| 7月の悪戯 |
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「よぉ、希理子じゃないか!」 偶然もあるものだと希理子は思った。どうも自分はこの街に出てくると誰かに出会ってしまうらし い。つい先日もこの通りのもう少し先で成瀬に出会ってナンパされた。辺りを見回せば人人人なのに どうしてこうガッコウ関係の人間に出会うのだろう?今日は誰にも会いたくなかったというのにどう してこの男はこんな人込みの中で自分を見つけられるほど目敏いのだろうと不思議に思った。 「何だい、あんたは予備校かい?」 本当は先に自分の方が相手がそこにいることに気付いていたのだがうっとおしいので声を掛けずに 済ませようとしていたのだ。何しろ相手は普通の人間より頭一つ飛び抜けているので否応なく目に飛 び込んできていた。だがさすがにそれを知られるとバツが悪いので適当な相づちを打ってごまかすこ とにする。 「うん、今終わったとこ」 そういうといつものにっこりとした笑顔でその相手、桜井は希理子の方に近づいてきた。そして希 理子の顔をまじまじ見やるといいにくそうに、だけど疑問を抑えきれないといった表情で聞いてきた。 「なあ、何かお前の顔キラキラしてないか?」 来た……、希理子は内心ため息をついた。聞かれてしまったからには答えなければならない。だけ どあまりその理由を説明したくなかったのだ。だから取りあえずごまかしてみようと試みる。 「気のせいだろ?もしかしたら日焼け止めがてかってるのかもしれないけどさ」 いちいち聞くな、そういう感情をありったけ瞳に込めて桜井の方を見る。だが希理子が世界でベス ト3の自己中に入ると認定する男はおそらく希理子が聞かれたくないと思っているのに気付いている というのにそれを無視するかのように質問というか疑問を重ねてきた。 「それにしたらなんかキラキラぐあいが激しいような」 そう言いながらまじまじと自分の顔を覗き込んでくる桜井を本気で殴り倒そうかと希理子が考えて いるとそこに声を掛けてくる人物がいた。 「やっだあ、希理子ちゃん!とっくに帰ったと思ってたのに、その人カレシ?」 その声の方向を見るとそこにいたのは野太い声で女言葉をあやつる背の高い男だった。やたらに派 手な一昔前のパンクファッションに近い格好に、安全ピンとねじまきというデザインのピアスをした 30歳ぐらいの男だ。それには流石の桜井も驚かされる。 「そんなんじゃないよ!ガッコのトモダチだよ。うっとおしいんだから話し掛けてくんな!」 希理子は顔を真っ赤にしながら言い返す。桜井はその希理子の言葉の乱暴ながらも相手に対する親 密さに驚かされる。希理子の口が悪いのは有名だが、親しい人間にほどひどい言葉遣いをする。 「やだぁ、ひどいわ希理子ちゃん、そこまで言うことないじゃないの。ボクが何をしたっていうの? いいわよ、いいわよ、そんなにボクのこと邪険にするんだったら今日撮った写真バラまいてやるんだ から」 その男はおよよ、と傷付いた振りをしながら希理子に対してそう言い返す。 「なっ」 希理子はその言葉に思わずハッと息をつまらせ、そして次の瞬間には攻撃を加えようと手を振り上 げた。しかし相手の方が反応が早かった。 「おじゃまみたいだから退散するわ。それ使ってカレを悩殺してご覧なさいよ。今日の希理子ちゃん 本当に素敵だったからどんな男だって思いのままよ」 そう言いながら希理子が手にしていたクラフト地の紙袋を指し示し、その言葉を言い終えるとさっ さと呆然とする希理子と桜井を残して立ち去っていってしまった。 桜井はその嵐のような登場と退場に呆然としながら目の前で行なわれていた会話のひっかかりの部 分を問いかける。 「写真撮ったっていってたけどモデルか何かしてたのか?」 その言葉に希理子ははぁとため息をついた。ここまでのヒントが与えられてしまっている桜井をご まかそうとしても無駄なことなど長い付き合いの中で学習している。仕方がなしに口を開く。 「ああみえても今の男は新進気鋭のデザイナーでね、ヒロミちゃんの知り合いなんだ。その関係で知 り合ってバイト代はずむって言うから引き受けたんだ」 そう言うと希理子は簡単に解説をした。この近くにそのデザイナーのアトリエ兼販売店があり、そ の店鋪のなかで今年の夏用の新作を実際に着た写真のパネルを飾ることになり、一般の女性に対する 新しい服装を提案したいというコンセプトにそうべくモデルではなく一般の素人をそのスチールモデ ルにしようということになったらしくそのモデルとして希理子に白羽の矢がたてられたのだ。 「だけどその写真を撮る時にさ、夏のきらめきをまとった女性を表現したい、とかいうんで銀色のラ メがめちゃくちゃ入った化粧品を塗りたくられてさ、コールドクリーム使ったんだけど綺麗に落ちな くて早く家に帰ってフロに入りたいんだよ」 希理子はそういうと自分の顔など素肌を人目にさらしているところを撫でた。桜井はそう言われて 顔ほどではないが首筋や二の腕などもキラキラとして見えるのに気がついた。 「それに貰ったんだけど、今日の撮影のメインになったヤツがまたすっごいセクシー系のやつでさ、 黒地に紫の透けたヤツで普段あんなの着ないから、これ着けろって言われた時にはカネに目が眩んで 引き受けたの後悔したよ」 希理子はそういうと一人で納得したようにうんうんうなずいた。しかしその言葉にたいして呆れる なり何なりの評価をしてくるはずの桜井が何も言ってこないことに対して希理子は桜井の表情を覗き 込んだ。 「桜井?」 その桜井の顔はほんのり赤く色付いており、またいつもなら穏やかに見つめてくる瞳が自分の方を 向かず何処か遠いところでも見ているかのようにさまよっている。 「えっ、あっ、何?」 希理子に話し掛けられても自分の方を向こうとしない。そのらしくない様子に希理子は理由を推理 する。何か自分はおかしなことを言っただろうか?どうして桜井の顔は赤くなっているのだろう?何 故自分と目をあわそうとしない? 「あっ」 希理子ははっとその理由を推移した。これしか考えられない。 「あんた、あたしの下着姿を想像したね!」 「えっ!」 その言葉に桜井の顔はさらに真っ赤になる。どうやら図星だったらしい。 「ヤラしい男だね、汚らわしい!黒とか紫の透けてるセクシー系って言ったけどキャミワンピのこと だよ。何であたしがそんなヤラしい系の下着のモデルなんかするって考えられるんだい!」 その希理子の激しく、しかも高らかな声に桜井はさらに真っ赤になる。普段はどんなときでもにこ にこと平然とした男の顔が恥ずかしさのあまり半分泣き出しそうになってしまっている。 「だけど……」 「だけどじゃない!」 希理子は言い訳しようとした桜井の言葉を封じる。 「そんな目であたしのこと見てたなんて信じられないよ。もしかしたら下着どころじゃなくてハダカ も想像してたんじゃないの?」 「そんなことしてない!!」 桜井は真っ赤な顔でそうきっぱり言い切る。その余りの声の大きさに周囲の視線が一気に二人の方 に注がれる。その桜井の余りの勢いに憤慨していた希理子もたじろぐ。 「……変な想像しちゃったことはあやまるよ。俺だって男だからそういうことに興味がないわけじゃ ない。だけどそれは希理子だからであって、希理子にだけはそんなふうに思われたくない」 そういうと桜井は深々と頭を下げた。桜井はそのままの態勢で希理子からの言葉を待っている。 だが希理子はその桜井に対してどう答えればいいかわからない。 頭を下げるまでに合った桜井の瞳には傷付いてさえ見えるほどの真剣さがあった。そしてその態度 も本気で反省して希理子に謝罪していることが伺える。だがそれゆえに桜井の言葉が理解出来ない。 『自分』だからであって、『自分にだけ』はそう思われたくない、──どういう意味だろう?どう 取ればいいのか、どう理解すればいいのかわからない。だけどそれ以上にわからないものがあった。 それは希理子の、自分自身の気持ちだった。どうして自分はそう言われたことが嬉しいんだろう? 桜井の言葉の意味は理解出来ないがたった一つだけ桜井が自分を『特別』に扱っている、思ってい るということは理解できた。それゆえにこれほど真摯な態度で自分に対して謝罪しているのだと。 希理子のなかに何か暖かいものが浮かんできた。照れくさくもあり、恥ずかしくもあった。だけど その数十倍嬉しくて仕方がないのだ。そのことが何より希理子には理解出来ない。 しかし、だからといっていつまでも桜井の頭を下げさせているわけにもいかず、またそこまで自分 に対して真剣な態度を取っている桜井に対して悪戯したくなってきた。 「『男だから』って言い訳は卑怯だね。みんながみんなあんたみたいに考えるわけじゃない。自分自 身を正当化するために全人類の1/2を道連れにしようなんざたいしたタマだよ。あんたがそこまで自 己中なサイテイな言い訳してくる男だとは思わなかった」 「俺は……痛てっ」 そんなつもりじゃなかった、──そう言おうとして顔をあげようとした桜井のおでこに希理子が思 いっきりデコピンをくらわしたのだ。その行動の意味をうかがおうと希理子の表情をうかがおうとす る。するとその希理子の顔にはあまりにキツい言葉とは裏腹に面白そうな満ち足りた笑顔が浮かんで いた。わけがわからず桜井は目を白黒させる。 「ボンノウ消し飛んだかい?」 そういうと希理子は桜井のなさけない様子にますます面白そうに笑った。 「これからインターハイだっていう大事な時期にバスケ以外の余計な雑念を頭ん中にいれてんじゃな いよ。あんたは自分がおもってるほど器用な男じゃないんだ。今はバスケのことだけに集中してない とせっかくここまでやってきたこと無駄にすることになっちまうよ。今日のところはこれで許してや るからもう2度と変な想像するんじゃないよ」 桜井はその希理子の言葉とわざと作っていることが見え見えの子供をあやすような態度に苦笑しな がら自分が許されたことを知ると、希理子がそうしてくれたように冗談で済ませようと試みた。 「そんなこと約束出来ないよ。夢にまで出てきそうだよ、希理子のセクシー悩殺系な格好してる姿」 「なっ」 その言葉に希理子は真っ赤になりながら拳を振り上げて殴り掛かろうとする。だがそれを予想して 言った言葉だったから桜井の態勢はすでに出来ている。ひょいっとその攻撃をかわして楽しそうに笑 った。その様子に希理子は自分がからかわれたのだと悟るがこうなってしまうと歩が悪いし、なんだ かそんな桜井の様子を見ていると自分も笑いたくなってきた。だから桜井と顔を見合わせて思いっき り笑いあう。 そうやってひとしきり笑うと希理子はまたまた芽生えてきたいたずら心で桜井をからかうべく平然 とした様子を作りながら桜井に向かって言い放つ。 「今度の八ヶ岳の合宿のときにでもこの悩殺系ワンピ披露してやるよ。またあんたにあたしの下着姿 なんか想像されたら嫌だから、完全にあんたの中のあたしに対する変な妄想断ち切ってやる。あっ、 でももっとひどい状態になっちまうかね?自分でも結構イケてるって思ったから女に免疫のないあん ただったら完全にあたしの魅力の虜にされちまうかもね」 希理子はそういうと軽くしなを作りながら挑発的な笑顔をその顔に浮かべた。だが桜井の反応は希 理子が予想したものとは違っていた。 「うん、愉しみにしてるよ」 そういうと桜井は穏やかに笑って満足そうに目を細めた。その言葉とその自分を見つめる表情に思 惑とは逆に希理子の方が真っ赤になってしまう。 これまでは平気だったのに桜井の瞳に自分が映っていることが恥ずかしい。どんな風に自分は桜井 の瞳に映っているんだろう? 自分に向けられた瞳の穏やかさから感じ取った期待と包み込むようなあたたかさに希理子はどぎま ぎしてしまう。このワンピを着て見せたらこの男はどんな表情をするのだろう?やはり今と同じ様な 穏やかな笑みを浮かべるのだろうか?それとも自分に見とれて真っ赤になるんだろうか? 他の誰からも感じたことなどない『綺麗な自分』を見せたい、という感情に希理子は自分自身への 驚きを隠せない。だけど嫌な感じはしなかった。それどころか何処か心地いい。この快感だけは他の 誰にも味合わせたくないし、他の誰からも味わいたくない。 希理子は自分の中に桜井に対する独占欲が芽生えはじめているのを確かに感じてしまい、だからこ そ余計に照れくさくて恥ずかしくて、それなのに桜井の瞳に自分が捉えられていることが嬉しくても う何が何だかわけがわからない。 だけどまだ自分の心と身体を支配しようとしているその自分の中に芽生えている感情、独占欲が何 に起因しているものなのかがわからない。友情なのか、それともそれ以上のものなのか。どちらでも あってどちらでもない、桜井に対してだけ感じる『特別』な感情、『特別』な感覚。 はっきりしない状態は好きではない。白黒ハッキリさせなければ本来希理子は気がすまないタイプ だ。だけど何故かこのことばかりはそれでいいような気がしていた。いつかはそうしなければならな いだろうが今はまだ早い、少なくともワンピを着て見せた時の桜井がどう自分を評価し、そしてその 評価に自分がどう感じるのか判るまでは後回しにしてもいいような、したほうがいいような気がして いた。 「まっ、乞う御期待ってかんじかね」 そう遠くない未来の桜井と自分自身に対して若干の期待を込めながら希理子はとりあえずそう言っ て笑った。
Fin
2000/6/5up
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