最後の夜のおとぎ話



 

  
   
 場所は札幌の市内の某繁華街の外れにある1軒の露店の前、希理子はそこで甘えた仕種でこうせがん

だ。

「ねぇ、買ってぇ〜?」

「ダメです」

 すげなく断ったのは希理子より一つ年下の後輩でマネージャー仲間の今川。

 夏ゆえに袖はないのでそのかわりにカッターの腰の辺り、ベルトのすぐ上のところを掴んで揺さぶる

ようにしながら希理子はその素っ気ない返答にもひかず、尚も言葉を紡いだ。

「エサ代もかからないし、鳴かないし、噛み付かないし、家より大きくなることもないんだよ?」

「そりゃそうでしょ!」

 今川は希理子の言い分を呆れた顔で肯定する。それに調子を得て希理子はますます今川にせがんだ。

「ね、だから、お願いだから〜」

「でもそれとこれとは話が別です」

 だが今川はやはりすげなく却下する。その様子に希理子はプクリと頬をふくらませながらも、まさに

幼子が駄々をこねるようにますます今川の身体を振り回した。

「どうしても欲しいんだよぉ〜」

「ダメったらダメったらダメです」

 今川の言葉には取りつくしまもない。

「我が儘いわないでください、希理子さん!そもそもどうして俺が希理子さんに『これ』を買ってあげ

なきゃならないんですか?」

「そりゃ『あたしとあんた』の仲だから♪」

「それってどういう仲ですか?! ……」

 すっかり脱力して今川は肩を落とす。夜もふけてきた繁華街でのこの2人のやりとりに周囲は人だか

りが出来ていた。

 今日インターハイの準々決勝で上南は常勝金北に敗れたので、その残念会とばかりにメンバー全員で

夜の街に繰り出していたのだ。そして食事も終え、おみやげ物を買いながらはしゃぎつつ辺りをぶらつ

いていると、

希理子は1軒の店の前でふと足を止めた。そしてその店の『売り物』に目をとめると、こうやって一緒

に行動していた今川にせがみだしたのだ。

「おいおい、何騒いでるんだ、希理子?」

 そこにひょこひょこと半分足を引きずりながら桜井が現れた。2人だけ突然いなくなってしまったの

を探しに来たらしい。

「あっ、桜井!」

 突然現れたチームメイトの登場に希理子は目を輝かせた。

「ねぇ、『これ』買って!」

 希理子はそう言うと一点の商品を指さした。

「えっ、それって……」

 希理子の指さした『希理子らしくない』その品物に桜井は目を丸くする。

「『マリモ』じゃねぇか!」

「澤村!」

 桜井の背後から現れたその人物の姿に希理子は声をあげる。

「へぇ、あんた結構少女シュミだったんだな!こんなの欲しがるタマじゃねぇと思ってたんだけどよ」

「コラッ、澤村!」

 ケタケタと笑うその様子にその後からやって来た小林がたしなめる声をかける。だが小林も注意を促

しておきながらも、自分自身も希理子がそんなものを欲しがることが理解出来ないらしい。それゆえに

目を丸くしている。

「いいだろ!可愛いんだから!」

 その周囲の様子に希理子はますますプクリと顔をふくらませると、自分が目をつけたその商品を力強

く指さした。

「だって『最強のマリモ』なんだよ!こんなに大っきいんだよ!すごいじゃないか」

 そう言う希理子の指先の先にはあきらかに他のマリモとは格が違う『最強のマリモ』が存在してい

た。

 天然ものは『天然記念物』で持ち帰れないが、養殖もののマリモは手ごろな北海道土産としてすっか

り定着している。マリモ自体の大きさによって値段はまちまちだが小さな瓶にだいたい2玉(?)ぐら

い入って300円から1000円程度が主流だ。すこし見た目の立派なもので2000円程度だ。

 だが希理子の指さしたマリモはあきらかに違った。1000円のマリモの大きさがだいたい直径2セ

ンチ強程度なのに対して、そのマリモは子供の拳一つ分の大きさ、直径5センチほどもあったのだ。ま

さに最強のマリモ、店頭で特別にしつらえれた水槽のなかでその緑のかたまりは燦然と輝いていた。

「でも……」

「うん」

 小林の言いたいことを察して今川が納得の頷きをみせた。

「高っけーなー、コイツ」

 誰もが思っても言えなかったセリフを澤村は平気で口にした。

「ハハハ、そりゃ最強のマリモだからね」

 店の主人である初老の老人が率直すぎるその言葉に気持ちのよい笑みをもらした。

「でもこれほど大きなマリモは本当に珍しいから、この値段になってるんだよ」

 そう言って、愛おしげに店で一番の客よせになっているその巨大なマリモを愛おしそうに見つめなが

ら、その店主はプライスカードを指さした。

 書かれた価格はジャストきっちり1万円────ちょっと、というかかなり考える値段である。

「こいつはこの店の名物になっててね、地元のよく通りかかるお客さんなんか『まだ売れてない!』っ

て喜ばれる始末なんだ。店主として嬉しいやら悲しいやら……」

 そういう主人の顔は言葉どおり『とほほ』というよりも何故かどこか誇らしげだった。それはまさに

まるでわが子の育成を見守る親の姿そのもので、希理子はそんな主人の表情に目をしばたかせると疑問

の言葉を投げかけた。

「で、結局どうするつもりなのさ?」

「えっ?」

 希理子の問いかけに主人は目を見開く。

「だから『売る気』があるの?それとも『客寄せ』として育てるの?売る気がないんだったらプライス

カードを外すのが客に対する礼儀だろ?」

「こら希理子!」

 自分達より遥かに年上の人間に対して歯に衣きせぬ希理子のその言い様に、希理子らしすぎると苦笑

しつつも桜井は窘め声を掛ける。

 だがその桜井の行為に店の主人は首を横に振った。

「いえいえ、そのお嬢さんのいうことがもっともだ」

 そして小さく笑う。

「売れたら売れたでいい、売れなければ売れないでそれでもいい、というのは確かに商売人の姿勢とし

て正しくないですからね、自分でもよくどうすればいいのかこいつを見ながら考えてるんですよ」

 そう言ってもう一度巨大なマリモに目線をやった。

「こいつにも失礼な話ですよね、売られていくのに売った人間がこんなにいい加減じゃマリモも気の毒

だ。しばらく値札外して本当にどうしたいのか考えてみますよ」

 主人が言ったその言葉に希理子も頷いた。

「その通りだよ、わかりゃいいんだよ、わかりゃ」

 その満足げな様子に桜井ら4人は笑みを漏らす。何だかんだ言って主人を攻撃するというよりもむし

ろマリモのことを考えての言葉だったということに思わず笑みがこぼれる。

「じゃ、行くか?」

「待って」

 先にいってしまった仲間達の後を追おうと桜井が希理子をそう促すが、希理子は桜井を制止するとじ

っくりと店中を見回して、その中から小さなビンを手にとった。

「オヤジさん、これ買うからさまけとくれよ?人生勉強さしてやったんだからさ!」

 そう言って希理子が店の主人に突き出したのは価格1000円のマリモの瓶詰めだった。

「頑張って、愛情持って育てたらそいつみたいに大きくなるんだろ?だったらあたしがホントに最強の

マリモを育ててやる」

 そして惨然と輝く巨大なマリモを指さす。

「そしていつかこいつより大きくしてみせるさ」

 そう言ってニヤリと笑った希理子の顔は希理子らしく悪戯めいており、そして何より自信に満ち溢れ

たものだった。

「そりゃいいや」

 店の主人もその希理子の『男らしい』笑顔に頬をくずす。

「お嬢さんならきっと世界一のマリモを育てられますよ」

「だろ?」

 その言葉に希理子はますます笑った。そうして希理子は1000円のマリモを700円にまでまけさ

せてそのマリモを購入した。

「じゃあ、俺も希理子に対抗してみようかな?」

 その希理子の姿を微笑ましそうにみていた桜井はそう言って自分も同じような、だけど形の違う瓶詰

めを手にとった。

「きっと俺の方が大きくマリモを育てられるよ」

「何おぅ!」

 そのやけにからかうような挑戦的な言葉に希理子はカッと反応する。だが別の方向からも思わぬ声が

上がった。

「俺もやってみます」

「絶対俺が世界一だな」

 そう言って小林と澤村までもが少しでも大きくて、そして将来性のありそうだと思うマリモをとマリ

モの品定めを始めてしまったのだ。その様子に希理子はますます怒りを募らせる。

「何だい、何だい、今さっきまであたしのことバカにしてたのに急に乗り気になっちゃって!このあた

しに挑もうなんざ100年早いよ!」

 だがそう言っている間にも桜井、小林、澤村についでに便乗して今川までもが自分の気に入ってマリ

モをゲットしていた。

 その男4人と希理子の様子に店の主人ははじめのうちは驚いた様子で、だけど次第に頬を崩しながら

その姿を見守っていた。

「じゃあ絶対、世界一のマリモにしてオヤジさんに見せに来るからね!」

 立ち去り際、希理子はそうまたまた自信ありげな、きっぷのよい調子で晴れやかに笑った。

「楽しみにしてるよ」

 店の主人はそう言って頷き、そして希理子を取り巻く男達をニヤニヤしながら見て一言付け足した。

「でも何だかお嬢さんのマリモは世界一大きくなる前に数が増えてそうだね」

「えっ?!」

 その言葉に意味がわからずに希理子は目を丸くする。だが主人に『見られた』男達は正確に主人が言

いたかった意味を察し一人はにこやかに、一人は真っ赤になり、そして一人は恥ずかしいのをごまかす

ようにそっぽを向いてしまっている。

「じゃあまた北海道に来た時には寄っておくれね」

 そう言って主人に送りだされるがやはり希理子には意味がわからない。『マリモって分裂するの?』

などと今川にむかって問いかけている。そこになかなか追い付いてこないメンバーを心配して他の連中

が進行方向から逆行してきた。

「遅いですよ!何やってるんですかぁ〜」

「ゴメンゴメン」

 その言葉に桜井や今川などが頭を下げた。だけど5人がそれぞれ手にビニール袋を下げているのを目

敏く見つけると、その手の中を覗き込んだ。

「あっ、マリモ!」

「てへへ、いいだろう?」

 希理子は自慢げに選びに選んで手に入れたマリモを高らかに指し示した。

「5人で『お揃い』なんだよね!ねっ?」

 そう言って希理子はくるりと振り返るとまさに滅多に見せない至福の笑みでニコリと笑った。

「「「!!!!!」」」

 その笑みに今川を除いた3人が真っ赤になってしまった。

「そうだな」

「はい」

「まあな」

  そして口々にそう言い訳するように返事をしながら希理子の視界から逃れるように立ち去ってしまっ

た。

「?」

 だが当然桜井らの突然のその反応に希理子は目を丸くする。

「どうしたの、アイツら?」

「さあ」

 内心苦笑しながらも今川は希理子からのその問いかけをごまかすように笑った。

「さ、行きましょう?遊ぶ時間なくなっちゃいますよ?」

「うん」

 その言葉に疑うこともなく希理子は頷くと後輩達と騒ぎながら歩き出した。

 今川はその長い髪のたなびく後ろ姿と、そしてその希理子の姿を愛おしそうに見守る3人の男達の姿

に目を向ける。

 ちょっと注意してみれば誰だって───そう、たった今会ったばかりの店の主人でさえ気付くのに他

人のことに関しては敏感なくせに自分がらみでは超ドンカンになる希理子はまったくそれには気付かな

い。

「これじゃあマリモが世界一の大きさになるほうが早いかもね」

 そう言ってつぶやいてくすりと笑う。

 
 
 札幌最後の夜はそうやってふけていった。

 

                                  Fin
                               
  

    

     

 ははははは。ただのマリモらぶらぶ小説です。最初の方の『エサ代もかからないし、鳴かないし、噛み付かないし、家より大きくなることもない』というのは、阿寒湖の温泉街のお土産やさんで書かれていたキャッチコピーそのままです。そして巨大なマリモを『最強のマリモ』と書いたその表記も。
 ただし、そこで見たマリモの値段は『8500円』でした。札幌の方がぼられるかな、と勝手に値上げしてしまいました。私自身が最強のマリモ欲しかったのですが、結局なくなくあきらめましたので希理子ちゃんにもあきらめてもらいました。
 いつか金持ちになって最強のマリモをゲットしてみせます!

                        2001/10/01  日向 葵。

 

 こんなの書いてたかな、っていうぐらい懐かしく感じました。平均で一月に5本から6本小説書いてると自分がどんなの書いたか忘れます、本気で。もう歳だからボケはじめてるのかしら……?                        《2002/02/11》

 

  


  

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