す。

 今日はバレンタインデーだった。桜井は後輩や他校の女生徒からも通学途中や昼休みに山のようにチ

ョコレートをもらったのだ。そのことに関してはもちろんありがたいし、嬉しかったのだが、自分が好

きで唯一チョコレートをもらいたい相手である希理子にそのもらったチョコレートの山を見られてしま

ったことがどこか後ろめたくて何だか落ち着かない。

「ああ、もったいない。こんなどんくさい、情けない、味覚音痴の男に『ゴディバ』なんて世の中間違

ってるよ」

 だがそんな桜井の心中を知ってか知らずか拾いあげた包みの一つのラッピングを見て希理子は派手に

ため息をついた。

「そこまで言うことないだろう?」

「そこまで言っても足りないだろ?」

 あまりの言葉に不平を漏らした桜井に希理子は更に追い討ちを掛けた。

「高級な生チョコよりチロルチョコの方が美味しいっていう男にひと箱3000円近くもするヤツの味

がわかるのかい?可哀想に、このチョコあんたに寄越した女の子ももったいないことしたもんだ」

「えっ、そんなにするものなのか?!」

 希理子の言葉に桜井は目を見開く。

「おそらくね。たぶんこの箱のサイズだとそんなもんだろ。なんたって『超本命チョコ御用達』《ゴデ

ィバ》のチョコだもん。下手したら5000円ぐらいするかもよ」

 希理子のその解説に桜井は頭を抱え込んだ。

「……俺、そんなこと知らなかったんだ。受け取るんじゃなかったな……」

 その言葉に希理子は心底バカにしたような視線を向ける。

「あんたね、女の子の気持ち、何だと思ってるのさ?あんたはこのチョコ『本命用』だって知ってて受

け取ったんだろ?値段を知らなかったにしてもさ。なのにそれを今さら後になって値段がわかったから

ビビるだなんて最低じゃん」

 そう言いながら希理子は机の上からもう一つ綺麗にラッピングされた包みを手にとった。それを片方

ずつ手にし、桜井にむかって指し示す。

「たぶんこれとこれじゃ値段だけ見ると3倍近くの差があるよ。でも何の違いがあるわけ?あんたに対

する『想い』はどちらも同じだろ。あんたはくれた品物の値段で人の『気持ち』計ったりするわけ?」

 希理子の鋭くも澄み切った瞳が桜井を真正面から見据えている。ウソも言い訳も許さない清冽な瞳

だ。

「違うよ、そんなことない!」

 桜井はあわてて言い返す。

「じゃあなんだっていうのさ?」

「……俺は……」

「『俺は』?」

 重ねられた問いに桜井は希理子に対して真正面に向かい合う。

「チョコは受け取れても、その『気持ち』は嬉しいけど、それには応えられないから───」

 希理子はその言葉に小さく頷いた。続きを省略された言葉には『だからそんなに高い物をくれてたな

んて勿体無いし、申し訳ないと思った』という意味が込められていた。そしてそれを希理子は完全に理

解した。

 そしてまた略さずに言われた言葉の中に、そして向けられた瞳の中に秘められた桜井から希理子に対

する『想い』も理解した。

 だから微かに頬を赤らめると誤魔化すようにくるっと後ろを向きながら希理子は諭すように言葉をつ

むぎだした。

「だからって突っ返すのはダメだからね!その場で受け取るの断られたのならともかく、後から突っ返

されるなんてことされたら女のプライドずたぼろになっちゃうんだから。せめて『ゴメンなさい、あり

がとう』そう思いながらいただきな」

 希理子はそう言いながら桜井に対して背を向けたままで、後ろ手に手にしていた2つのチョコを桜井

がもらったチョコレートの山の中にそっと戻した。

「ああ、そうさせてもらうよ」

 希理子の言葉に桜井はゆっくりと大きく頷く。希理子はその桜井の言葉に後ろを向いたまま小さく何

度も頷いた。

「もう帰る?」

「ああ」

 希理子のその問いかけに桜井は答えるともらったチョコレートをがさがさと手提げ袋の中に詰め込ん

だ。この袋は登校中にも幾つかもらったので必要にせままれてコンビニで買ったものだ。

「じゃあ帰るか」

「待って」

 教室を出ることを促した桜井の言葉に希理子はそう反応した。そしてごそごそと持っていたカバンの

中を探って何かを握りしめると桜井の手にした紙袋に手を伸ばした。

「あたしも『ゴメン』ってあやまっとくからちゃんと一人で食べるんだよ。何日かかってもいいけど

ね」

 その言葉と共に握り占められていた手が袋の口の少し上でパッと離された。するとそれにともなって

ちいさな固まりがガサガサと音をたてながら袋の底の方に滑り沈みこんでいった。

「えっ?」

「『税込み21円』、今月貧乏だったから大出費だったよ」

 桜井の疑問を無視して希理子はそう言うとさっさと身を翻した。

「じゃああたし先帰るね」

 桜井は希理子のその言葉と突然の行動に目を見開く。

 どういう意味だろう?わけが判らず立ち去っていこうとしている希理子の後ろ姿と自分の手にしてい

る紙袋を何度も見比べる。

 『税込み21円』、21円で買えるものと言えば何だろう?

「!」

 慌てて紙袋に手をつっこんで底の方をさらうとその希理子が入れたものに行き当たった。それを掴ん

で袋から取り出すと、そこには確かに『税込み21円』が存在していた。

 立ち去る間際の希理子の頬は微かに赤く染まっていた。そして希理子の言ってくれた『あたしもあや

まっておく』という言葉の意味、それらを総合して紡ぎだされる答えは一つしかない。

 桜井は思わずプッと吹き出した。たしかに値段など関係ない。自分にとってこの『税込み21円』ほ

ど嬉しいものはこの世に存在しない。

 桜井は慌てて希理子の後を追った。『税込み21円』は素直じゃない希理子の素直じゃない告白。

 自分の手の熱で希理子がくれた四角いチョコレートが溶けてしまうかもしれないほどに強く握りしめ

ながら、桜井はたった21円で世界一自分を幸せに出来る愛しいひとのもとに急いだ。

 
   

   
                               THE END.


【閑話休題】
 
せっかくのバレンタインシーズンですので書いてみました。
 St.242を見る度に思うのですが、あんなにもらってた桜井のチョコレートはどこに行ってしまったんでしょうか?とてもあの持ってたディパックに入りそうにはなかったんですけど。まさかその場で全部食べてたわけじゃないだろうし……。答えを思い付いた方、なにか御意見ください。


                        
 2001/2/11  日向葵

 最初に書いておきますが、私は某チョコレートメーカーのまわし者ではありません(笑)。バレンタイン企画にして本当は3人衆全員分書きたかったのですが、どうしても間に合わなくてこれだけアップした作品です。これを書いている最中はどうしてもチョコレートが食べたくて仕方がなくなりました。ゴディバなんて高級ブランド、見たことはあるのですが食べたことなどもちろんありません。私に手が出るのはせいぜいバレンタインの陰謀を日本中に知らしめたモ○ゾフもしくはコス○ポリタン程度。
 いつかゴディバをもらえる立派な大人になりたいです(笑)     2001/4/2

    




      
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