| 4月の憂鬱 |
「どう思う?」
「どう思うって言われてもねぇ」
希理子は面倒臭そうな様子を隠そうともせずに言い返した。
その言葉を受けて相変わらずだなあといった余裕綽々にすら受け取れる笑みを浮かべながら
桜井は次の言葉を待っている。どことなくではなく全く気にくわないが希理子はその男の態度
にもうすっかりなれっこになってしまっている自分をたしかに感じていた。だから余計にイラ
イラしてしまう感情にはあえて目をふせて問いかけに対する答えを口に出してやる。
「あたしはあんた次第だと思ってるんだけどね」
「俺次第?」
そのような言葉を予想していなかったのか疑問と言うよりも驚きの表情で問いかける。
「そうだよ。あんたがどうしても手に入れたい女がいるっていうんならその子を採用すればい
いさ。だけどそうじゃないなら今川には可哀想なことになるけど今回は見送りってことにしと
いた方が利口じゃないかねぇ」
「俺が手に入れたい女ぁ!?」
その希理子の突拍子もないセリフに動揺を隠せぬまま桜井は目を大きく見開いた。そうする
と今の実際の年令よりも大人びた顔つきが年相応、もしくはほんの少しだけ幼く見える。
希理子はその顔を見て悪戯が成功した悪ガキのような満足げな表情で言い返す。
「結構可愛い子結構いたじゃん。その中から誰か付き合ってみたい女の子がいたんならその子
を入れればいいさ。どうせどの子入れたってマトモに働きゃしないよ。ほとんどの子はあんた
目当てで入ってくるんだかんね」
「そんなことないだろ」
自分に対するからかいを含んだその口調にいささかのテレとほんの少しだけ戸惑いというか
ショックというか微妙なニュアンスを臭わせながら桜井は言い返す。
「そんなことあるのさ。あんたなんかのどこがいいんだかあたしゃにゃあの子達の趣味がよく
わからないけど何故だかみんなあんたに夢中で特別な誰かになりたがってる。その為の手段と
して女子マネになろうとしてわんさか殺到してきてるのさ」
2人が話していたのは本年度新たに女子マネを採用するかどうかということだった。
前年に関東大会で第2位に導いた桜井目当てで新入生および2年を含めた女子十数名がマネ
ージャー志望として仮入部してきていたのだ。希理子は新学期が始まってから一回も部に顔を
出してはいないがひそやかに部内の様子をのぞきには来ていた。すると男だらけのはずの部が
やたらと華やかになっており、その視線が桜井一人にそそがれマネとしての仕事をほとんどし
ていない女の子達を見かけたのだ。
希理子とおなじマネである今川はせっかく仕事を分担してやってもらえると思っていたのだ
がそのような感じだから逆に邪魔で仕方がない。何とか出来ないかと部内での実質的な権力者
である桜井とマネとして自分とそして新しく入ってくるかもしれない新人マネの上に立つ希理
子に相談を持ちかけてきたのだ。
「まあ女程自分の欲に正直な生き物はいやしないからあんただけひいきしたおして他の部員達
はそっちのけで働いてくれるだろうよ。その女があんたにとってトクベツならまだ他のメンバ
ーたちも我慢できるだろうけどそうじゃないなら内部分裂しかねないよ。そのリスクを負って
もいいなら適当に一人入れてみれば?」
希理子はあえてその程度に言葉を押さえていたが本当はもうその障害が出始めていた。
桜井目当ての女の子の中には本命はあくまでも桜井だが無理なら誰それという形でキープを
作ろうと動き始めている子もいたのだ。そうなると桜井がひいきされるのは仕方がないと見守
っていた部員達も自分と同等のメンバーがひいきされているのをみれば面白いわけがない。バ
スケと勉強以外のことにあまり感心のない、はっきり言ってしまえば少し鈍感な桜井はその微
妙な緊張にまだ気がついてはいなかったが、部内にはギクシャクとした空気がすでに満ちはじ
めていた。
希理子はそのことについても原因が原因であるが故に桜井には内密に今川から相談を受けていたのだが、そんなこと、つまり『好いたはれた』関連のことについては理解力ゼロの桜井に
告げても、また本人に罪のないことでもあるので、あえて言及するようなことはしなかった。だがその希理子の心情を知ってか知らずか桜井は普段の柔和な表情に真剣味を加えた表情で
希理子に対して問いかけてきた。
「希理子はどうすればいいと思う?」
「さあ」
希理子はあえて答えなかった。というよりも答えられなかった。桜井の視線の変化に気がつ
いたからだ。穏やかな表情はそのままだ。だけど目だけが違う。ごくたまに、特に二人っきり
のときなどに希理子に対してだけみせる目だ。
その視線で見つめられるとどうしてなのか分からないけどほんの少しだけ泣きたいような、
逃げ出したいような、それでいて自分の一番深い部分がその瞳に支配されたいという他の誰か
らも感じられない甘美な刺激を感じてしまう。
何故桜井は自分をそんな目で見るのだろう。そして自分はどうしてそう感じてしまうのだろ
う。
それが何故だかハッキリしない。
「だからあんたの好きにして。あたしに聞かれても困るよ」
希理子は平静を装いながらほんの少しだけ気付かれないように視線をそらしながら桜井にた
いして言う。
「……わかった。馬呉と相談してみるよ」
桜井はそう言うと軽い会釈をして希理子を夕日の差し込む部室に残したまま立ち去っていっ
てしまった。希理子はその出会った時よりも何周りも大きくなってしまった背中を見送ったの
ちも桜井が去っていった扉をじっと見つめている。
「……バカヤロー」
自分でも意識をしていなかった言葉がその唇からすべり出した。希理子はその自分の声にほ
んの少しだけ戸惑いと驚きを感じながらも、その言葉が今の自分が桜井に対していうべき最も
適切な言葉だと感じた。
何故という疑問符をやまのように自分の中に発しさせておきながら素知らぬ顔で結論をごま
かした曖昧さが気に入らない。あの男は自分にたいしてだけいつも強気で強引な自己中なくせ
に、曖昧な態度をとり続けている。そのわけの判らぬ曖昧さが自分を苛立たせ憂鬱にさせる。
希理子は部室を出て外の空気を思いっきり吸った。だけどその憂鬱さは消えるどころか夕暮
れ独特の感傷に触発されてかますます酷いものになってしまう。
「ええい、くそっ」
イライラした気持ちがどうしても押さえられない。判ってはいるのだ。今が大事な時期だと
いうことぐらい。でもその理性よりも今は感情が上回っている。
希理子はポケットに手をやった。そこには止めなければと思いつつも手放せずにいたタバコ
が入っていた。なれた様子でそれに火をつける。
もうすぐ先生達の見回りの時間だ。こんなところでタバコなんか吸っていたらすぐに見つか
ってしまうだろう。だけどかまわない。停学をくらうなり退学になれば自分の馬鹿さ加減に呆
れ返るのに必死になってこの憂鬱を忘れられるだろう。
「みんなアンタのせいだかんね」
希理子はタバコをくゆらせながら去っていった男に責任を擦り付けるように毒づいて自分自
身を小さく笑った。
Finこの話は希理子が停学をくらうことになったエピソードとして作りました。短い小説を書くのは苦手なので何となく、いや、絶対に変ですがまあそれなりに自分らしさおよび希理子らしさが出せたのではないかと。苦情は遠慮なくメールで送りつけてやって下さいませ。
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