5月の戸惑い

    

  
  
「何だい、あんたわざわざ苦情言うためにこんな時間に電話掛けてきたのかい!」

 希理子はうっとおしさを隠そうともせずにそう手にしているケイタイに向かって言葉を荒げる。

 時刻はもう少しで今日という一日を終え明日を迎える。希理子は早寝早起きをするタイプではもちろ

んないからまだ全然眠りにつこうなどとはしていなかったわけだが、それでも結構世間一般の常識にそ

った考え方をしている希理子としてはこんな時間に電話をかけるということは重大な用件を伝えるた

め、たとえば誰かが事故にあったとかどうしても今日中に連絡しておかなければならない用件があった

とかそういう大事なこと以外では控えるべきであって、世間話やお説教などいつでも出来ることはもっ

と早い時間に掛けてくるべきだと思っていた。

『だから自宅の電話じゃなくてケイタイの方に掛けただろう?』

「そんなのどっちでも一緒だよ!こんな時間に電話してきたら何ごとかと思うじゃないか」

 希理子は電話の向こう側の言い訳がましい口調にいささかの憤りを感じながら思わず語調を強めた。

『ゴメン。でもお前から常識について説教されるなど思ってもみなかったな』

 反省半分、苦笑半分といった響きの声に希理子は呆れ半分怒り半分で言い返す。

「あんたにそんなこと言われる筋合いはないね」

『そうだな。……だけど希理子。今がどんな時期かわかってるだろ?下手すればお前一人の問題じゃす

まなくなる。それがわからないお前じゃないだろ?』

 柔らかい、それでいて豊かな響きを持つ声がほんの少しだけ責めるような、さとすような色を帯びて

電話の回線越しに伝えられる。

「……わかってるさ」

 言いかえそうにも言葉がないとはこのことだった。

 自分はわかっていて問題を起こしたのだ。とめようのない苛立ちと憂鬱を紛らわせるためにあの時は

それしかないといわば思い込んで見つかってしまうのが分かっていながら校内でタバコを吸ったのだ。

案の定、自分はすぐに先生に見つかり停学処分を受けた。一回目なら見のがしてくれたかもしれないが

希理子は常習犯だ。その罰はけっこう重く一週間の停学を受けた。希理子とすれば半分退学も辞さない

覚悟だったので希理子からしてみれば軽くすんだな、という感覚だった。

 苛立ちを紛らわせるためにさらに馬鹿なことをするというのが普通の人間の感覚とは少し、いやかな

り違っていたがそれでも希理子の目論みはある意味成功したのだ。だが実際に停学処分を受けて自宅に

引きこもっていると母親のお小言や朝と夕方の2回掛かってくる学校からの在宅確認の電話などうっと

おしいことがめじろ押しで、苛立ちも憂鬱さも紛らわせられるどころかますます酷いものになっていっ

てしまった。

 そのため、希理子は少しでも気をまぎらわそうと近くの公園に散歩に出たのだ。新鮮な空気を吸えば

少しは落ち着きを取り戻すかもしれないと考えたのだ。だがそこにたまたま巡回中の警察官が通りかか

り尋問を受けた。高校は義務教育ではないのだから別に行かなくてもかまわない。なのにその警官は希

理子のその態度をけしからんとばかりに酷い言い方をすれば学校にチクッてしまった。その結果、希理

子の停学期間はさらに延長され2週間に延長されてしまったのだ。その上、それがたまたまゴールデン

ウィークを含む期間であったためさらに延長され、5月の半ばまで自宅謹慎になってしまったのだ。

 だがそれはいわば自業自得のことで希理子は反省してはいなかった。だけど学校側からこれ以上問題

を起こせば希理子一人の問題ではなく、希理子が属しているバスケ部の活動にも影響すると言ってきた

のだ。この休みが終われば関東大会、そして6月にはインターハイ予選もはじまる。下手すれば出場停

止にまで及ぶかもしれない。

 希理子はまさかそこまで大事になってしまうとは考えてもみなかったのだ。

「そのことについては反省してる。あんた達のしてきた2年間、ただ無駄なものにさせちまうとこだっ

た。それに関してはすまないと思ってるよ」

 希理子は素直な気持ちを言葉にしていた。実際に面と向かっていればこんな言葉はとてもじゃないけ

ど口に出来ない。だけど顔がみえないそのことが普段とは違う自分をさらけださせていた。

『<あんた達>じゃないよ、希理子』

「えっ」

 思いもかけない言葉に問い返す。

『お前の言葉で言うなら<あたし達>だよ。いつだって一緒にやってきた、お前だって俺達上南バスケ

部の大切なメンバーじゃないか。一番大切なこと忘れるなよ』

 当たり前といった自信に満ちた口調が希理子の心を優しく包み込む。

 ほんの一瞬だが何故だが希理子は泣きたくなってしまった。今、目の前にいないはずのこの優しい声

の持ち主の穏やかで自信に満ちた笑顔がすぐそこにあるような気がした。

「ばぁーか、なにクサいこと言ってんだい」

 その気持ちを悟られないように希理子はわざとちゃかすような口調で言い返す。

『そうかな』

受話器の向こうで苦笑しているのが手にとるようにわかる。ちょっとだけ情けない、まるで犬のよう

な表情を今しているはずだと希理子は思った。

『来週の日曜日にさ3on3の大会があるんだ。俺も出るから見にこないか』

「だけどあたしは停学中だよ。あんただってもう一回あたしが家抜け出してるのバレたらどうなるかわ

かってるだろ?」

 突然の脈絡のないお誘いに希理子は驚きを隠せない。

『学校にはその日は外部の予備校の模試があるって言えばいいよ。俺からも先生達には言っておいてや

るからさ』

「策士だねぇ」

 何でもないといった口調のその言葉に呆れ返りながら希理子は思わずそう呟いた。

『うちに居たってイライラするだけだろ。新鮮な空気と青い空を見てれば気もまぎれるだろうし、それ

にきっと希理子が気に入ると思うヤツも試合に出てくるんだ』

「ふぅーん」

 気のない振りを装いながらも希理子はその言葉に行く気になってきていた。電話の相手がこういう言

い方をしてくるのはとても珍しい。面白いものが見れそうだ。

『それにさ』

「うん」

 希理子は軽くあいづちをかえす。

『普段と違う俺を希理子にだけは見てほしいんだ』

「えっ?」

 突然の言葉に驚きを隠せない。だがそれだけを一方的に言って電話は切れてしまった。

 自分にだけとはどういう意味だろう。ただの社交辞令にもそれ以外のことも存外に臭わせているよう

にもとれる意味深な言葉だ。その言葉を発した主のことをよく知っているがゆえにどちらにもとれ、ど

っちなのだかハッキリしない。

 希理子は戸惑いを隠せぬまま、その言葉を自分に伝えてきたケイタイを見つめた。

 ケイタイの文字盤に映し出されている時刻はすでに12時を周り、日付けが変わっていた。それは希

理子にとっての今日と4月が終わったことを告げていた。

「……あいついったいどこまであたしを振り回せば気がすむんだろ……」

 そうつぶやき戸惑いながらもどこかそれを楽しみはじめている自分を希理子はたしかに感じていた。

  

  

                            Fin 
    


 正式にホームページを始動させる前に仮ページとはいえ小説一本ではせっかくのぞいてもらったみなさまに悪いかなぁ、ということで急遽書き上げたものです。この話はあえて桜井という名前を出さないことにこだわってみました。いかがなものでしょう?
   
   


   
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