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昔むかしあるところにおじいさん(成瀬)とおばあさん(今川)が住んでいました。竹を取って
きて細工をし、それで生計をたてているおじいさん(成瀬)はその材料を取りにウラの竹林に、そ
して晩ゴハンのおかずをゲットするためにおばあさん(今川)もウラの竹林に向かいました。
2人はそこでとても不思議な光景を目にします。
「おばあ(今川)さん、あれ何ですかね?」
おじいさん(成瀬)が示した先には節の間が金色に光っている竹が何本も連なっていました。
「さあ?」
結構、かなりあっさりしている性格のおばあさん(今川)はそんなことよりも今晩のおかずにし
ようと計画していたタケノコが見つからなくておじいさん(成瀬)の話など上の空でした。
「俺、切ってみますね!」
おじいさん(成瀬)はおばあさん(今川)に無視されてしまっているのにまったく気付かずに一
番近くにあった比較的細い光る竹を持っていた鉈で真っ二つにしました。
「わあ!」
すると中から何とキラキラ煌めく黄金の固まりがパラパラパラパラこぼれ落ちたのです。
「!!、まさか───」
おじいさん(成瀬)は慌てて隣で同じように黄金に輝く竹を真っ二つにしました。するとそこか
らも同じように黄金がざくざく出てきたのです。
「これはすごいね」
この様子にはさすがのおばあさん(今川)もびっくりしたようで、こぼれ落ちた金の固まりを一
つ手に取りそれをしげしげと眺めました。どうやら純度99・9%以上、つまり純金といって差し
支えない極上の逸品です。
ちなみに江戸時代の小判の純度は約60%弱のモノがほとんどだったと言いますから、今この竹
の中から出てきたこの金の固まりその質の高さはいちおう平安時代らしいこの時代から考えると信
じられないようなものでした。
「ああ、これで大金もちに!」
すっかり興奮してしまったおじいさん(成瀬)は手当りしだいに光ってない竹さえぶっ倒すほど
の勢いで次から次へと竹を叩き割っていきました。そしてやがて1本の竹にたどり着きます。
「おばあ(今川)さん!これホントにすごいですよ!」
ぽかんと口を開けて目を輝かせているおじいさん(成瀬)の視線の先にはドラム缶ほどの太さも
ある『これが竹か?!』というような代物が光り輝いていました。
「これだけデカイとどれだけ黄金が入っているんでしょう!」
おじいさん(成瀬)は持っていた鉈をふりあげました。
「ちょっとまて、おじいさん(成瀬)」
だがそれをおばあさん(今川)が止めました。
「どう考えてもおかしくないか?!」
「えっ?」
すっかり目の前の欲におどらされていたおじいさん(成瀬)はこの光景の異様さに気付きませ
ん。
考えてもみてください。ドラム缶ほども太さがある竹だったらその高さはどれほどのものになる
と思いますか?おそらく10階建て以上のビル程の高さは軽くクリアーし、東京タワー……には届
かなくても通天閣ぐらいまでは高くなってしまいます。ごく一般的な竹林の中にそんな竹がぽつん
とあったら何かあるに決まっています。ここまで黄金というこれ以上ないエサをちらつかせてここ
まで引き寄せてきたことから考えてもこれは普通じゃありません。
「それに何だかとてもイヤな予感がするんだ」
その言葉のとおり、おばあさん(今川)はこの竹を見た瞬間から感じている激しい悪寒を押さえ
ることが出来ませんでした。だがおじいさん(成瀬)はまったくそんなことはお構い無しに、目の
前のこの巨大な竹を割ることにすっかり心を奪われていました。
「きっと大丈夫ですよ────えいっ」
おじいさん(成瀬)はそんなおばあさん(今川)の忠告を取り越し苦労とばかりに笑うとまず倒
す為の足掛かりとする一撃を加えました。
「?!」
おばあさん(今川)はその様子をそっと確認してみましたが何も起こりません。そのことで一瞬
取り越し苦労かとおもいましたがますます悪寒はひどくなるばかり。
やはりこれを切るのはやめようとおじいさん(成瀬)に言おうとしたのですが、その前におじい
さん(成瀬)は再び鉈をその巨大な竹に向かって振り降ろそうとしていました。
「えいっ────、!!」
だがおじいさん(成瀬)の鉈が竹を割りきってしまうその寸前でその竹はひとりでに割れてしま
いました。
「何すンだい!!」
びっくりして目を見開いているおじいさん(成瀬)に向かって強烈な罵声が浴びせられました。
竹が割れた時に溢れだしてきた光が余りに眩しくてほとんど何も見えません。ただその声がした方
向がたしかにその巨大な竹の方で、その光の中にとてもしなやかなシルエットが浮かび上がてきて
いることだけは見て取れました。
「あんた、あたしを殺す気かい?!そんなもんで頭かち割られちゃ、不老不死の月天人でも死ぬ時
ャ死ぬんだよ!」
光の中から不快感を隠す気がさらさらない大音声が辺りを支配しました。その声に秘められたあ
まりの怒りにおじいさん(成瀬)はぷるぷると震え上がります。
「ほら、さっさと服よこす!いつまで乙女にこんな格好させとく気だい?!」
だんだん光が治まってきて、その声を発する人影に目をやるとそこにはとても美しい少女(希理
子)が白い布一枚だけにくるまった形で立っていました。
「何やってンだい、下僕ども!言われたとおりにさっさと着るもの持ってきな」
驚きのあまり目をぱちくりさせていたおじいさん(成瀬)に向かってその少女(希理子)はます
ます怒りを強めながら大きな声で怒鳴り付けます。
「……『下僕』って?」
たしかに衝撃を受けてはいましたが、おじいさん(成瀬)よりは少しはマシなおばあさん(今
川)がそう問いかけました。すると少女はくいっと首を傾けておじいさん(成瀬)が次から次に切
り倒していった金色に輝いていた竹を指し示しました。
「あんだけあればあんたらを一生どころか三百生くらいコキ使ってもお釣がくるだろ?」
どうやら先程竹の中から出てきた黄金はこの少女(希理子)のモノだったようです。
「さあしっかりと働くんだよ、下僕ども!」
まったく人の言い訳を聞く気もさらさらないその少女(希理子)は高らかに宣言しました。
結局完璧におじいさん(成瀬)とおばあさん(今川)を下僕にしてしまった少女(希理子)はそ
の美しさから『輝夜(かぐや)姫』と呼ばれるようになりました。漆黒の髪が闇夜の空を切り取っ
たように鮮明で、そしてその顔がまさに輝くばかりに美しいからそう名付けられたのです。
ちなみに付けられた形容詞は『なよ竹』────意味としては『細い竹のようにしなやか』など
という可愛らしいものではなくて『細い竹程折れにくいのに、そんな竹でもあっさり折ってしまう
程パワフル』という意味で『なよ竹すらも折ってしまうかぐや姫』が略されて『なよ竹のかぐや
姫』と呼ばれるようになりました。
さてこのかぐや姫(希理子)、生まれた時からすでにお年頃。性格はともかく見た目は超一流な
のでウワサを聞き付けた若い男達は放っておきませんでした。
しかし出会ったばかりの老人(?)2人をさっそく下僕にしてしまう程の性格のかぐや姫(希理
子)がそう簡単にオチるはずがありません。たいがいがこれ以上ない程トホホという目に合わされ
て、かぐや姫の黄金で建てた豪邸に近寄らなくなっていました。だが『たで喰うムシもすきずき』
という言葉があるようにこれほど強烈なかぐや姫(希理子)にどれほどすげなくフラレ続けても熱
烈なアタックを続ける公達が3人残っていました。
そんなある日のこと、いつものように洗濯物をたたんでいたおばあさん(今川)の目に珍しい光
景が映りこんできました。
「何見てるんです、かぐや姫(希理子さん)?」
下僕とは言ってもかぐや姫(希理子)に気に入られた結果、人並みの扱いをしてもらっているお
ばあさん(今川)がかぐや姫(希理子)にそう問いかけました。とにかくヒマさえあれば暴れまく
っている 姫(希理子)がそれこそ電話帳並みの厚さがある本を熱心に見ているのが気になったので
す。
「うん、『世界の珍品、名品、絶滅、消失、とにかく絶対発見不可能大図鑑』」
……何じゃそれ?、そんな言葉しか出てこないタイトルを姫(希理子)は口にしました。
「アイツらまだあたしのことあきらめちゃいないんだ、今度こそ絶対不可能な難題ふっかけてあた
しの目の前から永久追放してやる!」
かぐや姫(希理子)は昼間だというのに天空に輝く星を見上げるかのようにそう力強く宣言しま
した。その言葉におばあさん(今川)は呆れたように笑います。
「いい加減、誰か一人を選んで妥協すればどうですか?」
「ヤだ!」
その言葉に姫(希理子)は即答します。
「アイツらのうちの『誰か』を選ぶくらいならあたしゃ一生独身でいた方がよっぽど幸せだよ」
「そうですか?」
姫(希理子)の全身を身震いさせながらのそのセリフにおばあさん(今川)は小さく肩をすくめ
ました。
「そう悪い人ばかりじゃないと思いますけど」
「そのとおりだ」
「わっ!」
突然振って涌いてきたその言葉におばあさん(今川)は大きく仰け反って激しく尻餅をつきまし
た。
その瞬間、姫(希理子)は横にあった座ぶとんをまくりあげると小さな紙切れを引っ掴み、その
声のした方向に投げ付けました。
「悪霊退散!」
「わっ!」
今度はその声の主が驚きの声をあげました。姫(希理子)はすかさずこの隙を逃してたまるか、
止めとばかりに小さな小束(こづか)、今で言うペーパーナイフのようなものをその人影に向かっ
て投げ付けました。
「!────もう、危ないなあ、姫(希理子)は」
だがあざやかなまでに投じられたその凶器は空中でその勢いを失っていました。というか、失わ
させられていました。突然乱入してきたその声の主、姫(希理子)によって攻撃されたその男自身
がパシッと指と指の間でキャッチしてしまっていたのです。
「いくらひさしぶりに婚約者に会えたからって、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ?俺の愛は
いつだって君を包み込んでいるからね」
「おっ、主上!」
おばあさん(今川)は慌てて平伏しました。
「やだな、違うぞ」
侵入者、『主上』つまり『帝』と呼ばれた男はそう闊達に笑います。
「ここにいる俺はタダの男───姫(希理子)に恋するただの男、桜井修司だ」
そう言ってポイッと掴んだ小束を放り投げると、いかにもごく自然な様子で姫(希理子)の身体
に手をまわそうとしました。
「だれがあんたの婚約者だい?!」
そんな帝(桜井)のまさに魔の手から逃れながら姫(希理子)はにらみをきかせます。
「あたしはあんたと結婚する気はないよ。とっとと帰りな、一国の主人が勝手に城…じゃなかっ
た、内裏抜け出してこんなトコ来てて良いと思ってるのかい?それにあんたとあったのはひさしぶ
りなんかじゃないだろ!昨日も無理矢理押し掛けてきてたクセに」
「ハハッ」
その一切情け容赦ない姫(希理子)の言葉にもめげず帝(桜井)は何ごともなかったかのように
笑います。
「まったくもってそのとおりだぜ」
「!」「!」
再び突然降って涌いてきた言葉に視線がそちらに集中します。
「あんたはさっさと帰って内裏の中で籠ってろってんだよ!こっちの方角はあんたにとって鬼門だ
って俺があんたの為に決めてやっただろ?!」
しなやかな、帝(桜井)には及ばぬまでもかなり長身の色男がそこに立っていました。
「こら、エセ陰陽師!あんたに貰った『悪霊退散』のフダ、全然効かないじゃないか!」
姫(希理子)は突然現れたその色男に向かって怒鳴り付けます。だがその男はしれっとした様子
できっぱり言い返してきました。
「何言ってンだ?そのフダ、ホントはメチャクチャ強力なんだぜ?ただそのヤロウの方が強烈すぎ
て、それだけのフダを使っても封じきれないってことなんだろうさ。今度はあんたの為に特別にそ
の男専用の呪殺符をつくってやるよ」
「こら、澤村!」
帝(桜井)がこれまでの満面ニコニコ顔を崩して言い返します。
「仮にも一応一国の主人に向かってその言い方はなんだ!それ以上無礼な言い方をすると太宰府に
左遷するぞ」
「ケッ」
その言葉に澤村と呼ばれた色男は笑います。
「あんた自身の口で『ここにいるのはタダの男の桜井修司だ』って言い切ったんじゃねえか!こん
なときだけ職権乱用してトバそうなんざあんたホントに人間のクズだな」
「何おぅ!」
一触即発のその緊迫した空気の中に再び別の声が現れました。
「───そのとおりだ」
ぞっとする程暗く疲れ切った声。地獄の釜の蓋が開いた音のような響きの声がその空間を小さ
く、だけど確かに満たしました。
「人の恋路を邪魔するヤツはたとえ主上といえど馬に蹴られて死にますよ」
そう言って現れたのは帝(桜井)とほとんど変わらぬ長身の男だった。元は極上の品なのだろう
がその衣服はくたびれ、目の下にはくっきりと隈が浮かんでいます。
その男を見て帝(桜井)の顔色が変わりました。
「どうしてお前が?!今日も宿直(とのい)のハズじゃ……」
その言葉に一番最後に現れたこの男はふっと、ゾッとする程かわいた表情で笑いました。 ちなみ
に『宿直(とのい)』とは夜勤での内裏等の警護のこと。
「あなたさまからの命令で7日連続で宿直をさせていただきましたが、今日はその御命令が来ませ
んでしたので部下の勧めもあって休ませていただきました。───何か不都合が?」
そう言いながら男は腰に下げた大刀に手を掛けました。さすがにそのいかにもキレそうな様子に
帝(桜井)の笑顔も引きつります。
「まっ、まあそうだな、小林。7日も連続でごくろうだった。ゆっくりと『家』で休んでくれ」
そう言って労をねぎらう『フリ』をします。しかしその言葉が完全にこの男の神経をきっぱり、
プッツリ断ち切りました。
なぜならこの言葉を正しい(?)日本語に直すと『ジャマなんだよ、とっとと家に帰れよバ〜
カ!』とでもいう感じが一番妥当な表現になるからです。
「……主上!」
普段はかなり鈍感なところがあるこの男ですが、さすがに7日連続の夜勤でハイになっていまし
た。今回ばかりはすっかりキレたといった様子ですらりと腰の大刀を抜いてしまいました。
「俺の恋路の邪魔をしないでください!」
「わっ!」
すらりと抜かれたその刀は寸分の狂いもなくそのほんの零コンマ1秒前まで帝(桜井)がいたと
ころの空を切り裂きました。抜群の運動神経を誇る帝(桜井)だからこそ逃げられ得た巧妙です。
「まっ、まあ落ち着け……」
さすがの帝(桜井)も微かに青ざめながらなだめにかかります。しかしここまでキレてしまって
いる小林にその言葉は届きません。
「問答無用」
「わっ!」
帝(桜井)はふたたび間一髪でその攻撃をかわします。
「やれやれヤッちまえ!」
その様子を見て先程の陰陽師らしき男、澤村がやんややんやとはやし立てました。
「お前らさえいなけりゃ姫(希理子)は俺のものなんだよ!どっちかだけでもいいからとっとと死
ね!何だったら2人とも共倒れしろ!」
やけに素直な、欲望そのままの言葉で澤村は2人に声援(?)をおくりました。
だがそのことが思わぬ方向に小林の暴走を進めてしまいました。
「お前もだ!」
「わっ!」
次の瞬間、帝(桜井)に向けられたのと同様に小林の刀が澤村にも向けられて投じられていまし
た。
「馴れ馴れしく俺の妻になってくれる姫(希理子さん)に話し掛けるな!」
「なんだと、てめえ!姫(希理子)は俺の女だ!」
その言葉に元来キレやすい澤村はカッと反応します。
「邪魔なのはてめえの方なんだよ、このタレ目やろう!土御門流陰陽術『式神』!」
鋭い切っ先をまさに跳んでかわしながら澤村は懐に手をやり、先程姫(希理子)が帝(桜井)に
向かって投じたのと同じような紙切れをまき散らしました。そしてそれが次の瞬間には鋭いくちば
しを持つ白いカラスに変わり、小林目掛けてつっこんでいきます。
「ちっ!」
小林はその無数に自分目掛けて飛んでくる白いカラスをバッタバッタと切り捨てました。すると
その切っ先が触れる端からその白いカラスは再びただの紙へと戻り、その場にハラハラと舞い落ち
ていきます。
「じゃあ行こうか、姫(希理子)」
だけどその隙に小林の怒りの切っ先が自分から澤村に向いたことでその攻撃から逃れることが出
来た帝(桜井)が、突如自分の目の前で起こり始めた乱闘に目を丸くしていたかぐや姫(希理子)
の肩を抱き寄せようとしました。
「!」
「!」
だがその衝撃的瞬間を2人の男は見逃しませんでした。帝(桜井)が希理子に触れるまであと数
センチというところで小林はその切っ先を帝(桜井)に、澤村は式神であるカラスの攻撃目標を帝
(桜井)に定め直したのです。
「わっ!!」
そのまさに一瞬で我が身にふりかかってきた2人掛かりでの攻撃を帝(桜井)はあわてて、まさ
に間一髪でかわしました。
「てめえが一番ジャマなんだよ!死ねや」
「そうです!」
すっかり逆上しきった2人はその瞬間に取り合えずこの男、つまり『帝(桜井)』を排除するこ
とを先決と定めたようで、それは見事な連携プレイで次々と攻撃を仕掛けます。
「くそっ!」
あまりのことに避けきれずに帝(桜井)はパッと大きく後ろに跳びました。まさに最強のタッグ
となったこの2人に素手でかなうはずがありません。
「えっ!!」
するとたまたまそこに姫(希理子)の下僕───もといおじいさん(成瀬)が突然始まった乱闘
に腰を抜かして転がっていました。その手には愛用の鉈がしっかりと握られています。
「借りるぞ!」
「えっ?!」
帝(桜井)は瞬時にそれに目をつけ、おじいさん(成瀬)が答える間もなく、その手にあった鉈
は帝(桜井)の手の中に治まっていました。
ここまでなってはもう誰も止められません。3人総掛かりの乱闘が始まってしまいました。
その為、この3人───その中でも特に民衆から巻き上げた税金でウハウハな生活をしていた帝
(桜井)からの豪華な贈り物に埋め尽くされていた姫(希理子)部屋は瞬く間に瓦礫の山へと変わ
っていってしまいました。
「騒ぐんなら他所でやっとくれ!」
自分の部屋が破壊されていく様子をふるふると見守っていた姫(希理子)はハッと我に返って叫
びました。
「あたしはあんたらの誰とも結婚するつもりなんざないんだよ!他あたっとくれ!」
だが、その言葉はあっさりと否定されます。乱闘を続けたままで男達は口々に姫(希理子)に向
かって叫び返しはじめました。
「だけど、もう約束の品は用意したぞ?たしか『始祖鳥の有性卵』それも『ちゃんとヒナに孵るヤ
ツ』だったよな?コネにコネを使って探してもらったらなんとか見つかって今こちらに運んでもら
ってる最中だ。あと10日もしたら卵から孵るそうだぞ?」
「なにぃ!」
「俺もだ」
その帝(桜井)の言葉に澤村が続きます。
「インターネットの人生相談で『それを持ってるからあなたの肩こりは直らないんだ』って大富豪
騙くらかして約束の『赤いダイヤモンド1カラット』貰い受けた。あと2、3にち中のうちにはア
ラブから届く予定だぞ」
「ウソだ!」
次は小林がその言葉に続きます。
「俺も用意しましたよ、『大王イカの塩辛』!3日前、宿直と宿直の間の休憩時間にイカ釣り猟船
に乗せてもらって大王イカ釣ってきました。今仕込んでる最中ですからあと2、3日で食べられま
すよ!……まあ、アンモニア臭がして食べられたもんじゃないと思いますけど」
「………………」
姫(希理子)はあまりのことに絶句してしまいました。以前、あまりにしつこく言い寄ってくる
男どもを追い払う為に無理難題をふっかけたことがあったのです。自分が指定した品々を持ってく
ることが出来たなら結婚でも何でもしてやると。
だけどまさか本当にこんな貴重なものをあつめてこれるとは夢にも思っていなかったのです。
ちなみに3人が指定されたものがどれほど貴重かと解説するとこういった品々である。
まず『始祖鳥』───これはすでに絶滅している幻の種。鳥類のはじまりと言われている考古学
的に見ても大変貴重な鳥。次に『赤いダイヤモンド』───これは現在確認されているだけで5つ
しか発見されていない、おそらく地球上でもっとも稀な鉱物。ひと粒で小さな国の国家予算に匹敵
するといわれている珍品中の珍品。そして『大王イカ』───ときには体長10メートルをこえる
いう海の生物。だが生態はまったく謎でこれまで生きているものの目撃例が一例もないという幻の
生物。
「しくじった……」
姫(希理子)は頭を抱えた。己の迂闊さにへどが出そうになりました。
この男ども───姫(希理子)に心酔しきった男どもに不可能などなく、どうせ無理難題ふっか
けるならもっと難しい、想像を絶するような命題を用意しなければならなかったのです。おそらく
この3人ならツチノコ探して来いといっても3日もあればツガイで発見してくるだろうとそこまで
よんでおかなければならなかったのに、姫(希理子)はツメが甘過ぎました。
「だから俺と結婚してくれるんだよな、姫(希理子)?」
「俺とだよな?」
「俺とですね?」
ショックのあまり頭を抱え込んでしまった姫(希理子)に男達は口々に問いかけます。
するとそんなとき、ふたたび唐突に声が掛けられました。
「あの───」
その言葉に後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていました。
「…お姉様、ですよね?わたし、妹の神楽(みずき)です!覚えてらっしゃいますか?!」
そう涙ながらにその少女はかぐや姫(希理子)にすがりついてきます。それは目のパッチリし
た、肉付きのよいかなりの美少女───かぐや姫(希理子)とは違う種類の美しさを持った完璧な
美少女でした。
「探したんですよ!お姉様が家出なされてからお父様、月の帝はお姉様のことを常に心配してるん
ですから!」
「ウソだ」
神楽という少女(みずき)の言葉をかぐや姫(希理子)は即座に否定します。
「あのタコ親父がそんな殊勝なもんかい!今頃マクラを高くして高いびきだろうさ!」
「そんな!……」
言葉尻の空白がその言葉の正統性を肯定していました。ですがそんなことは気にせずにかぐや姫
(希理子)は神楽(みずき)が手にしている小さなビンに目をつけました。
「それは?」
「ああ、これ」
神楽(みずき)は大切そうに抱えていたそれをかぐや姫(希理子)に向かって指し示します。
「『不老不死』の妙薬です。お姉様がお世話になったかたにさしあげようと月の都から持ってきた
んです」
「貸せ!」
「お姉様?!」
突然手にしていたそのビンを奪い取られて神楽(みずき)は目を白黒させました。そんな目の前
でかぐや姫(希理子)はしゅぽっとそのビンの蓋を抜き、その場でどぼどぼとひっくり返えしてし
まいました。
「お姉様!?」
自分の姉の行動にあっけにとられます。ですがそんな妹に向かって姉であるかぐや姫(希理子)
はきっぱりあっさり言い捨てました。
「こんな薬持ってくるんじゃないよ!もしも何かの間違いでアイツらの口にでも入ったらあたしが
どうなると思ってンのさ!」
「どうなんの?」
力説したその言葉にのほほんとした口調の問いかけが重なってきました。
「そりゃそれこそ一生あの強烈ストーカーどもに追い掛けまわされて───んっ!?」
かぐや姫(希理子)は思わず目を見開きます。そして続いて絶句します。なんとその視線の先で
は乱闘をしていたはずの男達3人がのほほんとした様子でが立っていたのです。
「いくら何でも『ストーカー』はないんじゃないか?」
「そうそう」
「ただ俺達は真剣にあなたのことが好きなだけです」
「ホントだぜ」
互いの言葉に頷きながら帝(桜井)、小林、澤村の3人は姫(希理子)に向かって注意を促しま
す。
ですがそんな言葉、姫(希理子)の耳には届きません。ただ口をぱくぱくさせながら3人に向か
って問いかけました。
「あんたたち……もしかして、飲んだ?」
「ああ」
その言葉に帝(桜井)が代表してこたえ、それぞれが大きく頷きました。
「旨くはなかったけど、飲めないことはなかったよ」
そう言って小さなビンを姫(希理子)にむかって指し示します。それは姫(希理子)がこぼして
捨てた薬のそれとまったく同じ容器でした。
「……あんた…」
思わず何処に定めて良いかわからぬ視線を妹にむけます。すると視線の先で神楽(みずき)はご
まかすように微笑みました。
「2つ、持ってきてたりしてたりして……てへっ」
可愛く笑っても事実は変わらないのですが、妹姫はそう微笑んで必死にごまかそうとしていま
す。
その返ってきた返答にかぐや姫(希理子)はしばらく唖然と凍り付き、そして今度は誰にも表情
が伺えないぐらいぐっと首を下に下げました。
「姫(希理子)?」
「お姉様?」
口々に急変してしまったかぐや姫(希理子)にそう声をかけます。しかし姫(希理子)は何も言
わずしばしの間下を向き続け、そうかと思うといきなり急にがバッと顔をあげました。
「逃げるよ!」
その直後、かぐや姫(希理子)はそう叫ぶと妹姫の腕をわし掴んですぐさま走り出しました。
「お姉様?!」
あまりの急な展開についていけず引きずられながら神楽(みずき)は姉の真意をうかがいます。
「アイツらに一生付きまとわれてたまるかってんだ!逃げるったら逃げるよ!あんたが乗ってきた
宇宙船で別の宇宙に逃げるんだ!」
姫(希理子)はそう叫びながら停車ならぬ停船していた円盤型の宇宙船に駆け込むとすかさずド
アを閉鎖し、それとほぼ同時に自動操縦ボタンの電源を入れました。
「ふぅ…」
やっと自分の3人のストーカーもとい求婚者から逃れられたのだと思って大きく息をつきまし
た。ですが世の中そんなに上手くいくはずもなく、次の瞬間にはかぐや姫(希理子)の耳にもう聞
くことのないはずの、だけど耳なれた声がガンガン響きました。
「へえ、これが月の世界の船か」
「この動力どうなってんだ?呪法か?」
「たっ、高いところは苦手なんですが……」
姫(希理子)は思わず立ち尽くしてしまいました。何一つ言葉が出てきません。
「なっ、なっ、なっ……」
ぱっちり大きく見開いたそこには先程振り切ったはずの自分の3人の求婚者がしっかりと乗り込
んできていました。
「お前が行くところが俺のいるトコだよ」
「てめえの女逃がす程、俺は甲斐性のねぇ男じゃねぇぞ」
「側にいないとあなたを守れませんから」
即座に口々にされたその言葉に姫(希理子)は再び凍りつかされます。何とか逃れようと視線を
さまよわせますが、すでに宇宙船は天高く舞い上がり逃げ場などありません。時すでに遅し───
この船は海の──ならぬ『宇宙』の『孤島』と化していました。
「もうイヤー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
かぐや姫(希理子)の絶叫が何もない虚空に響き渡ります。
その後、かぐや姫(希理子)がどうなったのか、そしてこの3人の男達がどうなったのかはお月
さまだけが知っています、…………たぶん。
FIN
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