ネコと旦那さま

      

 

  
   

   

 ここは東京都渋谷の一角。少し狭いけど都心の割には安い家賃のこの部屋には現在旦那サマと1匹

のネコが住んでいました。


 
「ぅうん……」

 何だか旦那サマが寝苦しそうです。それもそのハズです。旦那サマが寝ているベットの上でネコが

旦那サマの上に馬乗りになって首を絞めていたのです。

「……おい、希理子…」

 旦那サマはうっすらと目を開けながら自分の首を締めているネコに向かってそう呼び掛けました。

「本気で殺す気なんだったらチャッチャと絞めろ。ジャレてるだけならさっさとどけ、……重たい」

 その眠たそうなのを隠そうともしない口調でのその言葉に、ネコは近くにあった自分用の枕を手に

し、そしてその枕でボコリと寝ている旦那サマを殴りつけました。

「乙女に向かって『重たい』とはなんて言い種だい!今度は本気で絞めるよ!」

 その攻撃とその言葉に旦那サマはすっかり目を覚まし、寝たまんまの体勢でひょいっと自分の上に

乗っているネコを自分の横にどけました。

「だから言ってやっただろ?『殺したいんなら本気で絞めろ』って」

 そう言ってベッドの上に起き上がりながら旦那サマはネコに問いかけます。

「いったい今日はどうしたんだ?ハラでも減ったのに俺が起きないから首でも絞めたのか?」

 絞められたことに対して何の感慨もない、それどころかすっかり慣れてしまっている、そんな口調

で旦那サマはそう言いました。その言葉にネコは再び不服そうな顔をして旦那サマに再び枕で殴り掛

かります。

「違うよ!」

「じゃあどうした?」

 慣れた手付きでネコの攻撃をかわしながら旦那サマはネコのしなやかな身体に手をまわします。

「何でそんなに逆立ってンだ?」

「あんっ」

 ネコは旦那サマの右手が自分の身体を、左手で掬い取られた髪に口付けをされたことで甘えた声を

出しました。旦那サマの優しい手はいつだってネコを気持ち良くしてしまい、ネコの感情はいつもは

ぐらかされてしまいます。

「だって……」

「だって?」

 ネコが濁した言葉を口付けして促しながら旦那サマは問いを重ねます。

「あんたの寝顔が綺麗だったんだもん」

「・・・・・・はあ?」

 ネコの口から出たその言葉に、ネコのことを知りつくしているはずの旦那サマも思わずびっくり

し、それこそ猫のように目を丸くしました。

「あんたばっかり綺麗になって、あたしはずっと変わらなくって何だか悔しかったんだもん」

 ネコは本気でそう思っているようで心底悔しそうでした。だけどネコの口から出たその言葉に旦那

サマはまたまた本気で驚きました。

「何言ってンだ、テメェは?お前が『変わらない』?!冗談だろ?」

「だってそうじゃん!」

 だけどその言葉にネコは大きく首を振ります。

「あんたはガッコウ行って、バスケして、バイトいって、そんなふうしていろいろ吸収してるけど、

あたしはずっとこの部屋であんたを待ってる以外何もしてないんだよ?!部屋から一歩も出られない

から」

 その言葉に旦那サマはまたかといったため息をつきます。

「だから言ってるだろ?『出ればいいじゃないか』って。外からカギ締めても中から開くんだから何

処にでも往くなり、家に帰るなりすればイイじゃないか?帰らないのはそっちの勝手だろ?」

「ウソ!」

「そりゃ、こっちの言うセリフ。俺は何もウソなんか言ってないぞ。なのに何がウソなんだって?」

 その言葉にネコはぷくっと頬をふくらませます。

「あたしがそうやってこの部屋出ちゃったら不用心じゃん!泥棒はいられたらどうすんのさ?!」

 その言葉に旦那サマは呆れた顔で笑います。

「この部屋に取られて困るようなもんなんかあるもんかよ。だから気にせずに何処にでも行けよ」

 半分からかうようなその顔にネコはますますぷくりと顔をふくらませます。

「だから前から言ってるジャン、『合鍵ちょうだい』って!そしたら安心だし、あたしも好きな時に

好きなトコ行って帰って来れるんだから合鍵作ってよ」

「駄目だ」

 その言葉に旦那サマは即答します。

「お前には俺が出来ること、お前の欲しいものなんだってくれてやる。でも鍵だけは駄目だ。出て行

きたいならそのまま出て行け」

「ぅうっ」

 そう言い返されるとはわかっていたとはいえ、やはりすげなく返されたその言葉にネコは旦那サマ

のべットの上でぎゅっとうずくまりました。

「トーストにスクランブルエッグでいいよな?お前、好きだろ」

 旦那サマはそんなネコの様子に目もくれず台所で手早く朝食の準備に取りかかります。

「…………」

 ネコは何も答えません。ただぎゅっと膝を抱えたままで悔しそうに目の淵に涙を溜めてうずくまっ

ています。

「こら、希理子」

 そんなネコの様子に旦那サマはネコが大好きな朝食用のカフェオーレを作る為に取り出した牛乳を

口に含むとネコの側で立ち止まり、そのままネコに口付けしました。

「ううっ……はぁ、ぅんっ」

 無理矢理上を向かされて重ねられた唇の間から滑り込んできた舌とそのミルクにネコは無理矢理酔

わされます。そのとろけ切った表情に旦那サマは笑います。

「そんな顔してんなって。ちゃんとイイ子で留守番してたら帰って来たらお前に好きなだけ『上の

口』にも『下の口』にもたっぷりミルクをのませてやるからな」

「バカッ!何、朝イチで下品なコト言ってンだい!」

 次の瞬間、真っ赤になったネコの鉄拳が飛んできました。

「だいたいそんなにヒマさえあればやりまくって、妊娠しちまったらどうするのさ?!アンタまだ学

生なんだよ、それも高校生!」

「わかってるよ」

 鉄拳をよけながら、ネコのその言葉に旦那サマはなんでもないといった表情を浮かべました。

「だけど今『仕込んだ』としても生まれてくるのは俺が卒業するのよりあと位だろ?だったらイイじ

ゃねぇか?ホントはバスケさえなければ今すぐガッコやめて、もっと働きたてぇくらいなんだ。もう

一人食い扶持が増えるのくらいどうしたことねぇよ。お前もお前の子も俺が一生面倒みるって決めて

んだ」

 そう言ってネコの顔を覗き込みながらニヤリと笑います。

「それにお前だって『デキたら』産んでくれるつもりだろ?」

「バカッ!」

 再び鉄拳が飛んできましたがそれは先程よりも威力のない、あきらかに照れ隠しのモノでした。

 旦那サマはそんなネコのことを本当に愛おしそうに微笑むと先程と同様にそっとネコの唇に自分の

それを重ねました。

 おずおずと恥ずかしそうにその洗礼を受け、そしてピチャピチャと音がなりそうな程濡れた舌先だ

けを重ねて互いのそれを嘗めあうそんな口付けをかわしあうと、ネコはもう座っているのも出来ない

ほどとろとろになって、旦那サマにそれこそ夜が明けるまで愛していただいたベッドの上でクタリと

なってしまいました。

 旦那サマはそんなネコの様子をますます愛おしそうに微笑むとちゅっとこれがとりあえず締めの挨

拶とばかりにネコの可憐な唇と額に口付けました。

「明日は早くガッコウ終わるからバイトまで少し空き時間が出来るからお前が行きたいトコ連れてっ

てやるよ。何処がいい?」

「家!」

 ネコは即答しました。

「着替え取りに帰りたい。 ここに来てから一歩もこの部屋でてないから、もうとっくに夏だっていう

のにあたしまだ春物なんだよ?だから夏物取りに行きたい」

「了解」

 旦那サマは再びちゅっとネコの今度は鼻先にキスをしました。

「じゃあ、俺ガッコウ行ってくるからおとなしくしてろよ」

 そう言って通学用のカバンを手に取ると旦那サマはもう一度たっぷりと堪能するようにネコの唇に

自分のそれを重ねました。

「じゃあ」

「まって……」

「?」

 出て行こうとした矢先のネコからの呼びかけに旦那サマはいぶかしんで後ろを振り返ります。その

視線の先ではらしくないほどに視線をうろさせたネコが恥ずかしそうに頬を赤らめながら何か言いた

そうでした。

「どうした?」

「……ん、うん、あっ、あのさ…」

 ネコは下をむいたままそう言うと、今度は勢いをつけて顔をあげて旦那サマに向かって言い切りま

した。

「はっ、早く帰っておいでよね!あたしあんたと違ってTVみて寝っころがってるしかすることなん

だからヒマなんだよ!ホントに退屈で仕方がないんだから、これ以上、あんまり退屈させると本気で

出て行っちゃうからね」

 その言葉に旦那サマは笑いました。

「ああ、俺が帰ってくるまで股濡らしてまってろ」

「!」

 次の瞬間、ネコが恥ずかしそうに抱きしめていた枕が宙をまっていました。

「ハハッ」

 旦那サマは飛んできた枕を楽々キャッチすると再びネコに笑いかけました。

「いってくる」

 ネコのことを誰よりも愛している旦那サマにはネコの言葉が本当は『寂しいから早く帰って来て

ね』という意味だとハッキリとわかっていたのです。

「もう……!」

 ベットから這いずり出るようにして旦那サマに投げ付けた枕を回収するとネコは再びベッドの上に

戻ってきました

 本当に狭い、すべての物に手が届いてしまうような部屋なのに旦那サマのいない間のその部屋はネ

コにとってとても広く感じられます。そんな寂しさを紛らわせる為にネコは旦那サマの使っている方

の枕をぎゅっと抱きしめました。

 柔らかいのが好みのネコとは違って堅いのが好みの旦那サマの枕はしっかりとした硬さとしなやか

さがありました。その感触は枕からかすかに感じられる旦那サマのにおいと相まって旦那サマの身体

と似ているように感じられるのですが、もちろん枕は旦那サマではないので抱き着いても同じように

抱きしめ返してはくれません。

 そのことが何だか悲しくて、たった数分前に出て行ってしまったばかりの旦那サマが恋しくて、ネ

コはその枕を抱きしめたままベットの上に横たわりました。旦那サマのにおいがたっぷり染み込んだ

ベッドはネコの身体を優しく抱き留め、そして包み込んでくれるかの様でした。

「ふわあ……」

 ネコは大きくあくびをしました。その微かに残った人肌の温かさの感触がネコを眠りへといざなっ

たのです。それもそのはずです。

 ネコはそれこそ毎晩帰りの遅い旦那サマが帰ってくるまで起きて待ち、そして旦那サマが帰って来

たら朝までたっぷりと可愛がっていただくのです。ネコがどんなにもう駄目、やめてと言っても若い

オスである旦那サマには我慢出来ないようで、ネコは毎晩毎晩それこそ何回も何十回も愛していただ

きます。

 もちろんそれはネコにとっても旦那サマにとってももっとも大切な至福の時間ではありますが、や

はり毎晩毎晩のことなのでその激しさにネコの身体は結構限界に近いところまで追い込まれていまし

た。

 だけど同時に思います。旦那サマはそのように毎晩毎晩ネコをかわいがるだけじゃなくて昼間はガ

ッコウにいって勉強をしてバスケ部のハードな練習をし、それからネコと自分自身を養う為に懸命に

働いて帰ってくるのです。それからネコを朝までかわいがるのですから家で寝ている時間は毎日2時

間程しかありません。じゃあはたして何時身体を休めて、眠っているのでしょうか?、と。

「……やっぱ授業中かね?」

 その疑問にネコは自身で導きだした、これ以外ないという答えに笑いました。そしてゆっくりと目

を閉じました。ネコは旦那サマがネコのことを知っているのと同様に旦那サマのコトを知っていま

す。だからこの答えに間違いがないことは聞かずともわかりました。

 本当はネコは旦那サマの言うとおりでこの部屋を出て行きたいのなら出ていけるのです。だけどネ

コは自分の意志で出て行きません。だってもう旦那サマのいないところでネコは生きていきたくない

のです。

 だから時々日光を浴びる為に玄関の扉を開けっ放しにしてそこに座り込んではいますが、一人では

決してこの部屋からは出て行かないのです。

「ふわぁ…」

 ネコはもう一度大きなあくびをしました。今晩も旦那サマに愛していただく為には体力を取り戻し

ておかなければなりません。それには睡眠が一番であることをこの数カ月の間にネコは身につけてい

ました。

「愛してるよ、澤村。愛してる……」

 決して旦那サマには言ってあげない言葉を口にしてネコは眠りにつきました。だってこんな言葉恥

ずかしくてとても言えません。旦那サマも恥ずかしがって、時折ネコがひどく激しく愛された時に我

慢してそれを堪え切った時くらいにしか言ってくれません。だからちょうどいいのです。

 その日、ネコは自分の手にとてもやわらかなものを抱いて微笑んでいる自分の姿を夢に見ました。

その横では旦那サマが嬉しそうに、愛しそうにネコと腕の中のそれを見つめています。

 遠い未来なのか、近い未来なのかわかりませんがそれが正夢だとネコにはわかりました。だから何

だか嬉しくなってまどろみの中笑います。

 旦那サマが帰って来たらこの夢を教えてあげよう────夢の合間にネコはそう思って、ますます

幸せなまどろみの中に落ちていきました。

                                  FIN
                                 

  
  

 

        

 ハッキリ言ってオモテからのリンクでくるこの企画にこれを置いていいのか悩みましたが、書いちゃったので置くことにしました(笑)。書いてて私は楽だった。でも読み手である皆さんはどうでしたか?新しい形式としての小説にチャレンジしようと思って書いた作品なのですが……。

                         2001/8/13   日向 葵



 ↑上に書いてあるの同様に余りに内容が内容の為に表に置いておいていいのか悩みました。でももうすでにやっちゃったことなので(笑)よしとしました。この作品もかなり気に入っているのでできれば続編をかいてみたいな、などと妄想中です。……でもとても表には置いておけませんので『天国』送りですね
                               《2001/9/23》

   

    

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