NEVER END

    

 

「もう暑いったらありゃしないね、たくっ」

 希理子はそうぶつくさ言いながらスカートをバタつかせた。都会の真ん中、コンクリートに囲

まれている上南高校の、しかもあまり風通しが良好とはいえない体育館はまだ7月上旬とはいえ

その暑さは尋常ではない。直射日光を浴びずに済むということ以外に室内だという特権はない。

「せっかく早く対戦相手を知りたいだろうと思って馬呉ほっといてとっとと帰ってきたってのに

まだロードワークかい」

 今日は四ッ谷鵜の原戦後の決勝リーグ組み合わせ会の日だった。出そろった4校の代表がその

組み合わせ及び会場決めの為に集まり、厳正なるくじ引きによって日時が決定した。上南からは

主将である馬呉と桜井にデバガメとして希理子、そしてその引率として顧問である西前先生がそ

の組み合わせ抽選会に参加した。組み合わせさえ判ればそれ以上のことに興味のなかった希理子

は一緒に行っていた馬呉に後の雑務を押し付けて桜井と共にさっさと帰ってきたのだ。

「今日はもう軽く流して終わりなんだろ、桜井?」

 希理子がそう問いかける。

「ああ、みんなの疲労もピークにきてるし、決勝リーグ前の骨休めってことで早めに終わるよ」

 桜井は希理子の問いかけにそう返答する。ただその様子が何か変だった。いつも堂々というか

のほほんとしてるのに何故か所在なさげに見える。希理子にはそれが気に掛かった。

「さっきから気になってンだけどさ、何であんたさっきからそっぽ向いてるのさ」

 その問いかけに桜井は顔を赤らめてくるっと希理子の方から完全に顔をそむけてしまう。

「そりゃお前がそうやってスカート、パタパタやってるからだな……」

 言いながらさらに顔が赤くなってくる。希理子はその後ろめたそうな桜井の様子に得心する。

「『カラダが夏にナル』ってかぁ?桜井、あんたも男だったんだねぇ」

 桜井の自分を見ようとしない、というか自分の方が見られない理由を悟ると、もっとからかっ

てやろうと希理子はピラリとさらにスカートをまくりあげた。その結果、希理子のしなやかで美

しい足が太ももの半ばから惜し気もなくさらけだされる。

 普段の練習中や体育の時間などにはそれこそ足の付根から下全部がみえるようなショートパン

ツやブルマーをはいている。それなのにどうしてか男という生き物は堂々と見ても良いという御

墨付きをいただいたような格好よりも、ミニスカートからこぼれ出る脚やめくれ上がったスカー

トから見えるといったチラリズム的なシチュエーションに興奮するらしい。それはどうやら桜井

にも当てはまるらしく希理子のもっとすごい格好を見なれていても目のやり場を失ってしまうよ

うだ。ますます真っ赤になっておろおろとしている。

「男ってのはバカで単純な生き物だよねぇ、笑っちまうくらいわかりやすくてうらやましいよ」

 希理子はその桜井の様子を横目に見て笑いながらそうしみじみ言った。

「羨ましい?」

 桜井は自分を含めた男を否定する言葉を言ってくると思っていたのに、その想像から大きく外

れた評価をいぶかしむ。

「ああ」

 希理子はだがその桜井の問いかけを頷いて肯定する。

「あたしなんかいっつも後悔のしっぱなしさ。どうして、どうして、どうしての繰り返し」

 希理子はそう言うと出しっ放しで転がっていたボールをひとつとりあげた。

「あたしも基本的には行動に移すまでは男と同じ、何も考えない、思ったまま心のやりたいトコ

にいく。───でも、いっつも後から考えちまう、本当に良かったのかってね」

 ボールをぽんとついては投げあげるようにもてあそびながら話を続ける。桜井はその希理子の

言葉を黙って聞いている。

「でも意地があるから、負い目があるから泣き言なんかいってらんない。だからいっつも自分に

言い聞かせてるのさ『あたしは間違ってない』、『負けちゃいない』ってね」

 希理子は何もない前方を睨み付けるような強い瞳をしていた。

「希理子」

「ん?」

「聞いてもいいか?」

「うん?」

 その希理子の様子を黙って見守っていた桜井が切り出しにくそうに問いかける。

「『負い目』ってやっぱり『ひざ』のことなのか?」

「確かにそれもあるよ」

 希理子はあっさりと肯定する。

「でもね、それが一番の『負い目』じゃない」

「じゃあ、他に何か……」

 やけにきっぱりと言い切った希理子の言葉に桜井は更なる疑問を重ねる。

「わからないかい?この『身体全部』だよ」

 希理子はそう答えると自分の身体を示すように微かに手を広げた。

「神様は不公平だよ。どんなに頑張ったって女の身体じゃ身体能力は男の身体にゃ敵わない。あ

んた達につきあって男バス見ててさ、そのことイヤっていうほど思い知らされた」

「希理子……」

 そう言われたら返す言葉もない。おもわず感傷がその語尾に交じる。

「でもね、あたしはバカだからこう思っちまうのさ、『もしひざが壊れてなかったら』、『もし

バスケを続けられてたら』、あたしの方が何倍も上手くなってたってね」

 希理子はその桜井の感傷を否定するかのように、そして今言った言葉を、そしてこれから紡ぎ

出す言葉を自分自身で否定するかのように小さく笑い言葉を続ける。

「だからゲーム見るのキラいだよ。叫びたくなっちまう。そこはあたしの場所───あたしの

ポジションだって」

 自分自身の感情を持て余すように、希理子は傷めている方の右足をぶらぶらと振っている。

「だから、理不尽だってわかってても自分を止められないんだ。背番号4付けて、───エース

ナンバー背負ってコートを走ってるヤツを憎まずにいられないんだ」

 真直ぐな、いつわることの出来ない瞳で希理子はそう何もない空間を見つめたまま告げた。桜

井はそんな希理子の様子をいたわるような、それでいて見直すような瞳で見つめている。

 その桜井の視線を受けて希理子はバツが悪そうに顔を赤らめるとそっぽを向いてしまう。

「暗い話をしちまったね、あたしらしくもない」

 だがその背中に希理子にとっては思いもしなかった言葉が投げかけられた。

「いいよ」

「えっ?」

 思わず桜井の方を振り返る。

「誰を憎んでても理不尽でもかまわないよ。希理子にはその権利があるよ」

 豊かな響きを持つ声がゆっくりとした口調でその二人きりの空間を満たしていく。

「関係ない他人を憎める程、希理子は好きなんだ───ホントにバスケが好きなんだ。希理子は

すごいよ、ホントにすごいよ」

 うらやましげにきっぱりと言い切られたその言葉に希理子は思わず真っ赤になってしまう。

「それにさ、他の誰かのことがキラいでも、希理子は俺のこと好きだろ?」

「はい?」

 にこやかに微笑みながら投げかけられた爆弾発言に、希理子はおもわず呆然としながら間抜け

な返答を返す。

 桜井は希理子のそんな様子に気付きもせずに言葉を続ける。

「だってさ、俺にバスケを教えたのは希理子だし、そしたら俺のバスケは希理子のバスケと同じ

ってこと。いくらバスケやってるヤツのことがキラいでも自分のことはキラえないだろ?そした

ら俺のことも好きってことだろ?」

 『世界は僕の為にある』的な自分勝手な理屈を正々堂々とにこやかにふりかざした。そのあま

りの傍若無人ぶりに希理子は一瞬思考能力のすべてを失い真っ白になる。

 だが次の瞬間、ハッと我に返ると正義の鉄拳をふりかざした。

「『キラい』じゃないなら『好き』なんて今どき、小学生のガキでもそんなこと考えないよ!」

 鈍い音が桜井の頭上で炸裂した。

「……イタイ……」

「バカじゃないの、あんた!幼稚園から出直してきな」

 頭を撫でさする桜井に背を向けながら希理子はそう言い捨てる。桜井はそのとりつくしまもな

いような希理子の様子に小さく肩をすくめると、他の部員達が帰ってくる前に着替えておこうと

体育館を後にしようとした。

「………………」

 その背中を希理子は桜井に気付かれぬように見つめる。

 ねえ、やっとわかったよ、───去っていく背中にそう心の中でつぶやく。バスケが出来なく

なってしまったことは、自分にとってこれ以上ない苦しみの始まりだった。そのために今よりも

っと荒んだ生活をしていた時期もある。だがそれは大好きなバスケが出来ない、そのことに対す

る憤りからだと思っていた。だけど違っていたのだ。それだけではなかったのだ。

 本当に自分を『負』の方向に奔らせていたのは『孤独』、───希理子にとってすべてといっ

ても過言ではなかったバスケが出来なくなってしまったそのことが、自分は誰にも必要とされて

いないのではないかと疑わせ、自らを孤独へと追い込もうとしていたのだ。

 だが希理子はそのことに気付いていなかった。気付いたのはたった今、桜井が言った言葉のす

べてがその希理子の中で大きくなり、そのすべてを支配しようとしていたそのかけらを粉々に砕

いた後だった。

 わかっているのかい?───心の中で問いかける。

 きっとわかっちゃいないね───その問いの答えを希理子はすでに手にしていた。

 桜井は不器用だ。周りの人間はみな桜井が器用だと思っている。だが桜井自身と希理子だけは

そうじゃないことを知っている。そして桜井自身が思っているよりずっと不器用なことを希理子

だけが知っている。

 たまたま自分自身にとってよかれ、と思ってとった行動がこれまで他の人間にとっても良い方

向に動きつづけただけで、それはほとんど偶然といってもいい状況ばかりだった。だがその奇跡

的な偶然を呼んだのが運だけではない、ある意味での彼の本当の力だった。桜井の努力を惜しま

ないその姿勢とすべてを欲しがる貪欲さがその偶然を引き寄せているのだ。

 希理子はそのことを知っている。彼自身もしらない桜井の本当の力を知っている。だから今

回、桜井が自分を救ったことも無意識の偶然、桜井の生み出した無意識の奇跡なのだ。希理子は

そのことを知っている。知っていてなお、───知っているからなお心の中にあたたかいものが

満ちていくのを感じる。どうしようもなく顔がほころんでしまう。

 桜井からもらった言葉達が今、希理子の中でゆっくりと、だけど確かに息づきはじめていた。

「おっ、みんな帰ってきたみたいだな」

 体育館の入り口辺りがガヤつきはじめたのを受けて、桜井はそうつぶやく。

「でも、ゲームはまだ始まったばかりだからね」

 その背中に希理子はそう言葉を投げかける。

「?」

 結構距離があったのに聞こえていたのか桜井はその言葉に振り返り、疑問の表情を希理子に向

けてくる。希理子はそれに対してにっと不敵な笑みを浮かべた。

 やられっぱなしは気が済まない。無意識だろうと───意識的ならなおさらやられっぱなしじ

ゃ気が済まない。

 『孤独』と同じように自分の中にそんざいしていた『もの』、希理子は『孤独』と同時にその

その存在にたった今、気付かされたばかりだった。『それ』を希理子の中に存在させたのは彼、

ほかならぬ桜井自身なのだから、自分はこれから戦いを挑まなければならない───。

 だから希理子はなおさら笑う。一歩も引く気はない。引いてしまえば負けになる。そんなこと

許せない。自分のプライドがそんなことを絶対に許さない。

 自分の中に芽生えていた『感情』───『恋心』。どちらかがどちらかの心を完全に手にする

までこの勝負は終わらない。

 これは宣戦布告だ。参戦する意志が相手にあろうがなかろうがそんなこと関係ない。あったら

あったで、なかったらなかったで無理矢理舞台に引きずりあげるだけだ。

「覚悟しときな」

 その言葉を桜井に投げ付けると希理子はこれからのことを思ってにっこり笑った。

 

                                FIN

       

  

 98/12/23に『Sunya』として初めて活動を開始した時に出したオフ+コピーのペラい本に掲載した漫画のノベライズ作品です。初めて描いたキリサク作品だけに結構思い入れ有り。小説にしたら結構シリアスっぽいけど実際にはギャグっぽい作品でした。
 タイトルは付けてなかったので作品中で引用していたSIAM SHADEの『NEVER END』に急遽決定。機会があればぜひとも歌詞の方をご覧になってみてくださいませ。むちゃくちゃ2人の関係にはまってると思って下さること請け合いですよ。

                           2000/10/27  日向 葵
      


  
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