11月の要求
       

  
   

「どうしたもんかねぇ」

 ベッドの上に寝転がりながら希理子はそうつぶやいた。

 仰向けになって高くかかげた両手には2枚のチケットが握られている。だがその演目が希理子という

人間を知っていれば誰が考えても似合わない我が目を疑うものだった。クラッシック、しかも『第九コ

ンサート』などというかなりマイナーなものだったのだ。

 もちろん自分で買ったものではない。今朝学校であきらかに自分を誘おうとしている男から奪い取っ

てきたものだ。

 その演目を見てはため息をつき、そしてその開演日を見ては同じくため息をつく。だがそのため息の

質が違う。前者が呆れで、後者が納得というまったく意味の違うものだ。

 これをくれたあの男は何を考えているのだろうか、そんなことばかり思ってしまう。

 他人の目からどころか自分自身の目で見ても自分にクラッシックは似合わない。それどころかハッキ

リいって自分とクラッシックをならべると気持ちが悪い。そんなこと自分という人間を知っていれば誰

でもわかるはずだ。

 なのにあの男はこのチケットを渡してきた。自分という人間を誰より知っているはずのあの男がだ。

その事実が自分が考えている程、相手は自分のことを理解してくれてはいないのではと考えてしまい、

ほんのちょっとだけ悲しく、そして寂しく感じてしまう。

 プレゼントというものは相手のことを理解し、そして相手の好みを考慮するのが当然のことだ。気持

ちさえこもってさえいれば値段やその品物が何かなど関係ないというが、そんなことは嘘っぱちだ。

 値段はたしかに贈る側の財政のこともあるから一概には言えないが、その限られた予算の中で何を選

ぶかということこそが贈られる相手に対する『想い』の証し、つまり『気持ち』ではないか。相手を喜

ばせたい、喜んで欲しい、という気持ちがあれば相手の好みを考え、それを考慮にいれるはずだ。

 だけどあの男が、桜井が渡してきたこのチケットにはその『考慮』が見られない。ちょっと考えれば

自分には似合わない、ハッキリいって好みじゃないクラッシックのコンサートチケットなど用意しない

はずだ。

 だがそれと同時に目に飛び込んでくる『開演日』がその複雑な心境にほんの少しだけ嬉しい気持ちを

滲ませてくる。『12月20日』、―――希理子の18回目のバースデイだ。

「もしかして……!」

 ベッドからガバリと起き上がってそのチケットをじっと見つめる。

 もしかしたら、『その日』に他にいい演目がなかったのかもしれない、なんてったってクリスマス直

前だし、もうほとんど他の演目がソールドアウトでこれしか取れなかったのかもしれない。

「……やっぱ、違うか……」

 自分自身の甘い期待を自分自身で否定して、希理子は大きく何度も首を横に振るとまたバサリと後ろ

に倒れこんだ。

 家に帰ってきてからもうこの動作を何度繰り替えしたかわからない。いい方に考えては後ろ向きの答

えを出し、そして再び前向きに考えて、後ろ向きに後退する。

 ある意味自分勝手、自分から見ると世界で5本の指には入る究極の自己中男だから『自分の好み』=

『相手の好み』としてしまってこのチケットを用意した、と考えるほうが全然妥当だ。他のどんな自分

が用意した『理想の答え』よりもその方がダントツ現実味を帯びている。

「やめた、やめた」

 チケットをぱらりと放り出して今度はうつむきにひっくりがえった。手に届くところにあった枕を自

分の胸の下に抱きかかえるようにしてその枕に顔を埋める。

 こんなときはいくら考えても暗い方に進んでしまうだけだ。明るいことを考えて忘れてしまおう、と

希理子は上目遣いに自分のベッド周りに目をやった。その中に一つに目をとめる。

「たしか―――」

 ベッドのすぐとなりに置いてあるパイン材のチェストの上に小さな小箱が置いてあった。宝石箱とい

うにはおこがましいような古びたブリキ缶のアクセサリーケースだ。

 もともとはアメリカかどこか外国の薬入れだったそのブリキ缶をたまたま入ったアンティーク雑貨店

のディスプレーに置かれていたのに一目惚れし、衝動買いしてしまった物だ。

 手のひらの上にすっぽり納まる程度のサイズのひねって開けるもので、中にはアクセサリーにはあま

り興味のない希理子が持っている数少ないイヤリングなどが数点納められている。

 希理子はその缶をベッドの上を這いずって無理矢理手を伸ばして手に取り、その錆が来て開けにくく

なったふたを捻った。

「―――あった」

 中を覗き込むようにしながらその中から一揃えのちいさな真珠がついたイヤリングを取り出した。金

色の台座から真珠がぶら下がって揺れるシンプルかつ定番のデザインの物だ。

「あいかわらずダサいねぇ」

 指先でもてあそびながら希理子は小さく笑みを漏らす。

 これは希理子が買ったものではない。今から11か月程前、去年の誕生日の日に貰ったものだ。

 その日は確か当時は2年だったのだが、現3年のメンバー全員でウインターカップの試合を見に行っ

たのだ。その日は自分達をうちまかし、見事出場を決めたライバル校四ツ谷鵜の原の試合があったので

練習を休みにしてみんなで見に行くことにしたのだ。その試合が終わってから会場を出ると代々木体育

館の周辺にはたくさんの露店商が並んでいた。

 近くでも何か別のイベントがあったらしく、それを見越してなのかバスケグッズ関連の物もあればア

イドルのプロマイドを売っていたりとちいさなお祭りの様相だった。その中にいかにもアヤシイ変に日

本語が上手い外国人がやっているアクセサリーの露天があったのだ。

 銀細工の指輪やチョーカーなどが主だったのだが、他にも何故かビーズ細工の指輪やミサンガなどど

ういう取り合わせだと目を疑うような品々が黒い敷布の上にいっぱいに並べられていた。

「おっ、あれいいじゃん!」

 最初にその店に引っ掛かったのはガンだった。変に流行り物に目敏いガンは黒の皮ヒモにこったデザ

インの十字架が付いたネックレスに目を止めたのだ。

「安イヨ、安イヨ、たったの5000円!」

「えっ、高い!まけてくれよ」

 そう言って齋藤と二人がかりで値切りはじめたのを希理子は桜井とそして馬呉とあきれ顔で見てい

た。あまりの白熱ぶりにヒマだったので希理子はその店主とガン達がやり取りしているところから少し

離れたところでイヤリングを見ていた。その中に希理子にとっては趣味の悪いイヤリングが混ざってい

たのだ。

 基本的にネイティブアメリカンテイストの品々の中でその商品はある意味異様に目立った。それが気

になり、希理子はその商品を指でつついてどうしてここに混ざっているのか考えていた。そうしている

うちにガン達は交渉を終え結局3800円にまでまけさせてその商品をゲットしていた。

「約束通り、晩飯奢ってよね!何たって今日はあたしの誕生日なんだから!」

 希理子はその露天が立ち並ぶ雑踏の中で各々たこ焼きやら焼そばを食している男達に釘をさした。桜

井をのぞいて3人とも先ほどから次々に片っ端から屋台の定番メニューに手を出しているので、ここで

止めさせておかないとお腹いっぱいになって約束を反古にされてしまいそうだったのだ。

「だけどさぁ、自分で誕生日プレゼント『請求』するかぁ?」

 予定外の出費で財布の中がかなりなくなってしまったガンが何とかその計画を中止させようと嫌味っ

たらしく言い返してきた。

 それに対して希理子はコクンと大きく頷くとキッパリと言い切った。

「欲しいものがあるんだったら自分の口でハッキリ言わなきゃ誰がくれるんだい?欲しいと思ってるだ

けじゃダメなんだよ、ホントに欲しいんだったら相手をおどしてでも貰うくらいあつかましくなくっち

ゃ」

 その言葉に男達は唖然とするというか、その潔さにある意味感心する。

「だったら来年の俺の―――」

「ダメ、やだ、やらない!」

 ガンが希理子の言葉にならって請求しようとしたのを先に希理子が制した。

「『来年』の請求は『来年』にしておくれ。―――まあ、たぶん、やらないけど」

 その言葉に全員ががくんと肩を落とす。

「じゃあ、メシ食いにいくか」

 気を取り直すように馬呉がそう言うと、とほほとガンと齋藤は肩をすくめた。

「―――桜井?」

 その言葉に反応がなく、そぞろな様子で来た道を振り返っていた桜井に馬呉が問いかけた。

「あっ、悪い」

 桜井は小さく手を下げると何か思いきったのか来た道の方に小走りで戻って行った。

「すぐに追い付くから先に駅の方に向かっておいてくれ」

 そう言い終えると雑踏の中に消えてしまった。

 そうやって再び合流してきた時に桜井が手にしていたのがこのイヤリングだったのだ。

「はい、これ」

 中身を見て唖然とする希理子に桜井は照れくさそうに話し掛けてきた。

「欲しかったんだろ?ずっと見てたし。今日は誕生日で『特別』なんだから言ってくれたらいいのに」

「…………ぷっ、ハッハッハッハッハ」

 桜井の勘違いが可笑しくて希理子は一瞬の沈黙の後大爆笑した。

「誰が欲しいもんかい、こんなダサイもの!」

 高らかに笑いとばしてからずっと見ていた理由を解説してやると桜井は自分の思い込みが恥ずかしく

て真っ赤になってしまった。

 その桜井にしては珍しく間抜けな慌てふためいておろおろした泣きそうな表情が今でも忘れられな

い。思えば猪突猛進的な結構間抜けなことをする男だった。

 そう考えてみるとチケットのこともわかるような気がした。おそらく桜井の頭の中は『12月20

日』のチケットを手に入れることでいっぱいになっていて、希理子がクラッシックに一切興味がないこ

となどすっかり忘れていたのだろう。というか、その日付けのチケットをもらうということの意味を喜

んでくれると勘違いしていた、というのが正解かもしれない。

 ずる賢い、抜け目のない策士のくせにたまにこんなミスをする。バカで、そしてだからこそ人間味の

ある愛しい男だ。

 そんなことを考えているとふと目にカレンダーが映った。

「あっ……」

 今日の日付けを思い出してあっけに取られる。今日は『11月21日』、そして昨日は『11月20

日』。桜井は本当は昨日、自分にこのチケットを渡そうとしていた。

「プッ、アハッハッハッ」

 笑いが込み上げてきて止まらなかった。可笑しくて可笑しくてどうかしてしまいそうだ。

 なんとかその込み上げてくる笑いを押さえると、ベッドの上から起き上がってドレッサーの前に座っ

た。そして去年の誕生日にもらったダサいイヤリングを身につける。

「―――了解。それがあんたの『要求』なんだったら付き合ってさしあげましょ」

 耳もとで揺れるイヤリングにここにはいない男の顔を重ねる。

「『あたしの誕生日』をあんたにあげるよ」

 すでに昨日になってしまった彼の誕生日に対して希理子は希理子なりに祝福をあげた。

                              Fin

               2001/2/3up


 『妄想一直線。』、自分を表現するのにこれ以上適切な言葉が思い浮かびません。チケットを渡そうとしていた日付けが本編中に出てなかったのをたてにしてこんなことをしてしまいました。
 でも何で桜井バースデイネタが原作中に出てこなかったんだろ?というか、誕生日ネタがでてきたの希理子と澤村だけ。……やっぱこの二人は特別人気があった、ということなんでしょうか?
       

    

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