お正月。

    

「ねえ、みかん取ってよ」

 けだるげな、半分寝そうな声で希理子がそう言った。

「ほい」

 それに答えて、向かい合うようにこたつに入っていた桜井が自らの傍らに置いていた果物かごの中か

ら標準より少し小さめの、だけどかなり美味しそうなみかんを手渡した。

「やっぱ、正月には『こたつにみかん』、んでもってくだらないテレビ番組をだらだら見るのが一番だ

よねぇ」

「そうかな?」

「うん」

 桜井から受け取ったみかんをむきながら、希理子はこくりと頷く。

「だってどっかに出かけてもさ、正月料金とかいって暴利を貪られるじゃん。その上、どこに行っても

たいていいっぱいで、ご飯なんか食べにいってもすっごい待たされてさ、やっぱウチでごろごろしてる

のが一番だよ」

 きっぱりそう言い切ってから希理子は顔をしかめる。

「とは言ってもこの格好じゃごろごろ出来ないんだけどね」

 その言葉に桜井も苦笑する。

「だけどその着物、すごく似合ってるよ」

「ふん、おべっか使ったって何も出てきやしないよ」

 希理子は桜井の言葉に微かに頬を赤らめるとそっぽを向いてしまった。

 希理子は今日、緋色の振り袖を着てきていた。色とりどりの花が咲き乱れる金糸や銀糸の入ったまさ

に絢爛豪華な着物に金色の帯を絞めている。普通のごく一般的な容姿の女性が着ればはっきりいってか

なり衣装負けしてしまうようなその代物だが、それを希理子は平然と着こなしている。

「着物きるのはキライじゃないけど、寝っ転がれないっていうのが難点だね。やっぱ、普段の服にくら

べるとかなり窮屈だし」

「じゃあ、普段着でくればよかったのに」

 桜井のその言葉に希理子はキッとにらみつける。

「あんたが言ったんだろ?『2年前のやり直しをしよう』って」

 その言葉に桜井は渇いた笑みを浮かべた。

 2年前、桜井は希理子を家に誘ったというのにいつものようについ調子にのって口を滑らせ、2人き

りのはずだったのに部員全員が集まる新年会の場にしてしまったのだ。

 表面上はともかく、せっかくの二人きりということで桜井を意識した希理子がわざわざ着物を着てい

ったというのに、その仕打ちはあんまりだった。しかも夏の海行きの時と同じ失敗でそうなってしまっ

たのだ。希理子が怒り、根に持っていても仕方がない。

「あのときのことは反省してる。悪かった」

 桜井はその言葉と共にぺこりと頭を下げた。しかしその様子を希理子は冷ややかな目で見ている。

「どうだかね、あんたは結構口先だけで生きてるトコあるからね、信用ならないよ。『2度あることは

3度ある』っていう言葉知ってる?」

「わかってるよ、もちろん」

 なんとか希理子の機嫌を直させようと桜井は必死に口を紡ぐ。

「だけど『3度目の正直』ともいうじゃないか?信じてくれよ」

 その言葉に希理子はふんと再び小さくそっぽを向いた。

「なっ、なあ希理子、お腹すかないか?」

 分が悪いと見た桜井は話の筋を変えようとかなりわざとらしい話題を振った。

「すかない」

 きっぱりと言い切る。

「今みかん食べてるじゃん。これ以上何も入んないよ」

 だがそのそっけのない態度にも動じず桜井は希理子に食い下がる。

「だけど俺はハラへったんだけどな」

「じゃあみかん食べれば?それで足んなきゃモチもあるんだろ、それ焼いて食えばいいじゃん『自分

で』」

 桜井の言葉の続きを制するように希理子はいかにも面倒くさそうに言う。

「だけどそれじゃ味気ないだろ?何か作ってくれよ」

「あたしは2年前同様この家におさんどんにこさされたわけかい?ああ、なんて可哀想なあたし!」

 宝塚チックな口調で希理子は桜井に言い返した。もうこうなっては希理子は一歩もひかない。たとえ

どれ程言葉を紡ごうとも余計に希理子を苛立たせ怒らせるだけだ。それがわかっているが故に桜井は大

きくため息を付いた。

「……わかったよ、自分で作るよ」

 桜井はそう言うとこたつから立ち上がり台所へと向かった。そのあとに希理子もひょこひょこと付い

てきた。

「なに?」

「見学、見学♪」

 希理子は勝手がわからず台所内でうろついている桜井の様子を面白そうに眺めている。その希理子の

様子に苦笑しながら桜井は何やらごそごそと冷蔵庫や流しの中などかたっぱしから荒し回っている。

「何作る気なんだい?」

「ああ、やっぱ正月だからお雑煮でも作ろうかと思ってさ」

 そう言いながら桜井はやっと鍋の置き場がみつかり、そこから手ごろなサイズの両手鍋を取り出して

きた。

「ふーん、それでその材料?」

 希理子は桜井が食卓の上に並べた材料を見て小さく笑った。

「何かおかしい?」

 どうして笑われたのかわからず桜井は首をかしげる。

 大根、ニンジン、水菜、蒲鉾、そしてお餅という至ってシンプルな材料だ。

「ダシはどうすんのさ?ミソ仕立てにしてもおすましにしてもダシとんなきゃはじまんないよ?」

「あっ」

 その言葉に桜井は手を叩いた。すっかりそんなこと忘れていたのだ。しかし次の瞬間思案顔になる。

「ダシってどうやって作るんだ?」

 のびきったカップラーメンを平気で食べる男にダシの取り方がわかろうはずがない。

「面倒くさいんだったら化学調味料だけど、あんたンちのお母さんってそんなの使うタイプじゃなさそ

うだもんね。だったらかつお節から取るしかないよ」

 希理子のその言葉に桜井は泣きそうな情けない表情を浮かべる。

「さっ、どうする、桜井くん?」

 その桜井の泣きそうな顔を見て希理子は面白そうに笑っている。その表情に面倒くさくなって止めよ

うかと思っていた桜井はがぜんやる気を取り戻した。何だかんだ言っても桜井もかなりの負けず嫌いで

ある。こうなったら意地でも完成させてみせようと決意した。

「作るよ、作って希理子に食わせてやるよ」

 そう言うと桜井は食卓の上に並べた材料に手をのばし料理しはじめた。その様子はまさに初心者、ま

ったくの未経験者そのものの様子である。よく手を切らないものだと思ってしまう程包丁使いのぎこち

ない、酷い手付きだった。

「イテッ」

 そして案の定皮むき器を使えばいいのに包丁でニンジンの皮を向いていた際に手を切ってしまった。

その様子に希理子が立ち上がる。

「不器用だね、未来の外科医の先生がそんなことで大丈夫なのかい?」

 桜井に傍にあったティッシュの箱を押し付けながら、懐に持っていた白いたすきを取り出した。

「しゃあない、選手交代。さっさと治療してきな、あんたに任せてたら日がくれちまうよ」

 希理子はそう言いながら取り出したたすきで袖をまくると手際がいいとはいえないものの、少なくと

も桜井の数倍の早さで材料を切りはじめた。その手付きのよさに桜井は思わず目を見張る。

「うまいな、希理子」

 その賞賛の言葉に希理子はちょっとだけしかめっ面を浮かべた。

「それってイヤミかい?」

 そう言いながらも顔は笑っている。

「治療出来たんなら手伝ってよ。水を汲んで火にかけとくれ」

 希理子のそのどこか嬉しそうな言葉に桜井はつられて微笑みながら、先程探し出した両手鍋に水を汲

もうとした。だがその様子を希理子が制する。

「待って。そっちじゃなくて、そこに入ってる一番大きな鍋に水を汲んで湧かしてくれないかい?」

 流しの上の棚の中にあるかなり大きめの鍋を希理子は示した。

「えっ、でも」

「いいから」

 2人分なら先ほどの鍋で充分なはずなのに、といぶかしみながらも桜井は希理子の言葉に従ってその

鍋に水を汲み、火をかけた。その水がわき上がる前に桜井は調味料棚の下の引き出しからだし用のかつ

お節を発見し、その鍋のなかにぶちこもうとした。だがその行動を希理子が再び制する。

「待って、まだ水が沸騰しきってないだろ?かつお節は沸騰してから入れないと魚の臭さが出ちゃうん

だ。入れるのはもっとボコボコ沸騰してから」

 その言葉にそうだったんだ、と桜井は感心する。だがそれと同時に疑問が沸き起こる。料理嫌いの面

倒くさがりの希理子がどうしてそんなことを知っているのか、と思ったのである。

 高校時代に何度か希理子の料理を口にしたり、その調理の光景を目にしたことがある。それはすさま

じいというレベルを通り越して、ある意味犯罪というレベルのものだった。

 それなのに今日の希理子は手は遅いものの器用に包丁を動かし、許容範囲の程度に大きさも揃って切

っている。そしてダシを取る際に関する知識、どうにもおかしい。

 そう思って希理子の方をのぞきこんだ。すると希理子の、美容師見習いになってからはシャンプー負

けして荒れてはいるが、白くて長い指先に幾つも絆創膏が貼られていた。そして絆創膏の貼られていな

い場所にもうっすらと赤い切り傷のあとが幾つも刻まれている。

 そのことが示す事実に桜井は思わず顔がほころんだ。

「希理子」

 包丁を手に大根と格闘している希理子の身体を後ろから抱き締める。

「お雑煮、練習してきてくれてたんだ」

 やたらに詳しい調理方法、傷だらけの手、そして前もって準備されていたたすき、それらのことを踏

まえるとその事実が見えてきた。

「だっ、誰が!」

 希理子は真っ赤になりながら反論する。だがそうすること自体が桜井の言葉を肯定していた。

「うれしいよ、希理子」

 そう言いながら桜井はそっと希理子の身体の向きを自分の方に向けさせると、希理子の頤に手をやっ

て着物と同じ色に彩られた唇に己のそれを押し当てようとした。

 ピィーンポーン。

 だがその瞬間、玄関の呼び鈴がなった。その突然の来客の知らせに桜井は口付けの中断を余儀無くさ

れる。

「はぁーい」

 仕方なく玄関に向かい扉をあけるとそこには見知った面々が居た。

「よ、桜井。新年明けましておめでとう。悪いな、今年もお言葉に甘えておよばれにきたぞ」

 そう言ったのは高校時代には剃っていた髪をすっかりロンゲにしている馬呉だった。その巨体の後ろ

には2年前、インターハイに行った時の上南バスケ部のメンバー全員が揃っている。

 だがその馬呉らの突然の登場とその言葉に桜井は唖然とする。自分には呼んだ覚えはない。今年こそ

2年前のやり直しをしようと口を貝のようにつぐんでいたのだ。それなのにどうしたことか。

 すると思わぬところから答えが判明した。

「早かったじゃん。寒かっただろ?早く上がりなよ。もうすぐ雑煮もできるからさ」

 後ろを振り向くとしてやったりといった表情で微笑む希理子がいた。

「!」

 桜井は思わず目を見開く。すべての謎が解けた。

「おお、悪いな。これビールな。つまみは買ってくれてるんだろ?」

 希理子の言葉に促されて馬呉を先頭に次々とメンバー達が家の中に上がり込んでいく。

「ああ。足りなかったら成瀬でも走らせるから安心おしよ」

 希理子はそう言いながら満面の笑みを浮かべている。

「……希理子」

 全員が中に入るのを見送ってから桜井は面白そうに笑っている恋人に向かって声をかける。

「最初ッから企んでたんだな」

「まあね」

 その言葉に希理子は大きく頷く。

 そもそもおかしいとは思っていたのだ。希理子が桜井の家にやってきた時、両手で抱えきれない程の

お菓子やおつまみを手にしていた。そして来るなり今日の着物の帯の結び方は複雑だから自分一人では

着付けが出来ない、と桜井に牽制をしてきていたのだ。そして何より雑煮を用意する際の巨大な鍋。

「これでわかった?あたしがあのときどんなに悔しかったか。実際に経験してみるのが一番だろ?これ

に懲りたら『期待』を裏切るようなマネは二度としないこったね」

 そういうと希理子は婉然と笑った。その満足そうな、満ち足りた笑顔に何かを言い返そうにも桜井は

言葉を失った。

「さっ、いくよ。家の主人が客をもてなさないでどうすんのさ」

 希理子はそう言うと桜井の背中を押してメンバーの待つ部屋へと促す。

 何をやっても希理子には敵わない、その歴然たる事実を桜井は再確認する。そして2度と希理子の

『期待』を裏切らぬようにしようと、『やり直し』ならぬ『リベンジ』の正月になってしまったこの日

に深く胸に刻み込んだ。

   

   
                               THE END.


【作品解説】
 
かほりぃぬさまのリクエストは『誰にも邪魔されない2人きりのお正月』だったのですが気が付くとこんな感じになっておりました。どうも私は桜井くんが幸せになるのが気に食わないようです。夏の海編同様、原作のお正月の桜井くんのふがいなさがどうにもひっかかってしまっていたためこうなってしまったんだと思います。かほりぃぬさま、ゴメンなさーい。


                               
 2001/1/5  日向葵


    



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